ターナー賞2018候補

2018年4月26日、ロンドンのテート・ブリテンは世界有数の現代美術賞として知られるターナー賞の最終候補として、フォレンジック・アーキテクチャー、ナイーム・モハイエメン、シャーロット・プロジャー、ルーク・ウィリス・トンプソンの名前を発表した。いずれも映像という手法を用いて、喫緊の政治問題、人権問題に取り組むアーティストおよび研究機関が選出された。

1984年に設立されたターナー賞は、活動拠点をイギリスに置くアーティストを対象に、過去1年間の展覧会などの活動実績を基に与えられる。50歳未満という条件が撤廃された昨年度は、同国におけるブラック・アーツ・ムーブメントの先駆的存在として人種やジェンダーの問題を扱った活動で知られるルバイナ・ヒミッドが、62歳という同賞史上最高齢での受賞を果たした。最終候補に選出された4組のアーティストによる展覧会は、2011年以降、隔年でテート・ブリテンとロンドン以外の都市の美術機関を会場としており、2018年はテート・ブリテンでの開催となる(会期:9月25日〜2019年1月6日)。展覧会を担当するのは、同館イギリス現代美術部門キュレーターのリンゼイ・ヤングと同部門アシスタントキュレーターのエルザ・クストゥ。

グランプリは12月の授賞式で発表され、受賞者には賞金25,000ポンド(約380万円)、そのほかの最終候補には各5,000ポンドが授与される。本年度の審査員は、美術批評家でArtReview誌編集委員のオリヴァー・バッシアーノ、クンストハレ・バーゼル ディレクターのエレナ・フィリポヴィッチ、ホルト-スミッソン財団 エグゼクティブ・ディレクターのリサ・ル・ファーブル、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授で小説家のトム・マッカーシー、審査委員長はテート・ブリテン ディレクターのアレックス・ファーカソン。

最終候補のプロフィールと審査対象となった展覧会は下記の通り。

 

ターナー賞2018
2018年9月25日(火)-2019年1月6日(日)
テート・ブリテン
http://www.tate.org.uk/visit/tate-britain

 


 


Saydnaya_4: This corridor in the prison, known to be linear, was experienced by a survivor while he was tortured and the space was distorted by the traumatic conditions at the moment the memory was encoded. Image: Forensic Architecture

フォレンジック・アーキテクチャー|Forensic Architecture
選考対象:ドクメンタ14(カッセル、2017)※「The Society of Friends of Halit」として参加。
『Counter Investigations: Forensic Architecture』(ICAロンドン)
『Forensic Architecture: Towards an Investigative Aesthetics』(バルセロナ現代美術館[MACBA])
『Forensic Architecture: Towards an Investigative Aesthetics』(メキシコ自治大学付属現代美術館[MUAC])

フォレンジック・アーキテクチャーは、建築家のエヤル・ヴァイツマンが中心となって2011年に立ち上げたロンドン大学ゴールドスミス・カレッジを拠点とする研究調査機関。建築家、研究者、アーティスト、映像作家、ソフトウェア開発者、ジャーナリスト、考古学者、法律家、科学者などで構成された同機関は、NGOや人権団体の依頼を受けて、紛争や移民問題などに関連する出来事を、現地での情報収集、マスメディアやSNS、衛星写真などといったイメージの分析、そのほか多種多様な方法を駆使して調査している。
フォレンジック・アーキテクチャーのアプローチは、デジタル記録装置の普及や衛生データプラットフォームに見られるような、変わりつつある現在のメディア環境に応答して、すでに人権、ジャーナリズム、視覚文化の領域の発展に貢献してきたオープンソースや市民主導による情報収集や情報分析の新しい形を提示している。シリアで大量虐殺の疑いのあったサイドナヤ軍事刑務所や、ガザ地区ラファの2014年8月の空爆いった出来事の調査(2017年の第9回恵比寿映像祭にも出品)に取り組むなど、社会的暴力や政治的暴力にさらされているコミュニティやその協力団体、環境正義団体や人権団体、アクティヴィスト、報道機関などと緊密に連携しながら活動、調査を行ない、複数国の法廷および国際法廷で開かれた数々の訴訟事件、軍隊や議会、国連に対する調査などに決定的な証拠を提供している。
ドクメンタ14では、「The Society of Friends of Halit」の一員として、2000年から2006年にかけて起きた極右組織NSUの連続殺人事件における9番目の殺人事件、ハリット・ヨズガットが殺害された事件を調査、分析し、警察の捜査による既存の事実認定とは異なる結論を導き出した。また、メキシコ自治大学付属現代美術館[MUAC]での展示では、2014年にメキシコゲレーロ州のイグアラで起きたアヨツィナパ師範大学の学生集団失踪事件で行方不明となった43名の学生に関する1年間の操作の成果を発表し、世論に影響を与えている。

 


Naeem Mohaiemen Tripoli Cancelled (2017) single channel film

ナイーム・モハイエメン|Naeem Mohaiemen
選考対象:ドクメンタ14(アテネ、カッセル、2017)
There is No Last Man』(MoMA PS1、ニューヨーク、2017-18)

ナイーム・モハイエメンは1969年ロンドン生まれ。イギリスとバングラデシュの二重国籍を持つモハイエメンは幼児期に家族とともにダッカに移住し、89年にはアメリカ合衆国に移り、オーバリン大学で経済学を専攻する。96年にニューヨークを拠点とするエディトリアル・コレクティブ「SAMAR(South Asian Magazine for Action and Reflection)」に加わり、2005年にクイーンズ美術館で開かれた『Fatal Love: South Asian American Art Now』にアクティヴィストや法律家、映像作家、写真家などからなる「Visible Collective」の一員として参加。以来、アーティストとしての制作活動を開始、現在はコロンビア大学の人類学博士課程に在籍しながら、ニューヨークとダッカを拠点に活動している。近年の主な個展に『Solidarity Must be Defended』(マフムード・ダルウィーシュ博物館、ラマッラー、パレスチナ、2017)、『Prisoners of Shothik Itihash』(クンストハレ・バーゼル、2014)などがあり、リバプール・ビエンナーレ(2018)、ラホール・ビエンナーレ(2018)、第56回ヴェネツィア・ビエンナーレ(2015)、コチ=ムジリス・ビエンナーレ(2014)、ダッカ・アートサミット(2014)、シャルジャ・ビエンナーレ10(2011)などに参加。また、South Asia Solidarity InitiativeやGulf Labor Coalitionといったアクティヴィスト・グループ、イギリスのICAインディペンデント・フィルム・カウンシルのメンバーを務めている。
モハイエメンは、脱植民地化の遺産や政治的ユートピアの記憶の抹消や修正、第二次世界大戦後の国境を越えた急進左派思想に関する研究を、映像やインスタレーション、あるいは論考の形で発表している。歴史のトラウマと自分自身の歴史を結びつけ、ポストコロニアリズムにおけるアイデンティティや移民、難民、亡命など、激動の社会に生きる人々の生活がいかに国境やパスポートに左右されてきたのか、あるいは、人種や宗教を越えた、来るべきインターナショナル・レフトへの希望を提示する。ドクメンタ14では、廃墟となった空港にひとり残された男を描いた自身初のフィクション映像作品「Tripoli Cancelled」をアテネ会場で、冷戦期の非同盟運動(NAM)とイスラム協力機構(OIC)の権力闘争を扱った3チャンネルのドキュメンタリーをカッセル会場で発表。また、ドクメンタ14の公式出版物となっていたSouth as a State of Mind誌上では、モハイエメンの大叔父が抱いたドイツが英国支配下のインドを解放するという見当外れの希望を扱った「Volume Eleven (flaw in the algorithm of cosmopolitanism)」、同じくドクメンタ14のパブリックプログラムParliament of Bodiesでは、レクチャー・パフォーマンス「Muhammad Ali’s Bangladesh Passport」を発表している。

 


Charlotte Prodger Stoneymollan Trail (2015) Single channel video with sound, 43 Minutes. Coutesy of the artist, Koppe Astner, Glasgow and Hollybush Gardens, London. Video Still.

シャーロット・プロジャー|Charlotte Prodger
選考対象:『BRIDGIT / Stoneymollan Trail』(ベルゲン・クンストハル、2017-18)

プロジャーは1974年イングランド、ボーンマス生まれ。ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ、グラスゴー・スクール・オブ・アーツで学び、現在はグラスゴーを拠点に活動している。近年の主な個展に『Subtotal』(スカルプチャー・センター、ニューヨーク、2017)、『Charlotte Prodger』(クンストフェライン・デュッセルドルフ、2016)、『8004-8019』(Spike Island、ブリストル、2015)などがある。そのほか、『Always Different, Always the Same: An essay on Art and Systems』(ビュンドナー美術館、クール、スイス、2018)、『Coming Out: Sexuality, Gender and Identity』(バーミンガム美術館、2017)、『Weight of Data』(テート・ブリテン、2015)といった企画展に参加している。2014年にはグラスゴー・フィルム・フェスティバルのマーガレット・テイト・アワードを受賞。2019年には第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ・スコットランド館での個展が決定している。
20年以上に及ぶプロジャーの制作活動の中心には、映像と絶え間ない変化を続けるそのフォーマットに対する探求があり、それは作品における自伝的内容と不可分なものとしてある。これまでに数々のフォーマットの映像の素材の特性を利用した作品を制作しているが、そこには単にそのフォーマットが時代とともに移り変わってしまうという事実だけでなく、それぞれのフォーマットの特徴や社会政治的な歴史との関係、その形式と内容の切り離し難い関係に対するプロジャー自身の強い関心がある。近年はその映像実践を通じて、身体、風景、アイデンティティ、時間の間の複雑な緊張関係を探っている。また、友人や匿名のYouTubeのユーザー、歴史上の人物などの言葉を引用したナレーションの内容は、クィア性や公共性、テクノロジー、言語、喪失に関するものが多い。
選考対象となったのは、ノルウェーのベルゲン・クンストハルで開催した個展『BRIDGIT / Stoneymollan Trail』。「BRIDGIT」は、プロジャーが日々自身のiPhoneで撮影した素材で全編を構成した映像作品。現代社会において時間や社会的交流、労働と密接につながっているiPhoneの、そのカメラ機能を身体の欠損を補う人工物(プロテーゼ)や神経系の身体の拡張として使用している。そこでは、身体とデバイスが互いの拡張を為し、作品は変化する主体の統合された瞑想の場となる。作品タイトルは、ケルト神話に登場する女神ブリードからとったもので、ブリードはカトリックにおける聖ブリギッドなど、異なる文化、異なる時代の中で繰り返し現れる。一方、スコットランド西岸の古道からタイトルをとった「Stoneymollan Trail」は、プロジャーが1999年から2015年の間に撮影した個人的な映像素材をつなぎ合わせた映像作品で、プロジャー自身の個人史や近年の映像のフォーマットの変遷がうかがえる。

 


Luke Willis Thompson autoportrait (2017) Installation view, Chisenhale Gallery. Commissioned by Chisenhale Gallery and produced in partnership with Create. Courtesy of the artist. Photo: Andy Keate.

ルーク・ウィリス・トンプソン|Luke Willis Thompson
選考対象:『autoportrait』(チゼンヘール・ギャラリー、ロンドン、2017)

トンプソンは1988年ニュージーランド、オークランド生まれ。オークランド大学イーラム美術学校、フランクフルトのシュテーデル美術大学で学び、現在はロンドンを拠点に活動している。近年の主な個展に『_Human』(クンストハレ・バーゼル、2018)、『Luke Wills Thompson』(ビクトリア大学ウェリントン校アダム・アートギャラリー、2018)、『autoportrait』(Hopkinson Mossman、オークランド、2017)などがある。そのほか、第10回ベルリン・ビエンナーレ(2018)、第32回サンパウロ・ビエンナーレ(2016)、ニューミュージアム・トリエンナーレ(ニューミュージアム、2015)などに参加。2014年にはニュージーランド有数の現代美術賞「ウォルターズ賞」を受賞。2018年はドイツ証券取引所写真財団賞も受賞している。
トンプソンは映像、パフォーマンス、インスタレーション、彫刻といった多岐にわたる手法を駆使し、階層差や人種差別、社会的不平等、制度的暴力、植民地主義、強制移住にまつわる諸問題に取り組んでいる。たとえば、人種差別に基づく職務質問や殺人事件の調査を踏まえて制作された16mm、35mmフィルムのサイレントの映像作品では、警察や政府による暴力を受けた人々が被写体として出演している。同作はアンディ・ウォーホルの「スクリーン・テスト」(1964-66)の手法を援用する一方で、ウォーホルが試みた472回のスクリーン・テストにおいて、有色人種がほとんど不在であったことを浮き彫りにする。
選考対象となったロンドンのチゼンヘール・ギャラリーでの個展『autoportrait』。同展で発表した「autoportrait」は、2016年にアメリカ合衆国ルイジアナ州で警官にパートナーを射殺されたダイヤモンド・レイノルズの協力の下、制作されたサイレントの映像作品。事件当時、車に同乗していたレイノルズはパートナーが銃で撃たれた直後の様子を撮影、その動画はソーシャルメディアで拡散された。トンプソンはレイノルズを招き、広く拡散されたそのイメージに対する「シスター・イメージ」となりうる美学的な応答として、レイノルズのポートレイトをサイレントの映像作品として制作した。

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