White Discharge - 金氏徹平
【タイトル】 White Discharge
【アーティスト名】 金氏徹平
【期間】 2010年7月22日~9月14日
―拾って来たり買い集めて来たりした日用品という、現実の都市の物語の断片を、ファンタジーやサイエンス・フィクションのように、時間や意味を閉じ込めながら、白い石膏をかけて再構築する。現実の都市の物語と交わったり、そこから浮かび上がったりするように、ある意味では日用品でありながら、ファンタジーの要素でもあるエルメスの商品が白い世界を漂う。―
それぞれが異なる意味や用途をもち、さまざまな人の手を介して生まれた日用品。まったく異なる物語や性質をもつそれらの日用品が、それぞれの形状を変えることなく再構築され、表面を覆われることによって別の性質をもつひとつの集合体になっていく・・・それぞれの個性を否定することなく、けれども大きさと形状という観点からのみ選択され再構築された日用品は、表面を共有するというその一点だけで別のオブジェになり、「個体」の定義の曖昧さ、共存する複数のものの境界の曖昧さを視覚化しています。
流れ落ちて日用品を覆い尽くす石膏が表している時の流れや事象の儚さにはまるで無縁であるかのようなエルメスの商品たち。石膏で覆われた集合体とエルメスの商品の対比は、銀世界の森に現れたカラフルな動物たちのようでもあり、朽ちていく都市と新しい生命のようでもありますが、同時に、石膏が表す時の流れの中でも変わることのない、エルメスのものづくりの姿勢を表しているとも言えるでしょう。
金氏徹平(かねうじ てっぺい)
1978年、京都生まれ。2001年、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに留学。2003年、京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。幼少の頃から、粘土細工やぬいぐるみ制作に熱中する。その作品は、彫刻、ドローイング、インスタレーションなど多岐に渡り、国内外のギャラリーや美術館で展覧会に出品している。
【アーティスト名】 金氏徹平
【期間】 2010年7月22日~9月14日
―拾って来たり買い集めて来たりした日用品という、現実の都市の物語の断片を、ファンタジーやサイエンス・フィクションのように、時間や意味を閉じ込めながら、白い石膏をかけて再構築する。現実の都市の物語と交わったり、そこから浮かび上がったりするように、ある意味では日用品でありながら、ファンタジーの要素でもあるエルメスの商品が白い世界を漂う。―
それぞれが異なる意味や用途をもち、さまざまな人の手を介して生まれた日用品。まったく異なる物語や性質をもつそれらの日用品が、それぞれの形状を変えることなく再構築され、表面を覆われることによって別の性質をもつひとつの集合体になっていく・・・それぞれの個性を否定することなく、けれども大きさと形状という観点からのみ選択され再構築された日用品は、表面を共有するというその一点だけで別のオブジェになり、「個体」の定義の曖昧さ、共存する複数のものの境界の曖昧さを視覚化しています。
流れ落ちて日用品を覆い尽くす石膏が表している時の流れや事象の儚さにはまるで無縁であるかのようなエルメスの商品たち。石膏で覆われた集合体とエルメスの商品の対比は、銀世界の森に現れたカラフルな動物たちのようでもあり、朽ちていく都市と新しい生命のようでもありますが、同時に、石膏が表す時の流れの中でも変わることのない、エルメスのものづくりの姿勢を表しているとも言えるでしょう。
金氏徹平(かねうじ てっぺい)
1978年、京都生まれ。2001年、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに留学。2003年、京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。幼少の頃から、粘土細工やぬいぐるみ制作に熱中する。その作品は、彫刻、ドローイング、インスタレーションなど多岐に渡り、国内外のギャラリーや美術館で展覧会に出品している。
「市井の山居」細川護熙展 あと5日!
大好評頂いております「市井の山居」細川護熙展も残すところあと5日間となりました!
会場でも多くのコメントを頂きありがとうございました!その一部をご紹介いたします。
□書がとても素敵でした。まさに「天下人の書」を拝見いたしました。
□細川氏の作品(特に茶碗)を拝見することが出来て、感激しました。
油絵も仏教的なモチーフが多く、それがまた茶室と見事に融合して素晴らしかったです。
□とてもゆったりとしたモダンな空間にやわらかな陶芸や書、苔などがとけあって懐かしいような落ち着くような不思議な気持ちになりました。ありがとうございました。
□茶碗一つ一つの趣を光が差し込むクリアな空間がとても素敵でした。
見上げると城、視界の先に水蓮が涼しげで楽しませていただきました。
また、最終日の開館前(10:00~11:00)には細川護熙氏によるギャラリートークを予定しております。完全予約制になっておりますので、ご希望の方は下記までお問合せ下さいませ。(予約は定員になり次第締め切らせていただきます)
03-3569-3300(受付時間:11:00-19:00)
※予約の無い方のご参加はご遠慮頂いております。
■「市井の山居」細川護熙展
会場でも多くのコメントを頂きありがとうございました!その一部をご紹介いたします。
□書がとても素敵でした。まさに「天下人の書」を拝見いたしました。
□細川氏の作品(特に茶碗)を拝見することが出来て、感激しました。
油絵も仏教的なモチーフが多く、それがまた茶室と見事に融合して素晴らしかったです。
□とてもゆったりとしたモダンな空間にやわらかな陶芸や書、苔などがとけあって懐かしいような落ち着くような不思議な気持ちになりました。ありがとうございました。
□茶碗一つ一つの趣を光が差し込むクリアな空間がとても素敵でした。
見上げると城、視界の先に水蓮が涼しげで楽しませていただきました。
また、最終日の開館前(10:00~11:00)には細川護熙氏によるギャラリートークを予定しております。完全予約制になっておりますので、ご希望の方は下記までお問合せ下さいませ。(予約は定員になり次第締め切らせていただきます)
03-3569-3300(受付時間:11:00-19:00)
※予約の無い方のご参加はご遠慮頂いております。
■「市井の山居」細川護熙展
「市井の山居」あれこれ 第三回
【第三回】 市井の山居と不東庵
銀座の喧騒の真ん中に、隠者の居を移した「市井の山居」も会期終了まで3週間を切りました。季節も、梅雨から真夏に近づき、草庵の趣もそれに応えるように変化しています。
今回は、銀座の「亜美庵杜」の様子のレポートに加え、細川護熙の山居、湯河原の「不東庵」の様子をご紹介します。

四方仏に飾られているのは食虫植物のサラセニア。遠い海を隔てた北米で生息している植物ですが、ユニークな形が唯一無二の茶室の雰囲気にぴったりです。

一輪差しから、何やら植物で出来た輪が下がっています。これは茅の輪というもので、文字どおり、茅の葉で作られた輪です。これは、1年のちょうど半分が過ぎた6月30日に飾り、その輪のなかを通って半年の厄をはらい、残りの半年の無病息災を願うというもの。夏越(なこし)の祓いと呼ばれる習慣です。この季節に神社に行くと、人ひとりがくぐり抜けられるような、大きな茅の輪を見ることができます。

毎週金曜日の午後には茶室「亜美庵杜」を使ったお茶会のデモンストレーションが開かれています。亭主がひとり茶室に入り、客人は縁側に座って目の前に広がる草庵の景色を見ながらお茶を飲むというスタイル。茶室の空間に人が入って初めて場が完成します。
このように、銀座の山居では、自然の移り変わりが随所に息づいています。このような時間の流れは主人、細川の本当の山居「不東庵」でも変わりません。苔のうえに一見無造作なかたちでたたずむ陶仏をはじめ、童子像や壺は、いつもは「不東庵」のどこかに置かれているものなのです。
細川護熙は60歳で政界を引退して以来、神奈川県湯河原町にある自宅兼工房、「不東庵」で制作活動を続けています。庵号となった「不東」という言葉は、昔、中国は唐の時代、三蔵法師が天竺に修行に出発するにあたって、仏法を極めることが出来なかったら、再び東方の母国の土を踏まないという彼の固い決意を表したもの。それ以来、決して揺らぐことのない強い覚悟をもって、何事にも打ち込むことを表す言葉として使われ、隠居生活という一見穏やかな暮らしの背後に潜む、細川の芸術への想いの強さを伺うことができます。
湯河原は神奈川県と静岡県の境目にある昔ながらの温泉街です。町の歴史に寄り添うように、「不東庵」の庭は、滾々と湧き出る温泉の蒸気でうっすらと曇っています。もともとは細川の祖母の持ち物だったという日本家屋の母屋の裏手には、その趣をよりいっそう引き立てるような藤森照信設計の工房と茶室があります。湯気の立つ温泉の源泉をぐるりと取り囲むように立てられた藤森建築は、ここ数年の間に建てられたにも関わらず、杉皮、銅版などの素材が奥湯河原の自然に心地よく同化して、細川の何物にも囚われない自由な制作活動の刺激になっているのでしょう。陶芸の工房の裏手には、ここ数年、頻繁に使っている絵画のアトリエがあります。ちょうど、薄暗い雑木林の影にひっそりとたたずむ小さなアトリエには、土の匂いと轆轤の音とはまた別の精神的な世界が存在します。
細川は、新聞記者、知事、そして政治家生活のさなかにあっても、ひと時も読書から離れることはなかったといいます。母屋にある書斎には名士による書がところ狭しと並び、夜、床に入るときも、布団に数冊の書を持ち込んではページを捲ることが習慣となっているとか。読書で得た言葉はやがて血肉となり、軸や書画、そしてさまざまな造形作品にまで昇華されていきます。
晴れれば土を耕し、雨が降っては書に親しむ。細川は生涯、晴耕雨読の生活を目標としてきました。「市井の山居」の終了後も、湯河原の「不東庵」では、日々移り変わる季節とそれに寄り添いながら、齢を重ねる一人の人間との静かな対話が行われていくでしょう。
■「市井の山居」あれこれ 第一回
■「市井の山居」あれこれ 第二回
「市井の山居」細川護熙展については↓
http://www.art-it.asia/u/maisonhermes/8xacL5AsWm3p2HXji6nz/
銀座の喧騒の真ん中に、隠者の居を移した「市井の山居」も会期終了まで3週間を切りました。季節も、梅雨から真夏に近づき、草庵の趣もそれに応えるように変化しています。
今回は、銀座の「亜美庵杜」の様子のレポートに加え、細川護熙の山居、湯河原の「不東庵」の様子をご紹介します。
四方仏に飾られているのは食虫植物のサラセニア。遠い海を隔てた北米で生息している植物ですが、ユニークな形が唯一無二の茶室の雰囲気にぴったりです。
一輪差しから、何やら植物で出来た輪が下がっています。これは茅の輪というもので、文字どおり、茅の葉で作られた輪です。これは、1年のちょうど半分が過ぎた6月30日に飾り、その輪のなかを通って半年の厄をはらい、残りの半年の無病息災を願うというもの。夏越(なこし)の祓いと呼ばれる習慣です。この季節に神社に行くと、人ひとりがくぐり抜けられるような、大きな茅の輪を見ることができます。
毎週金曜日の午後には茶室「亜美庵杜」を使ったお茶会のデモンストレーションが開かれています。亭主がひとり茶室に入り、客人は縁側に座って目の前に広がる草庵の景色を見ながらお茶を飲むというスタイル。茶室の空間に人が入って初めて場が完成します。
このように、銀座の山居では、自然の移り変わりが随所に息づいています。このような時間の流れは主人、細川の本当の山居「不東庵」でも変わりません。苔のうえに一見無造作なかたちでたたずむ陶仏をはじめ、童子像や壺は、いつもは「不東庵」のどこかに置かれているものなのです。
細川護熙は60歳で政界を引退して以来、神奈川県湯河原町にある自宅兼工房、「不東庵」で制作活動を続けています。庵号となった「不東」という言葉は、昔、中国は唐の時代、三蔵法師が天竺に修行に出発するにあたって、仏法を極めることが出来なかったら、再び東方の母国の土を踏まないという彼の固い決意を表したもの。それ以来、決して揺らぐことのない強い覚悟をもって、何事にも打ち込むことを表す言葉として使われ、隠居生活という一見穏やかな暮らしの背後に潜む、細川の芸術への想いの強さを伺うことができます。
湯河原は神奈川県と静岡県の境目にある昔ながらの温泉街です。町の歴史に寄り添うように、「不東庵」の庭は、滾々と湧き出る温泉の蒸気でうっすらと曇っています。もともとは細川の祖母の持ち物だったという日本家屋の母屋の裏手には、その趣をよりいっそう引き立てるような藤森照信設計の工房と茶室があります。湯気の立つ温泉の源泉をぐるりと取り囲むように立てられた藤森建築は、ここ数年の間に建てられたにも関わらず、杉皮、銅版などの素材が奥湯河原の自然に心地よく同化して、細川の何物にも囚われない自由な制作活動の刺激になっているのでしょう。陶芸の工房の裏手には、ここ数年、頻繁に使っている絵画のアトリエがあります。ちょうど、薄暗い雑木林の影にひっそりとたたずむ小さなアトリエには、土の匂いと轆轤の音とはまた別の精神的な世界が存在します。
細川は、新聞記者、知事、そして政治家生活のさなかにあっても、ひと時も読書から離れることはなかったといいます。母屋にある書斎には名士による書がところ狭しと並び、夜、床に入るときも、布団に数冊の書を持ち込んではページを捲ることが習慣となっているとか。読書で得た言葉はやがて血肉となり、軸や書画、そしてさまざまな造形作品にまで昇華されていきます。
晴れれば土を耕し、雨が降っては書に親しむ。細川は生涯、晴耕雨読の生活を目標としてきました。「市井の山居」の終了後も、湯河原の「不東庵」では、日々移り変わる季節とそれに寄り添いながら、齢を重ねる一人の人間との静かな対話が行われていくでしょう。
■「市井の山居」あれこれ 第一回
■「市井の山居」あれこれ 第二回
「市井の山居」細川護熙展については↓
http://www.art-it.asia/u/maisonhermes/8xacL5AsWm3p2HXji6nz/
「市井の山居」あれこれ 第二回
【第二回】 亜美庵杜
銀座の喧騒のなか、ひっそりとした隠者の庭をしつらえた展覧会『市井の山居』。山居の主人である細川護熙氏の庭には、茶室『亜美庵杜』があります。
茶室『亜美庵杜』は、細川氏と交流の深い、建築史家の藤森照信氏が設計しました。藤森氏は<不東庵>と名付けた湯河原にある細川氏の自宅にある二つの建物を設計しています。ひとつは、陶芸の作業場<不東庵工房>、もうひとつは茶室<一夜亭>です。由緒正しい日本家屋の傍らにある銅版をまとったエジプトの神殿のようなかたちの工房と、草茫々の山の斜面に建つ茶室は、気張りない隠者の晴耕雨読の生活を洒脱に彩っています。
藤森氏は、2007年にフォーラムで『メゾン四畳半』という展覧会を行い、会場内に漆喰、焼き杉、無垢という三種類の素材をそれぞれ使った家を建てました。今回、再びフォーラムのスペースにお目見えする藤森建築は、おなじみの自然素材を随所に使用し、日本の新しい伝統をつむぎだすような個性あふれる茶室です。
茶室『亜美庵杜』の大きさは、わずか一坪半ほどです。簡素なこの茶室は杉の板を三層重ねてできている集成材のJ-パネルという材料でできています。藤森氏が推薦するこの材料の利点は、数多ある集成材のなかでも木の無垢の質感を大切にしているということ。一枚のパネルを組み合わせることで、暖かな杉の木の風合いの室内が現れていきます。

まずは土台を立てます。炉を掘り込むことを見越した軒下の深さです。
壁を立てます。
最後は屋根です。この上に、屋根を葺きます。
茶室に不可欠な炉を作ります。三角形の床の上で、お茶のおもてなしにぴったりの位置を選びます。位置が決まったら、床に丸く穴を開け、断熱のためにコンクリートと漆喰を塗った金笊をはめ込みます。炉の材料は、笊でもタライでも大丈夫。『メゾン四畳半』の展覧会のときには、植木鉢を使った家もありました。

金笊にコンクリートと漆喰を塗りました。
床に穴を開けて、金笊をはめこみます。
杉の木目の美しいJ-パネルを使って、茶室の土台ができあがりました。「細川展あれこれ」第二回目は、続いて、茶室の屋根を葺いていく作業をご紹介します。
『亜美庵杜』の屋根に使われているのは、細川邸の茶室『一夜亭』の屋根と同じく、杉皮という材料です。杉皮とは読んで字のごとく杉の木の皮。京都の伝統的な家屋の壁や茶室によく使われる素材です。『一夜亭』の屋根は、年月を経て、まるで雑木林の一部のような風合いに変化しています。

険しい森の中を髣髴とさせるような、荒々しい表面の質感。

屋根のふちに厚みを持たせながら、折り重ねていくように葺いていきます。
木の皮といえば、杉皮のほかに檜皮(ひわだ)という素材があります。檜皮はヒノキの木の皮。樹齢100年ほどの生きたヒノキの木からしか取ることのできない貴重な素材で、さらに雨にも強いといいます。杉皮が簡素でひなびた風合いを表すために茶室によく使われるに対して、檜皮は産毛のような繊細な質感で、京都御所や寺院の屋根に使われるような超高級な素材なのです。
杉の無垢の質感だけでは、新築のような佇まいだった茶室ですが、実際の杉皮に備わった年輪を借りてぐっと渋みを増しました。
『亜美庵杜』がまとう無垢の杉の質感を際立たせているのは、真っ黒な焼き杉でできた垣根です。焼き杉は、炭の部分が湿気を払うので、土蔵によく使われる材料です。自然素材のなかで、唯一真っ黒な素材の焼き杉は、滋賀以西の西日本地方の建築にさかんに使われ、その景観にも特徴を加えています。
「江戸東京の黒壁は焼いた炭ではなくて、磨った墨のことね。‘’粋なくろべえ、みこしの松‘’ってよく言うくろべえは墨塗りの壁のこと。」と藤森先生。
作り方はひたすら表面を焼いて焦がすこと。今回は、茶室の土台部分に使ったJ-パネルを、表面が炭化してやわらかくなるまで焼き焦がしています。

焼き杉の表面を手で触ると真っ黒になるので用心。
茶室を平行に彩る垣根が黒ならば、垂直に彩る柱は白。茶室を挟んでいる柱には、漆喰を塗っています。漆喰の主成分は石灰の粉。漆喰は塗るときの仕上げや混ぜ込む素材の特徴によって、表情がいかようにも変わります。
まず、柱の上に縄を回していき、均等に巻けたら、その上から漆喰を塗っていきます。縄が漆喰の水分を吸い込んで、一度膨らみますが、その後漆喰が乾くと同時に縄も再び締まります。だからこそ、漆喰が乾くときにひび割れがしないのです。

藤森建築といえば縄。
漆喰が乾いたら、さらに何層か塗り重ねることで、自然な漆喰の質感を楽しみます。
こうして、創作ともてなしの場所を織り交ぜた山居を象徴するような茶室ができました。縁側と茶室を組み合わせたような空間から、表情豊かな陶器や油彩を眺めていると、自然と初夏の暖かさが肌身に伝わっています。フランス語で、A bientôt(またね)、という茶室の名前は、展覧会が終わればなくなってしまう刹那な茶室の在り方をも示唆しているようです。
■「市井の山居」あれこれ 第一回
■「市井の山居」あれこれ 第三回
「市井の山居」細川護煕展についてはこちらへ↓
http://www.art-it.asia/u/maisonhermes/8xacL5AsWm3p2HXji6nz/
銀座の喧騒のなか、ひっそりとした隠者の庭をしつらえた展覧会『市井の山居』。山居の主人である細川護熙氏の庭には、茶室『亜美庵杜』があります。
茶室『亜美庵杜』は、細川氏と交流の深い、建築史家の藤森照信氏が設計しました。藤森氏は<不東庵>と名付けた湯河原にある細川氏の自宅にある二つの建物を設計しています。ひとつは、陶芸の作業場<不東庵工房>、もうひとつは茶室<一夜亭>です。由緒正しい日本家屋の傍らにある銅版をまとったエジプトの神殿のようなかたちの工房と、草茫々の山の斜面に建つ茶室は、気張りない隠者の晴耕雨読の生活を洒脱に彩っています。
藤森氏は、2007年にフォーラムで『メゾン四畳半』という展覧会を行い、会場内に漆喰、焼き杉、無垢という三種類の素材をそれぞれ使った家を建てました。今回、再びフォーラムのスペースにお目見えする藤森建築は、おなじみの自然素材を随所に使用し、日本の新しい伝統をつむぎだすような個性あふれる茶室です。
茶室『亜美庵杜』の大きさは、わずか一坪半ほどです。簡素なこの茶室は杉の板を三層重ねてできている集成材のJ-パネルという材料でできています。藤森氏が推薦するこの材料の利点は、数多ある集成材のなかでも木の無垢の質感を大切にしているということ。一枚のパネルを組み合わせることで、暖かな杉の木の風合いの室内が現れていきます。
まずは土台を立てます。炉を掘り込むことを見越した軒下の深さです。
壁を立てます。
最後は屋根です。この上に、屋根を葺きます。
茶室に不可欠な炉を作ります。三角形の床の上で、お茶のおもてなしにぴったりの位置を選びます。位置が決まったら、床に丸く穴を開け、断熱のためにコンクリートと漆喰を塗った金笊をはめ込みます。炉の材料は、笊でもタライでも大丈夫。『メゾン四畳半』の展覧会のときには、植木鉢を使った家もありました。
金笊にコンクリートと漆喰を塗りました。
床に穴を開けて、金笊をはめこみます。
杉の木目の美しいJ-パネルを使って、茶室の土台ができあがりました。「細川展あれこれ」第二回目は、続いて、茶室の屋根を葺いていく作業をご紹介します。
『亜美庵杜』の屋根に使われているのは、細川邸の茶室『一夜亭』の屋根と同じく、杉皮という材料です。杉皮とは読んで字のごとく杉の木の皮。京都の伝統的な家屋の壁や茶室によく使われる素材です。『一夜亭』の屋根は、年月を経て、まるで雑木林の一部のような風合いに変化しています。
険しい森の中を髣髴とさせるような、荒々しい表面の質感。
屋根のふちに厚みを持たせながら、折り重ねていくように葺いていきます。
木の皮といえば、杉皮のほかに檜皮(ひわだ)という素材があります。檜皮はヒノキの木の皮。樹齢100年ほどの生きたヒノキの木からしか取ることのできない貴重な素材で、さらに雨にも強いといいます。杉皮が簡素でひなびた風合いを表すために茶室によく使われるに対して、檜皮は産毛のような繊細な質感で、京都御所や寺院の屋根に使われるような超高級な素材なのです。
杉の無垢の質感だけでは、新築のような佇まいだった茶室ですが、実際の杉皮に備わった年輪を借りてぐっと渋みを増しました。
『亜美庵杜』がまとう無垢の杉の質感を際立たせているのは、真っ黒な焼き杉でできた垣根です。焼き杉は、炭の部分が湿気を払うので、土蔵によく使われる材料です。自然素材のなかで、唯一真っ黒な素材の焼き杉は、滋賀以西の西日本地方の建築にさかんに使われ、その景観にも特徴を加えています。
「江戸東京の黒壁は焼いた炭ではなくて、磨った墨のことね。‘’粋なくろべえ、みこしの松‘’ってよく言うくろべえは墨塗りの壁のこと。」と藤森先生。
作り方はひたすら表面を焼いて焦がすこと。今回は、茶室の土台部分に使ったJ-パネルを、表面が炭化してやわらかくなるまで焼き焦がしています。
焼き杉の表面を手で触ると真っ黒になるので用心。
茶室を平行に彩る垣根が黒ならば、垂直に彩る柱は白。茶室を挟んでいる柱には、漆喰を塗っています。漆喰の主成分は石灰の粉。漆喰は塗るときの仕上げや混ぜ込む素材の特徴によって、表情がいかようにも変わります。
まず、柱の上に縄を回していき、均等に巻けたら、その上から漆喰を塗っていきます。縄が漆喰の水分を吸い込んで、一度膨らみますが、その後漆喰が乾くと同時に縄も再び締まります。だからこそ、漆喰が乾くときにひび割れがしないのです。
藤森建築といえば縄。
漆喰が乾いたら、さらに何層か塗り重ねることで、自然な漆喰の質感を楽しみます。
こうして、創作ともてなしの場所を織り交ぜた山居を象徴するような茶室ができました。縁側と茶室を組み合わせたような空間から、表情豊かな陶器や油彩を眺めていると、自然と初夏の暖かさが肌身に伝わっています。フランス語で、A bientôt(またね)、という茶室の名前は、展覧会が終わればなくなってしまう刹那な茶室の在り方をも示唆しているようです。
■「市井の山居」あれこれ 第一回
■「市井の山居」あれこれ 第三回
「市井の山居」細川護煕展についてはこちらへ↓
http://www.art-it.asia/u/maisonhermes/8xacL5AsWm3p2HXji6nz/
「市井の山居」あれこれ 第一回
「市井の山居」あれこれ
銀座の真ん中にひっそりとした隠者の居をしつらえた展覧会「市井の山居」。本展覧会では、山居の主人である細川護熙が今回初めて展示する絵画作品をはじめ、絵皿、茶碗、陶仏、書といった多岐にわたる作品の数々が展示されています。
『「市井の山居」あれこれ』では、作品の背後に流れる細川の芸術への造詣とともに、山居に散りばめられた作品にまつわるエピソードを紹介します。
【第一回】 油彩と白隠
今回、細川は昨年から精力的に制作している油彩をはじめて展示しました。風景、寺院の遠景、仏の姿など、多岐にわたるモチーフがキャンバスのなかに描かれていますが、なかでも展覧会のポストカードにもなっている、達磨の作品は細川が始めて描いた油彩作品のひとつであり、細川自身、もっとも気に入っているものといいます。

一見、モダンなこの作品ですが、モチーフになっているのは、実は墨で描かれた禅画。江戸中期に臨済禅を再興した禅僧、白隠(はくいん:1685-1768)の「達磨像」という作品です。
静岡県沼津市で生まれた白隠は、出家を決心してから、全国各地の寺を渡り歩き、厳しい修行を重ねました。その修行の厳しさは、1707年の富士山の大噴火のとき、激しい噴出に逃げ惑う民衆のなかでひとり座禅を組み続けていたという逸話が残っているほど。白隠は沼津の松蔭寺の住職として落ち着くと、84歳の生涯を閉じるまで、一日一日を惜しむように膨大な量の禅画や書物をしたためました。禅画に関しては、筆跡に潜む気迫と力強さは他に比するものはなく、圧倒的な存在感のある作品を数多く残しています。
細川の祖父、護立はこの白隠を心から敬愛し、日本全国の寺に散らばった白隠の作品の収集に尽力しました。幼少のころから病弱で、20歳までの生を全うできないと医者から忠告されていた護立は、白隠の書いた「夜船閑話(やせんかんな)」という本に出会い、深く感銘を受け、白隠の考え方を実践します。必ずしも万人からの評価が高くなかった白隠の作品は、ときには寺の蔵や屋根裏に埃をかぶって眠っていることも多々ありました。そんな白隠の作品を護立は根気よく探し出しては持ち主から譲り受け、毎晩、白隠と仙崖の画を代わる代わる架け替えていたといいます。今では相当の数の白隠の書画作品が、細川家の永青文庫(細川コレクション)に保存されています。
細川は、絵画を描くにあたって、まずは、油彩の魅力に惹きつけられたといいます。油彩のボリューム感、力強さ、色を塗り重ねるプロセスは平面を尊重する日本画にはない特徴です。このことはまさに、白隠の禅画が当時、その大胆さで物議をかもしながらも、なお人々を魅了し続けたことに通じているかもしれません。
※白隠の書画は、東京国立博物館「細川家の至宝」展(2010年4月20日~6月6日)で数点展示されています。
■「市井の山居」あれこれ 第二回
■「市井の山居」あれこれ 第三回
「市井の山居」細川護熙展については↓
http://www.art-it.asia/u/maisonhermes/8xacL5AsWm3p2HXji6nz/
銀座の真ん中にひっそりとした隠者の居をしつらえた展覧会「市井の山居」。本展覧会では、山居の主人である細川護熙が今回初めて展示する絵画作品をはじめ、絵皿、茶碗、陶仏、書といった多岐にわたる作品の数々が展示されています。
『「市井の山居」あれこれ』では、作品の背後に流れる細川の芸術への造詣とともに、山居に散りばめられた作品にまつわるエピソードを紹介します。
【第一回】 油彩と白隠
今回、細川は昨年から精力的に制作している油彩をはじめて展示しました。風景、寺院の遠景、仏の姿など、多岐にわたるモチーフがキャンバスのなかに描かれていますが、なかでも展覧会のポストカードにもなっている、達磨の作品は細川が始めて描いた油彩作品のひとつであり、細川自身、もっとも気に入っているものといいます。
一見、モダンなこの作品ですが、モチーフになっているのは、実は墨で描かれた禅画。江戸中期に臨済禅を再興した禅僧、白隠(はくいん:1685-1768)の「達磨像」という作品です。
静岡県沼津市で生まれた白隠は、出家を決心してから、全国各地の寺を渡り歩き、厳しい修行を重ねました。その修行の厳しさは、1707年の富士山の大噴火のとき、激しい噴出に逃げ惑う民衆のなかでひとり座禅を組み続けていたという逸話が残っているほど。白隠は沼津の松蔭寺の住職として落ち着くと、84歳の生涯を閉じるまで、一日一日を惜しむように膨大な量の禅画や書物をしたためました。禅画に関しては、筆跡に潜む気迫と力強さは他に比するものはなく、圧倒的な存在感のある作品を数多く残しています。
細川の祖父、護立はこの白隠を心から敬愛し、日本全国の寺に散らばった白隠の作品の収集に尽力しました。幼少のころから病弱で、20歳までの生を全うできないと医者から忠告されていた護立は、白隠の書いた「夜船閑話(やせんかんな)」という本に出会い、深く感銘を受け、白隠の考え方を実践します。必ずしも万人からの評価が高くなかった白隠の作品は、ときには寺の蔵や屋根裏に埃をかぶって眠っていることも多々ありました。そんな白隠の作品を護立は根気よく探し出しては持ち主から譲り受け、毎晩、白隠と仙崖の画を代わる代わる架け替えていたといいます。今では相当の数の白隠の書画作品が、細川家の永青文庫(細川コレクション)に保存されています。
細川は、絵画を描くにあたって、まずは、油彩の魅力に惹きつけられたといいます。油彩のボリューム感、力強さ、色を塗り重ねるプロセスは平面を尊重する日本画にはない特徴です。このことはまさに、白隠の禅画が当時、その大胆さで物議をかもしながらも、なお人々を魅了し続けたことに通じているかもしれません。
※白隠の書画は、東京国立博物館「細川家の至宝」展(2010年4月20日~6月6日)で数点展示されています。
■「市井の山居」あれこれ 第二回
■「市井の山居」あれこれ 第三回
「市井の山居」細川護熙展については↓
http://www.art-it.asia/u/maisonhermes/8xacL5AsWm3p2HXji6nz/
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お問い合わせ:TEL 03-3569-3300 (受付時間 11:00~19:00)
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赤ずきんのカレちゃん - ニコラ・ビュフ
【タイトル】 赤ずきんのカレちゃん
【アーティスト名】 ニコラ・ビュフ
【期間】 2010年5月20日~7月20日
“ものがたり”を語るウィンドウのテーマに、アーティスト、ニコラ・ビュフが選んだのは「赤ずきんちゃん」。子どもたちにもひと目でわかる、おとぎ話の世界がウィンドウで展開されます。
「ウィンドウのテーマを考えているとき、無邪気でありつつ心に迫ってくる「赤ずきんちゃん」の世界が、まさにぴったりだと思った」とビュフは語ります。「無邪気さ、怖さ、ユーモアが絶妙なバランスでミックスされていて、しかも誰もが知っているものがたり。
さらに、赤ずきんにエルメスのカレを用いる、というように、エルメスのオブジェをシャルル・ペローのおとぎ話の世界にミックスするというそのアイディアにとてもワクワクしました。」
ビュフの作品に多く見られる、ポップな要素を随所に配したグロテスクな装飾の集積が、白と黒というモノトーンの世界で展開され、色鮮やかなエルメスの商品を引き立てます。
左のウィンドウで赤ずきんちゃんは子猫として表現され、おばあさんの家を探しながら森をさまよいます。赤ずきんちゃんを囲む森の生き物たちは、今度のパーティーのためにティーポットやお皿など、さまざまなオブジェを抱えて動き回っています。
右のウィンドウはおばあさんの家として表現され、おばあさんに化けたオオカミが、赤ずきんちゃんを待ちかまえてベッドに横たわっています。ところが、変装していてもオオカミの本当の姿がベッドの後ろに見え隠れしてしまうのです。この邪悪な登場人物の本来の姿が配された車輪は、運命の輪を表しており、後に狩人の登場によって罰される結末を暗示しています。
16個の小窓では、赤ずきんちゃん、おばあさん、狩人のチームがオオカミを負かす、グリム童話版の赤ずきんちゃんのシーンをそれぞれ表現しています。
Nicolas Buffe (ニコラ・ビュフ)
1978年、パリ生まれ。2005年、パリのエコール・デ・ボザール修了後、国立東洋言語文化学院 (INALCO)にて日本語を修める。東京藝術大学における研究のため来日。La Maison Rouge(パリ)、東京都現代美術館(東京)な ど、世界各地で展覧会を開催。現在は日本を拠点にアーティストとして活動している。
語りつがれる“ものがたり”-Ⅲ ロワイヤル・ド・リュクス
【プログラム名】 語りつがれる“ものがたり” Ⅲ
【上映作品】 ロワイヤル・ド・リュクス
【上映日程】 ①2010年 6月12日~7月3日
②7月10日(土)~7月31日(土)
【上映時間】 ①1時間33分 ②52分
【会場】メゾンエルメス10階 ル・ステュディオ
「Royal de Luxe ロワイヤル・ド・リュクス」
①Le Mythe du Géant 巨人の神話 (上映時間:1時間33分)
2006年/フランス/カラー/93分/フランス語
②La visite du Sultan des Indes sur son éléphant à voyager dans le temps スルタンの象と少女 (上映時間:52分)
2007年/フランス/カラー/52分/フランス語
会場:メゾンエルメス10階 ル・ステュディオ(東京都中央区銀座5-4-1)
上映日:①2010年 6月12日~7月3日 ②2010年7月10日(土)~7月31日(土)
毎週土曜日 (完全予約制/入場無料)
上映時間:11:00 / 14 :00 / 17:00
予約:TEL 03-3569-3300 (受付時間 11:00~19:00)
FAX 03-3569-3612
予約の受付は5月22日(土)より下記電話番号にて承ります。
03-3569-3300 (受付時間 11:00~19:00)
2010年のLe Studioは「Conte et Raconte 語りつがれる“ものがたり”」をテーマにプログラムをお届けしています。第三回目のプログラムでは、街全体を劇場に、巨大な人形が繰り広げる二つのパフォーマンスのドキュメントを上映します。
「街全体に一つの物語を伝えることができないか」。
演出家ジャン=リュック・クールクーはあるとき、このように考えます。街行く人が、突然、おとぎ話の世界に遭遇し、そのまま物語のなかに取り込まれていくという構図を実現できないかと。
フランスの劇団「ロワイヤル・ド・リュクス」は1990年代から、フランスをはじめとした世界各地の街を舞台としたパフォーマンスを行い、その圧倒的なスケールと、情感あふれる表情としぐさによって、豆粒のように小さな人間たちの心に強烈な痕跡を残していきました。その痕跡は、現場に居合わせた人々の心なかで、いつまでも息づき、人々は饗宴が終わったあとも巨人が運んできた物語を自らの言葉で口々に語ります。本プログラムでは、実に10年以上に渡って展開する類まれなパフォーマンスと、その物語が人々の想像のなかで膨らみ、言葉伝いに無限に成長していく様を、ドキュメンタリーを通じて追っていきます。
「市井の山居」 細川護熙展 プレスカンファレンス インタビュー
「市井の山居」 細川護熙展 プレスカンファレンスインタビュー
2010年4月21日 メゾンエルメス8Fフォーラム
「市井の山居」細川護熙展のオープニングに先立って行われたプレスカンファレンスでは、まず作家の細川護熙さんと、茶室「亜美庵杜」の設計をした藤森照信さんに本展覧会の始まりについてのお話をいただきました。
その後、細川さんのご案内のもと、実際に会場を歩きながら、今回の展覧会の背後にある考えとそれぞれの作品について説明していただきました。
細川護熙:10年あまり前に政治の世界を退きまして、神奈川県は湯河原町の方で、晴耕雨読と称して山居暮らしをしております。そこの工房、茶室、窯場は藤森先生に作っていただきました。
日々、焼き物をしたり、詩を書いたり、本を読んだりしておりますが、1年ほど前から油絵を描き始めました。始めたきっかけというのも、焼き物をやっていると、窯の中でひびが入って窯傷(かまきず)というものができるんですね。それを、金継ぎという方法で直したものは昔から名物と言われるものもいろいろあります。ところが、それを専門の直す所に出しますと、非常に高くとられるんです。釜傷なんてものはしょっちゅう出来るものなので、これはかなわんという事で、漆の扱いを少し教わって、自分でやってみました。
そうすると、なかなか面白くできるのですね。漆というのは、油絵のチューブのようなものに入っているので、それを使ってじゃあちょっと絵を描いてみるかという事で、紙に描いて試してみたのです。そのうちにキャンバスを買ってきて、油絵みたいに描いてみてしまえ!という事で、描いたらなかなかこれがいけるものができました。そうして、絵の方に広がっていったという事なんですね。焼き物も、書の方もすべて箱書しなければなりませんし、茶杓にも漆を塗ったりしますから、それが油彩の方に繋がっていったのです。
ご縁でこちらで展示させていただく事になって、ギャラリーに伺ったのですが、今まで10年近く、ほとんど現代美術を中心に扱ってこられたということで、これはなかなか手ごわい空間だなというのが率直な印象でした。これはとても一人の手に負えないという事で、藤森先生に助けを求めました。
湯河原の私のところは、晴耕雨読、山居暮らしの草庵です。お茶の世界では、寂寞草庵の世界といいますが、それは仏の世界に通じるものです。そういうことで、今回の展示では油絵の中でも特に仏の世界に通じるようなものを選び、ひとつのつながりを持たせています。
必ずしもそうした世界にそぐわないものも混じっていますが、それはそれなりに理由があるので、またそれは後でご説明をしたいと思います。
藤森照信:湯河原の不東庵(ふとうあん)を訪れて、最初に作ったのは工房です。次に茶室をつくりましたが、いつも突然の話なのです。「一夜亭」は1ヶ月でつくれないかって。確かに千利休は豊臣秀吉の出陣に合わせて1週間で茶室を作ったことがあります。出陣の途中に招いて、たいへん秀吉を喜ばせたのです。
茶室は当時のフランスの大統領のジャック・シラクさんが来るので、それを迎えたいということ。恐らく、利休以来だと思いますよ。人が来るっていって、急に茶室を作るのは。それで何とか作りました。一般の建築工事は出来ないので、舞台なんかを作っている俳優座が作りました。信じられないかもしれないが、骨はアルミなのです。「アルミは高いでしょ」って言ったら、「運ぶ人件費が安いから、我々は、木じゃなくアルミを使う。」って。見た目は古い感じですけれども、アルミで出来ているのです。
今回も、突然電話がかかってきました。「エルメスで茶室つくれない?」ということでしたが、あの空間では茶室はちょっと・・・と思いました。エルメスは僕も展覧会をやってもらって知っているけれども、とにかく空間が縦長なんですよね。縦長の空間というのは、現代美術には良いのですが、そうでないものには、大変なのです。でもエルメスの人達が、大変ちゃんとやってくれるということを、展覧会をした時から知っておりましたので、何とかやってみようと思いました。簡単な茶室ですが、短期間でつくった茶室としては、結構面白いものではないかと思っています。これからも機会がれば似た作りでどんどんやっていきたいと思います。
【市井の山居へのアプローチ:外露地】
細川:まず展覧会場を3つの空間と考えました。ひとつは草庵寂寞の世界と、イメージして藤森先生に湯河原の山居を模して茶席をつくっていただきました。8階、9階が吹き抜けになった部分、それから真ん中の通路のようになった部分、それから、やはり吹き抜けの高い天井の向こう側の部分。手前の大きなスペースを、お茶の世界でいう、「外露地」と見立てて、通路のところを「内露地」として、奥のスペースを「草庵」というふうに見立ててみました。
まず大きなスペースに入ってきまして、どうするかな、と考えたのですが、ここにガラスの板を置いて、これを草庵に続く小川というか、せせらぎというか、あるいは、小道のようなものに見立てました。各種お茶碗を花びら、あるいは仏の連弁に見立てて並べております。ここにある柱ですが、これを竹林ということにしておくかと、強引にそういうふうにしてしまいました。後ろにかけてある蓮の絵ですが、油とアクリルで描いております。蓮はもちろん、菩提心を表すものですので、ここには蓮がよいのではないかと。蓮の絵を油で描いている人は少ないのではないでしょうか。そしてあの隅っこには、ほほ杖をついた童子がちょこんと座っています。なんとなく童子が覗き込んで見ているというイメージです。
また、天井まである大きな壁を振り返っていただきますと、熊本城の石垣の上に城郭がたっています。これだけが少し仏の世界とは異質の絵なのですが、この空間に入ってきて、このガラスの壁面を見た時に、何となく、熊本城の石垣のイメージがぱっと浮かんだんですね。それでちょっと強引だったのですが、あそこに石垣を描いてかけようということにしたわけです。この大きな絵は、私の小さなアトリエには入りきらないものですから、事務所の壁に立てかけて、下のほうは床に寝転がって描きました。本当に短期間で描きました。あとは苔をしつらえていただいて、そこに破れた壺のようなものを転がしてあります。
【草庵へ:内露地】
こちらの外露地の空間から、内露地の方に進んでいきますと、まずテーブルの上にこの展覧会のために信楽の土で作ったお皿があります。その皿にエルメスの紋様にある馬車の絵と、それからイニシャルの「H」という文字、またそのほかの絵を裏表に描いております。あと、こちらの桜の絵は、湯河原の自宅にあります枝垂桜をモチーフにして描きました。
桜が咲いている内露地を通って奥に進んでいただきますと、右手のところに信楽の壺があります。このなかには今朝友人がとってきてくれたヤマブキを入れています。壁には「ケセラセラ」という文字をしたためた書を掛けました。「ケセラセラ」というのはフランス語ではないのですが、何か書を掛けるということを考えました時に、何となく、エルメスにまつわるイメージで、こちらの「ケセラセラ」という文字が思い浮かびました。また、奥のスペースの茶室には「アビアント」と書いた扁額(へんがく)をかけておりますが、そちらも同じ理由です。
こちらの廊下の部分にあるのは、夕焼けのなかに、薬師寺の塔を描いております。わりに始めの頃に書いたものです。静かな感じの雰囲気ですけれども、これは油だけで描きました。その隣には中宮寺の菩薩半跏像の横顔を描いたものがあります。私自身は一番気に入っている作品ですが、一番最近、ここ4週間くらい前に描いたものです。
【静寂の草庵と茶室】
そして、最後にこちらの草庵のスペースに来ていただきますと、藤森先生につくっていただいたお茶室があります。中には、小さな扁額がありますが、この茶室の名前を「亜美庵杜(アビアント)」としたためてあります。茶室の中には中国の詩をしたためた風炉先屏風がありまして、向こう側の壁には、色即是空と破れ紙に書いたものがあります。この辺りの苔の庭にも信楽の土で焼いた陶仏、五厘の塔とか、鬼瓦とかを置いてあります。こちらの正面の方の壁には、仏さんの世界に通ずるようなものを掛けました。これは法隆寺の仁王さんの像ですね。それから百済観音の手。泰山木、それから向源寺の十一面観音の横顔。それから、あちらの一番左手にあるのは高野山の本門です。後ろを振り返ると、だるまの絵が掛けてあります。これは油絵と墨を使って描いたもので、髭の部分は墨で描いております。墨と油を混ぜて描く人はいないと思いますが、髭の部分のかすれた感じが、油で描くとベタっとなってしまいますが、墨で描いたのでとても面白い感じになったと思います。
藤森:先ほど細川さんの説明でもありましたように、この空間は特に天井が高いですね。ランドスケープとして考えていたというお話を改めて聞いて、「ああ、そういう事だったのか」と思いました。恐らく僕にも最初にそう説明があったと思うのですが、すっかり忘れていたので、ああなるほどこの高さはランドスケープ向きだな、と思いました。そういうふうに考えると、上手くいったなと思ったのは苔です。「市井の山居」ということをテーマにするのはいいのですが、その山居らしさをどうやって出そうかと困ったんです。以前、苔の塔というのを作ったことがあり、苔を使えばなんとかなるという事を知っていましたから、今回も苔を使ってみました。意外といいですよね。なんかずっとあるみたいな感じがして。(苔の前にしゃがんで)ここに種が落ちたらしくて、(クローバーが)生えてきたんですね。私としては、この苔がいつからあるか分からないくらいに、こういう草がどんどん生えてくれればいいと思っています。まさか2粒だけ誰かが置いていってくれたんとも思えないので、自然と生えてきたんですね。生け花や盆栽みたいなものではなくて、地べたを感じさせる植物を取り込むと山居の感じが出ます。自然界が室内化するというふうに。苔の力が持っている、山や野原を想起させる力というのを、ここで始めて知りました。私にとっても大変いい経験でありました。
この茶室で使われている板ですが、これは優れた板で、日本でしか作られていない集成材です。集成材はもちろん日本で始まったものではなくて、ヨーロッパやアメリカで始まったものです。性能は良いのですが、集成材の問題は、木であることを感じさせないんですよ。一番典型的なのはアメリカのものですが、一度木を細かくチップにした後に板状に糊で固めるんです。あるいは日本で一般的なのは、かつらむきにしてやる方法。合板とか集成材というのは、もとの木を感じさせないのです。ところが日本にだけある材料で、Jパネルっていう名前のものがあります。Jは、ジャパンのJです。これは誰が使っても良い、特許のない技術で、昔、国土交通省が開発して技術を広めたものです。このJパネルというのは扱いやすいし、狂わないし、なおかつ無垢の木の質感をちゃんとしのばせる。このJパネルを使って展示をするというのは、私が始めてです。Jパネルというのは、普通下地などのあまり人目につかないところに使われるからです。
こうやって見渡すと本当にランドスケープのなかに仏さんを置いたんだということが、わかりますね。壁に絵をランダムに掛けるというのはなかなか無いと思いますけれども、こうやって見ると、ランドスケープのひとつになるんだな、と感心しました。
茶室の後ろにあるのは焼き杉というもので、Jパネルの表面を焼いた板です。西日本にしかないもので、東日本では墨で塗っちゃうんです。自然の素材というもののなかで、世界でも珍しい伝統的な技術です。ただこの空間と合わないんじゃないかと心配していたんですけれども、結構こうやって見ると合っているのに驚いております。この柱ですが、細川さんは、竹と見立てればいい、とおっしゃっておりましたが、私としては、鉄のような質感の柱を見て竹というのはちょっと苦しいと思いました。それで、縄を巻いて、漆喰をぬっております。まあ結構上手くいったなと思っております。
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