2009年=ゼロ年代回顧|椹木野衣

2010年1月29日
——村上隆「GEISAI」、毛利嘉孝「ストリートの思想」、赤瀬川原平+山下裕二「日本美術応援団」をキーワードとして



文:椹木野衣

与えられた課題は2009年の回顧ということなのだが、こうしてゼロ年代が終わり09年代が始まると、09年が21世紀最初のディケイドを締めくくる最後の年であったことに思い当たる。よって、ここではあえて日本のアート界のこの10年を振り返ってみたい。


『アートフェア東京 2009』会場風景
© アートフェア東京 撮影:岩下宗利


まず、一方ではアート界が世界的な市場活性化の波に乗り、かつてないほどの市民権を得て、マスコミや雑誌を賑わせたことが浮かんでくる。ビエンナーレなどという専門語が流行の一端を飾り、世界各地で大規模な類似の催しが興されるようになると、かつては檜舞台ともいえた国際展はむしろ大量の作家を捌くための巡回サーキットのような様相を呈し、それはそのまま細かくブースで区切られた見本市会場=アートフェアの風景に重なっていった。かつて「キュレーターの時代」という言葉がよく聞かれたが、ゼロ年代の後半ではこれに代わり、かつてのどこかいかがわしい「アートディーラー」ではなく、新世代の「ギャラリスト」たちが堂々と脚光を浴びるようになっていく(たとえば作品の審査などにギャラリストが呼ばれることは今ではめずらしくないが、かつてはありえないことだった)。もっとも、名こそ変われどかれらの営みがビジネスであることに変わりはない。作家の名と作品は避けがたく投機の対象として絶え間なくマーケットで値踏みされ、そのなかから(なんであれ)「アート史上最高額」が矢継ぎ早に乱発されたことは記憶に新しい。


『GEISAI #11』2008年 会場風景
撮影:miget


けれども気がついてみれば、日本では国際展もフェアも本来の意味で制度として根付いたとは到底言えまい。むしろ、欧米型のフェアとは違う路線をとり活路を見出そうとした村上隆の「GEISAI」の方が、当初より「あんなものはストリート・バザール」などとあざけられながらも、結局は国内のどんなお墨付きのビエンナーレや美術賞、そしてフェアよりも無名の作家を発掘し、かれらに実質的な機会を与えたことは否定できないだろう。

他方で、ゼロ年代の冒頭で突如として米国を襲った同時多発テロの余波は、アート界のみならず世の総体を目に見えぬ暗雲で覆い、その後遺症から世界は依然として癒えていない。このことを改めて含め考えるならば、前記したアートのにわか活況も、この亀裂ともいうべき不安を文化的にカモフラージュする不透明なヴェールのように感じられなくもない。というのも、あの「9・11」以降、主に欧米圏で大都市を中心にセキュリティ(考えてみれば、こんなおかしな響きの語がいったいいつのまに一般化したのだろう)が大幅に強化され、元来は不特定多数に属するはずの公共圏はたちまち監視カメラでいっぱいとなり、ついには誰にも使えぬ管理された場へと塗り替えられていった。たとえば90年代においてストリートは依然、いまだ未発達だったギャラリーや美術館、ビエンナーレやフェアに代わる、唯一のオルターナティヴな場であったし、誰もそのことを不審になど思いはしなかった。また過去を振り返っても、日本の現代美術を牽引して来た具体や反芸術、もの派、ネオポップのどれをとっても、ひとつとしてストリートや公共圏が初発の起点とならなかったものはない。言い換えれば、ストリートを失えば日本のアートはその系譜も素養も根こそぎ奪われるといって過言ではないのだ。そのことを考えたとき、ゼロ年代において、その不毛を補完するものとしてこそ、ビエンナーレやフェアの賑わいは機能したようにすら見えてくる。事実、90年代と比べたとき、ゼロ年代が奇妙にも絵画への回帰現象として括られるのは、その可能性が再浮上したというよりも、そのほうが商品として流通しやすいという身も蓋もない理由に加え、都市圏での世界的なセキュリティの強化と矛盾しない掲額化へと、アート動向が流れ落ちていったことと矛盾しない。


福住廉 連続企画「21世紀の限界芸術論」vol.4
『山下陽光の大チョロズムパノラマワールド』ギャラリーMAKI 2008年
「素人の乱」のひとり、山下陽光による展示


話を戻せば、セキュリティが強化され不可侵(=不法)の場となったストリートに、あえて対抗的な文化価値を見いだそうとする「ストリートの思想」がアートと結びつき、知識に準拠した「左翼」から訣別して実践的=社会的な文脈を更新するべく台頭したのは、ある意味、必然的なことと言える。その提唱者でもある毛利嘉孝が「ストリートの思想家」と呼ぶ小田マサノリ=イルコモンズや、高円寺を拠点とする素人の乱が、旧来の「左翼」とも「アーティスト」とも明確に異なりつつ、同時に両者の要素を兼ね備えてゼロ年代に登場したのは、このような文脈で理解すべきだろう。

しかし、ストリートのアートは(けっしてグラフィティというような意味ではなく)戦後の日本の現代美術にとって常に原風景としてあったし、政治や社会と離れても美術が存在しうる状況を休むことなくつくり続けてきた場が路上であったことを忘れてはならない。つまり、それは決して“新しく”ない。むしろある種の自然体ですらあって、過度に政治に擦り寄せる必要もなく、すべてがそこから始まったこと(たとえば日本で最初の西洋油彩画展は明治期に五姓田芳柳が浅草寺の境内で行った)を思い起こす必要がある。これに倣えば、ヒロシマの上空にセスナ機で「ピカッ」の文字を描いて大きな物議を醸したChim↑Pomなどは、いかにもゼロゼロ・ジェネレーションのアーティストであったように見えて、実際にはアクティヴィズムのアートともストリートの思想とも微妙にずれている。たとえ結果的にそれが「政治」を招いたとしても、それはかれらの「思想」ゆえのことではなく、それどころか「思想の欠如」こそが政治を招くのだ。むしろ、それは近代化されて以降に日本の美術=アートが都市の渦中でとりうるスタンダードなフォームですらありうる。だからこそ瞬時の衝動性などではなく、そうした系譜のなかにこそ彼らの可能性は見られなければならない。


赤瀬川原平、山下裕二『日本美術応援団』2000年(日経BP社刊)

ゼロ年代を賑わせたもうひとつの話題としては、もうひとつ、日本美術ブームの再興を挙げておくべきだろう。その理由としては(前に別の場所でも触れたが)、鑑賞財ではなくあくまで「文化財」としてそれらを管理していた行政母体が構造改革によって独立採算性を求められたため、いわゆる「お蔵出し」が一般化したことや、そのことと同時多発テロ以降の国内観光の活発化などが連動した結果と考えることができる。しかし理由はともあれ、それまで秘匿されていた選り抜きの日本美術が、ひろく誰の目にも触れられる対象となったことの意味は大きい。その点では、かつて赤瀬川原平と山下裕二が日本人の西洋美術偏重から一歩引いた視線から始めた「日本美術応援団」は、いまではもう当初の役割を終えたと言える(いまでは、むしろ応援されるべきは西洋美術のほうだろう)。もっとも、この傾向は2010年代にも推し進められることが予想される。もともとキリスト教文化などは他人の流儀で、仏教の線香臭い匂いのほうが身の丈に有っていたところに与えられた文化のお墨付きは、そう簡単には静まりはしない。そんななか、われわれは「当たり前にいいものをいいと言う正しさ」(たとえば興福寺の阿修羅像を評判通り素晴らしいと感じても、そこにはなんの知的な刺激も冒険もない)から、ゆっくりと抜け出すべき時期に来ている。そのことだけは肝に銘じておこう。

なぜなら、アートの最大の可能性とは、なんの履歴も保証もない対象を、ひたすら自分の感覚だけで「首肯する」こと−−この一点以外には(これまでも、この先もずっと)決してありえないからだ。


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