「市井の山居」 細川護熙展 プレスカンファレンス インタビュー

「市井の山居」 細川護熙展 プレスカンファレンスインタビュー
2010年4月21日 メゾンエルメス8Fフォーラム

「市井の山居」細川護熙展のオープニングに先立って行われたプレスカンファレンスでは、まず作家の細川護熙さんと、茶室「亜美庵杜」の設計をした藤森照信さんに本展覧会の始まりについてのお話をいただきました。
その後、細川さんのご案内のもと、実際に会場を歩きながら、今回の展覧会の背後にある考えとそれぞれの作品について説明していただきました。

細川護熙:10年あまり前に政治の世界を退きまして、神奈川県は湯河原町の方で、晴耕雨読と称して山居暮らしをしております。そこの工房、茶室、窯場は藤森先生に作っていただきました。

日々、焼き物をしたり、詩を書いたり、本を読んだりしておりますが、1年ほど前から油絵を描き始めました。始めたきっかけというのも、焼き物をやっていると、窯の中でひびが入って窯傷(かまきず)というものができるんですね。それを、金継ぎという方法で直したものは昔から名物と言われるものもいろいろあります。ところが、それを専門の直す所に出しますと、非常に高くとられるんです。釜傷なんてものはしょっちゅう出来るものなので、これはかなわんという事で、漆の扱いを少し教わって、自分でやってみました。

そうすると、なかなか面白くできるのですね。漆というのは、油絵のチューブのようなものに入っているので、それを使ってじゃあちょっと絵を描いてみるかという事で、紙に描いて試してみたのです。そのうちにキャンバスを買ってきて、油絵みたいに描いてみてしまえ!という事で、描いたらなかなかこれがいけるものができました。そうして、絵の方に広がっていったという事なんですね。焼き物も、書の方もすべて箱書しなければなりませんし、茶杓にも漆を塗ったりしますから、それが油彩の方に繋がっていったのです。

ご縁でこちらで展示させていただく事になって、ギャラリーに伺ったのですが、今まで10年近く、ほとんど現代美術を中心に扱ってこられたということで、これはなかなか手ごわい空間だなというのが率直な印象でした。これはとても一人の手に負えないという事で、藤森先生に助けを求めました。

湯河原の私のところは、晴耕雨読、山居暮らしの草庵です。お茶の世界では、寂寞草庵の世界といいますが、それは仏の世界に通じるものです。そういうことで、今回の展示では油絵の中でも特に仏の世界に通じるようなものを選び、ひとつのつながりを持たせています。
必ずしもそうした世界にそぐわないものも混じっていますが、それはそれなりに理由があるので、またそれは後でご説明をしたいと思います。

藤森照信:湯河原の不東庵(ふとうあん)を訪れて、最初に作ったのは工房です。次に茶室をつくりましたが、いつも突然の話なのです。「一夜亭」は1ヶ月でつくれないかって。確かに千利休は豊臣秀吉の出陣に合わせて1週間で茶室を作ったことがあります。出陣の途中に招いて、たいへん秀吉を喜ばせたのです。

茶室は当時のフランスの大統領のジャック・シラクさんが来るので、それを迎えたいということ。恐らく、利休以来だと思いますよ。人が来るっていって、急に茶室を作るのは。それで何とか作りました。一般の建築工事は出来ないので、舞台なんかを作っている俳優座が作りました。信じられないかもしれないが、骨はアルミなのです。「アルミは高いでしょ」って言ったら、「運ぶ人件費が安いから、我々は、木じゃなくアルミを使う。」って。見た目は古い感じですけれども、アルミで出来ているのです。

今回も、突然電話がかかってきました。「エルメスで茶室つくれない?」ということでしたが、あの空間では茶室はちょっと・・・と思いました。エルメスは僕も展覧会をやってもらって知っているけれども、とにかく空間が縦長なんですよね。縦長の空間というのは、現代美術には良いのですが、そうでないものには、大変なのです。でもエルメスの人達が、大変ちゃんとやってくれるということを、展覧会をした時から知っておりましたので、何とかやってみようと思いました。簡単な茶室ですが、短期間でつくった茶室としては、結構面白いものではないかと思っています。これからも機会がれば似た作りでどんどんやっていきたいと思います。


【市井の山居へのアプローチ:外露地】

細川:まず展覧会場を3つの空間と考えました。ひとつは草庵寂寞の世界と、イメージして藤森先生に湯河原の山居を模して茶席をつくっていただきました。8階、9階が吹き抜けになった部分、それから真ん中の通路のようになった部分、それから、やはり吹き抜けの高い天井の向こう側の部分。手前の大きなスペースを、お茶の世界でいう、「外露地」と見立てて、通路のところを「内露地」として、奥のスペースを「草庵」というふうに見立ててみました。

まず大きなスペースに入ってきまして、どうするかな、と考えたのですが、ここにガラスの板を置いて、これを草庵に続く小川というか、せせらぎというか、あるいは、小道のようなものに見立てました。各種お茶碗を花びら、あるいは仏の連弁に見立てて並べております。ここにある柱ですが、これを竹林ということにしておくかと、強引にそういうふうにしてしまいました。後ろにかけてある蓮の絵ですが、油とアクリルで描いております。蓮はもちろん、菩提心を表すものですので、ここには蓮がよいのではないかと。蓮の絵を油で描いている人は少ないのではないでしょうか。そしてあの隅っこには、ほほ杖をついた童子がちょこんと座っています。なんとなく童子が覗き込んで見ているというイメージです。

また、天井まである大きな壁を振り返っていただきますと、熊本城の石垣の上に城郭がたっています。これだけが少し仏の世界とは異質の絵なのですが、この空間に入ってきて、このガラスの壁面を見た時に、何となく、熊本城の石垣のイメージがぱっと浮かんだんですね。それでちょっと強引だったのですが、あそこに石垣を描いてかけようということにしたわけです。この大きな絵は、私の小さなアトリエには入りきらないものですから、事務所の壁に立てかけて、下のほうは床に寝転がって描きました。本当に短期間で描きました。あとは苔をしつらえていただいて、そこに破れた壺のようなものを転がしてあります。

【草庵へ:内露地】

こちらの外露地の空間から、内露地の方に進んでいきますと、まずテーブルの上にこの展覧会のために信楽の土で作ったお皿があります。その皿にエルメスの紋様にある馬車の絵と、それからイニシャルの「H」という文字、またそのほかの絵を裏表に描いております。あと、こちらの桜の絵は、湯河原の自宅にあります枝垂桜をモチーフにして描きました。

桜が咲いている内露地を通って奥に進んでいただきますと、右手のところに信楽の壺があります。このなかには今朝友人がとってきてくれたヤマブキを入れています。壁には「ケセラセラ」という文字をしたためた書を掛けました。「ケセラセラ」というのはフランス語ではないのですが、何か書を掛けるということを考えました時に、何となく、エルメスにまつわるイメージで、こちらの「ケセラセラ」という文字が思い浮かびました。また、奥のスペースの茶室には「アビアント」と書いた扁額(へんがく)をかけておりますが、そちらも同じ理由です。

こちらの廊下の部分にあるのは、夕焼けのなかに、薬師寺の塔を描いております。わりに始めの頃に書いたものです。静かな感じの雰囲気ですけれども、これは油だけで描きました。その隣には中宮寺の菩薩半跏像の横顔を描いたものがあります。私自身は一番気に入っている作品ですが、一番最近、ここ4週間くらい前に描いたものです。

【静寂の草庵と茶室】

そして、最後にこちらの草庵のスペースに来ていただきますと、藤森先生につくっていただいたお茶室があります。中には、小さな扁額がありますが、この茶室の名前を「亜美庵杜(アビアント)」としたためてあります。茶室の中には中国の詩をしたためた風炉先屏風がありまして、向こう側の壁には、色即是空と破れ紙に書いたものがあります。この辺りの苔の庭にも信楽の土で焼いた陶仏、五厘の塔とか、鬼瓦とかを置いてあります。こちらの正面の方の壁には、仏さんの世界に通ずるようなものを掛けました。これは法隆寺の仁王さんの像ですね。それから百済観音の手。泰山木、それから向源寺の十一面観音の横顔。それから、あちらの一番左手にあるのは高野山の本門です。後ろを振り返ると、だるまの絵が掛けてあります。これは油絵と墨を使って描いたもので、髭の部分は墨で描いております。墨と油を混ぜて描く人はいないと思いますが、髭の部分のかすれた感じが、油で描くとベタっとなってしまいますが、墨で描いたのでとても面白い感じになったと思います。

藤森:先ほど細川さんの説明でもありましたように、この空間は特に天井が高いですね。ランドスケープとして考えていたというお話を改めて聞いて、「ああ、そういう事だったのか」と思いました。恐らく僕にも最初にそう説明があったと思うのですが、すっかり忘れていたので、ああなるほどこの高さはランドスケープ向きだな、と思いました。そういうふうに考えると、上手くいったなと思ったのは苔です。「市井の山居」ということをテーマにするのはいいのですが、その山居らしさをどうやって出そうかと困ったんです。以前、苔の塔というのを作ったことがあり、苔を使えばなんとかなるという事を知っていましたから、今回も苔を使ってみました。意外といいですよね。なんかずっとあるみたいな感じがして。(苔の前にしゃがんで)ここに種が落ちたらしくて、(クローバーが)生えてきたんですね。私としては、この苔がいつからあるか分からないくらいに、こういう草がどんどん生えてくれればいいと思っています。まさか2粒だけ誰かが置いていってくれたんとも思えないので、自然と生えてきたんですね。生け花や盆栽みたいなものではなくて、地べたを感じさせる植物を取り込むと山居の感じが出ます。自然界が室内化するというふうに。苔の力が持っている、山や野原を想起させる力というのを、ここで始めて知りました。私にとっても大変いい経験でありました。

この茶室で使われている板ですが、これは優れた板で、日本でしか作られていない集成材です。集成材はもちろん日本で始まったものではなくて、ヨーロッパやアメリカで始まったものです。性能は良いのですが、集成材の問題は、木であることを感じさせないんですよ。一番典型的なのはアメリカのものですが、一度木を細かくチップにした後に板状に糊で固めるんです。あるいは日本で一般的なのは、かつらむきにしてやる方法。合板とか集成材というのは、もとの木を感じさせないのです。ところが日本にだけある材料で、Jパネルっていう名前のものがあります。Jは、ジャパンのJです。これは誰が使っても良い、特許のない技術で、昔、国土交通省が開発して技術を広めたものです。このJパネルというのは扱いやすいし、狂わないし、なおかつ無垢の木の質感をちゃんとしのばせる。このJパネルを使って展示をするというのは、私が始めてです。Jパネルというのは、普通下地などのあまり人目につかないところに使われるからです。

こうやって見渡すと本当にランドスケープのなかに仏さんを置いたんだということが、わかりますね。壁に絵をランダムに掛けるというのはなかなか無いと思いますけれども、こうやって見ると、ランドスケープのひとつになるんだな、と感心しました。

茶室の後ろにあるのは焼き杉というもので、Jパネルの表面を焼いた板です。西日本にしかないもので、東日本では墨で塗っちゃうんです。自然の素材というもののなかで、世界でも珍しい伝統的な技術です。ただこの空間と合わないんじゃないかと心配していたんですけれども、結構こうやって見ると合っているのに驚いております。この柱ですが、細川さんは、竹と見立てればいい、とおっしゃっておりましたが、私としては、鉄のような質感の柱を見て竹というのはちょっと苦しいと思いました。それで、縄を巻いて、漆喰をぬっております。まあ結構上手くいったなと思っております。

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