「市井の山居」あれこれ 第二回

【第二回】 亜美庵杜

銀座の喧騒のなか、ひっそりとした隠者の庭をしつらえた展覧会『市井の山居』。山居の主人である細川護熙氏の庭には、茶室『亜美庵杜』があります。

茶室『亜美庵杜』は、細川氏と交流の深い、建築史家の藤森照信氏が設計しました。藤森氏は<不東庵>と名付けた湯河原にある細川氏の自宅にある二つの建物を設計しています。ひとつは、陶芸の作業場<不東庵工房>、もうひとつは茶室<一夜亭>です。由緒正しい日本家屋の傍らにある銅版をまとったエジプトの神殿のようなかたちの工房と、草茫々の山の斜面に建つ茶室は、気張りない隠者の晴耕雨読の生活を洒脱に彩っています。

藤森氏は、2007年にフォーラムで『メゾン四畳半』という展覧会を行い、会場内に漆喰、焼き杉、無垢という三種類の素材をそれぞれ使った家を建てました。今回、再びフォーラムのスペースにお目見えする藤森建築は、おなじみの自然素材を随所に使用し、日本の新しい伝統をつむぎだすような個性あふれる茶室です。

茶室『亜美庵杜』の大きさは、わずか一坪半ほどです。簡素なこの茶室は杉の板を三層重ねてできている集成材のJ-パネルという材料でできています。藤森氏が推薦するこの材料の利点は、数多ある集成材のなかでも木の無垢の質感を大切にしているということ。一枚のパネルを組み合わせることで、暖かな杉の木の風合いの室内が現れていきます。


まずは土台を立てます。炉を掘り込むことを見越した軒下の深さです。
壁を立てます。
最後は屋根です。この上に、屋根を葺きます。

茶室に不可欠な炉を作ります。三角形の床の上で、お茶のおもてなしにぴったりの位置を選びます。位置が決まったら、床に丸く穴を開け、断熱のためにコンクリートと漆喰を塗った金笊をはめ込みます。炉の材料は、笊でもタライでも大丈夫。『メゾン四畳半』の展覧会のときには、植木鉢を使った家もありました。

     

金笊にコンクリートと漆喰を塗りました。
床に穴を開けて、金笊をはめこみます。

杉の木目の美しいJ-パネルを使って、茶室の土台ができあがりました。「細川展あれこれ」第二回目は、続いて、茶室の屋根を葺いていく作業をご紹介します。

『亜美庵杜』の屋根に使われているのは、細川邸の茶室『一夜亭』の屋根と同じく、杉皮という材料です。杉皮とは読んで字のごとく杉の木の皮。京都の伝統的な家屋の壁や茶室によく使われる素材です。『一夜亭』の屋根は、年月を経て、まるで雑木林の一部のような風合いに変化しています。


険しい森の中を髣髴とさせるような、荒々しい表面の質感。


屋根のふちに厚みを持たせながら、折り重ねていくように葺いていきます。

木の皮といえば、杉皮のほかに檜皮(ひわだ)という素材があります。檜皮はヒノキの木の皮。樹齢100年ほどの生きたヒノキの木からしか取ることのできない貴重な素材で、さらに雨にも強いといいます。杉皮が簡素でひなびた風合いを表すために茶室によく使われるに対して、檜皮は産毛のような繊細な質感で、京都御所や寺院の屋根に使われるような超高級な素材なのです。

杉の無垢の質感だけでは、新築のような佇まいだった茶室ですが、実際の杉皮に備わった年輪を借りてぐっと渋みを増しました。

『亜美庵杜』がまとう無垢の杉の質感を際立たせているのは、真っ黒な焼き杉でできた垣根です。焼き杉は、炭の部分が湿気を払うので、土蔵によく使われる材料です。自然素材のなかで、唯一真っ黒な素材の焼き杉は、滋賀以西の西日本地方の建築にさかんに使われ、その景観にも特徴を加えています。

「江戸東京の黒壁は焼いた炭ではなくて、磨った墨のことね。‘’粋なくろべえ、みこしの松‘’ってよく言うくろべえは墨塗りの壁のこと。」と藤森先生。

作り方はひたすら表面を焼いて焦がすこと。今回は、茶室の土台部分に使ったJ-パネルを、表面が炭化してやわらかくなるまで焼き焦がしています。


焼き杉の表面を手で触ると真っ黒になるので用心。

茶室を平行に彩る垣根が黒ならば、垂直に彩る柱は白。茶室を挟んでいる柱には、漆喰を塗っています。漆喰の主成分は石灰の粉。漆喰は塗るときの仕上げや混ぜ込む素材の特徴によって、表情がいかようにも変わります。
まず、柱の上に縄を回していき、均等に巻けたら、その上から漆喰を塗っていきます。縄が漆喰の水分を吸い込んで、一度膨らみますが、その後漆喰が乾くと同時に縄も再び締まります。だからこそ、漆喰が乾くときにひび割れがしないのです。


藤森建築といえば縄。

漆喰が乾いたら、さらに何層か塗り重ねることで、自然な漆喰の質感を楽しみます。
こうして、創作ともてなしの場所を織り交ぜた山居を象徴するような茶室ができました。縁側と茶室を組み合わせたような空間から、表情豊かな陶器や油彩を眺めていると、自然と初夏の暖かさが肌身に伝わっています。フランス語で、A bientôt(またね)、という茶室の名前は、展覧会が終わればなくなってしまう刹那な茶室の在り方をも示唆しているようです。


■「市井の山居」あれこれ 第一回

■「市井の山居」あれこれ 第三回

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「市井の山居」 細川 護熙展

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