ピピロッティ・リスト

私はただ「色」を世界に取り戻し、現実に近づこうとしているんです

ヴィヴィッドな色彩と軽やかなカメラワーク、そして自由な発想の展示スタイルで、いまこの時代に生きる喜びや不安を映し出してきた永遠のお転婆アーティスト。初の長編映画のアジアプレミア上映となったヨコハマ国際映像祭に登場した作家に、映画初挑戦の理由と作品に込めたメッセージを聞いた。

聞き手:編集部

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「PEPPERMINTA」(ダイジェスト)

——全80分の初長編映画『PEPPERMINTA(ペパーミンタ)』を拝見しました。ピピロッティ・ワールド全開という印象ですが、従来のビデオインスタレーション群とは異なる試みですね。長編映画に挑んだ動機は何でしょう。

こうした劇作的な方法で、改めて問いかけを発したかったのです。また、ふだん現代アートに縁のない人々にも私の表現が届くかどうか、試したい気持ちもありました。アート鑑賞と映画鑑賞は、普通は別々の行動と見なされるし、両者に惹き付けられる観衆も異なりますからね。この映画がいつかテレビ放映されることにも興味があります。すべての人々のリビングでこの映像がテレビに映るというのは、いわば世界一巨大なビデオ展示装置とも言えますから。

——となると、劇場の椅子に腰を下ろして静かに映画を観るのも、インスタレーションの1形式と見なせるわけですね。

そう、その通りです。


原美術館にて開催された『ピピロッティ リスト:からから』展(2007.11.17〜2008.211)展示風景
左:「星空の下で」オーディオ ビデオ インスタレーション 2007年
右上:「部屋」オーディオ ビデオ インスタレーション 1994/2007年
右下:「ダイヤモンドの丘の無垢な林檎の木」ビデオ インスタレーション 2003年
撮影:米倉裕貴 Courtesy the artist, HAUSER & WIRTH ZÜRICH and Hara Museum of Contemporary Art

——ただ、映画上映というのはとても伝統的な形式ですよね。これまであなたは、巨大なマルチ画面を大胆に使ったり、逆に床の小さな穴に映像を出現させたり……。

またはリラックスして見上げさせたり、でしょう。おっしゃる通りです。その意味では、今回私は歴史を一歩遡ったとも言えます。進化ではなく逆行。実際、ここ最近はこの種の映画に取り組むのに適した時期ではないかもしれない。人々が映画館に行く回数は減る一方で、たまに行くとなれば有名な作品、ある意味で期待通りになる作品を選ぶのですから。でも、私は困難の中へこそ飛び込みたいのです。

——ニューヨーク近代美術館では『PEPPERMINTA』の映像を再構築した作品展示も行いましたね。

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「Behind the Scenes with Pipilotti Rist, Pour Your Body Out (7354 Cubic Meters), MoMA」
2008年11月〜09年2月にニューヨーク近代美術館で行われた展示の舞台裏

映画プロデューサーとの取り決めで、本作の映像を私個人のインスタレーションに3作品まで使えるようにしたんです。ビデオ作家としての私にはこれまで実現できなかった規模の、大勢の専門スタッフと仕事ができた。これも映画に挑戦したいと思った理由のひとつですね。
まるでオーケストラにおける楽団員のように、自らの仕事に情熱を捧げる彼らと働くのは、とても良い経験でした。これまでは自分だけか、2、3人、多くても4人ほどで仕事をしてきましたから。今週(取材は2009年11月)も茨城の潮来市にある水田へ新作用映像を撮りに行きましたが、クルーは私とダビデ・レジティーモ(『PEPPERMINTA』の視覚効果監修)だけで、彼が技術的な部分を、私が撮影を担当しました。


ヨコハマ国際映像祭での上映後、ダビデ・レジティーモと共に会場でのポストトークが行われた。
質疑応答では、客席にいた出展作家のアルフレッド・ジャーとやりとりする豪華な一幕も。 撮影:木奥恵三

——『PEPPERMINTA』には何人くらいのスタッフが関わったのでしょうか。

各シーンとも12〜25人ほどですね。全体ではずっと大勢になります。多くは特定の役割を果たして入れ替わるので、すべてに関わったのは限られた人たちですが。撮影後も別スタッフとの作業があり、いつものビデオアート制作よりもかなりの分業制でした。

矛盾や色彩の中に息づくメッセージ

——「PEPPERMINTA」はこの世界に対する反骨の物語であり、同時に祝福の物語でもありますね。主人公のペパーミンタは並外れて無垢な心の少女で、世界と周囲の人々に変化を起こそうとする。当然それは衝突を生みますが、彼女は敵にさえ愛を持って接します。

この映画では、おとぎ話のように、ある意味で誇張された、よりシンプルな何かを作りました。より象徴的でもあります。でも、メッセージは物語だけでなく、映像の質感、カメラワーク、素材、色、そして世界観の中にも存在します。いま話したペパーミンタの矛盾も、人々の抱える恐れや、私たちの中に潜む「検閲」に言及しているのです。
例えば、相手が私をこう思っている、という自分の中だけの考えで、誰を愛するべきか決めるのはおかしくないでしょうか。その一方、私たちが社会生活を送る上では、ある種の必要な恐れや不安というのも必要です。そこで私は、どんな恐れが必要で、どんなものを乗り越えるべきかという議論を触発したいのです。世界のルールの多くは天から与えられたものに見えますが、実際はすべて人が作ったのですから。そんなわけで、私はこの映画で問いを発することに挑んだのです。もちろん私も自分自身に囚われた人間で、皆さんより自由だということはありませんが。


「PEPPERMINTA」より

——登場人物の何人かは、あなたの分身と言えますか。ペパーミンタや、目玉の姿をした彼女のお祖母さん、または彼女の仲間になるアレルギー体質の引きこもり男性など……。

そうね、お祖母ちゃんがいちばん近いかな(笑)。ボーイフレンドも、どちらも私の分身です。ただ、いまさらだけどペパーミンタという名前は私自身の名に近すぎたなと感じます。どちらもアストリッド・リンドグレーン(『長くつ下のピッピ』などを記した女性童話作家)の世界から来ているのです。ペパーミンタは残念ながら私の分身とは言えない。私はもっと複雑で、ヒステリックな人間ですね。

——あなたの作品は鮮やかな色彩感覚が魅力で、この映画でも同様です。ペパーミンタも、彼女の戦いにおける「奇跡の武器」を開発するために「奇跡の色」を研究しますね。様々な色彩にも何かメッセージが?

いわば、ある種の政治的探求ですね。何がより価値あるもので、なぜ今日の私たちは「色恐怖症」なのか、という問いがここにはあります。欧州でも日本でも、色より形と線が重視されますよね。形、線、黒と白、そして言葉。これらこそが魂・知力・理性であり、一方で色は、音楽のように実体を持たないとされる。その無定形の世界に落ちていくのは危険であり、潜在意識の世界であり、外の世界のもの、プロレタリアート的なものなどに結び付けられる。現代では、広告のツールであるかもしれない。私はこの、我々がモノクロの世界の裏側に押し込んでしまった何かについて語りたいのです。

リアリティは手のひらの中に


「PEPPERMINTA」より

——この映画での色彩の豊かさは、多様性の大切さの象徴だとも感じます。

確かに、個別性とも大いに関係があります。なぜって、私たちの内面はとってもカラフルだから。強い光を見た後に目を閉じると、瞼に焼き付いた色とりどりの光が見えるでしょう。ビデオが発明されたとき——アメリカでも日本でも——人の肌が緑っぽく映るのを防ぐために、いくつかの色が取り除かれました。もしこれがアフリカでのことなら、また違う何かが除去されたでしょう。私たちが写真を見るときも、どこか色が欠けた何かを見ている。私はただ「色」を世界に取り戻し、現実に近づこうとしているんです。

——現実感、または超現実感を生み出すために、人為的な技術が施された箇所もありますね。この観点からは、どんな試みがなされたのでしょう。

映画はハイビジョン映像と、高速連写のスチル画像から構成されています。滑らかなスローモーションのためには毎秒50フレームで撮影をしますが、それに音を乗せるとスローではなく、現実の時の流れを見るように感じられます。撮影後の編集にも1年以上かけました。そういう手順を技術屋的で冷たいものと捉える人もいるかもしれない。でも私は、この作品をできるだけ温かく、生まれながらのものに近づけようと試みました。だから、(劇中で印象的な)赤と緑と青はただ人間の視覚光学をなぞったものです。もしかしたらそれは、質の劣る複製かもしれない。でも私は、リアリティとはひとつだけではないとも思います。この世界にはきっと、たくさんのリアリティが存在する。肝心なのは、私たちがどこに焦点を合わせるかなのです。

Pipilotti Rist
1962年、スイス、グラブス生まれ。80年代よりビデオインスタレーションを制作し、各国の主要美術館や国際展などで発表。ヴェネツィア・ビエンナーレ(97年)では若手作家優秀賞を受賞した。日本での個展には原美術館での『ピピロッティ リスト: からから』(2007〜08)がある。ヨコハマ国際映像祭2009では、初の長編映画『PEPPERMINTA』がアジアプレミア上映された。
http://www.pipilottirist.net/

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ART iTインタビュー:ピピロッティリスト(2008年)

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