塩田千春:流れる水

2009年5月30日(土)~9月23日(水)
入善町下山芸術の森 発電所美術館
http://www.town.nyuzen.toyama.jp/nizayama/

文:松浦直美


「流れる水」2009年 撮影:Sunhi Mang

多くのひとはベッドの上に生を受け、毎日そこで眠り、ベッドで息を引き取る。これまで塩田は多くの作品にベッドを持ち込み、それらは黒い糸を厚く張り巡らせた向こう側に置かれてきた。ベッドは黒い繭に保護されてでもいるようだった。そこは、見えているのに決して到達できない記憶の世界。しかし本展の中核をなすインスタレーション「流れる水」(2009)では、そのベッドが解放されたかのように我々の眼前に姿を現す。

病院から譲り受けた白いベッドの骨組みが35台、だだっ広く天井の高い空間に、天井から床へと緩やかに傾斜しながら広がっている。それらのベッドは中空へと昇っていくのか、地上へと降りてきたのか。その姿と、それを打つ滝のような水音に圧倒される。水は宙吊りのベッドに降り注ぎ、末へと向って床を流れる。水力発電所時代のこの場所をも彷彿とさせるその光景からは、幸福なオーラのようなものが発せられ、神々しさが空間を支配する。すべての生命の源である水に打たれる姿に込められたのは、人知を超えた大きな力への畏怖なのか、または感謝の念なのか。しばし水を浴びた後、明るく柔らかな光だけを浴びて水を滴らせる姿からは、雨に洗われた新緑のような生命力と清々しさが感じられる。塩田の中で何かが明るい日差しを浴び始めている。過日のケンジタキギャラリー(東京)での個展からも受けた印象を呼び起こす作品だった。

「旅立ちの時」(09)では蓋の開いた3つの小型トランクを、これも高さを違えて展示している。下からふたつのトランクは、それぞれ意味深なものを抱きかかえており、観る者の想像力をかきたてる。ひと山の小石の上に赤い針金と糸をちりばめたもの。1台の懐かしい黒電話からいくつもの受話器が垂れ下がっているもの。そしてほど高い位置にあるトランクには、どうやら何も入っていないようだ。塩田はその中に何を詰めて、どこへ旅立つのだろうか。


「旅立ちの時」2009年 撮影:Sunhi Mang

ART iTフォトレポート:塩田千春『流れる水』発電所美術館
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