艾未未―時代相の媒体として

艾未未―時代相の媒体として
文 / 宮本真左美


Installation View at Groninger Museum Photo: Masami Miyamoto

アンディ・ウォーホル没後25年にあたる2012年、『Andy Warhol: 15 Minutes Eternal』と題する展覧会が、シンガポールを皮切りに、香港、上海、北京、東京のアジアの5つの都市を巡回した。*1 これらの回顧展において、展覧会としては各地で過去最多のウォーホルの作品が展示されることになった。
それとときを同じくして、2013年、ドイツの美術、デザイン書籍の大手出版社、ハッチェ・カンツ(Hatje Cantz Verlag)より『Warhol in China』が出版された。*2 この本は、1982年にウォーホルが香港と北京を訪れた折の写真や、訪中後に制作された絵画が約230ページにわたって掲載され、*3 ウォーホルと中国の関わりについての解説や評論が、中国語と英文の二ヶ国語で収録され、その巻頭に艾未未による序文が収められている。
艾未未の作品にはウォーホルが用いたモチーフを使った「コカコーラの壺」シリーズ、陶磁作品の「Flower」シリーズなどがあり、艾のウォーホルへのリスペクト、あるいは継承の自負が見てとれるとも言える。しかし、艾は、具体的にウォーホルの何に共鳴しているのだろうか。
2007年、ドイツ、カッセルで開催された国際展『ドクメンタ12』の参加作品『童話』プロジェクトの際には、かつて、あらゆる人々が創造性を持つ「社会彫刻」の理念を以て制作し続けたヨーゼフ・ボイス(1921-1986)を継承するのか、という質問に対し、艾は、「社会彫刻」という表現自体に受け入れ難いものはないが、ウォーホルとボイスのどちらかを選ぶならば、「ウォーホルの“からかい”のほうがしっくりくるし、この時代に起きる変化に直面することができる。彼は最も普通のやり方で生命を表現することができ、そしてそれを再び神聖化することがない。それがとても人を感動させるのだと思う」*4 と話している。
1980年代、メディアへの露出が多く、生き方自体がアーティスティックであったウォーホルの姿は、当時ニューヨークにいた艾未未の胸に、鮮やかに焼き付けられたのかもしれない。

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Opening of Andy Warhol exhibition at CAFA (Ai Weiwei)

艾未未はかつてこう話した。
「アートはどうやって存在するのか。アートは伝播することで存在するのだ。伝播なくして存在するアートなどない。アーティストの生涯は、伝播する能力が表現できたかどうかである。よいアート、悪いアートなどなく、有効に伝播できるアートか、できないアートかということだけだ」。*5
伝播する能力に関して、ウォーホルが群を抜いていたのは、あらゆる伝達手法を用い、作品のみならず、アーティスト自身が時代の趨勢を映す鏡となったことが挙げられる。艾未未のウォーホルに対する共鳴はそこにあるといえるかもしれない。
艾は2005年にブログを開設して以来、2006年から2009年にかけて日々の思いをエッセイスタイルで書き続け*6 のちにツイッターを開始し、中国の各地のみならず、世界のフォロワーとの交流を可能にした。そしてそれと同時に、艾未未という個人の日常の言葉や写真を発信していった。また、ツイッターを通じて得た情報から、彼が注目する社会問題のドキュメンタリーを制作し、Youtubeにアップし、艾自らがボーカルを担当するミュージックビデオも登場させた。艾は「インターネットと情報の時代は、人類が遭遇した最高の時代だと私は思っている。この時代のおかげで、人間はついに個人として独立し、情報を得て、コミュニケートする機会を手に入れた」*7 と話している。
さらに、アーティストの社会的な立場についての艾の見解も、ウォーホルについてのコメントを聞くようで興味深い。「私はアーティストであるが、アーティストのもっとも大事な作品というのは、その人自身だと思う。なぜなら、こんにち私たちアーティストは、アーティストであるとともに、ひとつの伝達手段、媒体でもあるからだ。私たちは情報や、世界に対する考え方、表現能力と交流の可能性を持っており、さらには、こんにちの技術や、現実に対する反応と認識がある。それらを私は、力を尽くして自ら露呈させようとする。だから、アーティスト自身がひとつの伝達手段であり、個々人がひとつの伝達方法となるのだ」。*8
ウォーホルが当時のメディアを存分に使って時代相を自己に映しだしたように、艾は現代の媒体、インターネットを使って、作品のみならず、プライベートな日常をソーシャルネットワークにアップし続けている。それによって、国際的には彼の知名度はさらに高まった。しかし、中国国内ではどうだろう。彼個人のブログは削除され、日常的に監視を受けており、81日間の拘留ののち、脱税犯と看做されパスポートはいまだ没収されたままだ。加えて、国内では艾未未作品の展示は検閲とそれにともなう自粛によって実現できず、中国現代美術史からも削除される状況に見舞われている。
この国内外での彼の境遇の違いは、「中国政府が艾未未問題を処理する上で、国内外で異なる政策を講じたことによる。というのも、当局は艾未未の国内外での影響力いずれに対しても恐れている。しかし、国際的(国外的)には、渡航を除いては、彼は国家のファイアーウォールを超えていいし、交流も可能で、展覧会の企画をしてもいい。当局は(国外においても)彼を封殺することで引き起こされる、(海外からの)絶えず続く抗議の波を回避したいし、艾未未の件が国際的な人権の話題になることを望まない」。*9 2011年4月3日、艾未未が北京国際空港で突然当局に拘束され、秘密裏に81日間拘禁された。中国国内で起きたことであれ、拘束されたことで艾未未の言動とアートの創作が、当局によって絶たれたという事実は、ツイッターによって海外のフォロワーにもすぐに伝わった。そして、世界各地のミュージアムやギャラリーをはじめ、政界や一般市民の中国政府に対する抗議が拡大したのである。そういった影響のもとで、中国政府は、艾未未問題が引き続き国際的な干渉に及ぶことは避けたいのだ。しかし一方で、「国内においては、彼がソーシャルネットワークやその他のメディアで、大衆と結びつくのを絶たなければならず、また当局に対して激しい社会的非難をさせてはならない」。*10 よって、艾未未は、国内では、インターネットサイトを含むあらゆるメディアでの情報の検閲を受け、個展も開くことができず、まるで存在しないかのように扱われる。国外では、渡航を禁止されている以外は自由で、大々的に個展を挙行することができる。彼はそこでもインターネットによる連携を駆使し、各国の主催側でも、人権と言論の自由を求めて闘争するため渡航できないアーティストの展示を歓迎する。
ウォーホルが見せた時代相が、アメリカン・ドリームとよばれるにふさわしいなら、艾未未というアーティストが見せる時代相は、目下のところ、中国の国際的面目と国内の安定維持を図るための矛盾した政策を映し出していると言っていいだろう。
習近平国家主席が就任後初めての演説で、「中国の夢」*11 を前面に押し出して以来、政府はこれをスローガンとして強力に宣伝している。天安門広場はもとより、北京のあちこちには「中国の夢」の巨大な広告版が現れ、昨年10月1日の国慶節に合わせて北京国立博物館で行われた展覧会も「中国の夢」と題して挙行された。しかし、「中国の夢」には全くといっていいほど具体性がない。そして、時代相のひとつの媒体となった艾未未は、国家が打ちだしたチャイニーズドリームの完全に蚊帳の外にある。それはむしろ中国の悪夢と言ってもおかしくないのではないだろうか。


*1 巡回先は以下のとおり。アート・サイエンス・ミュージアム、シンガポール(2012.3.17-10.21)、香港美術館、香港(2012.12.16-2013.3.31)、パワーステーション・オブ・アート、上海(2013.4.29-7.28)、中央美術学院美術館、北京(2013.9.29-11.15)、
森美術館、東京、(2014.2.1-5.6)
*2 アート、建築、デザイン等のカタログおよび本を扱うドイツの大手出版社。
*3 回顧展および『Warhol in China』の出版は、ウォーホルの出身地にあるアメリカ、ピッツバーグのアンディ・ウォーホル美術館からの出展、資料提供によるものである。
*4 牧陽一編 『艾未未読本』、集広舎、2012、p172-p173
*5 FUCK OFF 2――CHINESE CONTEMPORARY ART DOCUMENT, Groninger Museum, 2013――A CONVERSATION ABOUT FUCK OFF 2, Ai Weiwei, Cui Cancan、筆者訳
*6 2008年11月27日から、政府によってブログが閉鎖される2009年5月27日まで、181本のロウソクが灯され、その間、艾未未の書いた文章1939件が削除された。
*7 『アイ・ウェイウェイは語る――ハンス・ウルリッヒ・オブリスト』、文・坪内祐三
訳・尾方邦雄、みすず書房、2011、p54
*8 筆者による艾未未インタビュー、2011、前出『艾未未読本』、p98
月刊『あいだ』187号、艾未未 AI WEIWEI概説(続)、2011
*9 「艾未未内外有別的処境」、Voice of America(美国之音)
http://www.voachinese.com/content/aiweiwei-20150216/2646883.html
*10 同上
*11 「中国の夢は民族全体の夢であり、一人ひとりの中国人の夢でもある。中国の夢とは
つまり人民の夢だ。人民とともに実現し、人民に幸せをもたらすものだ」
http://www.cnn.co.jp/m/world/35045540.html

宮本真左美|Masami Miyamoto
埼玉大学文化科学研究科後期博士課程在籍。専門は中国現代アート、艾未未研究。共著に『艾未未読本』(牧陽一編,集広舎,2012)のほか、『アイウェイウェイ スタイル』(艾未未著、牧陽一編,勉誠出版,2014)に「現代中国社会の表層を剥がすーFuck Off展2」を寄稿。そのほか、月刊『あいだ』に寄稿多数。

艾未未のことば 12 アンディ・ウォーホルへの思い

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