CREAM鼎談:宇川直宏+八谷和彦+住友文彦

宇川直宏(ヨコハマ国際映像祭 コンペ部門審査員)
八谷和彦(ヨコハマ国際映像祭 出展アーティスト)
住友文彦(ヨコハマ国際映像祭 ディレクター)

誰もが映像を作ることができ、あらゆる映像を見ることもできる――そんな表現も陳腐にさえ思える近年の「映像天国」の中で、その表現行為、また体験行為はどこへ向かうのか。『ヨコハマ国際映像祭』に異なる立場で関わる3人が、その可能性と課題を探る。

構成:編集部

――映像表現・体験の現在とこれから、を主題にお話いただくにあたって、まずは今回のヨコハマ国際映像祭にて一般公募した「CREAMコンペティション」について伺えますか。大賞にあたるCREAM賞は、「VOICE-PORTRAIT ~self-introduction」(松島俊介)が受賞しました。


松島俊介「VOICE-PORTRAIT」 http://voice-portrait.tumblr.com

宇川 これはネット上の様々な自己紹介映像から音声だけを引っ張ってきて、それらすべてにひとりの男性がリップシンクをかまして音と絵を同調させる作品。手法としては、はるな愛のエアあややと同じですが、顔面の筋肉をつかって当て振りをしている所が新しいですね。

八谷 なるほど……最初の1本だけ観たら普通の自己紹介に見える。でも実は声も話の内容も、それぞれ別人のものということですね。

住友 ネット上にTumblerでYouTube動画をいくつも貼り付けていて、各動画下に示されたリンク先では、声の元になった(YouTube上に散在する)自己紹介映像も観られる。実際の声の持主は、すごい髪型のホストだったり、女の子だったりするんです。そんな「ここまでが私の作品」というラインが曖昧な点が、逆に評価のポイントでもあった。

宇川 ネット上でこの作品がアクセス数を稼ぐことによって、元ネタの人格も広まっていくという構造があって、デジタルネットワーク上でのコミュニケーションの捉え方が斬新ですよね。

——宇川さんは、コンペ受賞作では「…niland 1」(ロシオ・ロドリゲス、マリウス・レネヴェイト)が気になったそうですね。

宇川 これ相当狂ってますよ。ダークアンビエントです(笑)。

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ロシオ・ロドリゲス、マリウス・レネヴェイト「…niland 1」(ダイジェスト)

住友 男女が水中で動く映像で、カメラを逆転したりして奇妙な浮遊感が生まれている。シンプルなトリックなんですが、今度は魚たちが泳いできて、それらだけが上下逆転してないという合成も施されていたりします。全体としてはアンビエントな感じで、美的な完成度も高かった。

宇川 ブラックマジック的な暗黒環境ビデオ。窒息しそうな緊迫感の中への、情念の封じ込め方が気色悪い作品なんですよ。ビデオ呪術として捉えることもできる。そういう意味ではきちんとノイズに精霊が宿ってる。藤子不二雄A先生が応募してきたのかと思いました(笑)。

八谷 これは海外から……スペイン拠点の2人組なんですね。

住友 受賞作以外も全体がいろんな意味で多彩で、最終審査員の浅井隆さん(アップリンク)は「五輪で幅跳びと100mの選手が一緒に競技してる感じ」と評していました。そんな中、映画、メディアアートなど異分野の審査員が、各界における「ありがちなもの」は質が高くても選ばない、そんな厳しさはありましたね。

「5億人のウォーホル」と定点カメラ

住友 コンペでは、ブログ的ドキュメンタリーも本数的には目立っていたかもしれません。昔ながらの記録映像でもなく、原一男(編注:映画監督。70年代から、記録映画の「虚実不明」さに切り込む異色作を制作)的な作品でもなく、日常を淡々と撮り重ねている。

八谷 先日、NHKでもそういうのを見ました。秋田の駄菓子屋みたいな店で、マスターと話しに訪れる人たちを淡々と撮ってるんです。(「僕たちの放課後 ~秋田 ある食堂の物語~」)向かいの工業高校の生徒が進路の話をしたり、人とうまく話せない女の子などもやってきて何かしら語って帰っていく。何も起きなそうだなーと思いつつ、実際大きな事件はおこらないんだけど、いつの間にか20分経ってる、みたいな感じ(笑)。

宇川 退屈な日常からドラマを切り取るといった従来の「極私的ドキュキュメンタリー」ではなく、いまはもう観る側の「のぞき感覚」、その欲望に叶うような動画配信サイトでの単なる日常の垂れ流し、そのフェティシズムも一般に認知されてきたような気がします。別に劇場でかかることを前提としていないから、基本、何も起こらない。でも、もしかしたら一瞬だけ起こるかもしれない。要するに入浴が見たいわけではなく、思わぬファイルの中で一瞬パンチラが見れたという事実の方が興奮するという、偶発的事故としてのドキュメンタリーです(笑)。

かつてウォーホルが撮った16ミリビデオの映像群も、そうしたYoutube以降の現代のドキュメンタリーの本質をかなり突いてる気がします。「カウチ」や「キス」もそうだし、「スリープ」に至っては8時間寝てるだけだから(笑)。開始6時間半の歯ぎしりしている顔がヤバイね、とかそういう世界。


DVD『Andy Warhol: Four Silent Movies
(Kiss / Empire / Blow Job / Mario Banana)』
(ItaloDVD)

もう今日のお題に対する俺の結論にもなるんですけど、今世紀的映像のエクストリームは定点カメラだと思うんです。やはりウォーホルの作品で高層ビルを撮った「エンパイア」なんてまさに定点カメラで、オリジナルは24時間あったという話もあります。もちろん何も起こらないけど、再生すればかつて作家がそこにいた日常時間軸を追体験できるという妙味があったと思うし、近年は現実にさまざまな場所で「エンパイア」のような日常が切り取られ続けているでしょ。いま世界中に溢れる定点カメラ映像って、要するに数億人のウォーホルが24時間無意識に「エンパイア」を撮ってる状況と同じですよね。そこに本来ドラマなど誰も求めていないから、稀に起こった偶発的事故こそに希少価値があると言える。

Ustreamなどの動画サイトには、 生まれたての子犬の映像がたくさんあるんですよ。その時期は親子で常にケージの中にいてくれて、かつ急速に成長するから家庭内に仕込んだ定点カメラの被写体には適しているんです。見知らぬ飼い主のペットが成長していく姿を全世界の人が里親目線で見られるあの感覚は、今世紀のテクノロジーが生んだ目線ですよね。ジガ・ヴェルトフのマニフェストで「世界で最も重要なものは、世界を映画的に感じること」という言葉がありますが、今世紀にはその意味が『カメラを持った男』ではなく『カメラを設置した男』に変わりつつある。

八谷 うちの会社でも、スタッフがやけにモニターばかり見てるので覗いてみたら、チョウゲンボウの巣を定点で撮ってる映像(編注:現在は空の巣の映像)だった。場所はバーゼルなんだそうですが、ヒナの羽が生え変わったり、親が餌を与えてたり、それを延々と見ていて。それでみんな巣立って空っぽの巣になるとと、切なーくなる(笑)。

住友 ただ、ネットの発展前にもその感覚があるにはあったんでしょうね。テレビマンユニオン(番組制作会社)のプロデューサーが書いた本で知ったのですが、1959年の皇太子(現天皇)と美智子様の結婚の儀を全テレビ局が中継した際、日本テレビは他局がCMに入っても、式場で群衆がうごめいてるだけの映像を流し続けた。それが式典の盛り上がりとCMとをきちんと構成した他局より、視聴率を取ったそうです。そこで「テレビは生(なま)だって気づいた」という話でした。


『お前はただの現在にすぎない テレビになにが可能か』
(萩元晴彦/村木良彦/今野勉 共著 朝日文庫)

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うかわ・なおひろ
1968年、高松市生まれ。映像作家、VJ、現代美術家、文筆家、グラフィックデザイナー。MOM/N/DAD PRODUCTIONS、Mixrooffice主宰。京都造形芸術大学情報デザイン学科映像メディア科教授。来年ライブストリーミングスタジオ『DOMMUNE(ドミューン)』を広尾にオープン!!!
http://www.ukawa.tv/

はちや・かずひこ
1966年、佐賀市生まれ。メディアアーティスト。メールソフト「ポストペット(PostPet)」の開発者としても知られ、ポストペット関連のソフトウェア開発とディレクションを行なう会社「ペットワークス」の代表でもある。
http://www.petworks.co.jp/

すみとも・ふみひこ
1971 年、東京生まれ。金沢21 世紀美術館建設事務局学芸員、NTTインターコミュニケーションセンター学芸員などを経て2006~08 年まで東京都現代美術館事業企画課企画係長を務めた後、ヨコハマ国際映像祭2009ディレクターに就任。特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウの副理事も務める。

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