アートの支援者たち:ドイツ銀行

Art Works! 世界最大の企業アートコレクション

5万点を超える作品を収集し、しかも死蔵するのではなくオフィスに飾る! 世界最大のアート支援企業の方針は明快だ。自国から海外オフィスへ、さらには展覧会やアートフェアまで。積極的にフィールドを拡大する巨大企業のゴールはどこか?

取材・文:編集部

ヴェネツィア・ビエンナーレ、ミュンスター彫刻プロジェクト、ドクメンタ(カッセル)。アートの3大祭典が10年ぶりに同年開催される今年、ドイツ関連の展示が注目を集めている。ヴェネツィアではドイツ・パビリオンにおけるイザ・ゲンツケンの個展『OIL』。ミュンスターでは、やはりゲンツケンの彫刻展示。カッセルでは「ドイツ銀行アートラウンジ」。いずれもが「ドイツ3大銀行」のひとつ、ドイツ銀行がスポンサーとなっているものだ。

先駆的にして野心的な取り組み

ドイツ銀行は、1979年に本格的なアートコレクション活動を開始している。主に戦後生まれの現代美術作家の作品、とりわけドローイングや写真などのペーパーワークが対象で、モットーは「Art at Work」。「現役の、稼働中のアート」というような比喩的な意味も込められているのだろうが、一義的には文字通りの「職場のアート」という意味だ。現在では5万点を超えるという、一企業のコレクションとしては世界最大規模の作品群は、その多くが実際に、各国にある約1000ヶ所のオフィスに飾られている。

「ペーパーワークは全体のかなりの部分を占めていますが、この方向性は当面、変わらないと思います。それは単純な理由からで、まず、現在の我々の施設には巨大なエントランスなどはないから大きな作品は置けない。次に、ペインティングや彫刻と違って、額縁とガラスだけで簡単に保護できる。3番目に、ドローイング類はアイディアが最初に可視化されたものなので、企画や着想のヒントとなりうる。そして最後に、作品収集に当たって美術館と競合したくないからです」

こう語るのはフリードヘルム・ヒュッテ氏。ディレクターのアリアーネ・グリゴタイト氏とともに、国際アート部門を統括する最高責任者だ。世界各国にネットワークを築き、収蔵すべき作品、支援すべき作家の情報収集に怠りない。

「ドイツ銀行は国際的企業です。国外に支店が増えるごとに、我々の守備範囲も広がっていきました。いまでは作品の制作委嘱、展覧会の主催や協賛、それにロンドンの『フリーズ』など、アートフェアの協賛も行っています」

というわけで、収蔵品は自社のオフィスだけではなく、国内外の美術館などでも展示される。97年にはベルリンに、グッゲンハイム財団とともにドイツ・グッゲンハイムを開館した。年に3〜4本のペースで、錚々たる現代アート作家の個展を開催。その中には杉本博司、やなぎみわ、ナムジュン・パイク、蔡國強ら、アジア勢も含まれる。やなぎの個展は、現在ニューヨークのチェルシー美術館に巡回中(8/25まで)。今年の9月には、同じくNYのグッゲンハイム美術館で開かれるリチャード・プリンスの回顧展に協賛するとのことだ。

ヨーゼフ・ボイスとの因縁

いまヴェネツィアでは、ペギー・グッゲンハイム・コレクションで『All in the Present Must Be Transformed: Matthew Barney and Joseph Beuys(万物流転:マシュー・バーニー&ヨーゼフ・ボイス)』展も開かれている。ベルリンからの巡回展だが、現代美術の父たるボイスとドイツ銀行とは、実はコレクションの当初から因縁浅からぬ仲だという。

70年代に代表と理事だったヘルマン・J・アブス氏とヘルベルト・ザップ氏が、ボイスの生前に知己を得ていたのだ。「Art at Work」プロジェクトを進めていたふたりはコレクションにボイス作品を加え、カリスマ作家と忌憚のない冗談を交わすほどに親しくなった。社会運動や政治活動にも深く関与したボイスは、あるときザップ氏のことを「この資本主義者め」といたずらっぽく呼んだという。この挿話は、「両者の関係は、ユーモアと相互尊敬の双方によって特徴づけられる」というコメントとともに、ほかならぬドイツ銀行のウェブサイトに記されている。

ヒュッテ氏は、以下のように語っている。

「我々の活動は投資が目的ではありません。でももちろん、マーケティング活動や顧客サービスの一部を担っていることは自覚しています。現代美術は、創作の背景などについての説明が必要なこともありますが、社員や観客とのコミュニケーションを通じてインスピレーションも得られる。我々は文化的な社会関与を果たしていることに誇りを持っています」

「社会はひとつの偉大な芸術的総体であるべきだ」と唱えたボイスの理念を(少なくともその一部を)、ドイツ銀行は引き継いでいる。そう言ったら褒めすぎだろうか。


(左)やなぎみわ個展
(右)ペギー・グッゲンハイム・コレクションで開催中のマシュー・バーニー&ヨーゼフ・ボイス展(2002)より


(左/中)ヴェネツィア・ビエンナーレ2007、ドイツ・パビリオンのイザ・ゲンツケン作品
(右)イザ・ゲンツケン。ミュンスター彫刻プロジェクト2007にて

Deutsche Bank Collection
http://www.deutsche-bank-art.com

Deutsche Guggenheim
Unter den Linden 13/15
10117 Berlin
+49(0)30-2020930
http://www.deutsche-guggenheim.de

db-artmag (online art magazine)
http://www.db-artmag.com

Peggy Guggenheim Collection
http://www.guggenheim-venice.it

Guggenheim Museum New York
http://www.www.guggenheim.org

初出:『ART iT』 No.16(Summer/Fall 2007)

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