5月10日に終了した「蜷川実花:Self-image」展は、デビュー20年の節目にあたり、蜷川実花が、今、本当に見せたいと作品のみを見せるという企画であった。結果、明るい「蜷川カラー」は封印され、「noir」や「PLANT A TREE」といった、彼女が「生身に近い」と語る作品(=Self-image)が出品され、これまでの蜷川のイメージを一新する展覧会となったが、中でも特筆すべきは作品のインスタレーション方法だろう。
本来、蜷川の写真はホワイトキューヴの空間と相性が良い。白くフラットな壁面に照明が均一に回った環境で「蜷川カラー」は最大の威力を発揮するが、本展のプランを練っている段階で、(空耳でなければ)「空間の要素が強すぎる…」と呟く蜷川がいた。彼女の豊富な展示経験をもってしても、当館の個性ある空間での展示は一筋縄ではいかなかったようだ。最も厄介なギャラリーⅠには映像展示用に新たな壁を建て、強すぎる要素を消してフラットなスクリーンを作った。しかし、他の展示室も簡単ではない。壁は大きく弧を描き、壁面は積み重なったペンキの層でザラつき、建物の竣工当時の床は飴色に艶を帯びている。サンルームから望む庭は四季折々に美しく表情を変え、下手をすれば鑑賞者の意識を展覧会から引き剥がしてしまう。悩むこと約1年。そうして辿り着いたのが今回の展示だった。
1階廊下とギャラリーⅡは、大判シートに出力されたイメージが壁に貼られ、さらにその上に額装・パネル写真が重ねられ、約100点以上のイメージで埋め尽くされた。あまりのイメージ量に、一点一点丁寧に見ていっても何がどこにあるのか記憶できない状況は、まるで無数のイメージが溢れ、猛スピードで消費されていく現代を象徴しているかのようだった。
原家の邸宅だった時分には2階の各部屋は寝室だったが、そのプライヴェートな空間へと誘う階段室の窓には、透過フィルムに白黒出力したイメージが展示された。春の柔らかな陽光と木の葉が風に揺れる様を窓越しに感じながら、1階のパブリックな場から2階のプライヴェートな空間へと観る人の思考が緩やかに変化していく仕掛けだった。
2階には蜷川の自画像が並んだ。ギャラリーIVに展示された「PLANT A TREE」には本人の姿は全くなかったが、彼女がシャッターを切るその瞬間の心が表れているという意味で自画像であった。ある出来事によって、悲しみに打ちひしがれながら、それでも舞い散る桜の花を一心腐乱に撮影した写真はどれもボケたりブレたりしていた。濃い灰色に塗られた壁、そこに静かに浮かび上がる桜色――思わず蜷川の心に寄り添った鑑賞者もいたに違いない。
2階廊下の床は、蜷川展のために特別に市松模様に設えた。もともと原家の時代に大理石の市松模様であったものをイメージしたのだが、蜷川作品のもつ「光と影」を象徴してもいた。その先のギャラリーVに足を踏み入れると、そこはモノクロのセルフポートレイトが詰め込まれた部屋。全ては映画「ヘルター スケルター」の撮影の合間に、一人ホテルや自室等で撮影したものだという。大人数のチームで作り上げる映画制作の真最中に、自分一人で、カメラ一台で何ができるのかという自己確認のためのセルフポートレイトは、壁に段掛けにされ、彼女のいくつもの想いが一部屋に充満しているようだった。
本展では、以上のようなインスタレーションの秀逸さと同様に展覧会図録の素晴らしさも際立っていた。その図録には当館の発行するものとしては珍しく、展示風景写真があまり掲載されていない。しかしながら、ページを一枚一枚ゆっくりとめくり、最後のページまで辿りついたところで実際のインスタレーションが蘇ってくるよう繊細に編集されている。多くの写真家の作品集を手掛け、蜷川も信頼を寄せるグラフィックデザイナーの町口覚氏ならではのデザインである。展覧会を見逃してしまった方もぜひこの図録で「Self-image」展を体験していただきたい(担当学芸員:坪内雅美)。
展示風景撮影:木奥惠三
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「サイ トゥオンブリー:紙の作品、50年の軌跡」
2015年5月23日[土]-8月30日[日]
https://www.art-it.asia/u/HaraMuseum/SxJiaNegEBMFqyCL2vVd/
「そこにある、時間─ドイツ銀行コレクションの現代写真」
9月12日[土]-2016年1月11日[月・祝]
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