MU[無]展 講演録5_瀬下直樹「 「アルヴァロ シザとポルトガル現代建築」[原美術館]

原美術館において建築家の瀬下直樹氏による講演会が開催されました。米国で学ばれた後、ポルトのアルヴァロ シザ事務所に勤務された瀬下氏ならではの視点で、シザを中心に他の建築家の作品と、ポルトガル独自の表現について、たくさんの図版を交えてお話いただきました。ここではその要約をご紹介します。

[セラルベシュ美術館(ポルトガル語表記Museu Serralves、1997年)]
ペドロ コスタとルイ シャフェスの二人展「FORA! OUT」展(2005年)が開催されたセラルベシュ美術館はシザの代表作の一つです。ポルト市内にある18ヘクタールある緑豊かな「キンタ」(荘園)の中に位置する、真っ白な建築です。

シザの建築に見られる特徴である、環境との対比と調和について、見て行きましょう。4階建てのセラルベシュ美術館は敷地の自然な傾斜を活かして道路からは2層にしか見えないように配慮されています。館内を巡ると、窓の配置が印象的で、周囲の庭園、建築、アート…が交互に目に入るようになっています。また、最下階のギャラリーへ下りる階段は細長く狭く白い空間になっており、次の展示へ移る際にそれまでに見たものを思索できるような効果を生み出しています。
それぞれのギャラリーの特徴に合わせて、壁の片面、または全面を照らすものやギャラリーの中央を照らすもの等、様々な種類のトップライトが使われており、自然の光のなかで作品を鑑賞できるように計画されています。

[海のプール(Piscina das Mares、1966年)]
シザの初期作品の一つ、レサの市営プールは、屋根が道路と同じレベルに設定されており、海への視線を遮らない構造になっています。黒い防腐塗料が塗られた暗い更衣室に天井から差し込む光は、ペドロ コスタの「ヴァンダの部屋」の1シーンのようです。ポルトガル特有の光に感じられます。

[ブラガスタジアム(エドゥアルド ソウト デ モウラ)(Estadio de Braga AXA、2003年)]
環境との対比と調和、という点についてシザの事務所から独立した建築家、エドゥアルド ソウト デ モウラによるスタジアムの例を見ましょう。廃墟となっていた石切り場を再生したスタジアムは、キャノピーを張力で支えるケーブルや、鉄筋コンクリート、ガラス、スチールという異素材が、石切り場の空間に挿入され、劇的な効果を生んでいます。(森の中に鉄の彫刻をインスタレーションした)ルイ シャフェスの作品を見ても、既存の環境に全く異なる素材を挿入している点において共通しています。この対比が生み出す緊張感はポルトガル的な美意識の一つの現れと言えるのではないでしょうか。

[石の文化]
ポルトガルはイタリアに次ぐ大理石の生産国です。皆さんも機会があったらポルトガルの石切り場に行ってみてください。普段体験することのないようなスケールの空間です。また音響環境もとても特徴的で、ここで紹介する石切り場は一部、オペラハウスにする計画もあるそうです。石はポルトガル人の生活にとって身近な存在で、道路の敷石に用いたり、北部では「イシュピゲイロ」という高床式倉庫にも使われています。ポルト東のモンサントには巨石と絡み合うように建てられた住宅の例も見られます。

ポルトガルでは住宅といえば組積造です。今では石に代わってコンクリートブロックやレンガが用いられていますが、壁厚が厚いのが特徴です。シザの住宅などでも時には壁厚が40cm以上あったりします。極端な比較ですが、日本のSANAAによる「梅林の住宅」の壁厚5㎝と比較すると、厚さが9倍近くあることがわかります。石の文化が基本となっているため、壁の厚みに対する常識が日本と違うと言えるでしょう。

[シザのスケッチ]
シザの制作過程を語る上でスケッチは大変重要です。バルセロナ郊外のスポーツ複合施設「Complejo Deportivo Ribera Serrallo」(2006年)の不思議なプールの形も膨大なスケッチを経て生まれました。図面を見ると室内から屋外へとつながったプールが、なんとも不思議なかたちをしています。完成した空間に入ると、プールへ至る長いスロープやトップライトからの光と相まり、たいへん心地よいスペースとなっています。時にシザの建築は、他の建築家の作品との類似点が指摘されることがありますが、それらを否定せず多くのものから影響を受けていることを次のような言葉で語っています。“Architects do not invent anything. They only transform reality.(建築家は何も発明しない。現実を変化させるだけだ。)独創性を主張するのではなく、たくさんのものからの影響を消化し束ねて行く―それにかかせないのがスケッチというプロセスだといえます。

[光について]
マルコ デ カナヴェーデス(Igreja de Sta Maria, Marco de Canaveses、1996年)の教会は、モニュメンタルな姿をしています。室内に斜めに差し込む光は、「受胎告知」の構図を思い起こさせます。洗礼室はそれとは違い、光がぱらぱらと落ちてくるような印象を受けます。一枚一枚、手で釉薬をかけたポルトガル製のタイルは、一つずつ反射角度が異なるためそのような効果を生み出しています。

ユーラシア大陸最西端に位置するポルトガルでは、日没時、とても美しい光に満たされます。太陽の角度が低いために空には長いグラデーション、地上には長い影が見られます。“Saudade“(サウダーデ)というポルトガル語の言葉は、せつなさ、なつかしさ、郷愁、あこがれ…というようなさまざまな意味があり、完全に和訳することはできないポルトガル独特の表現です。このような光に対する独特の感覚や、組積造の文化で培われた時間に対するスケール感などが、“Saudade“の意味を理解する、つまりポルトガル文化を理解する上でとても重要なのではないかと思っています。

第5回 講演 瀬下直樹「 「アルヴァロ シザとポルトガル現代建築」(建築家)
日時 2013年2月2日[土] 14:30-16:00

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「MU[無]―ペドロ コスタ&ルイ シャフェス」
12月7日[金]-2013年3月10日[日]

「ソフィ カル―最後のとき/最初のとき」
2013年3月20日[水・祝]-6月30日[日]

「坂田栄一郎─江ノ島」
7月13日[土]-9月29日[日]

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