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29:東谷隆司——その「存在と体温」

※本連載での進行中シリーズ〈再説・「爆心地」の芸術〉は今回お休みとなります。 大竹伸朗『ダブ平&ニューシャネル』(部分)(1999年) 「時代の体温 ART/ DOMESTIC」展より 撮影:中野正貴 写真提供:世田谷美術館 インディペンデント・キュレーターの東谷隆司が亡くなったView More >

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28:再説・「爆心地」の芸術(9) 核と新潟(中編)

前回はこちら 大友良英×飴屋法水たち「Smile」 撮影:村井勇 撮影日:7月16日 写真提供:水と土の芸術祭実行委員会 不思議とこの夏は、なにかと新潟に足を運ぶ機会に恵まれた。前回とりあげた大林宣彦監督の映画『この空の花』が縁となり招かれた長岡の大花火大会のほかにも、十日町を中View More >

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26:再説・「爆心地」の芸術(7) 中原佑介と核の批評(後編)

前回はこちら 「大地の芸術祭の作品に感じられるのは、ある開放感です。美術作品は展示空間+作品という通念をくつがえし、大地の芸術祭は「脱芸術」の方向に向かっている。」 ————中原佑介(美術評論家) 震災が勃発し、原子炉が壊れて大量の核燃料がメルトダウン、国土の広範囲にわたり放射能View More >

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25:再説・「爆心地」の芸術(6) 中原佑介と核の批評(前編)

前回はこちら シンポジウム「未来の美術館のかたち」壇上での中原祐介(2010年9月、直島ベネッセハウス) 提供:瀬戸内国際芸術祭実行委員会事務局 撮影:中村脩 去る4月24日、北川フラムさんと故・中原佑介について語る対談を公開で持った(*1)。 僕が最後に中原さんにお目にかかったView More >

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24:再説・「爆心地」の芸術(5) いわき湯本にて<3>

2012年3月21日、美術家の村上隆氏と博多に飛んだ。画家の菊畑茂久馬氏を訪ねるためだ。僕らは空港に着くと早々に福岡市美術館に向かい、約束をとりつけていた学芸員の方と菊畑さんのアトリエを兼ねたご自宅を訪ねた。 菊畑さんにお目に掛かるのは初めてだ。が、僕にとってはただならぬ恩のあるView More >

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23:再説・「爆心地」の芸術(4) いわき湯本にて<2>

いわき湯本から東京に戻り、年が明けた2012年1月24日、火曜日。僕は初めて、内幸町(東京都千代田区)にあ る東京電力の本社ビルに足を踏み入れた。 撮影:編集部(2012年3月/以下すべて) 毎日、定時に合わせて昼と夜の2回行われている(*)、福島第一原子力発電所放射能漏れ事故にView More >

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22:再説・「爆心地」の芸術(3) いわき湯本にて<1>

2011年10月30日、宮城県南三陸町のホテル観洋で開かれたシンポジウム「3.11以降の地域とアート これまでとこれから」(*)に登壇したあと、皆で立ち寄った福興市の雑踏からの帰りに、福島県のいわき湯本温泉からいらしていた「三凾座(みはこざ)リバースプロジェクト」を主宰する方々にView More >

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21:再説・「爆心地」の芸術(2) 『じ め ん』

(1)はこちら ©片岡陽太 夢の島にある多目的コロシアムで『フェスティバル/トーキョー11』初日、飴屋法水/ロメオ・カステルッチの公演を観たあと、列をなして帰路を急ぐ人たちからひとり離れ、僕は夢の島をもっと奥へと進んでみた。そこからが、僕にとっての飴屋法水『じ め ん』の始まりだView More >

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20:再説・「爆心地」の芸術(1)  ルニット・ドーム、フクシマ、そしてラッキー・ドラゴン

2004年の夏、ちょうど蝉時雨が激しい今時分のこと、東京都立夢の島公園にある都立第五福竜丸展示館で、ある展覧会が開かれていた。『コラプシング・ヒストリーズ(崩落する歴史)』と題されたこの展示(キュレーター=アーロン・カーナー)には、日本からヤノベケンジと中ハシ克シゲが参加していたView More >

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