
2025年6月19日、シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]は、2025年度の「アート・インキュベーション」のアーティスト・フェローとして、上田麻希、岸裕真、土井樹、藤嶋咲子、山内祥太の5組を選出したと発表した。CCBTは最大1,000万円の制作費に加え、制作スペースの提供、技術・マネジメント面での支援、メンターをはじめとする専門家によるアドバイスなどを通じて、フェローの活動を全面的なサポートを行なう。
「アート・インキュベーション」は、クリエイターに新たな創作活動の機会を提供し、そのプロセスを市民(シビック)に開放することで、都市をより良く変える表現・探求・アクションの創造を目指すプログラム。公募・選考によって選ばれたクリエイターを「アーティスト・フェロー」として委嘱し、これまでに市原えつこ(2024)や布施琳太郎(2024)、contact Gonzo(2023)、SIDE CORE(2022)など、計15組と協働し新たな作品や表現を生み出してきた。
今年度は、社会や個人の在り方を考えるための「これからのコモンズ」を思考するアイデアや姿勢、ナラティブを、実験・触発(インスパイア)する企画と表現活動を募集。非人間的/非中心的な知覚や情報を起点に、多様な知を回復しようとするプロジェクトが数多く提案されるなか、共創的かつ共感的プロセスを経て、世界を再解釈することに挑むアーティストが選定された。



石垣島を拠点に嗅覚アートの研究・普及に取り組む上田麻希は、匂いを手がかりに「コモンズとしての空気」について学び、見えない空気を見える化・体験化する複合プロジェクトを展開する。レクチャー・ワークショップからなる学びの場の創出、嗅覚世界を可視化するリサーチ、空気の循環を表現する空間作品を制作・発表を行なう。人間を含む全ての生物が多種多様な情報をやりとりしている「空気」から、生物多様性やバイオームへの思考を促し、世界を捉える新たな視点の創造を目指す。
人工知能(AI)を「Alien Intelligence(エイリアンの知性)」と捉え直し、人間とAIによる創発的な関係「エイリアン的主体」を掲げて、自ら開発したAIと協働して制作を行なう岸裕真は、植物的視点から現代のAIを捉え直した「植物知性(BI・Botanical Intelligence)」を開発し発表する。完成したシステムはインスタレーション作品として植物園などにおいて公開するほか、研究開発の過程では専門家との協働や、オープンレクチャー、ワークショップ等の開催を予定している。
複雑系の研究者で音楽家の土井樹は、風の流れ、気温、照度など、微細な環境変化を捉えるセンサーを市民とともに創作し都市に設置することで、従来の気象庁などによる広域データでは捉えられない「微気候(microclimate)」を収集し、オープンデータとして公開。さらに収集したデータを音・光・風などの知覚体験に変換するシステムを開発し、これを用いたインスタレーション作品を発表する。


アート×ゲーム×社会問題を軸に、絵画やインタラクティブな手法で現代社会との関係を探る藤嶋咲子は、都市に埋もれた声を可視化し、これまで交わることのなかった他者との対話の場を生み出すことで、世界の見え方に揺らぎを与えるゲーム作品を制作する。体験はインスタレーションとして展開され、記録された対話のログは再編集のうえ公開。年齢、性別、国籍、経済状況、思想などに起因する分断を背景に、すれ違う声が交差する状況から、新たなコモンズの可能性をひらく手がかりを探る。
自己と世界の関係性を主題に、映像、彫刻、パフォーマンス、匂いを用いたインスタレーションなど多様なメディアを横断しながら制作を行なう山内祥太は、「未知なるものとは何か」という問いを出発点に、言語の枠組みに依存しない、ヒューマノイドと人間のあいだに生まれる新たなコミュニケーションの形を構想するプロジェクトを展開。インスタレーション作品として屋外での発表を予定し、作家によるデモンストレーションやレクチャーを通じて制作過程は広く公開される。
「アート・インキュベーション」プログラム:https://ccbt.rekibun.or.jp/core-programs/art-incubation