ハッセルブラッド国際写真賞2022


Dayanita Singh, From Go Away Closer (2007) © Dayanita Singh

 

2022年3月8日、ハッセルブラッド財団は本年度のハッセルブラッド国際写真賞の受賞者に、ニューデリーを拠点に国際的に活躍する写真家のダヤニータ・シンを選出したと発表した。写真界の発展に多大なる功績を残した写真家やアーティストを表彰する同賞史上初の南アジア地域出身の受賞者となったシンには、本年度より増額された賞金200万スウェーデンクローナ(約2340万円)が授与される。授賞式は10月14日にヨーテボリのハッセルブラッドセンターで行なわれ、同日より受賞記念展も開幕する。展覧会に合わせて刊行される作品集には、ノーベル文学賞受賞作家でトルコを代表する小説家のオルハン・パムクのエッセイなども収録される。

審査委員長を務めたジョシュア・チュアンは、ダヤニータ・シンの実践を「写真に対する直感的かつ多義的なアプローチを通じて、経験における言葉にできない性質を記録し、再活性化している」と称し、「ヴァーチャル空間の存在が増す時代においてなお、その実践はフィジカルなものに根ざしている。書物やプリント、木製の構造物など、いかなる形式の下でも、彼女の写真は、現実と同じように、手触りのある直接的で予測できない仕方で過去や現在との関係を結ぶ」ものであると評価した。主催のハッセルブラッド財団は、「ダヤニータ・シンは、その圧倒的な量の写真作品を通じて、イメージに携わるための新しい方法を切り拓いています。ポートレイトに対する人道主義的なアプローチから、アーカイブに対する継続的な関心まで、広範なテーマにわたるその写真は、写真集やインスタレーションという形式の可能性を拡張しながら発表されてきました。独自に考案した移動式「美術館」は、写真を編集したり、組み直したり、保管したり、展示したりする機能を持ち、熱心な鑑賞態度を観る者から引き出す装置となり、その物質性に対する際立った感覚とともに、シンの写真群を相互に関係し合う詩的な要素や物語的な要素を秘めたひとつの体系として提示してきました。彼女の強い好奇心に基づく知性によって育まれたイメージは、世界中の、とりわけインドの若い写真家に影響を与え、それは現在もなお広がり続けています」と、その制作活動を讃えた。

 


Dayanita Singh, From Mona Montage (2021) © Dayanita Singh


Dayanita Singh, From File Room (2011-) © Dayanita Singh

 

ダヤニータ・シン(1961年ニューデリー生まれ)は、詩的な写真表現のなかに、セクシュアリティ、格差、階級、ジェンダー、アーカイブなど、現代社会の諸問題を示唆する作品を発表しながら、写真や写真集の新たな可能性を切り拓いてきた。シンは1980年から86年にかけて、アーメダバードの国立デザイン研究所(NID)でビジュアル・コミュニケーションを学び、タブラ奏者のザキール・フセインを長期的に取材した写真集『Zakir Hussain』(1987)を卒業制作として発表する。卒業後の2年間はニューヨークの国際写真センター(ICP)でドキュメンタリー写真を学び、帰国後は南アジア地域の社会問題を扱った写真を欧米の雑誌を中心に発表していたが、90年代後半にフォトジャーナリストとしての仕事を完全に辞めて、アーティストとしての活動を開始する。転機となったのは、オールド・デリーの墓地に暮らすユーナック(去勢男性)のモナ・アハメドとの出会いで、その後も友人関係を築きながら10年以上にわたって継続的に撮影した写真は、写真集『Myself Mona Ahmed』(2001)として結実している。

2000年代前半にはじまった写真集の可能性を追求する実験は、シンの制作の重要な位置を占めている。蛇腹式に製本した7冊の小型写真集を箱に収めた『Sent a Letter』(2008)は、ギャラリーで作品を発表するよりも幅広い人々に作品を届けるための試みのひとつ。また、『Go Away Closer』(2007)で試みた、シン自身が「言葉のない小説」と呼ぶアプローチは、『Blue Books』(2008)、『Dream Villa』(2010)にも引き継がれている。2017年には『Sent a Letter』でも試みた「展覧会としての書物」という考えを発展させた9冊の小型写真集と1冊のテキストを収めた『Museum Bhavan』を発表。そして、複数の異なる色の表紙を持つ『File Room』(2010)や、その試みをさらに発展し、88点の異なる表紙を用意した『Museum of Chance』(2015)では、書物自体が展示物となる可能性を探究。写真集と展示空間の関係性は、莫大な写真群の一部をスーツケースに収めた「Suitcase Museum」(2015)や、写真作品の入れ替えが手軽にでき、さまざまな形態に変化する構造物「Museum of Shedding」(2016)のような、さまざまな写真の組み合わせの可能性を展示空間で検討する試みにも繋がっている。

これまで、マニフェスタ7(2008)や第54回ヴェネツィア・ビエンナーレ企画展(2011)、第55回ヴェネツィア・ビエンナーレ・ドイツ館(2013)、第20回シドニー・ビエンナーレ(2016)、第57回カーネギー・インターナショナル(ピッツバーグ、2018)などの国際展や企画展に参加。近年の主な個展に、ロンドンのヘイワード美術館とフランクフルト現代美術館を巡回した『ゴー・アウェー・クローサー』(2013)、デリーのキラン・ナダール美術館で開かれた『Conversation Chambers Museum Bhavan』(2015)、『Museum of Machines: Photographs, Projections, Volumes』(MAST美術館、ボローニャ、2016)、『Suitcase Museum』(ドクター・バウ・ダジラッド博物館、ムンバイ、2016)など。日本国内でも2011年に資生堂ギャラリーで個展『ダヤニータ・シン展-ある写真家の冒険-』、2017年に東京都写真美術館で個展『ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館』を開催。京都国立近代美術館と東京国立近代美術館で開催された『映画をめぐる美術-マルセル・ブロータースから始まる-』(2013-14)にも出品している。現在、ベルリンのマルティン・グロピウス・バウでの回顧展『Dayanita Singh: Dancing with my Camera』(2022年3月18日–8月7日)、2022年6月にシュタイデルから最新写真集の刊行が控えている。

 

ハッセルブラッド財団http://www.hasselbladfoundation.org/

 

ART iT Interview Archive
ダヤニータ・シン「円環するイメージの海を航る」(2012年2月)
『ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館』関連企画 ダヤニータ・シン講演会(2017年7月)

 

Dayanita Singh ― Hasselblad Award Winner 2022 from Hasselblad Foundation YouTube channel


Dayanita Singh, Museum Bhavan (2017) © Dayanita Singh


Dayanita Singh, Go Away Closer (2013) Installation view, Hayward Gallery, London, 2013 © Stephen White

 


過去10年の受賞者
2020年|アルフレッド・ジャー
2019年|森山大道
2018年|オスカー・ムニョス
2017年|リネケ・ダイクストラ
2016年|スタン・ダグラス
2015年|ヴォルフガング・ティルマンス
2014年|石内都
2013年|ジョアン・フォンクベルタ
2012年|ポール・グラハム
2011年|ワリッド・ラード

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