シュウ・ジャウェイ「黒と白だけでなく」


Black and White – Giant Panda (2018), single-channel video, 52 min 48 sec. All images: Unless otherwise noted, courtesy and © Hsu Chia-Wei.

 

黒と白だけでなく
インタビュー / アンドリュー・マークル

 

I.

 

ART iT あなたはこれまでに台湾だけでなくアジア全体、そして、アジアのさまざまな地域の歴史的な繋がりを一貫して扱ってきました。一地域としての「アジア」という概念は、あなたにとってどのようなものですか。

シュウ・ジャウェイ(以下、HCW) 私の作品はいずれも何よりもまず台湾に関する問題を土台にしていますが、ただ、それらは台湾のみに留まるものではなく、アジア全体にも関係しています。たとえば、植民地時代の台湾、第二次世界大戦後の台湾、冷戦時代の台湾に関する問題もすべて地域的な問題です。特に植民地化の経験は広くアジアで共有されています。英仏による東南アジアの植民地化と日本による台湾の植民地化には共通点がある。植民地化の過程で、植民者は被植民者を宗主国に同一化するための歴史的言説を生み出しました。たとえば、台湾人を日本に、マレーシア人をイギリスに同一化するために。それが幾多の対立をこの地域に起こしてきました。マレーシアとインドネシアはそもそも隣同士にもかかわらず、一方はイギリス、もう一方はオランダが植民地支配したために、その異なる統治体制によって、ふたつの国民の間に差異、あるいは敵意さえもつくりだされることになった。第二次世界大戦が終わり、旧植民地が独立を獲得し、国民国家を設立するとほぼ同時に、それらの国々は即座に冷戦構造に巻き込まれ、たとえば、ベトナムは南北に分断、台湾と中国と互いに対立することになりました。アジアは数多くの異なるイデオロギーの影響を受けてきたけれど、それらはすべて異なる政権や計画が生み出した政治体制。それらが酷く幻想的に感じられることがある。歴史そのものが幻想です!真の歴史などありません。歴史は常にある具体的な立場や視座から描かれている。これが制作で取り組んでいる重要課題のひとつ。歴史やこれらのイデオロギーの構築の仕方に疑問を投げかけているのです。もし台湾のみを扱い、それ以外を扱わなければ、結局、作品はある種のイデオロギーやものの見方を支持するものへと容易に陥ってしまう。むしろ私の作品は台湾社会の周縁や和平島、馬祖島といった場所を扱うことが多い。ときには輪郭を描くだけでいい。常に台湾とはこうだ、台湾とはああだなどと声高に主張していては、ちょうど私が話していたようなイデオロギーの分断に簡単に繋がってしまいかねません。

 


Above: Ruins of the Intelligence Bureau (2015), single-channel video, 13 min 30 sec. Below: Huai Mo Village (2012), single-channel video, 8 min 20 sec.

 

ART iT アジアにおける帝国主義と言えば、まずは欧州列強であり、次に大東亜共栄圏を掲げる大日本帝国、続いて冷戦下における米軍基地の展開、そして現在は中国が一帯一路政策を通じて、政治的、経済的覇権を打ち立てようとしています。近現代を通じて、アジアは戦略的支配のための領域として扱われてきましたが、作品ではこうしたことを意識しているのでしょうか。

HCW 私たちは冷戦を60年代や70年代の出来事として捉えがちですが、事実、その影響は未だに感じとることができます。たとえば、東南アジア諸国連合(ASEAN)は結局経済組織になりましたが、本来は同地域の共産主義活動に対抗するために60年代に組織されました。冷戦は終わったかのように見えるけれども、アメリカ合衆国と中国のような国家間の対立は存続しています。植民地時代や冷戦時代、政権は国民にどちらか一方のイデオロギーに同一化し、それを支持するようにプロパガンダを活用しました。今では、こうしたトップダウンのアプローチをそれほど見かけない。自分たちは民主的な社会を手にしているかのように感じていますが、その実、中国と一帯一路政策のように経済がすべてを動かしている。基本的には、かつて政治的対立やプロパガンダ戦争だったものが、現在は経済的対立になっている。
各作品が何かひとつの議題に直接的に対処しているとは言い難いけれど、とても複雑な背景を有しているにもかかわらず、ある種の一貫性は獲得しています。「ホェイモ村[Huai Mo Village]」(2012)、「諜報局の廃墟[Ruins of the Intelligence Bureau]」(2015)を例に挙げるなら、どちらもミャンマー、タイ、ラオスの黄金の三角地帯に定住した旧中国国民党の兵士たちを扱っている。彼らは中国国民党(KMT)と中国共産党との国共内戦が原因でその地にたどり着き、冷戦の間はCIAに関与し、現在はそこで必死に生き残り、生活を営んでいる。ここもまた中国の一帯一路政策や現在の経済問題と繋がっています。

 

ART iT 日本では、公的文化機関がアジアをテーマにしたり、アジアの文化機関と協力するときはいつも、文化外交上の政治的目標が動機であるように思われますが、その種の文化外交の意図に対する批評的な転覆や抵抗を試みることはありますか。

HCW 具体的に抵抗を試みているということはありませんが、いろんな場所を訪れ、いろんな人に出会い、いろんな話を聞くことで、私たちの知っているあらゆるものが如何に構築されたものであるのかを知ることができます。たとえば、台湾は日本に植民地化されたので、台湾の歴史の本には日本植民地時代の経験が必ず載っていますが、日本に植民地化されることのなかった馬祖島では、その歴史がまるでパラレルリアリティかのようです。また、東南アジアの黄金の三角地帯に行けば、そこで暮らしている旧中国国民党の兵士たちはおそらくまったく異なる歴史を語りだすでしょう。さまざまな政治や政策の影響によって、公式の物語に達しているわけだけれど、そもそもその公式の物語がフィクションです。実際には、誰もが自分自身の歴史を持っている。だから、私は自分の解釈が正しいとか公式の物語なんていかさまだとか示すような作品は制作しない。むしろ、私が言いたいのは、唯一の客観的な見方などはなく、複数の主観的な見方だけがあるということ。そして、何が危険かと言えば、明らかに主観的なものがあたかも客観的であるかのように提示されることです。
だから、私はいつも人に会い、さまざまな場所を訪れることからプロジェクトをはじめます。人に会い、その人の過去の体験について尋ねる。すると、彼らが私に話したことが彼らの個人的な歴史になるのです。作品はとても小さな点からはじまり、さまざまな物語を紡ぎ合わせていく。それらは国策のように上から仕組まれることはありません。

 


Above: Industrial Research Institute of Taiwan Governor-General’s Office (2017), single-channel video installation, 3 min. Below: Takasago (2017), single-channel video installation, 9 min 20 sec.

 

ART iT あなたが2017年に手掛けたプロジェクト「台湾総督府工業研究所[Industrial Research Institute of Taiwan Governor-General’s Office]」は、台湾における日本の植民地制度を扱ったものですが、それはまた、国家とテクノロジーと文化の関係性にも言及しています。あなたの広範にわたる実践のなかで、この関係性をどのように捉えていますか。

HCW 「ホェイモ村」を制作する体験を通じて、その問題に取り組んでいましたね。同作は黄金の三角地帯で制作しました。地理学用語にゾミアという言葉がありますが、これはだいたいタイ、ミャンマー、中国の雲貴高原の高山地帯のことを指します。
文化人類学者によれば、この地域には隣国との紛争が原因でそこに定住した人々や自国から逃れてきた人々が暮らしています。基本的に、次から次へと押し寄せてきた難民が居住しました。旧式の人類学的調査は国家や「文明」を分析単位として用いていたので、人々はインド文明、あるいは、中国文明、日本文明、タイ文明といったように研究をする。こうしたアプローチにも数々の利点がありますが、ゾミアには通用しません。なぜなら、ゾミアには実にさまざまな場所から人々がやってきて、中間的なものや絶えず移り変わるもの、どの国に由来するのか定義できないものがたくさんあるから。そこで、私たちはおそらく視点を変えなければいけない。国家をひとつの単位に用いるのではなく、いかにして、これらの人々が協力し、新しい暮らし方や文化を生み出してきたのかについて話せるのではないでしょうか。この文化は何百年、何千年もの間、所定の場所に固定されてきた、生気を失ったものではありません。人が常に行き交い、文化が絶えず変化、発展している。私の作品と同じです。ひとつの国という枠組みに収まるものではありません。
一方、「工業研究所」は、科学の視点から歴史を眼差すという点で、過去の作品とは少し違います。通常、私たちが植民地時代の歴史について語るとき、戦前や戦後といった観点から語りますが、明治時代などの時代区分を超えた歴史について考察するための異なる尺度を与えてくれます。

 

ART iT 大日本帝国のイデオロギーにおいて、天皇はただ国家の象徴であるだけでなく、「国体」のように、国家を体現したものでもありました。あなたには能の『高砂』を元にした作品がありますね。能楽曲『高砂』では、住吉と高砂という松の精の関係も、天皇と従者たちの関係のメタファーになっている。映像作品「高砂[Takasago]」(2017)では、能楽師が現代の香料工場群の中で能楽曲『高砂』を演じていますが、あなたは最も日常的な環境にすら、国家や植民地統治の権力が介在しているということを示そうとしていたのでしょうか。

HCW 「高砂」の香料工場は、植民地時代の1920年に創設し、台湾から原料を調達していた高砂香料工業株式会社が所有しています。社名の主な由来は、歴史的に日本語で台湾のことを高砂と呼んでいたことによる。能の『高砂』とも何らかの関係があるかもしれません。能のなかの2本の松が、日本と台湾を表していると言う人もいたし、日本人が台湾の被植民者に同族関係だという感覚を植え付けようとしていたのかもしれない。工場の名前の由来が歴史的な地名なのか能の楽曲の名前なのか定かではないけど、植民地時代に、おそらく彼らはその名前の特別な意味を意識してさえいなかったのではないでしょうか。なんらかの政治的目標や無意識に影響を与えるものがあったのかもしれません。
この作品の場合も、他の作品の制作と幾分似ているところがありました。たとえば、これが第二次世界大戦期の台湾と当時の台北にあった高砂工場だけに焦点を当てた物語だったら、狭い枠組みに留まるものになっていたのではないでしょうか。しかし、撮影を日本の現在も稼働している現代の工場で行ない、14世紀以前に遡る能を能楽師が演じることで、元々は第二次世界大戦という時空間だったものが、数世紀前の過去へ、と同時に約1世紀未来へとその時空間が引き延ばされる。このように、私はいつも狭い枠組みから何かを取り出し、それをより広い視野で捉えるために時空間を引き延ばすというアプローチをとります。

 


Drones, Frosted Bats and the Testimony of the Deceased (2017), four-channel video installation, 3 min 40 sec – 8 min 40 sec.

 

ART iT あなたにとって、植民地時代の歴史を調べ、たとえそれが抽象的なやり方だとしても、それを現在という時点で語ることの重要性とは何ですか。

HCW いくつかの側面がありますね。まずは現在の状況がどのように生じたのかを歴史的視座から調べられるということ。物事にはそれがいまあるような状態にいたる理由があります。もしもあなたがカンボジアを訪れたら、カンボジア人がベトナム人のことを本当に憎んでいることや、お互いに敵意を抱いていることに気づくと思います。しかし、私たちがその状況の裏にある歴史、植民地時代や冷戦時代の過去の対立を理解しようとしない限り、現在の状況を理解することなどできるわけがありません。
次に、植民地時代は現在、遠い過去になってしまい、あの時代を生きていた人々の大半がもう亡くなってしまいました。自分の両親が生きていた時代の出来事について話し合うとき、それがあまりにも近すぎて、両親に対する愛憎関係に絡みとられてしまうこともあります。それは日々のニュースを見ることに似ています。しかし、少し距離をとり、さらにその出来事を体験した人が周りに誰もいなければ、実際はより自由に調べたり、想像したり、私たちが必要とするものを手にすることができる。事実、私たちはそのようにして、現代の生活に役立つものをたくさん手に入れることができるのです。
どの時代にも、その時代ごとの独自の思考方法や物事を考えるためのいろんな道具があります。それまでとは異なる道具や方法を使うことで、たとえまったく同じものについて考えているときでさえ、常に新しいものが生み出される。たとえば、かつて人間は世界を平らなものだと思い、それが世界を考える上での彼らの基盤になっていました。しかし、世界が丸いこと、重力があるということを発見すると、りんごが木から落ちるのを見たときに、彼らはこの出来事を新しい視点から捉えられるようになり、りんごを木から落とすものが何なのかについて考えられるようになる。同様に、誰かが素粒子物理学を思いついたことで、私たちはあらゆるものが素粒子から成ることに気づき、それが同じ出来事を考えるためのまったく新しいアプローチを与えてくれる。
「ドローン、ヒナコウモリ、故人たちの証言[Drones, Frosted Bats and the Testimony of the Deceased]」(2017)を制作しているときにも、予期せぬ偶然の一致がたくさんありました。この作品は台湾北部の日本海軍第六燃料廠の新竹支廠の遺構で撮影しました。実は私たちが工場で見つけたコウモリが日本から台湾に渡ってきたかなり珍しい種だということが判明しました。また、「高砂」は松の精と関連があり、ジルコン鉱石にも繋がっていますが、ジルコン鉱石は植民地時代の日本による工業化計画にまつわるまた別の作品「核崩壊タイマー[Nuclear Decay Timer]」(2017)の主題だったりします。そして、これらはすべて人間ではない。つまり、非人間的な視点から出来事を考えられるのではないかと信じているわけです。私たちは第二次世界大戦を人間の問題として考察しますが、仮に岩石や動物や木々の視点から考えてみたら、何か新しいアイディアが得られるかもしれません。おそらく、人間の視点から語られた第二次世界大戦とはまったく異なる歴史を書くことができるのではないでしょうか。

 

シュウ・ジャウェイ インタビュー(2)

 


 

シュウ・ジャウェイ[許家維]

1983年台中生まれ。芸術実践において、生産されるイメージの裏にある行為を重視するシュウ・ジャウェイは、撮影目的のみにとどまらない状況を立ち上げることで、従来の歴史に内包されない人間、物質、場所の関係性を繋いでいく。とりわけ、忘れ去られたり、なおざりにされてきた物語を通じて、台湾を含むアジア一帯の地理的、歴史的、文化的繋がりを一貫して示してきた。

国立台湾芸術大学在学中の2000年代前半から、作品の発表や展覧会の企画など精力的な活動を展開し、2010年に同大学大学院を修了。国内外の国際展や企画展への参加を重ねるとともに、2011年から2013年にかけて、新北市を拠点とするアーティスト・ラン・スペース「Open-Contemporary Art Center(OCAC)」(2001年創設)のディレクターを務めた(現在はメンバーとして在籍)。2013年には第55回ヴェネツィア・ビエンナーレ台湾館に出品作家の一員として参加。台湾・馬祖島のかえるの神「鐵甲元師」を取り上げ、神話や文化、歴史の創造と消滅を位置付けようと試みた「Marshal Tie Jia」を発表している。同年、創設されたばかりのヒューゴ・ボス・アジア・アート賞の最終候補にも選出されている。2016年にはル・フレノア国立現代アートスタジオを卒業し、台北の鳳甲美術館で個展『Huai Mo Village(ホェイモ村)』を開催。同展は第15回台新芸術賞のグランプリを受賞した。

2018年は国立国際美術館の『トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために』、第21回シドニー・ビエンナーレ、第12回光州ビエンナーレ、第12回上海ビエンナーレなどに出品。現在、台北の鳳甲美術館で開かれている台湾国際映像芸術祭2018では、シュウ・フォンレイ[許峰瑞]とともにキュレーターを務めている。なお、上述の第21回シドニー・ビエンナーレのキュレーターを務めた片岡真実の企画により、森美術館のMAMスクリーンで映像作品5点を上映している。2019年1月12日には片岡をモデレーターに、シュウと林立騎(ドイツ語翻訳者、舞台研究者)によるトークセッション「歴史と地理へ向けた新しい現実感覚」を開催する。本インタビューは、2018年2月のシアターコモンズ’18のレクチャーパフォーマンス「黒と白-パンダ」と映像作品の展示上映のために来日した際に収録された。

シアターコモンズ’18
2018年2月22日(木)-3月11日(日)
シュウ・ジャウェイ「黒と白-パンダ」
レクチャーパフォーマンス:3月9日(金)、3月10日(土)
展示上映:3月2日(金)-3月10日(土)
会場:台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター
https://theatercommons.tokyo/2018/program/hsu_chia-wei/

MAMスクリーン009:シュウ・ジャウェイ(許家維)
2018年10月6日(土)-2019年1月20日(日)
森美術館
https://www.mori.art.museum/
展覧会URL:https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/mamscreen009/

トークセッション「歴史と地理へ向けた新しい現実感覚」
出演:シュウ・ジャウェイ、林立騎(ドイツ語翻訳者、舞台研究者)
モデレーター:片岡真実(森美術館副館長兼チーフ・キュレーター)
2019年1月12日(土)15:00-16:30(受付開始:14:30)
申込等、詳細はこちら

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