舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」

 

東京・池袋の東京芸術劇場を中心に、2026年10月9日から11月3日まで舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」が開催される。演劇作家・小説家で、2026年度より東京芸術劇場 舞台芸術部門芸術監督に就任した岡田利規がアーティスティック・ディレクターを務める。プログラムは、国内外13演目の「上演プログラム」と、ワークショップやレクチャーなどからなる4つの「上演じゃないプログラム」、来場者を支える「ウェルカム体制(=来場サポート)」で構成される。ここでは開幕を前に、海外を拠点とする作家とカンパニーによる4演目をとりあげる。(全プログラムについては別記事を参照)

 

1. クリストファー・リューピング『渇望』サラ・ケイン作
2. アナカルシス・ラモス/ポルノトラフィコ『オカンとカネ』
3. ナディア・ブグレ『バーニング・ガールズ』
4. アヒェ・エンジニアリング・シアター『白い部屋』

 

クリストファー・リューピング『渇望』 ©Thomas Aurinクリストファー・リューピング『渇望』 ©Thomas Aurin
クリストファー・リューピング『渇望』 ©Thomas Aurinクリストファー・リューピング『渇望』 ©Thomas Aurin

 

クリストファー・リューピング『渇望』サラ・ケイン作
2026年10月17日(土)–10月18日(日)
東京芸術劇場 プレイハウス
上演時間:105分/ドイツ語上演・日本語舞台上字幕(英語字幕タブレット貸出あり)
https://autumnmeteorite.jp/ja/2026/program/crave
※10月17日(土)18:30の回の終演後、クリストファー・リューピングと岡田利規によるポスト・パフォーマンス・トークを実施(該当回のチケット所持者は参加可)

 

クリストファー・リューピング(1985年ドイツ・ハノーファー生まれ)は、ドイツ語圏の劇場で演出を重ねてきた演出家で、日本での上演は本作が初となる。ハンブルク演劇アカデミーとチューリヒ芸術大学で演出を学び、2016年から2019年までミュンヘン・カンマーシュピーレ劇場の演出家、2019年から2024年までチューリヒ劇場のディレクションチームに加わり、同劇場で継続的に作品を手がけた。岡田とはミュンヘン・カンマーシュピーレ劇場で出会い、互いに関心を寄せ合ってきた。今回の招聘は、その関係から実現したものとなる。

原作は、イギリスの劇作家サラ・ケイン(1971-1999)の『CRAVE(渇望)』(1998年初演)。ストーリーはなく、4人の登場人物はアルファベットのみで示され、その関係も明かされない。リューピングは今回の上演にあわせて実施されたインタビュー(文:伊達なつめ)で、本作のト書きを持たない断片的なテキストについて、ドラマをともなう「詩」であり、言葉の断片からできたスコア(楽譜)だと語っている。17歳でケインの戯曲に出会ったことが彼を演劇へ向かわせ、演出を学び始めた動機もまた、ケイン作品を手がけられるようになることにあった。2023年にチューリヒ劇場で本作を演出するまで、約20年にわたりケインをとりあげずにきたという。

上演にあたりリューピングは、舞台上の椅子に座り一言も発することのない5人目の役を考案した。ほかの4人が言葉を投げつけるたび、大きなスクリーンに映し出されるその表情が細やかに反応し、変化していく。演じるのはドイツで数々の演劇賞を受賞してきた、ヴィプケ・モレンハウアー。リューピングによれば、ケインの作品は総じて暗闇の中にあり、人間であることの残酷さがちりばめられている。ケインは、そうしたあまりにも酷い状況こそ芸術が扱わなければならず、舞台で上演すべきだと主張していた。芸術という形をとおして見つめることで、現実で同じ地獄を経験せずにすむかもしれず、だからこそ芸術は暗闇や残酷さを隠してはならないというのがその考えとなる。一方リューピングは、世界の残酷さをそのまま見せれば観客はただ落ち込むだけだと考え、本作を、奈落の底まで墜ちながらそこから再び這い上がる、ひとりの人間の物語として構想した。舞台では、5人目の人物が観客に代わってケインのテキストを受け止める。観客自身が奈落に墜ちる必要はなく、この人物が地獄へ行き、深淵から浮かび上がる道を見つけて戻ってくるまでを見届けることになる。原作の初演から30年近くを経たいま、ケインのテキストが何を語りうるのか。2023年にチューリヒ劇場で初演され、2025年からはベルリン・ドイツ座のレパートリーにも加わった本作が、それを問いかける。

 

アナカルシス・ラモス/ポルノトラフィコ『オカンとカネ』 ©Nicole Medina Ramírezアナカルシス・ラモス/ポルノトラフィコ『オカンとカネ』 ©Nicole Medina Ramírez
アナカルシス・ラモス/ポルノトラフィコ『オカンとカネ』 ©Nicole Medina Ramírezアナカルシス・ラモス/ポルノトラフィコ『オカンとカネ』 ©Nicole Medina Ramírez

 

アナカルシス・ラモス/ポルノトラフィコ『オカンとカネ』
2026年10月16日(金)–10月18日(日)
東京芸術劇場 シアターウエスト
上演時間:90分/スペイン語上演・日本語/英語舞台上字幕
https://autumnmeteorite.jp/ja/2026/program/mi_madre_y_el_dinero
※10月16日(金)19:00の回の終演後、アナカルシス・ラモスと岡田利規によるポスト・パフォーマンス・トークを実施(該当回のチケット所持者は参加可)
※10月18日(日)11:30の回は音声ガイド・タッチツアーを実施(要予約)

 

アナカルシス・ラモス(1996年生まれ、メキシコ・カンペチェ出身)は、演劇学と社会学を修め、メキシコシティを拠点とする芸術家集団ポルノトラフィコの一員として、社会的現実とメディア表象の関係を主題にしてきた。国家や民間企業、地域コミュニティがフィクションをどう用いるかに関心を寄せ、叙情性やユーモア、パロディを交えながら、現実が物語化される過程とそこに働くバイアスを浮かび上がらせる。ポルノトラフィコは舞台を「現実社会に対する実験の空間」と位置づけ、映画やYouTube、コマーシャルを流用しつつ、階級闘争や植民地化、クィア理論、ニューロダイバーシティをめぐるナラティヴを作品に組み込む。低予算のリメイク、偽の字幕、吹き替えといった手法によって、美的エリート主義と著作権の制度に揺さぶりをかけてきた。

本作は、ラモスとその母であるホセフィナ・オルライネタが舞台上で共演するドキュメンタリー・シアター。カンペチェを取り巻く同性愛嫌悪と暴力、貧困によって、ラモスと母は10年にわたり離れて暮らしてきた。作品はその母のもとへ戻る必要から生まれ、仕事とフィクションに媒介された空間をつくることで母と別の関係を結び、ふたりの経済史と金銭との関わりを探ったうえで、家族を結びつけ、その形を決めてきた商売を舞台上で再現する試みとなる。

ホセフィナは1960年代に、5歳で初めて働いて以来60年にわたり、40を超える商売を手がけてきた。1979年までシウダード・デル・カルメンで働き、その後スペインへ移住してラモスの父と出会い、1997年にカンペチェ市へ戻って現在にいたる。その歩みは、1970年以降のエビ・水産業の隆盛、1976年の石油ブーム、原油流出と石油危機による遠洋漁業の壊滅、そして世紀初頭の石油経済の崩壊という、カンペチェ州の経済史に重ねられる。舞台では、チョリソを結ぶ、髪を切る、箱を並べるといった、一家の現実を形作ってきた行為がくり返され、商売のひとつひとつが場面となって、母の生存の戦略と労働する身体、石油の約束とその崩壊にさらされた州の変容、そして家族の暴力と文化資本をめぐる息子自身の物語が織り合わされる。息子が問いを差し挟むことで対話は暮らしの厳しさや階級社会、演劇そのものへとおよび、演劇をつくるという営みを通じて家族が結び直されていく過程が、そのまま観客の前にさらされる。

 

ナディア・ブグレ『バーニング・ガールズ』 ©Anne Voleryナディア・ブグレ『バーニング・ガールズ』 ©Anne Volery
ナディア・ブグレ『バーニング・ガールズ』 ©Anne Voleryナディア・ブグレ『バーニング・ガールズ』 ©Anne Volery

 

ナディア・ブグレ『バーニング・ガールズ』
2026年10月23日(金)–10月25日(日)
東京芸術劇場 シアターイースト
上演時間:55分/ノンバーバル(一部フランス語)・日本語/英語舞台上字幕
https://autumnmeteorite.jp/ja/2026/program/burning_girls
※小麦粉を使用するため、小麦アレルギーの方は注意が必要
※10月24日(土)15:00の回の終演後、ポスト・パフォーマンス・トークを実施(該当回のチケット所持者は参加可)
※10月25日(日)12:00の回は音声ガイド・タッチツアーを実施(要予約)

 

ナディア・ブグレ(1981年コートジボワール・アビジャン生まれ)は振付家で、1995年にダンテ・シアターの一員として初めて舞台に立ち、その2年後にはベアトリス・コンベが率いる女性だけのダンスアンサンブル「TchéTché」の創設メンバーとなった。コンベの死後はセネガルのエコール・デ・サーブルで学び、2009年にはモンペリエ国立振付センターの新進振付家育成プログラム「ex.e.r.ce」に参加。まもなく自身の作品を手がけはじめ、2012年のソロ『Quartiers libres』に続き、『Legacy』(2015)、『Tapis Rouge』(2017)、男性5人による『L’Homme rare』(2020)などを発表してきた。この10年あまり、周縁・排除・外部・異常性をめぐる主題を、社会的・文化的・ジェンダー的なアイデンティティの変容をたどる道行きとして描いている。

『バーニング・ガールズ』(原題『Filles-Pétroles』)は、ブグレの故郷アビジャンで創作され、2023年3月にランジス劇場(ヴァル=ド=マルヌ・ビエンナーレ)で初演されたデュエット作品。舞台に立つのは、アビジャン北部の貧困地域アボボに暮らすアヌラ・アヤ・ラリサ・ラバレクリステル・エウエ。ふたりが踊るのは、2000年代初頭にパリのコートジボワール人コミュニティで生まれてアビジャンの街に広まったクペデカレと、そのリズムに急速で乱暴に途切れるドラムのループを重ね、アクロバットやヒップホップの技法を取り込んだルカスカス。ブグレによれば、前者は緊張を増す経済・政治状況を笑い飛ばすように人びとを結びつけた踊りであり、後者は見せびらかしと生とセクシュアリティの祝祭となる。素早いアクロバットを得意とするアヤと、舞台上で自ら「私の名前はビッグ・トラック」と名乗り、大柄な身体を痛快な軽口とともに誇ってみせるクリステルは、これらを武器に、男性が前に出て女性を後方に追いやってきたダンスの世界で自らの身体を前景に押し出し、セクシュアリティを主張して、割り当てられた女性性を脱構築する。

作品は、2022年1月から翌年3月にかけてアビジャンとフランス各地で重ねられた制作滞在をとおしてつくられた。アボボでのアヤとクリステルの日常のなかを長く歩き回り、探索する時間を軸に組み立てられ、リサーチにはアビジャンの若い女性ダンサーたちとのワークショップも伴った。舞台では、ふたりの言葉や物語、ユーモア、日常が混ざり合い、様々に形を変えるパン生地がふたりの手で扱われていく。ブグレにとってアヤとクリステルは、自身の歩みと響き合う別の世代の鏡であり、蒸発させてはならない「石油の娘たち(filles-pétroles)」となる。フェスティバルは本作を、次にとりあげる『白い部屋』とともに、オブジェクトシアターとして紹介している。

 

アヒェ・エンジニアリング・シアター 『白い部屋』 ©internationales figuren.theater.festival Photo: Erich Malterアヒェ・エンジニアリング・シアター 『白い部屋』 ©internationales figuren.theater.festival Photo: Erich Malter
アヒェ・エンジニアリング・シアター 『白い部屋』 ©internationales figuren.theater.festival Photo: Erich Malterアヒェ・エンジニアリング・シアター 『白い部屋』 ©internationales figuren.theater.festival Photo: Erich Malter

 

アヒェ・エンジニアリング・シアター『白い部屋』
2026年10月31日(土)–11月2日(月)
東京芸術劇場 シアターウエスト
上演時間:65分/ノンバーバル
https://autumnmeteorite.jp/ja/2026/program/white_cabin
※本公演では一部に火薬効果、スモークを使用
※10月21日(水)11:00から東京芸術劇場のギャラリー1にて、公開レクチャーを開催予定。(無料・予約不要・入退場自由)
※11月2日(月)16:00の回は音声ガイドを実施(要予約)

 

アヒェ・エンジニアリング・シアターは1989年、ボリス・ポニゾフスキーの劇団「Yes – No」の元メンバーであるマクシム・イサエフパヴェル・セムチェンコ、ヴァディム・ヴァシリエフの3名によって結成された。1996年以降は劇場の舞台に向けた作品をつくる集団として活動し、現在はイサエフとセムチェンコのふたりを中心に、公演ごとに異なるメンバーが加わる形をとる。公式サイトに掲げたマニフェストでロシアでの活動の終了を宣言し、ヨーロッパに拠点を移して活動を続けている。カンパニーは自らを「オプティカル・シアター」あるいは「ロシアのエンジニアリング・シアター」と呼び、戯曲をイメージと状況の論理的な展開に置き換え、舞台空間と光と音を操作する「オペレーター」と位置づけてきた。人間の身体を俳優としてよりも「メタファーが物質化したもの」として扱い、オブジェクトの組み合わせに詩的なリズムや高揚感が宿りうること、そして時間とは空間によって刻まれることを創作の前提に置く。いま活動するオブジェクトシアターの作家の多くが、影響を受けた存在としてその名を挙げている。

『白い部屋』は1996年に初演された代表作。観客はその場にいるだけで舞台上の出来事に影響を与えうるのか、舞台上の行為は観客の意志にはたらきかけうるのか、舞台の行為を観客の精神に直接投影することはできるのか——こうした問いに向き合うのが、舞台上のひとりの女性となる。ほかのふたりの出演者は彼女を挑発し、魔術的な状況をつくり出し、彼女のごく単純な反応をメタファーに満ちた不条理な領域へと投影していく。水や火、紙や布といったオブジェクトを用い、強烈なイメージの羅列と、舞台効果によるポエティックで寓話的かつユニークな演出が、観客の感覚と想像力を刺激する。本作は1997年のウニドラム演劇祭(ドイツ)批評家賞、2003年のエディンバラ・フリンジのフリンジ・ファースト賞とトータル・シアター賞など、初演以来30年にわたり各地で評価を重ねてきた。アヒェの来日は約20年ぶりとなる。

上演に先立つ10月21日には、本フェスティバルのオブジェクトシアター キュレーターを務める山口遥子と、ロシア文学者でゲンロン代表の上田洋子を聞き手に、『白い部屋』の制作背景と現在の活動についての公開レクチャーが行なわれる。同日から25日にかけては、イサエフ、セムチェンコ、ヴァディム・ゴロロボフを講師に、オブジェクトシアターの実践者を対象とした5日間のワークショップ「よく調律された間違いのためのインストラクション」も開かれ、最終日には成果発表会が予定されている。

 

舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」
2026年10月9日(金)–11月3日(火・祝)
https://autumnmeteorite.jp
会場:東京芸術劇場、GLOBAL RING THEATRE〈池袋西口公園野外劇場〉
アーティスティック・ディレクター:岡田利規

Advertisement

Copyrighted Image