第26回バロワーズ賞

2025年6月17日、バーゼルに本社を置く保険会社バロワーズ・グループは、アートバーゼル2026のステートメント部門出品アーティストを対象とする「バロワーズ賞」を、ロンドンのソフト・オープニング(Soft Opening)から出品したレア・ディロンと、モントリオールのエリ・カー(Eli Kerr)から出品したジョイス・ジュマアに授賞した。

同賞を受賞したディロンとジュマアには、それぞれ賞金3万スイスフラン(約530万円)が授与されるほか、バロワーズ・グループが両者の作品を購入し、ディロンの作品はフランクフルト近代美術館(MMK)、ジュマアの作品はルクセンブルク・ジャン大公現代美術館[MUDAM]にそれぞれ寄贈される。なお、本年度のステートメント部門にはKAYOKOYUKIも出展。油絵具を幾重にも塗り重ねた抽象とも具象ともとれる絵画作品の制作で知られる富田正宣を個展形式で紹介している。本年度の審査は、ウィーン・ルートヴィヒ財団近代美術館[MUMOK]のカロラ・クラウスを審査委員長に、ルクセンブルク・ジャン大公現代美術館のベッティナ・シュタインブリュッゲ、フランクフルト近代美術館のズザンネ・フェファー、メンヒェングラートバッハのアプタイベルク美術館のズザンネ・ティッツ、スイス人コレクターのウリ・シグの5名が担当した。

 

Installation view of Rhea Dillon: Leaning Figures, Soft Opening, Art Basel 2025 – Statements. Photo: Mark Blower
Installation view of Rhea Dillon: Leaning Figures, Soft Opening, Art Basel 2025 – Statements. Photo: ART iT

 

レア・ディロン(1996年ロンドン生まれ)は、カリブ海にルーツを持ち、ロンドンを拠点に活動するアーティスト、ライター、詩人。彫刻や絵画、嗅覚に基づく実践など、幅広い表現を通じて、現在なお継続する植民地主義の影響の下で非存在として位置付けられがちなディアスポラのブラックネスの美学を具現化してきた。2023年にテート・ブリテンの「Art Now」シリーズの一環として自身美術館初個展「An Alterable Terrain」を開催。その後も「The Black Fold」(Kevin Space、ウィーン、2023)、「Fractal Being」(Cordova、バルセロナ、2024)などの個展を開催。「Each now, is the time, the space」(リズモア・キャッスル・アーツ、アイルランド、2024)などのグループ展に参加。現在もハイデルベルク・クンストフェラインでの個展「Gestural Poethics」やチューリッヒのミグロ現代美術館のグループ展「On Collecting, Growth and Excess, Second Sequence」にて作品を発表している。

バロワーズ賞の対象となるステートメント部門には、ロンドンのソフト・オープニングから出品。自身のカリブ海とイギリスというふたつのアイデンティティに向き合う彫刻作品を発表した。民族誌的な展示手法を採り入れた彫刻シリーズ〈Leaning Figures〉は、アフリカ大陸を起源とするサペリマホガニーの由来や、それが資材として奴隷船の建造に用いられたことを掘り下げた新作。貴重に見えるクリスタルの板にべっとりと付着した糖蜜が、植民地主義の傷跡の深さやその影響の切り離しがたさを物語る。

 

Installation view of Joyce Joumaa: Periodic Sights, Eli Kerr, Art Basel 2025 – Statements. Photo: ART iT
Installation view of Joyce Joumaa: Periodic Sights, Eli Kerr, Art Basel 2025 – Statements. Photo: ART iT

 

ジョイス・ジュマア(1998年レバノン、ズガルタ生まれ)は、ベイルート、モントリオール、アムステルダムを拠点に活動するレバノン系カナダ人アーティスト。空間に刻印された政治性や社会的緊張から生まれる心理学に関心を持ちながら、過去が現在に与える影響について理解すべく、出身地のレバノンにおけるミクロヒストリーを取り上げた作品を制作している。2024年には第60回ヴェネツィア・ビエンナーレにビエンナーレ・カレッジ・アートからの選出により参加し、4チャンネルの映像インスタレーション《Memory Contours》(2024)を発表。近年の主な個展に、「To Remain in the No Longer」(カナダ建築センター、モントリオール、2023)、「Thresholds of Insight」(Plein sud, centre d’exposition en art actuel à Longueuil、ロンゲール、カナダ、2024)を開催。

ステートメント部門には、モントリオールのエリ・カーから出品。レバノンのインフラにおける最も深刻かつ現在進行形の危機のひとつであるエネルギー危機を取り上げ、権力関係、インフラ、社会心理の複雑な関係に迫るインスタレーション作品《Periodic Sights》を発表した。ベイルートとトリポリで撮影した日常的なモチーフの写真を再利用したヒューズボックスの中に封入。レバノンの家庭の1日の平均的な電力供給をシミュレートし、せいぜい2時間程度しか点灯しない本作は、電力というよりむしろ電力不足が社会的権力の資源となるような状況下で生活することの意味を鑑賞者に問い立てる。

 

バロワーズ賞https://art.baloise.com/
アートバーゼルhttps://www.artbasel.com/basel

 


過去10年の受賞者
2024|ティファニー・シャ(Tiffany Sia)、アフメド・ウマル(Ahmed Umar)
2023|スカイ・ホピンカ(Sky Hopinka)、シン・ワイ・キン(Sin Wai Kin)
2022|ヘレナ・ウアンベンベ(Helena Uambembe)、トルマリン(Tourmaline)
2021|キャメロン・クレイボーン(Cameron Clayborn)、ハナ・ミレティッチ(Hana Miletić)
2020|実施せず

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