「パラの模型 / ぼくらの空中楼閣」 パラモデル展

2012年12月28日


【タイトル】 「パラの模型 / ぼくらの空中楼閣」
【アーティスト】 パラモデル
【会期】 2013年2月16日(土)~5月6日(月祝)


銀座の水晶宮をめぐるパラの考察

1851年ロンドンで開催された第一回万国博覧会。そこに出現した鉄骨とガラスの水晶宮(クリスタルパレス)への言及は150年以上を経た今日でも続いている。
透過性を持つガラスという素材が与えた象徴性や近代性は、建築史を紐解かずとも、水晶という魅惑的な言葉に導かれるものたちを、今だ興奮させ思考させ、また納得させるような記号に満ちている。
本展覧会に際し、パラモデルの二人はガラスブロックで覆われたレンゾ・ピアノの現代建築への尽きることなき興味をもとに、中野はブルーノ・タウトの「都市の冠」につながる地縁的文脈から、林は建築ユニットとして構造基盤だけでなくデザインとしても可視化された方眼から手がかりをつかんだ。



空中楼閣Pに関する、雲を掴むような断章 / Perpetually Chimerical Paragraphs on ”Chimerical Scheme of P”

「君がどこまで飛んでいこうとも 最後の目的地にたどり着きはしない あらゆる世界の星々を讃えなさい ここで君が目にするすべては ただの幻妙な光の戯れ 不可思議世界の巨大なランタン」(ブルーノ・タウト [新しい法のモニュメント] 第5の石板 パウル・シェーアバルト,『ブルーノ・タウト 桂離宮とユートピア建築』[ワタリウム美術館 編 オクターブ 2007 91p] )



 近代の建築家ブルーノ・タウト氏が1919年に出版した『都市の冠』("Die Stadtkrone", 1919)という書物がある。この書物が前身となって、アルプス山脈の頂上に煌々と輝く大クリスタル建築群を、宇宙規模で構想するドローイング集『アルプス建築』("Alpine Architektur", 1919)が生み出されたようだ。僕が(便宜上「僕」と書くが、キメラ chimera 型超人称「パラモデル」と解して頂いてよい)かつて住んだ京都では、氏によって悠久の時間から価値を掘り起こされた、と囁かれる「桂離宮」が自宅の窓から見える位の距離にあった。その後、大阪と奈良の県境に位置する生駒山の中程に移り住むが、程なく、玄関を出ると見えるその山上(当時も今も頂上には大きな飛行塔を据えた遊園地がある)に約80年前、氏による「生駒山嶺小都市計画」なるものがあった事を知った。氏は大軌鉄道 [現・近畿日本鉄道] の依頼を受けて、「これこそ『都市の王冠』だ!私にこれまで与えられた最もすばらしい課題の一つである。」(『日本ータウトの日記』岩波書店 1975)と歓喜したらしいが、諸々の事情を受け、その計画はプラニングの段階で頓挫する…。

 氏はその著作の中で、当時旧式の都市を「頭なき胴体」と揶揄し、宗教建築を多いに参照しながらも、超宗教的で無機能的、純粋な社会的人類愛に根ざした「芸術のふるさととしてのパラダイス」へとなるべきシンボル建築群、「都市の冠」を希求する。その「冠」の最頂部にはその理念を反映した、透明で輝く「水晶館(クリスタルハウス)」が据えられなければならない。もはやノスタルジックでもあり、モダニズム並びに社会主義黎明期の熱狂や夢の跡、時にユートピア的ファンタジーにも受け取られる建築構想に取り憑かれた氏の、そのままに放り出された衝動やその予感の残像達。それらが今もベランダ越しに覗く麗らかな生駒山脈の頂上(僕は東大阪のど真ん中のマンションの六階で、ちょうど真東にある山頂方向に向かって図面を描いている)を見る度に、プリズムを含んだ靄のように色めきだって、脳裏を過るようだ。山上に儚くも漂うその気配を、0か1のbit情報が時空を瞬時に駆け巡る今、麓に暮らす幾人が感じとるだろう?ここの所、ただ霞んで消えてゆくだけの「冠」の幻を少しでも掴まえ、詩的に延長し、氏の衝動を受け継げたらな、と日々頭をかすめてきた。

 そうして今回、レンゾ・ピアノ氏によるメゾン・エルメスのガラスブロック建築へのアプローチとして(建築史・美術史的文脈に沿って、というよりは単に身近な「地縁」的文脈に寄り添って!)、タウト氏の「都市の冠〜クリスタル建築」構想がすぐに繋がった。世界随一の巨大都市・東京の中心地にあるガラスブロック群の中で、タウト氏のコンセプトに便乗して遊び戯れる…というのは、さして筋違いな事でも無いだろう。



 さて、書物『都市の冠』では、冒頭にあるヤン・ファン・エイクの絵画「聖女バルバラ」を始め、世界各国(特にヒンドゥ・ジャイナ建築にスポットが当たる)の「冠」的建築群など、豊富なイメージが紹介されるが、中でもタウト氏が敬愛したSF小説家パウル・シェーアバルト氏による、巻頭の「新しい生 建築の黙示録」、巻末の「生命なき宮殿 ある建築家の夢」の二編の詩は特に印象的だ。

「…死んだ地球はいっそうゆっくりと回転する。…身の丈の大きな大天使たちがやってくる。…天使達はゆっくりと背を曲げ、翼を打ち振りつつ、頭を垂れる。その足は地球の両極の上空に浮遊している。まもなく十二の頭は、ブロンドの巻き髪をはためかせ、中心にある地球を囲んで見事な髪のリングを形づくる。まず、それぞれの大天使は、腕に抱いていた大きな大聖堂を両手に持ちかえ、高く聳える雪山の上に据える。…天使は背嚢から、きらきらと光り輝く何百もの新しい宮殿を取り出す。そして彼らは地球という名の雪球をこの宮殿群で飾り、色とりどりにし、そして強く輝かせる。大天使たちの目からは光が照射し、まるで行儀のよい子におもちゃを見せてあげているかのようである。…地球はまるで珍しい蝶の羽、凍りついた極楽鳥、輝くダイヤモンドを散らしたように色とりどりになる。宮殿は明々としてくる。何百ものランプが屋内のいたるところに取り付けられている。聳え立つ大聖堂の色鮮やかなガラス窓を通して、そして数多あるすべての城館から、無数の色とりどりの薄明かりが紫色の雪夜に流れ出る。…」(パウル・シェーアバルト「新しい生 建築の黙示録」, ブルーノ・タウト『都市の冠』1919 [杉本俊多 訳 中央公論美術出版 2011 8p])



 巨大な身体が宮殿を手に持ち飛び交い、死んだ地球を色とりどりに輝かせる…こうした詩文を図書館で紐解いているうちに、ある空想が頭に浮かんだ。


 ーー巨大都市の一角、ある建築家による、巨大な少年の建設計画。透明なガラスブロック群で出来た繭の中、胎児のように息づく少年は、宮殿状の色とりどりに煌く「都市の冠」をかぶっている。クリスタルの冠部は絢爛な光を放ち、山のような少年の身体形成と相俟って全方位に肥大し続け、透明な繭の膜を透過し、周りの建物や街を取り込みながら、更に巨大で煌びやかな冠の形成を繰り返す。そうして建築家の燦たる青写真は、地球や星々の物理単位を悠々と超え、終わること無く進展してゆく…。



 純粋幻妙な「冠」をかぶるのは、文字通り、純粋幻妙な人間像であるのが望ましい。そこで、もう一つの「地縁」的イメージの軸が交叉した。生駒山の麓、東大阪・八尾地域に古来から伝わる伝承の主人公・少年「俊徳丸」の存在だ。俊徳丸伝説は、近鉄俊徳道駅の由来でもあるが、生駒山〜四天王寺を舞台にバージョン豊かに繰り広げられる説話であり、「身毒丸」と聞けば恐らくはもう少し馴染みもあるだろう。彼は多くの場合、不条理な理由で父親に捨てられ、乞食の身に落ち、身体的なハンディキャップを背負う。物語を形成する要素が最も抽象化された能楽・謡曲『弱法師』では、春光射す中、盲目の彼はヨロヨロと歩き回り、終幕近くで夕日の沈む西方を臨み「見えたり、見えたり!満目青山は、心にあり!」と歓喜し、心の眼によって極楽浄土を観ずる(その後、父親の改心によって安住を得る)。地域に伝わるこの伝承をここ数年調べ回ってきた僕にとって、永遠の欠落・未完成性に彩られた賢明な俊徳丸は、少年の中の少年、老若男女を問わずあらゆる人間が携えているであろう、屈託の無い「永遠の少年性*」のシンボルのように思えるのだ。巨大な生駒山も含めた幻の「都市の冠」は、その裾野広くに潜在的に染み込んだ美しき精神の幻像・少年俊徳丸がかぶる以外に考えられなくなった。

*そうした少年性の概念については更に、究極に深遠でドライな少年論を生涯展開した、稲垣足穂氏の掲げるメタフィジカルな少年模型論に、範を得たい。「人間の性欲と名付けられた不思議な衝動は、ただ数を増やすだけの目的でなく、完全な人間像を求めて働く。飲食の場合と違って、これは全人間性をバックにして、美しき未来に向って動いている。その努力は、創造というよりはむしろ恢復の道である。女は好ましいけれど、いやな所もある。男だってその通りだ。双方の欠点を取り除いて組立てた人間性のモデルとは何か?まず人間が最も美しく賢明な時期、いい換えると十二三から十五六歳の少年が暗示しているものだという他はない。少年愛好の根拠をこう見てよいと私は思っています。 美少女にしても差支えない。…ギリシアを曙にする文明が美少年に始まったのなら、来るべき新文明は美少女の理想に向って踏み出されるのかも知れない。そうしてそんな第二のプラトンが出ることが期待される。精神的価値としての人間を見るならば、美少年乃至美少女の理念は、あえて同性愛者に限らず、何人にも当然うなずかれてよいことだと思う。」(稲垣足穂「E氏との一夕」[江戸川乱歩との対談] )そして、足穂氏が逝去する間際まで持続していたコンセプトはこれだった。「ねえ、口で伝えられる物語のように移ろい行き、溶けて幻に似た無に近づく物質の将来について語ろうじゃありませんか。」真に理念的な少年模型は、物質と幻の間をたゆたい、限りなく「無」に接近して行くようだ。



 ところで、ブルーノ・タウト氏は自身の理念的提案について、『都市の冠』の中でこうも語っている。

「最終のものはいつも静かで空である。…つねにそうなのだが、究極の建築は、空であり純であり、ーーすなわち「死」ーーであって、いつの時代も静寂であり、日々の些事に全くかかわることがない。ここでは実用的な要求という尺度は沈黙する。」「…この提案自体も問題ありと見なされてもよい。あるいは、正当にも、都市の冠という解答も全く別のものになるかもしれない。いずれにせよ、この提案がその慎ましやかな部分を通して、この方向への探求の刺激となるのであれば、それで十分である。この仕事はせいぜい旗、すなわち着想であり、理論的な発案なのであり、その最終的な解答についてはなお何千もの可能性を残している。」(ブルーノ・タウト「都市の冠」『都市の冠』[同上 68p])

 なるほど、山嶺都市計画の頓挫を「折角の望みももうこれまでだ、計画は紙上だけで終わった!」と嘆いた氏ではあるが、実は深層では現実味や結果など求めてはいなかったのではないか。『アルプス建築』以降の夢想的な構想に顕著だが、理想を物質的現実に落し込む際に生じる葛藤や不可能性、建築に内在するそんな背理自体が建築性であり(アートだって同様だろう)、ひいては人間の本来的な営みである事を体現しているようだ。「すべて、何も皆、事のととのほりたるは、あしき事なり。し残したるをさて打ち置きたるは、面白く、生き延ぶるわざなり。」『徒然草』第八十二段。いつだって行為は未完成がよい。完成に到れば、眼前には建築都市群の究極の果ての姿、すなわち美しくも無機質な「墓場」の様相が広がることになるだろう。

 ならば、僕らはゴール無き世界で一体何を為すべきか?ここまで至って、『都市の冠』の中でも最上のものとして参照される荘厳なヒンドゥ・ジャイナ建築群、それらのコンセプトにも恐らく多いに影響を与え、何千年に渡り微塵の数ほどの人々を勇気づけてきたであろう、古代インドの智慧の結晶が鏤められた美しい書物の中に、これまで述べてきた赴き達を全て響き合わせ、無限遠に放射させるようなくだりを見つけた。

「あなたの職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。行為の結果を動機としてはいけない。また無為に執着してはならぬ。」(第2章・四七『バガヴァッド・ギーター』[上村勝彦 訳 岩波文庫 1992 39p])

 この書物では、行為の「最高の(サンスクリット語でpara)」対象について、後で更に語られる。

「それは有とも非有とも言われない。それは一切の方角に手を持ち、一切の方角に目と頭と口を持ち、一切の方角に耳を持ち、世界において一切を覆って存在している。それは一切の感官の属性を持つかのようであるが、一切の感官を離れ、執着なく、一切を支え、[物質自然の]要素を持たず、しかも要素を享受するものである。それは万物の外にあり、かつ内にあり、不動であり、かつ動き、微細であるから理解されない。それは遠くにあり、かつ近くにある。それは分割されず、しかも万物の中に分割されたかのように存在する。それは万物を維持し、呑み込み、創造するものであると知らるべきである。それは諸々の光明のうちの光明であり、暗黒の彼方にあると言われる。それは知識(真知)であり、 知識の対象であり、知識により到達さるべきものである。それはすべてのものの心に存在する。」(第13章・十二〜十七 同上 [109-110p])



 タウト氏が純粋透明な「冠」建設に託した青写真、「それ para」は雲を掴むような何か、或る気配であり、身体感覚からはいつも逃れ去り、この手だけでは掴みえない。物質の将来は、透明への衝動、無への計画に奇妙にも苛まれ続ける。だとすれば中身が見えず、潜在性に溢れる建設現場の光景こそ、空無であるが緊張に充ちた創造世界の実相だ。最深奥の出来事は常に実体化されず、「それ」はものとして結実すると同時に消え去る運命にあり、つくられゆくものはどこまでもその「模型」でのみあり続ける。不可思議世界の巨大なランタン、その光源は肉の眼では永遠に不可知だ。しかし、「それ」はすべてのものの心に存在する。よろめき謡う俊徳丸のごとく、心の眼によってのみ悦び観ずることができる光明…。

 そう、僕らは皆いつだって! 春光溢れる空中楼閣に、遊び戯れ続ける少年のひとりなのだ。


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