「クローゼットとマットレス」スミルハン・ラディック+マルセラ・コレア展 プレスカンファレンスインタビュー

「クローゼットとマットレス」 スミルハン・ラディック+マルセラ・コレア展
プレスカンファレンスインタビュー
2013年9月3日(火)メゾンエルメス8Fフォーラム

メゾンエルメスフォーラム「クローゼットとマットレス」
スミルハン・ラディック+マルセラ・コレア展 記者会見
(本文は、記者会見をもとにエルメスにて編集したものです。)
 
H:スミルハン・ラディックさんはチリのご出身、サンティアゴをベースに活動する建築家でいらっしゃいます。マルセラ・コレアさんは同じくチリのご出身、サンティアゴにて彫刻家として活動していらっしゃいます。今回の「クローゼットとマットレス」は、お二人の協働による展覧会となっております。お二人の作品として有名なのは、2010年第12回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展での『魚に隠れた少年』のインスタレーションです。この他に日本では、2010年TOTOギャラリー・間で開催された「GLOBAL ENDS」展、および2011年に東京都現代美術館で開催された「建築、アートがつくりだす新しい環境―これからの“感じ”」展でも紹介されました。今回は日本で初めての個展となります。お二人に展覧会についてのお話をいただければと思います。

ラディック:今日は私たちの今回の展覧会とこれまでの創作活動について、皆さんにご理解いただきたいポイントをノートにまとめてきました。少し説明が長くなるかもしれませんが、どうかお聞きください。まず私たちは、過去というテーマを非常に大事にしてきました。なぜ過去が私たちにとって大事なのかと申しますと、この過去というものを掘り下げ、そして展開していくことにより、自分たちのアイデンティティが確立できると考えているからです。そのため今回は、私たちのこれまでの作品や、アーティストとしての歩みを見ていただけるような展示も設けていただいております。さらに、私の中で一番重要なテーマであり、これからも提案していこうと思っているのが「Fragile/はかない」ということです。今回の展覧会でも「はかない建築」というシリーズの写真を展示しています。この「Fragile/はかない」というのは、その建築のマテリアルがはかないということではありません。また、そこで私が展開している写真も、マクロの視点から見た歴史ではなくて、その素材自体がはらんでいるミクロの歴史、そこに人間がどう関わってきたかということを感じていただきたいと思います。今回は、私たちがこの一連の「はかない建築」のリファレンスとして取り扱ってきているもののなかから、展示をいたしました。イタリアのヴェネツィア・ビエンナーレでのインスタレーションは、非常に大きな窯のようなものを制作して展示したのですが、私たちはそれらがその場所に置かれることによって何かが生まれる、また、そこから何かを発掘していくということを考えました。またこのヴェネツィア・ビエンナーレでは妹島和世さん、また西沢立衛さんとも一緒に仕事をする機会があり、私の代表作である『魚に隠れた少年』というインスタレーションを制作できました。
 また、私のもう1つの重要なテーマは「隠れ家」。「秘密の場所」というのでしょうか、そういうものを見つけ、作品のテーマとして制作していくことなのです。いろいろな素材を使い、いろいろな場所を借りて、これまでにさまざまな隠れ家をつくってきました。この隠れ家、逃げ場というところは、その中に入って現実から一定の距離を保てる場所だと考えています。そして、私がこうした逃げ場や隠れ家を大事にしているのは、すぐに直接のコミュニケーションを取ることができないような場所をつくりたいから。そういう場所こそが隠れ家なのです。それが存在する場所、そしてそれが持っている、その物体が持っている固有の性格というものを、見る人に対しておおいに、にぎにぎしくというのでしょうか、派手に知らしめるのではなく、何かに向かって何かを構築し、抱きかかえていくようなものということ。つまり、ギリシャですとコンベントですか、尼さんがいらっしゃるようなところも私にとっては似たようなものだと思いますし、アンデス山脈の中に先住民の方々がつくられた村とか町、そういうものも私にとっては逃げ場、隠れ家だと思っております。
 フォーラムが持っている2つのスペースをどのように使っていくのか、私たちの隠れ家をどういう場所に、どのような形でつくるのかというのがこの展覧会のテーマです。そして、その場所をつくるために選んだ素材がマットレスとクローゼットです。今回、なぜ私がこの2つの素材=ものを選んだかということですが、マットレスに関しましては、かつては家の中に1つのスペースをつくる物体として、人間にもっとも近しいものでありました。かつて、と申しますのは、もう今のチリには、今回展示しているようなマットレスを使う文化はないということです。そしてクローゼットも、あのような大きなものはありません。家の中のクローゼットというのは、それを使う人間にとって自分の内部というものに非常に深く関係する、親密な場所であったということです。私たちがマットレスと呼ぶものは、私の父の世代までは1個を一生かけて使っていくものでした。打ち直しをしたりして、何年も大事に使っていくのですけれども、今でもよく覚えているのが、父が20年前に「このマットレスは、もういい」というように捨てたものが、緑色の非常に重たい、そして真っ平らなマットレスだったということです。昔はマットレスを持って旅行した時代もありました。しかしながら、今のマットレスというのは家の中に常に置いてあり、その独自の位置を昔とは違うようにしか占められなくなってきています。昔、私たちは「マットレスと会話をする」と言ったものです。どういうことかと申しますと、何か困ったとき、現実の中で迷ってしまったとき、そして自分がどうしたらいいかわからなくなったときは、そこに身を埋めて夢の中へ答えを探しに行く……マットレスとはそういう場所だから。つまり、「自分が一番落ち着けるところで考える」という意味で、チリでは「マットレスと会話をするよ」という言い方をすることがあります。それに引き換えこのクローゼットですが、マットレスとは対照的にハードウェアみたいなものだと思います。中に入っている服を出して着替えることにより、私たちは自分のアイデンティティを変えて、自分の身を守るために、自分を外向きの人間にすることもできます。しかしながら、そのクローゼットの中に入っているのは日記や写真など、個人の歴史に非常に深く関わってくるもの。それらが同時に存在している――そうしたことを象徴するのがクローゼットです。
 今回、なぜマットレスとクローゼットという2つの家具を使ったかということですが、これらは非常に特異なものなのです。というのは、家の中においてクローゼットは建築物でもないし、建築と位置付けられるものでもないし、マットレスは飾りと位置付けられるものでもない。つまり、家の中で独自のスペースを占めていて、さらにそこに住んでいる人間の内面と非常に関係の深いもの、つまり、個人の人間的な側面というものを一番反映しているのがこの2つの家具だと考えたのです。そして、妻が彫刻家でありますし、私自身は建築家だということ。建築家というのは建物をつくる人間ですが、どういうものをつくっているかというと、皆さんにご覧いただいたような「はかない建築」という一連のテーマを持った建物をつくっております。そして、その建築家の私が、なぜあえてクローゼットというものを選んで今回の展覧会をしたかと申しますと、クローゼットというのは薄い壁1枚で外界を遮断するものであり、密閉性がありながらもその中にはかなさが見える――私が建築家として追求してきたテーマと同じものが見えると思ったからです。そしてマットレスですが、かつてマットレスというものは中に物がいっぱい詰まっているものでした。それはわらであったり、羊毛、馬の毛であったりしますが、それ自体は無機質で不活性な、形を持たないものです。それがマットレスというものになることによって、形を与えられるのです。最後に、マットレスはその上に寝る人の重み、または人間の脂というものを吸い取って、その形が染み込んでいくことによって形が変わっていきます。そういうことからもマットレスは非常に人間的なもの、人間の内部に近いものだと考えました。
 今回の展覧会は、2つの部屋から構成されております。1つにはクローゼットが、そして、1つにはマットレスが展示してあります。このクローゼットの足下にはいろいろな色のカバーのようなものがあります。これはピアノなどの脚を支える台なのですが、それはもしかしたらチロエというチリの島にあります教会の主祭壇を支えている台かもしれませんし、また日本の寺社仏閣の重要なものを支える台かもしれません。そういうものの上にクローゼットが立っているのです。クローゼットは非常に細い脚で支えられています。そして、その細い脚の上に何があるかと申しますと、非常に薄い杉の一枚板です。この板は外界からの光を通します。そして、光が入ってきたときには中が非常にきれいな明るい色になるのです。この明るい色の中に入っていただくと、座る椅子もありますし、手を洗えるところもあります。外界から遮断されながらも非常にはかなくつながっているのです。また、中には日々の記録としての新聞が置いてあり、これは現実とつながるものです。ビデオ作品も見ることができます。このビデオ作品では、私が先ほど申し上げました「逃げ場」とか「隠れ家」ということをテーマにした過去の作品をご覧いただけます。そして、もう1つのお部屋には4つの大きな物体、つまりマットレスが吊り下がっています。マットレスには、それを使っていた人たちの重さや形というものがあるわけですが、紐で結んでテンションを加えることにより、マットレスに新たな形を与えています。

◆「クローゼットとマットレス」スミルハン・ラディック+マルセラ・コレア展

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