「Camera Obscura Study」 ホンマタカシ

【タイトル】 「Camera Obscura Study」
【アーティスト名】 ホンマタカシ
【期間】 2015年7月15日~2015年9月15日

19世紀の発明以来、カメラはフラヌールと呼ばれた都市の遊歩者にとって欠かすことができない道具でした。彼らは街をそぞろ歩き、過ぎ去っていく時間や、独自の視点で切り取った街のディテールを写真に収めました。近代の発明品に半ば興奮しながら、自分の歩いた跡を記録していったのです。20世紀に活躍した写真家は、偉大なフラヌールでもありました。

真っ暗な部屋で、遮光した窓面に小さな穴を空けると、外の景色の倒立した像が部屋のなかに映し出されます。写真機の前身「カメラ・オブスキュラ」の原理であるこの現象は、すでに紀元前に発見されていました。紀元前五世紀頃、中国の思想家、墨子とその弟子たちによる著書『経下』には、針孔を通過する光が交差し、倒立した像ができるという記述があります*。カメラ・オブスキュラとは、ラテン語で「暗い部屋」という意味。人々は暗い部屋を作り、映りこむ像をトレースし写実的な絵画を描くことで、うつろう実像を目に見えるかたちにしていきました。次第に部屋が箱になり、箱が手のひらほどのサイズになり、現在のカメラに近づいていきます。しかしながら、箱のなかの像を化学薬品を使って紙に定着できるようになったのは、たった200年前の出来事でした。かつて、『陰影礼賛』で語られたように陰を内包した日本家屋では、ぼんやりと倒立した景色が日常のように見えていたといいます。写真の発明とともに、暗闇はカメラという小さな箱のなかに閉じ込められ、我々を取り巻く世界はガラスでできた窓の発明とともに暗闇をなくしていきました。

写真家のホンマタカシは、都市に林立するビルの一室を真っ暗な部屋にして、丸ごとカメラ・オブスキュラとし、その窓から入ってくる倒立した像を写真に収めています。今回のウィンドウディスプレイを飾る写真は、銀座メゾンエルメスの向かいにあるビルの一室を暗室にし、窓に小さなピンホールをあけ、そこから入り込む像をネガに感光させて撮影したものです。感光に四時間もの時間を費やしたこの写真は、時間の流れそのものが凝縮され、空気や光もしくは音というような目に見えない何かをも像として写しこんでいるようです。カラーネガを使った写真に至っては、長時間の露光に耐え切れずに色の組成が破壊され、現実を超えたような世界が浮かびあがりました。現像すると次第に浮き上がってくる像は「瞬間」という言葉では言い表すことができない時間を包み込み、写真の歴史、もしくは見ることの歴史そのものを振り返るきっかけを与えてくれます。

ホンマタカシ Takashi Homma
写真家。1962年東京生まれ。2011年から2012年にかけて、「ニュー・ドキュメンタリー」展を国内三ヵ所の美術館で開催。写真集多数、著書に『たのしい写真 よい子のための写真教室』等がある。8月30日まで太宰府天満宮アートプログラム「Seeing Itself-見えないものを見る」展を開催。

*出典:薮内清 訳注 『墨子』平凡社・東洋文庫

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