ロー・アスリッジ

馬と花のフーガ

取材・文:山内宏泰

米国ジョージア州のカンバーランド島には、たくさんの馬が生息している。人に飼われていたものがいつしか野生化したという。そんな馬の群れにロー・アスリッジはカメラを向けて、『Horses』というシリーズを生み出した。


Horse by the House, 2008
Silver gelatin print, 101.6 × 134.6 cm

それに先立つこと10数年、彼はピンホールカメラの針穴を花の前に据え、『Flowers』も作り上げていた。ラットホールギャラリーでの個展『Goodnight Flowers』は、この2つのシリーズを中心に構成されている。

「馬を撮影したのは2007年12月、旅行雑誌の記事のためでした。哀しい話なんですが、馬たちはあのカーネギー家に飼われていて、1900年代に捨てられて野生化したんです。野生でいること自体も多くの不幸な問題を孕んでいる。哀れを誘う逸話には惹かれるけど、僕にとってはこれらの画像の文脈は変化してしまい、いまでは馬の写真以上でも以下でもありません。花のほうは1995年から97年にかけてのんびり制作しました。大学を卒業したばかりのころで、4×5の大判カメラを譲り受けたんですが、レンズはなかった。お金もなかったので、ピンホールレンズを作ってしまうほうが手っとり早いと思ったんです。背景は既成の布地に手を加えたもの。安物生地の模様をアクリル絵の具で『編集』したんです。リサイクルショップで買った花瓶に色を塗って、マーケットに行っていちばん安い花を買いました。当時はベッヒャー派やあらゆるドイツ写真にとても興味があったし、マティスにも関心がありました。いま思うと、マティス風にしたかったんでしょうね」

両シリーズとも、静的で隅々までコントロールが行き届いており、絵画的な写真という印象が強い。現実の被写体を扱う写真表現には、偶然性の入り込む余地が大きいが、そういうものは注意深く排除しているのだろうか。

「予期せずして何かいいことが起こるのはすばらしい。例えば、展示している作品の中に、赤いチェック柄の傘の写真があります。アシスタントのマルクがスタジオに置いていったのを見つけたとき、ちょうど傘と同じチェック柄のプラスチック製格子の撮影を続けていたんです。マルクの家に友人が忘れていったものだったらしい。こうした小さな偶然の出来事は常に作品に入り込んできます」

馬と花はそれぞれ、写真の被写体としてポピュラーなもの。だが、両者が同時に並べられるというのもあまり例がない。

「確かに、ちょっと奇妙な取り合わせだなと思わなくもない(笑)。ただ、両者に共通することもたくさんあります。ひとつには、アマチュアにもプロにも一様に、ありふれていて絵になりやすい題材だということ。このような『プレハブ』的な題材に違和感がないんです。それに、違った題材を並べることで、展示の場に概念的にも視覚的にもいろんな声を響かせています。以前、このことをフーガ(fugue)の対位法になぞらえたことがあります。定義上、『fugue』という単語は、楽曲と精神的疾患のどちらも意味する。この精神疾患とは記憶喪失のようなものです。数日間『fugue状態』に陥った人が我に返ったとき別の場所にいるような。作品との関連で、どちらの定義も意味深いですね。ハーモニーと不協和が重複するような音楽的な方法で、異種のものが互いに意味をなすというアイディアが気に入っています」

静物と動物という違いや、制作時期の隔たりはある。しかしどちらのシリーズも、時間を画面の中に閉じ込めたような静謐さが満ちている点は共通している。古典的な画面構成が際立っているからだろう。アメリカには100年以上前のアルフレッド・スティーグリッツらに始まり、現在まで脈々と続く写真表現の伝統がある。そのあたりを強く意識しているからこその作風なのだろうか。

「記録性と芸術性が同居している1930〜40年代のドキュメンタリー写真には、影響を受けていますね。50〜60年代のストリートスナップはスキップしていますが。最近は(ポール・)アウターブリッジを参考にし続けています。学生のころは、アメリカの伝統から外れたものも知りたくて、トーマス・ルフなどドイツのコンテンポラリーアート表現をよく摂取しました。それらを通じて70年代の『ニュー・トポグラフィックス』 やウォーカー・エヴァンズなど、もっとほかにも歴史に残る客観写真があることを知ったんです。若いころはロックバンドでプレイもしていたので、いろんな方面から影響は受けていますよ。ただ、写真はいつも私に刺激を与えてくれるものだし、新たな発見が尽きません。いまだって、アラーキーが82年に8冊も写真集を出していたんだと知って驚いています」

ロー・アスリッジ
1969年、マイアミ生まれ。現在はニューヨークを拠点に活動し、商業写真家としても知られる。ホイットニー・バイエニアル2008に参加。日本での初個展をラットホールギャラリーで開催中(~4.26)。

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