アルフレッド・ジャー

美と倫理の均衡

取材・文:松浦直美

画像が氾濫する現代社会において、見世物的に使われるそれらに懐疑心を抱き続けてきた。ある現場の一瞬の断片として切り取られる画像。その向こうで、本当は何が起こっているのかを確かめることから、ニューヨーク在住のチリ人アーティスト、アルフレッド・ジャーの制作が始まる。彼の作品で重要な位置を占めるのが、自らの目で確かめることだ。1985年、グッゲンハイム・フェローシップを受けて、ある現場に赴く機会が到来した。ブラジル、セラ・ペラダの金鉱を訪れ、そこでの過酷な労働状況を目の当たりにし、写真に収めた。

「上っ面だけを見て消費されていく画像を守り、画像が伝えるべきことを雄弁に語らせるための見せ方を考案しました。ライトボックスの画像を鏡に映して見せる装置はそのひとつで、ケンジタキ・ギャラリー(名古屋)に一部展示中の、『ゴールド』シリーズ(85年)以来、繰り返し使っています。鏡とライトボックスの間のスペースは、鏡にさまざまなものを映し出すための魔法の空間です。鏡に映るのは記憶であり、歴史であり、幻影であり、あなた自身であり、ほかの鑑賞者です。断片しか映さない鏡は、我々と断片的な歴史や画像との関係の象徴です」


Gold in the Morning  1985
Two lightboxes with color transparencies, framed mirror


Gold in the Morning (detail)

以来、膨大なリサーチを経て、現地を自ら体験することが不可欠となった。94年、ルワンダ内戦に対する国際社会の遅々とした対応に疑問をもち、現地入りする。筆舌に尽くしがたい悲惨さが、ジャーの画像に対する不信感を極限まで募らせた。画像でルワンダの惨状を伝えるなんて不可能に思えた。それ以来、彼の画像の使い方はより過激になっていく。ドクメンタXI(2002年)には一切の画像を排除し、光とテキストからなるインスタレーション「Lament of the Images」を出品した。

自らの目で確かめるという方針ゆえに、彼の作品にはジャーナリズムの側面がある。ジャーの作品とジャーナリズムとの決定的な違いは、その提示方法と、そこに介在する美と倫理の均衡だろう。ジャーナリズムやドキュメンタリーの見せ方が直接的なのに対し、彼はあくまでも画像を直接提示することを避ける。彼の作品を理解するには、テキストを読む、鏡を覗き込むといった身体的努力が必要だ。そして作品の倫理を理解し、空間全体にもう一度目を向けたとき、その努力に報いるように、美が見る者を迎えてくれるのだ。

「私はアート界に潜入したジャーナリストみたいなものです。人々が見ようとしない情報を提示しようとしている。ジャーナリストとアーティストの仕事に大差はありません。作品を提示する文脈が違うだけ。どちらにも美的要素と倫理的要素があり、両者の割合は異なるかもしれませんが、どちらかの要素を完全に排除することはできないのです」

現在進行形の出来事をテーマに制作してきたジャーだが、ケンジタキ・ギャラリー(東京)での新作は、一見、過去の出来事を扱っているように見える。05年に他界した被爆体験者、栗原貞子の詩と、60年代に盛んだった学生運動や、メーデーなどの社会運動の写真を用いている。


I’ll always keep singing (For Kurihara Sadako)  2008
Two lightboxes with B/W and color transparencies, framed mirror
Photos courtesy the artist and Kenji Taki Gallery

「今日の日本では、このような社会活動がほぼ皆無で、女性の社会的地位がまだ低いという2点において、新作は現在に言及しています。私は詩が好きなので、どこかに行くときはその土地の詩を読みます。栗原貞子の詩は美しく、日本の女性のアイデンティティを考えさせます。彼女は強く、声高に自分の主張をするアクティビストで、私の知らないタイプの日本人女性でした。彼女のような女性が増えるといいと思います。画像に写っているのは大勢の男性活動家ですが、その中には栗原その人を思わせるような女性活動家の姿があります。この作品は栗原貞子へのオマージュであり、人々に批判的精神を喚起するものです。ここでも画像を鏡に映して見せています。鏡を使うのは周りの環境や、鑑賞者を作品に組み込むため。鑑賞者は何が写っているのかを見ようとしてあらゆる角度から鏡を覗き込む。自分の顔が写り、ほかの鑑賞者の顔が映り……、自分たちもこの現実の一員でありうるのだと気付くのです」

人にはそれぞれ、歴史や遠く離れた場所で起こっている社会問題が現実味を帯び、それらに対する当事者意識が生まれる瞬間がある。日々、世界中の出来事を新聞やニュースで目にしても、傍観者として見ていないだろうか。ニュースとして文字や音声になった時点で既に、自分には直接関係のない過去の出来事、つまり「歴史」になっているとも考えられる。アルフレッド・ジャーにとって、現地に赴き、自分の目で確かめることは、歴史や社会問題を自らの問題として受け止めるための行為なのかもしれない。そして彼の作品は、美と倫理の均衡の中に、私たちがそれらの事象に実感を持つきっかけを提供しているのだ。

今後のことを聞かれると、いつも分からないと答えてきた。

「私は『分からない』と言うことを恐れません。アーティストは不確かさの中に生きるべきです。不確かさからこそ、何かを見出し、表現することができるのです」

2008.7.23

アルフレッド・ジャー
1956年、サンティアゴ生まれ。82年の渡米以来、ニューヨークを拠点に活動する。80年代より政治色の強い作品を発表し続ける。8年ぶりとなった日本での個展は、ケンジタキギャラリー名古屋で初期の作品を、同ギャラリー東京では新作を展示した(2008年)。スパッツィオ・オーベルダンとハンガー・ビコッカ(ミラノ)、ギャルリー・リーロング(パリ)でも個展を開催した。
http://www.alfredojaar.net

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