2012年 記憶に残るもの 植松由佳

昨年の東日本大震災は未だ過去ではあり得ず、住み慣れた土地を離れざるを得なかった人々の生活、終息する気配を見せない余震、原発問題など、「あの日」から現在進行形としてあり続けている。年末に選挙の結果として下した私たちの判断は、自然による脅威は避けられないとしても、それらの問題にピリオドを打つことができるのだろうか。


Installation view of “Warhol: Headlines” at MMK Museum für Moderne Kunst Frankfurt/Main. 2012

アンリ・サラ
2012年5月3日–8月6日
ポンピドゥー・センター
http://www.centrepompidou.fr/

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争にピリオドが打たれてから15年を経て、その紛争の地サラエボを舞台に「1395 Days without Red」(2011)を制作したアンリ・サラ。ポンピドゥー・センターのギャラリー・スッドで開催された個展では、この作品が縦軸となったビデオインスタレーションがメインとして展示されていた。ギャラリー内のどの位置に立とうとも、角度を少しづつ変えながら点在する5面全てに映し出されるイメージをクリアに隅々まで見通すことはできない。そのため、民間伝承で語り継がれたハーメルンの笛吹き男の笛の音に導かれた子供たちのように、スクリーンが切り替わるごとに、鑑賞者は右のスクリーンから左のスクリーン前へ、そしてまた右へと移動する。昨年、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーの個展でもサックス奏者が展示室内で即興音楽を奏でながら、鑑賞者と展示室、映像を繋げる役割を果たしていた。笛とサックスの音に代わるのは、天井のスピーカーから聞こえてくる27チャンネル・サウンドとスクリーンに投影されるイメージだ。43分超の「1395 Days without Red」に、「Answer Me」(2008)、「Le Clash」(2010)、「Tlatelolco Clash」(2011)という作品を横軸に織り込むように4点の映像作品が編集され、オルゴール音と会場内に展示されたドラムオブジェ作品の音が絡み合う。「行間を読む」という言葉が小説に在るならば、この場合は「幕間を見る」ということだろうか。スナイパーが狙いを定めているであろうサラエボの街の通りを、息を整え一気に走り抜ける女性の姿。1395日間という紛争の期間、赤い服を着てスナイパーの標的にならないよう生き抜いた市民。見通しのいい通りを走り抜け、建物の影に入ってしばらくは安堵のひとときを得る。息せき切ってスナイパーショットを免れ安心する様子は、まさに生の実感。次の瞬間には、ベルリンにある「トイフェルスベルク(=魔の山)」と呼ばれる廃墟が映し出される。そこは冷戦時代にはアメリカ軍によって旧東側を盗聴していた場所で、ドラムの音色とともに男女の別れが繰り広げられる。転々と、そして次々にサラエボ、ベルリン、ボルドー、メキシコシティという作品の舞台が映し出されることで、それぞれの都市が持つ歴史や文化、社会的背景を鑑賞者に突きつけ、スクリーンの間に、つまり私たちの記憶からこぼれ落ちようとする忘却を許そうとはしない。鑑賞者は、展示室の窓越しに見えるパリの街並みを行き交う人々の様子とあわせて、現代と過去をつなぎ、音と映像に誘われ彼の地の歴史、記憶に思いを馳せる。2013年のヴェネツィア・ビエンナーレではフランス代表としてドイツ館を展示会場に用いるというサラの作品が楽しみである。

アンドレアス・グルスキー
2012年1月13日-5月13日
ルイジアナ近代美術館、フムレベック
http://www.louisiana.dk/

美術館キュレーターとして、自館のコレクションと企画展をいかに組み合わせるか、また時代、技法の異なる作家をどのように組み合わせて展示をするか。それは常に課題として考えていることだが、そのような視点から興味深かったのがルイジアナ美術館でのアルベルト・ジャコメッティとアンドレアス・グルスキーの展示だった。ルイジアナ美術館がジャコメッティの優れた作品を収蔵していることはよく知られている。別室でアンドレアス・グルスキーの個展が開催されている際に、常設ギャラリーの一角でジャコメッティのブロンズ彫刻作品とグルスキーの大型サイズの写真作品が展示されており、ふたりの全く異なる表現技法を用いる作家による作品に思わず息を呑んだ。矢内原伊作が「ジャコメッティは同時代の人々のために仕事をするのでもなければ、来るべき世代のためでもない。彼は死者たちを遂に恍惚たらしめる彫像を作るのだ。」*1と語ったように、その鈍く黒光りするブロンズ彫刻は、どこか観る人に沈黙の時を命じ、生と死への思索を導く。同じ空間に展示されたグルスキーの新作バンコクのシリーズは、タイの生命でもあり、バンコクの顔でもあるチャオプラヤー川がモチーフとして撮影されている。一見すれば抽象表現主義の絵画作品にも思えるが、クローズアップしてよく見てみれば、バンコクの社会生活がもたらした油が光の反射によって異なる色を示し、川に浮かんだゴミもあって、人々の生活の一端を垣間見ることすらできる。ジャコメッティに呼応するかのように、撮影されたチャオプラヤー川の水面に流れ込む時と歴史が留められる。雪に覆われた美術館の庭園を望むように配置された二作家の作品は、至福の時間をもたらしてくれた。

アンディ・ウォーホル『Headlines』
2012年2月11日(土)-5月13日(日)
フランクフルト近代美術館(MMK)
http://www.mmk-frankfurt.de/

アンディ・ウォーホルの遺産を管理するウォーホル財団が2万点以上に及ぶ所蔵作品をクリスティーズを通じて売却すると発表し、11月には第1回のオークションが既に実施され、賛否を巻き起こした。
ウォーホルの展覧会はこれまでも数多く開催されているが、フランクフルト近代美術館(MMK)で開催された『Warhol: Headlines』は、ウォーホルが切り抜いていた雑誌や新聞資料類や保存されていた写真などを丹念にリサーチし、それが彼の絵画や芸術にいかに影響を与えていたか、新たな視点からウォーホル作品の分析がなされていた特出すべき展覧会として追記しておきたい。


*1 参考文献 矢内原伊作『ジャコメッティとともに』(1969年, 筑摩書房)

植松由佳|Yuka Uematsu
国立国際美術館主任研究員。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館/財団法人ミモカ 美術振興財団勤務を経て2008年10月より現職。束芋、やなぎみわ、草間彌生、須田悦弘、エイヤ=リーサ・アハティラ、マリーナ・アブラモヴィッチ、マルレーネ・デュマス、ヤン・ファーブル、ピピロッティ・リストなど現代美術展の企画を多数手がける。「第13回アジアン・アート・ビエンナーレ・バングラデシュ2008」日本代表コミッショナー(作家:須田悦弘、米田知子)。第54回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館コミッショナー(2011、作家:束芋)。

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