王虹凱[ワン・ホンカイ]
インタビュー/レスリー・J・ウレーニャ
Music While We Work (2011), audio and video installation recorded on location in Huwei, Yunlin, Taiwan. Photo You-Wei Chen, courtesy Hong-Kai Wang.
台湾人アーテイスト、王虹凱[ワン・ホンカイ](1971年生まれ)は社会的な関係性や新たな社会空間の構築を探求するコンセプチュアルな手法として音を使った作品を作る。王は第54回ヴェネツィア・ビエンナーレの台湾館でのグループ展『The Heard and the Unheard—Soundscape Taiwan』の参加アーティストとして新作のプロジェクト「Music While We Work」を展示している。このプロジェクトは、台湾中央部の、かつて糖都と知られた虎尾鎮にある台湾糖業公司の製糖所(この種の施設としては台湾国内にもうふたつしか残っていない)とのコラボレーションとして作られた。引退した従業員たちとその伴侶らが工場に戻り、現役の従業員が働いている現場の音風景を録音し、それを基にマルチチャンネルの音とビデオのインスタレーションを作った。ART iTはこの作品について詳しく話を聞いた。
インタビュー
ART iT 今年のヴェネツィア・ビエンナーレの台湾館では、音というテーマがあらゆる解釈を通して取り上げられています。この「音」の探求へのあなた自身の貢献はどのように捉えているのでしょうか。
王虹凱(以下HKW) このプロジェクトの目標は、音そのものが自明であることができるようなプラットホームを作ることでした。作曲家のエドガー・ヴァレーズは、大抵の人は音が自明のものとなるのにどのくらい時間が掛かるか分かっていないと考えました。私はよく作品を通して観客にじっくりと「聴く」ことを求めます。「聴く」ことは政治的な行為で、聴く人の「聞こえないもの」と「聞こえるはずのもの」との力関係を瞬時に変えます。「Music While We Work」では、作品内で社会空間を指し示す視覚的な要素と比べると、聴く行為が政治的に働きかけるものとして映るようなプラットホームを作ろうとしており、その探求をより深く掘り下げようと試みるのと同時に、より分かりやすくしようとしているとも言えるかもしれません聴いている間と聴いた後とでは、どのような問題が問われているのでしょうか? このプロジェクトの主旨は、疑問を持ち議論しつつも、ある建築的な音楽空間への没頭を自らに許すことです。
Music While We Work (2011), audio and video installation recorded on location in Huwei, Yunlin, Taiwan. Photo You-Wei Chen, courtesy Hong-Kai Wang.
ART iT 「Music While We Work」に対してどのようなリアクションがあると想いますか?
HKW かなり規模の大きな質問ですね。このプロジェクトがどのようなことを引き起こす可能性があるかということは今から例えば10年後くらいの時点に考えるべきことではないでしょうか。敢えて今日的な意味を帯びている作品を作るのは社会的変化を求めるようなことであり、それはまた人生そのものについて言えることでもあります。いずれもいくつもの小さな動きから成っていて、ひとつの動きはその後に一連の動きが続かなければ意味を持つことはできません。
更に言うと、どのような問題が起こりうるかはあなたや私だけではなくて、同じような懸念を持つ多くの人々も問うべきことではないでしょうか。たとえば製糖所の従業員とその関係者、彼らの仕事や経験を共有する人々や、このプロジェクトのための録音ワークショップの指揮をとった政治的アクティビストの作曲家ボーウェイ。パブロフの犬のようにただ単に反応するだけに留まらないためには——言い換えると、社会の属性、あるいは私たちが自ら選んだと思っている立場によって条件付けられた反応を反射的に示すに留まらないためには、私たちはどうすればよいのでしょうか?
ART iT ヴェネツィアの鑑賞者の様子を見る機会はありましたか? どのような反応が見られたのでしょうか?
HKW 残念ながら、そのような機会は殆どありませんでした。でも滞在中の最後の日に、東南アジア系と思われる女性が話しかけてきて作品が本当に好きだと言ってくれました。全然知らない人だったので、最も理想的な反応と言えるかもしれません。私の地元を基にした非常にローカルな状況が全く違う文化的背景の方にもどうにかして伝わったということですから。
ART iT あなた自身はこの作品を明確に政治的なものと見てはいないとのことですが、その制作の過程については政治的と言えるのでしょうか? 政治運動がどのようにして変化をもたらそうとするか考えた上で制作されたのでしょうか?
HKW 私が興味を惹かれるのは、日常生活の中で通常起こらないことを暗示するプロジェクトと関わった後に一体何が起こりうるかということです。このプロジェクトは、仕事においても人生においても製糖所が中心となっている人々に非日常的な状況をもたらし、音を通してある特定の原語を作る/定める方法の探求を誘いました。詩を読むときには、必ずしも社会貢献について考えませんよね。でも、詩を書くときには容易には見えたり聞こえたりしないものを見たり聞いたりすることを試みますし、それらを見つけられるかどうかは政治的なプロセスと言えます。
ART iT 虎尾鎮はあなたが生まれた場所ですよね。出生地にまつわる作品を作ることに対して躊躇いはありましたか? この作品からあなた自身の過去はどのようにして切り離したのでしょうか? あるいは、切り離してはいないのでしょうか?
HKW いつも、作品があまりにも個人的すぎるものになってしまうことを心配しています。個人的なノスタルジアには全然関心を持てません。恩師のクリス・マンの言葉を借りると、「個人的なノスタルジアとは精神疾患である」。この問題に対応するために、私はいつも自分と似たような人生経験や視点を持っている人たちを探そうと試みます。
でも、自分自身を完全に切り離すのは不可能なことです。どうしても、なんらかの形での感情的で個人的な思い入れがあります。それでも観客が共鳴できるようであれば問題ないと思っています。たとえば、ラブソングを聴いているとします。それが歌手自身の個人的な失恋の歌であっても、似たような経験を共有していたりすれば共感することができます。
特定の事物に言及すること自体は怖れていません。むしろ、特定であればこそ全般的にもなり得るのではないかと思います。
Music While We Work (2011), audio and video installation recorded on location in Huwei, Yunlin, Taiwan. Photo You-Wei Chen, courtesy Hong-Kai Wang.
ART iT 製糖所のコラボレーターについてはいかがでしょう? どのように選ばれたのでしょうか?
HKW 15歳の頃に地元を離れたこともあって、私の方からは選択はしませんでした。まずは父に相談し、昔の同僚のホアン氏に紹介してもらいました。そのホアン氏がとても積極的に協力してくれて、プロジェクトに参加した夫婦たちに紹介してくれたりと、録音ワークショップの初期のコーディネーションには欠かせない人となりました。去年の12月に夫婦たちと会ったのですが、ホアン氏はそのときも私のためにとてもチャーミングかつ説得力を持って振舞ってくれました。コミュニティーとの繋がりがあったおかげで、彼らに参加してもらうことは難しくはありませんでした。また、全員私の父も知っているということも助けになりました。
ART iT このプロジェクトについて、参加者にはどのように説明したのでしょうか?
HKW ヴェネツィアに出品されることは話しましたが、ビエンナーレを知っている人はいませんでした。彼らは多分、このプロジェクトによって製糖所が国際的な舞台に上がるきっかけが増えるため、そしてこのプロジェクトでやろうとしていたことは彼らの目に風変わりに映ったために協力したいと決めてくれたのだと思います。テレビのインタビューでもなく、映画でもなく、ドキュメンタリーでもありません。彼らはただ単にワークショップを訪れて録音機器の使い方を覚えればよいだけでした。
ART iT プロダクションが進行するにつれ、もっと詳しく知りたがるということはあったのでしょうか?
HKW 全く干渉されませんでした。私たちは基本的に監視のないまま工場や畑の中で自由に動くことができました。製糖所全体が管理部によってプロジェクトについて知らされていたので、みんな私たちのことを認識していました。時折、何故まだいるのかとか、何故夜にいるのか聞かれることはありましたが、そういうときにはまだ素材が足りないことや、以前とまた違うことをしていることを話しました。製糖所の人たちが最終的な作品に興味を持っていることには間違いありません。
ART iT 彼らのためにヴェネツィアの展示のミニチュア版のような再現をおこなうのでしょうか? どのようにして作品を見せるのでしょうか?
HKW どのような空間を使えるかによります。製糖所自体がきっとプロジェクトを追っているので、新聞の報道は見ているはずです。彼らの反応を知るのも大事なことだと思います。
ART iT あなたも、あなたのコラボレーターたちも展覧会がパラッツォ・デッレ・プリジオーニで行なわれることは知っていましたが、そのことはプロジェクトのまとめ方に影響したのでしょうか? 発案から完結までの間にプロジェクトはどのように変わったのでしょうか?
HKW 非常に印象的な建築要素を持った建物です。パラッツォ・デッレ・プリジオーニは隠そうとすればするほどその努力があからさまになるので、建物を覆う必要はないと思います。少なくともこのプロジェクトに関してはうまくいかないと思いました。そのような訳で、最初期の段階でパラッツォの壁にプロジェクションをしようと決めました。そして偶然のことでしたが、製糖所のテクスチャーはパビリオンのテクスチャーととてもしっくりきましたので、私にとって辛い決断ではありませんでした。
Installation view of Music While We Work in the Taiwan Pavilion at the 54th Venice Biennale, Palazzo delle Prigioni, Venice, 2011. Courtesy Hong-Kai Wang.
ART iT パラッツォの起伏の多い壁面が作品にテクスチャーを提供したことを挙げられましたが、ホワイトキューブの空間についてはいかがでしょう?『Music While We Work』の展示はそういった空間にどのような影響を受けるのでしょうか?
HKW この作品がどこで展示されようと、その空間独自の建築的なフォルム、そしてそれらに元々ある空間的な問題や性質に対応する必要があります。
ホワイトキューブの空間に合わせてどのように変換できるか、まっさらな壁にどのように影響されるか是非見てみたいです。観客がプロジェクションにどのように反応するか考える必要がありますし、音声は自動的に背景音のようになってしまう危険性があります。観客には必ず音声に注目してもらいたいので、プロジェクションが優先されないことを確認したいです。
このプロジェクトはこの特定のコミュニティーと関わるものなので、なんらかのかたちで元の場所に戻る必要があると思います。いろんな時点で、そしていろんな場所でこのプロジェクトを検証し、この一時的な介入がどのような意義を持つのか考えていく必要があります。