ガエル・シャルボー インタビュー

ふたりの空想家の物語
インタビュー / アンドリュー・マークル


All images: Unless otherwise noted, Installation view of “Condensation” at Le Forum, Maison Hermès, Tokyo, 2014. © Nacása & Partners Inc, courtesy Fondation d’entreprise Hermès.

ART iT ここ数年、アブソルート・ウォッカやロレックス、シャネルなど、数多くの企業がそのブランドに応じた作品をアーティストを招いて制作させるプロジェクトを主催し、さまざまな芸術的価値を生み出しています。このようなプロジェクトと比べて、この展覧会で取り上げているエルメスの「アーティスト・イン・レジデンス」プログラムをどのように捉えていますか。

GC 芸術制作の問題はどんなアーティストにとっても非常に重要なことで、彼らは自分の作品のコンセプトに最適な素材や技術を決めなければいけません。エルメス財団の意図は、キャリアをスタートしたばかりの若手アーティストに細心の注意や経験を要する素材を使って作品をつくる機会を与えるということでした。訓練せずにクリスタルや銀で制作するのは至難の業で、職人技の世界に触れる必要があります。このように、エルメスのレジデンスはアーティストにそうした職人とともに作業することで、大学での教育を補完する手段を提供しています。
それに加えて、与えられたリソースで何をするのか、アーティストは完全に自由でした。財団からの指示はありません。アーティストは自分のヴィジョンを伝えたり、助言や経験を得るために職人と対話をしなければなりません。それは現代美術において現在ますます接近しているふたつの世界の出会いであり、このような出会いがこのプログラムを非常に重要なものとしています。

ART iT 一般的に、フランスの若手アーティストにはどのような支援がありますか。2000年代初頭には現代美術の国際的なブームにより、たくさんの若手アーティストが学校を出た後に作品を売ってお金を稼ぐということが十分あり得たのですが、現在はもっと不確かな状況ですよね。

GC フランスもほかの国々と似たような状況だと思います。アーティストは大勢いますが、作品を売ったお金だけで生活できる人はそれほど多くありません。アジアやアメリカ合衆国、ヨーロッパでは、美術館や美術機関と並んで、大企業が現代美術を促進するプログラムに出資しています。それにより、より多くの民間資金が現代美術へ流れ込んでいます。そうした企業の大半は美術機関との関わりを持っていて、例えば、エルメスはポンピドゥーセンター・メスでこれから開催されるプロジェクトを支援していますし、『コンダンサシオン』が最初に展示されたパレ・ド・トーキョーともスポンサー契約を結んでいます。美術機関は真の芸術的なプロジェクトを創造するためにエルメスのような企業を必要としていて、これはフランスでは新しいことです。こうした企業が現代美術の世界を理解し、過度にプロモーション的にならずに現代美術へと持ち込めるものが重要です。
エルメスの若手アーティストへの支援は慎重なので、正しく行なわれていると思いますね。

ART iT 展覧会を観て、興味深いのはレジデンスプログラムを高級品の生産を通じて高められた技術を民主化する方法として考えてみることでした。しかし、高級品であり、本質的に市民が共有するものでもあるアートという概念が非常に興味深い問題として浮かび上がりました。この展覧会にあなたが関わっていることを前提として、私的領域と公的領域の間のこのような動きをどのように捉えていますか。

GC いい質問ですね。展覧会を観てわかる通り、クリスタルや革を使用した作品には非常に高価に見えるものがありますが、マルコス・アビラ・フォレロの太鼓(「パレンケロス—職人たちによる解釈/演奏により旅に変身させられた5つの太鼓」)のように親しみやすいものもあります。このプログラムが真の実在性を持つための条件として、小さな作品を小さな台座の上にまとめて置くようなことをすべきではないと考えています。それはまさしくエルメスが自分のブランドを大衆に伝えるための方法であって、芸術一般のヴィジョンを伝えることもできます。この展覧会にはかなりコンセプチュアルな作品から、物質性の強い作品や抽象的な作品まで幅広い実践が出品されています。広く開かれた展示だと思います。キュレーターとしての私の役割は、作品間のあらゆる差異に関する物語を伝え、すべての作品を一堂に展示する優れた解決策を見つけることでした。

ART iT 展覧会概要には「コンダンサシオン」というタイトルが夢解釈と錬金術に関係しているのだと書かれていますが、どのように関係しているのか詳しく教えてもらえますか。

GC 「コンダンサシオン」はフランス語で水分が蒸発し、その後、ガラスなどの表面に現れる現象、水蒸気の結露を意味します。 *1 (ジークムント・)フロイトはこの言葉を夢分析に適用しています。それは夢を見ているときに、無意識が重なり合うイメージによってなにかを伝えようとするという考え方です。例えば、警官の夢を見たら、無意識はあなたに父親にまつわるなにかを伝えようとする。つまり、警官の権威が父親の権威として表されているのだと。彼はコンダンサシオンとは無意識によって複数の物事がひとつの形の中に隠されることだと考えていました。それと同じように、この展覧会のすべての作品にはたくさんの物語が含まれています。例えば、マルコス・アビラ・フォレロの太鼓の作品は、アフリカからラテンアメリカに連れてこられた奴隷の物語と繋がっている。また、ぱっと見たときには単なる革製のカーテンに見えるかもしれませんが、エミリー・ピトワゼの作品(「ジゼル」)は振付けに関する物語や、ダンサー不在のダンスの見せ方を伝えています。すぐにはわからないようなイメージが隠されているので、観客は作品について考えなければなりません。このように、コンダンサシオンという言葉はこの展覧会のあらゆる部分を理解するために必要なゆっくりとした時間を上手く言い表しています。
また時間は錬金術との繋がりにも関係していて、これはとりわけこの銀座メゾンエルメス フォーラムの建築に共鳴するものです。錬金術士は月や太陽の光を使い、そのプロセスには長い時間が必要とされます。そしてこれはアーティストが職人との共同作業に費やした時間にも関係するのですが、錬金術士を想起させるような異質な時間やリズムを生み出そうともしていました。作業して、寝て、現象や結果を見て、さらに作業し、次の満月を待つというような。だからこそ、明るい部屋と暗い部屋、夜と昼のコントラストをつくりだそうとしたんです。そう簡単には日本語に翻訳できないとは思いますが、「コンダンサシオン」というタイトルにはこうした意味が込められています。

ART iT 2013年の『The French Haunted House』(ソンウン・アートスペース、ソウル)*2 や2012年にダリア・ド・ボーヴェとともに企画したニール・ベロウファの個展『Les Inoubliables prises d’autonomie』(パレ・ド・トーキョー)*3 など、あなたのキュレーションに対するアプローチを聞かせてください。

GC なにかひとつを挙げるのは難しいのですが、最近のプロジェクトに関して言えば、物語を語るというアイディアに取り組んでいます。それは最近まで少し禁じられていたところがありますね。キュレーターはグループや運動という点からアーティストを見せるよう求められていましたが、ポストモダンの世界ではそれは非常に複雑で、抽象的なアプローチやコンセプチュアルなアプローチをとる場合も含めて、たくさんのアーティストが作品で物語を語っています。個人的には、物語を語らないような展覧会、物語がどのように始まり、その中に普段いっしょに語られることのない要素(作品)がどのように関係付けられるのかを考えないような展覧会はつくれません。つまり、私は展覧会に適用する物語を創作すると同時に別の方向へと展開していく余白を残しておこうと考えているのです。
昨年のソウルではアンスティチュ・フランセから40歳以下の若手アーティストの展覧会制作の依頼があり、そこでの問題はフランスのアートシーンを知らない人々にそれをどのように提示したらよいかというものでした。私はまず、韓国でのホラー映画の人気について考え、それから今日のフランス美術がいまだにデュシャンやピカビアといったフランス近代美術の先人の亡霊に取り憑かれていることについて考えました。そうして、そのような亡霊が若手アーティストに付きまとっているような幽霊屋敷というような展覧会を企画しようと決めました。私はさまざまな部分からなる象徴的な家をつくり、観客はその中を歩きながら若手アーティストを見つけ、彼らがその先人たちと繋がっているのかを理解していきます。「これがフランスのアートシーンだ。理解できるかな?」と言うだけでなく、人々に作品を解釈するためのいくつかの鍵を手に入れてほしいと思っていました。
それはここでもコンダンサシオンという考えを使って試みていることです。

ART iT この『コンダンサシオン』という企画は、パレ・ド・トーキョーの『ヌーヴェル・ヴァーグ』*4 の一部として展示され、現在は東京の銀座メゾンエルメス フォーラムで展示しており、次はソウルにも巡回する予定ですよね。各会場で展示は変わりますか。

GC そうですね。同じ作品を出品していますが、パレ・ド・トーキョー用の企画案はここでの見せ方とは全然違いました。私は参加アーティストや展示会場を選んでいませんが、優れた解決策を見つける必要があります。それはどこかチェスプレイヤーや囲碁の棋士みたいですね。目の前に盤があり、あなたは駒を手にしている。そして、あなたはあらゆる人にとって優れた解決策を見つけなければいけない。キュレーターの仕事もそうです。それぞれの空間に対応して展示することで、3つの展覧会がすべて異なるものになることを望んでいます。パレ・ド・トーキョーでの展示デザインは非常に華やかなものでしたが、ここではそれぞれの小さな空間で昼と夜のコントラストを意識したものにしています。

ART iT ここ銀座メゾンエルメス フォーラムには非常に特徴的なガラスの壁があります。このガラスの壁を見事なかたちで使う展示もありますが、展示における大きな課題でもありますよね。

GC その通りです。壁でありながら、作品を掛けることはできない。ここを訪れたのは三回目だと思いますが、毎回、レンゾ・ピアノはなんて素晴らしいのだろうと思わされます。ガラスの透明性がほんのわずかに違うだけで機能しないものになったかもしれませんが、これは完璧なチョイスです。外を見ることができるような気がするけど、実際は見えなくて、そう感じるだけ。ということは、実際には壁があるにもかかわらず、観客はそれを壁として感じていない。こういうものは滅多にありません。素晴らしいアイディアがあっても上手くいかないことはありますが、ここは本当に上手くいっています。初めて来たときに圧倒され「ここで何ができるだろう?」と考えましたよ。

ART iT ある意味ではガラスの壁もエルメスの工房から生まれたわけで、なにかこの展覧会における亡霊的な作品みたいですね。それに、一日を通じて太陽の位置が変わることで展覧会の体験も変化していくというのは錬金術のようでもあります。

GC まさにその通りですね。だから、オリヴァー・ビアーのクリスタルの球体を壁のそばに配置しました。その日のどこで訪れても同じではなく、美しい。素晴らしいことです。それはキュレーターにとって真の難題ですね。


*1 Condensation (→con-denser)
1. 凝縮、圧縮、凝結;(凝縮した)水分、復水。《物理》凝結核:大気中で水蒸気の凝結の中心となる微粒子。 2. (思想、表現などの)簡潔化、要約。 3. 集中、結集。 4. 《有機化学》(分子の)結合。 5. 《生物学》縮約:個体発生で、系統発生上の複数段階が一つにまとめられること。 6. 《精神分析》圧縮:いくつかの表象での諸要素が1つの表象の中に押し込められていること。(出典:小学館ロベール仏和大辞典)

*2 The French Haunted House at SongEun Art Space, Seoul. 2013/03/15-06/08

*3 Les Inoubliables prises d’autonomie at Palais de Tokyo. 2012/10/17-2013/02/11

*4 Nouvelles Vagues at Palais de Tokyo. 2013/06/21-09/08

ガエル・シャルボー|Gaél Charbau
1976年生まれ。パリを拠点に美術評論家、インディペンデント・キュレーターとして活動している。2003年に現代美術や現代社会を扱う隔月誌『パーティクル[Particules]』を創刊する(2010年12月に休刊。現在はオンラインのみ)。2009年より『サロン・ド・モンルージュ[Salon de Montrouge]』の編集ディレクターを務める。キュレーターとして、これまでに『Rituels』(リカール財団、2011)、『Neïl Beloufa, Les Inoubliables Prises d’Autonomie』(ダリア・ド・ボーヴェとの共同企画、パレ・ド・トーキョー、2012)、『L’Arbre de vie』(アラン・ベルランとの共同企画、コレレージュ・デ・ベルナルダン、パリ、2013)、『The French Haunted House』(ソンウン・アートスペース、2013)などを手掛けている。2013年には『コンダンサシオン』をパレ・ド・トーキョーにて開催。同展は現在、銀座メゾンエルメス フォーラムにて『コンダンサシオン:アーティスト・イン・レジデンス展 エルメスのアトリエにて』として開催中。今秋にはソウルのメゾンエルメス ステュディオに巡回する予定。

コンダンサシオン:アーティスト・イン・レジデンス展 エルメスのアトリエにて
2014年3月20日(木)-6月30日(月)
銀座メゾンエルメス フォーラム
http://www.maisonhermes.jp/
開廊時間:11:00-20:00(日曜は19時まで)入場は閉廊の30分前まで
休廊日:会期中無休

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