ヴィルヘルム・サスナル インタビュー (1)

(1) 1940年代生まれの世代といえば皆エルヴィスのファンで、私の母もその一人でした。
世界を記録するための「偶然」の役割について、また映像、ランドアート、絵画について


Installation view of Untitled (2007), 16mm film, sound, 7 min. Courtesy the artist & Hauser & Wirth, London/New York/Zürich.

ART iT: あなたは絵画と16mmフィルム、双方で知られているので、作品についてお伺いしたいことはたくさんあるのですが、ひとまず中間点あたりから始めさせていただきたいと思います。
2007年にチューリッヒのギャラリー、ハウザー・アンド・ヴィルトでのあなたの展覧会で、亡くなる少し前のエルヴィス・プレスリーが「Unchained Melody」をライブで歌う映像を使った16mmフィルム作品「Untitled」を見る機会がありました。あなたのフィルムを見たのはそのときが初めてなのですが、非常に印象に残りました。何が印象的だったかというと、パソコンの画面に映るYouTubeにアップされた1977年の映像を、16mmフィルムを使って撮ることで、メディアと歴史意識との社会的関係の中の独特で一時的な瞬間を捉えていたことでした。作品にはそのような狙いはあったのでしょうか。

ヴィルヘルム・サスナル(以下WS): 様々なメディアがそのフィルム作品に収斂されていたことは意識していましたが、正直言うと私は既存のイメージを単純に使っているだけです。このようなイメージは私たちの周りに数多く存在し、私たちの現実の一部でもあります。そのようなイメージを批判したり、利用したりしているつもりはありません。直観的に反応しているだけです。
 あの展覧会のフィルムと絵画作品のほとんどがエルヴィスの邸宅だった建物であるグレイスランドについてのものです。当時、レジデンシープログラムでアメリカにいたときに、メンフィスに旅行で行ったので、 せっかくならグレイスランドも見ておこうと思って行ったのです。しかし、実際に行くと殺風景な家の中のいたるところを観光客が歩き回っているだけで寂寥感を覚えました。それもあって、私は非常にシニカルな態度であの場所の特異性に応えたのです。つまり、家の中を撮影した写真をもとに絵を描いたり、YouTubeでエルヴィスの映像を探し始めたりしました。
 フィルム作品で使った2曲は両方とも素晴らしい曲です。エルヴィスをあの映像で見たとき、彼は正気だとは思えない表情でした。私が思うに彼の精神状態が異常になり始めたのは多分あのずっと前で、周りから常に保護され現実から完全にかけ離れていった頃ではないでしょうか。そのことから「Casper the Friendly Ghost」を歌うダニエル・ジョンストンの映像もYouTubeで探して、作品に入れようと考えました。

ART iT: 2007年のフィルム作品、「Widlik」についても聞かせてください。この作品には、あなたの家族が海辺で遊んでいる映像の上に、家族の前から姿を消した父親の話をするナレーションの声が重なり、ラスト・シーンでは砂浜に置いてあるパソコンのスクリーンにデヴィッド・ボウイが「Space Oddity」を歌っている映像が流れていますね。

WS: 「Widlik」の言葉の意味はバルト海にある海藻の一種です。ナレーションの声が何人も入っているのがあまり気に入らないので、ひとりのナレーターに全部を語らせてもう一度録音しようと思っています。従って、いまはあまり見せる気になれない作品です。
 でも簡単に説明すると、海辺で家族と一緒の時間を過ごしているときに、カメラを手にしていたことから生まれたフィクションを映像化した作品です。私がこの黒いボディのカメラを手放さないため、「なぜいっしょに遊んでくれないの!」とあたりまえのように家族といつもの口論になり、そのままストーリーが発展しました。「Space Oddity」をラスト・シーンに選んだ理由は、最後にメイジャー・トムが宇宙に飛んで行くという結末ともあいまって、その歌詞が同じようなストーリーを語っているからです。パソコンはそのときにちょうど持っていたものでした。



Above: Still from Widlik (2007), 16mm film, sound, 10 min. Below: Still from The Ranch (2006/07), Super8 film, transferred to DVD, 35 min.

ART iT: 先ほどのエルヴィスの作品以外に、アメリカに滞在していた時期に他にもあなたはフィルム作品をいくつか制作しています。例えば2006年の「The Ranch」です。この作品は、女性のテレビレポーターが高速道路のガード下で中継をしているというすばらしいシーンで終わるのですが、ミニスカートとロングブーツを履いた彼女の姿はソフトフォーカスのシルエットで映しだされ、同時に流れるバート・バカラックの「Anyone Who Had a Heart」を歌う別の女性の声とのコンビネーションは60年代や70年代の初期のミュージックビデオを連想させます。レポーターの虚栄心とこのまさに都会らしいシーンの背景にある警察のバリケードと彼女の服装の不釣合いを音楽が強調しているように感じました。あなたにとって音楽はどのようにフィルム作品に影響を与えるのでしょうか。

WS: アメリカに滞在中、スーパー8のカメラを持っていたので、多くの映像を撮りました。これから使おうと思っているものもまだたくさん残っています。
 ほとんどの映像はたまたまその場にいたから撮れたような偶然のものばかりです。あのレポーターの作品の裏には面白い出来事がありました。私がシカゴにいたときのことです。シカゴにはポーランド系やメキシコ系のカトリックの大きなコミュニティがあります。ある日、誰かが高速道路のガード下の壁にある染みを見つけて聖母マリアからのサインだと思ったことから、みんなが花を供えたり、蝋燭を灯し始めましたりしましたが、結局ただの水漏れの染みだったそうです。そんなテレビニュースの撮影現場に居合わせました。
 音楽を消してしまうと、フィルムは存在しないと思います。今は第二次世界大戦での出来事に言及するような、ポーランドの村での強欲についての新しい長編映画の制作を計画しています。映画の展開としては、これから撮影を予定している村のドキュメンタリー映像で始めようと思っています。そうしてイメージを頭の中で想像していると、その映像にどのような音楽をつけたいかすぐに浮かぶのです。

ART iT: ちょうど最近の長編映画の制作についてお伺いしようと思います。ひとりで制作しているのでしょうか、それともチームで複数台のカメラで撮影しているのでしょうか。

WS: ちょうど今回ラットホールギャラリーで展示されているフィルム作品は小規模のもので、自分ひとりで制作しました。2008年にポーランドの田舎に住んでいるふたりのレズビアンの恋人が隠れて文通をする、その手紙を手渡す豚飼いに焦点を当てた『Swineherd」という映画を撮りました。それが初めての本格的な映画制作でした。結果として約90分の長編映画が完成しました。今は、原子爆弾が落とされた世界での幻覚的なストーリーをもつ2本目の長編映画の撮影が終わり、編集も終わろうとしています。『Swineherd』には美術の要素がたくさん含まれています。フィルムの中にいくつか独立した部分があったので、長編映画というよりも実験的なものだと、言い訳ができました。でも2本目は実験的な要素が少なくなっており、今計画中の3本目が本当の意味での長編映画になると思います。
 スタッフとの仕事はいまだに変化している過程です。『Swineherd』のときは友達同士でやっていたので、大混乱になりました。2本目の制作ではチームが大きくなったのですが、予算が少ないのにもかかわらず人数が多すぎたため、現場での親密さがまったくなくなってしまいました。3本目では無秩序状態にならず多すぎない、ちょうどいい人数のチームになることを期待しています。


Still from the film Swineherd (2008), 35mm film, b/w, sound, 85 min. 46 sec.

ART iT: そういう意味では、2006年の短編フィルム「Marfa」は、その二つをつなぐ大事な架け橋だったと思います。「Marfa」では、黒いキャデラックが解体され、屋根をバンドがステージに使い、後ろの開放された座席を人々がラウンジにするなど、自然のまん中にある共同的な場が作られました。

WS: そうですね、あれが初めて自分で構想を練って作った長めのフィルム作品でした。
あのときは、私にとって特別なときだったと思います。レジデンシーでマーファにいたことに対する私なりの答えだったのです。私はあのバンドと出会って、作品であの車を使いたいという気持ちはあったのですが、どのようなフィルムを作りたいのかが分かりませんでした。言わば自然の風景からインスピレーションを得たのです。

ART iT: ランドアートを想起させる作品です。

WS:  ランドアートがとても好きなので、それを聞くと大変嬉しいです。
自然や風景は非常に興味深いです。歴史的名画を見る際も、風景が一番素晴らしいと思うくらい、風景を見るのが特に好きです。しかも、今でもその風景が見える気がするほど私にとって魅力的です。実際、ランドアートに対する興味からロバート・スミッソンについての絵をいくつか描きました。


Still from Marfa (2005), 16mm film, sound, 25 min. Courtesy the artist and Rat Hole Gallery, Tokyo.

ART iT: 正直絵を見るだけではそう関連付けできなかったのですが、絵画とフィルムとランドアートのコンセプトをつなげているのですね。

WS: そうですね。それは意図的なものではなかったのですが、結果的にそうなったのです。いま、振り返ってみると、自分が何に興味を持っていたのかがはっきり見えます。
 マーファに行くことを人に話すとみんな、ウォルター・デ・マリアの「Lightning Field」を見に行くのかという質問などをよく聞かれました。ランドアートは自然の中で作品を作ることなのか、それとも自然が何を意味するのかを強調するものなのかという問題を呈していると思います。
  ロバート・スミッソンの「Spiral Jetty」を見に行ったときに、とても小さな作品で、あの場所の自然から作品を切り離したなら感動は全くないだろうと思いました。グレートソルト湖自体が本物の芸術作品で、その自然とスケールに対抗できる人は誰もいないと思います。

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