山口勝弘 〈イマジナリウム〉の実験 (1977年)

〈イマジナリウム〉の実験

 〈イマジナリウム〉がもし可能になるとしたら、おそらく、次のような情報環境の中にも、成立することになろう。

ここにセットされているのは、リアル・タイムにイメージの移送が行える三種類のメディアである。
(1) ビデオ・カメラ
  ビデオ・レコーダー
  モニター・テレビ
(2) ポラロイド・カメラ
(3) カラー・フォト・コピー装置

これらの機器によって、その環境とそこで日々刻々に生起しているイヴェントを記録する。
 ビデオとポラロイドが、記録採取メディアとなる。ただ、ビデオ・カメラによる映像情報は、レコーダーにより記録されると同時に、モニター・テレビにより移送されているので、これを人びとはライヴに見ることができる。この時、このモニター・テレビの映像情報が、ポラロイド・カメラで撮影すると、ビデオの映像情報が、ポラロイドの写真情報に移送される。

つぎに、このポラロイド写真情報を、カラー・フォト・コピー装置を通して、コピー情報として移送されると、ポラロイドの写真情報を、複数化させることができる。この際、カラー・フォト・コピー装置の意識的なコントロールにより、カラー・フォト・コピーの情報をさまざまに偏向させることができる。つまり、コピーの過程でコピー情報の質的偏差が生まれてくる。(コピーの正確性に対する異化作用)

 原イメージがどのようなものであれ、さまざまなメディアと人間のコントロールの過程の中で、無数の偏差が生じることに、人間のイマジネーションの戯れが関係している。
 こうしたイメージの移送過程そのものが、ビデオ・テープや、ポラロイド・フィルムや、カラー・フォト・コピーの上に記録されてゆくことは、これらのシステムが働いている環境に、情報のフィードバック機能が働いていることを示している。

静物が、環境に対応しながら行う変態、保護色、植物の向日性、などと同じく、人間は、こうした情報環境のシステムにより、情報と環境の間にエコシステムを組み入れることになる。

四季の移り変わり、朝から夜中までの風景の変化、過程の中や外のイヴェントがイメージの移送過程の中で、イマジネーションと結びつく。

 その一例として、近い将来、各家庭がこういう情報環境のためのイメージ移送システムを常備するようになれば、これらのイメージのアウト・プットは、直ちに家の内部空間を、一種の情報空間に変えるだろう。
 壁紙や、絵や、テーブル・クロスや、フスマなどが果たしていたイメージ・スペースが、メッセージ・スペースに変換する。人間はいままで情報の一方向コミュニケーションのシステムが、他人の選んだイメージの組み合わせによってイメージ・スペースに受身で生きていた時代は終わる。また言葉が活字によって環境や、人間間にコミュニケーションをもっていた時代は終わる。あなたの操作したイメージが、あなたの環境をイマジナリー・エンバイラメントと変える。建築やインテリア・デザインに委ねていたイメージ・スペースが、その環境自体と住み手の中に移行してゆく。家という情報環境は、生活と日々のイヴェントと連続してゆく。

 私にとって、これも〈イマジナリウム〉の実現の場である。このイメージの移送システムのために、さまざまなソフトウェアが開発されるだろう。コンピュターと衛星中継を利用したグローバルなイメージ交換システムがこれに連結する。古今東西の、芸術上のデザイン上のさまざまなイメージ・パターンの整備が必要になる。

 おそらく、何万年かぶりで、人類は建築家や芸術家や、デザイナーが独占していたイメージの移送過程の操作を、とりかえすことになる。それは人類が、日々の生活の中で想像力をとり戻すことであり、あの洞窟の時代ーーー生活と環境の中に想像力が分ちがたく結びついていた時代への回帰を意味するであろう。

〈イマジナリウム〉による、想像力の社会化の一つのプログラムは、このような実験の中から萌芽的に生まれてくるのである。

「山口勝弘 実験ドローイングのためのノート」より
1977年6月6日 東京にて

山口勝弘 〈イマジナリウム〉 (1981年)

山口勝弘インタビュー 時空を回遊する想像的行為

テキスト転載にあたって

今回、ART iTでは、1981年に六耀社から出版された作品集『山口勝弘 360°』に掲載された山口勝弘氏によるふたつの論文を掲載する。ひとつは1977年に執筆された「イマジナリウムの実験」と題された論文、もうひとつは1981年に執筆された「1974年以来、雑誌、報告書、個展のメッセージという形で国外および国内に発表してきた<イマジナリウム>構想の要点を、ひとつにまとめたもの」(『山口勝弘 360°』より)である、1981年当時の〈イマジナリウム〉決定版とも言える論文である。
山口氏は現在も〈イマジナリウム〉について研究を続けており、現在の時代性を反映した〈イマジナリウム〉を構想中である。これは将来、ART iTで公開したいと考えている。
一方、当時の論文を掲載することは、彼のアートとテクノロジーに対する考え方を知る上でも非常に重要である。彼の先見性に対する驚きを読者と共有したいと考え、無理を言って、山口氏に同意をいただいた。別ページに掲載のインタビューとともにご一読願いたい。
今回の転載に際して許可をくださった山口勝弘氏に深く感謝いたします。 

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