ヴィルヘルム・サスナル インタビュー (3)

(3) 不満を抱いたまま太陽が沈まないように
制作活動における音楽の影響、瑣末なことと重要なことの狭間を歩むことについて


Untitled (2001), acrylic on canvas, 153 x 180 cm.

ART iT: 絵画とフィルムや映画はどれくらい違うものだと思っているのでしょうか。

WS: 制作の実践においては違うと思っていますが、私の場合は直観に頼ることが多いので、絵画とフィルム作品はかなり繋がっています。直観によって見方やイメージをどうトリミングするかが決まります。ですから、フィルムを制作するときは、スタッフと一緒にいても必ずカメラを持っています。

ART iT: それはとても興味深いです。あなたの絵画作品は、ミュージシャンやレコードの表紙の絵も描いていることだけでなく、具象、抽象の両方の側面を組み合わせている方法に音楽的要素を感じます。そのような視聴覚的なアプローチがフィルム作品とまた並行して見えるのです。

WS: 実は美術に興味をもったのは音楽を通してです。14、15歳のときにメタル系の音楽に夢中になっていて、そこからが徐々に違うジャンルも聞いてみようと思いました。このような興味の広がりを追うことで、音楽と音楽の「装置」が美術と美術の「装置」とどう繋がっているかが見えてきました。
 それと同時に、レコードの表紙を真似して自分で描いてみて、美術の基本的な素質を持っているということに気付きました。当時、学生のあいだで流行していたのは皮のスクールバッグの後ろにカバーをかけることで、そのカバーがボールペンで絵を描くのに最適でした。絵を上手に仕上げるために、ペンで影を入れたり、剃刀で削ってコントラストを出すなどの技術を使って友達や自分のバッグにたくさんのドローイングを描いていました。


Stereolab (2000), oil on canvas, 52 x 48 cm.

ART iT: 当時ポーランドにはどんな音楽が入ってきていたのでしょうか。

WS: ポーランドは鉄のカーテンの背後にあったにもかかわらず、政府が比較的リベラルだったため文化的には東側諸国と違っていました。
 もちろんインターネットのない時代ですから、音楽の情報は友達やラジオから得ていました。ポーランドのラジオ局が放送する番組はなかなか良く、海外の流行など最新情報が比較的早く入ってきていました。
 ラジオ局はレコードの全曲を一気に放送し、DJは視聴者にレコードのB面を録音するためにいつカセットテープをひっくり返せばいいかなどまで教えてくれました。空のカセットテープを持って行き、欲しいレコードのタイトルを伝えると録音してくれるお店もありました。自分が録音するときにはもう4、5回コピーされたものだったりしたので、音質には問題がありましたが。
  そうやって音楽のことを知るようになりました。私が聴いていた音楽と鉄のカーテンの向こう側にいた人が聴いていたものとの差はそれほどなかったと思いま す。はっきりと覚えているのが、15歳のときに初めてバウハウスを聴いてからよく聴くようになり、あとはジョイ・ディヴィジョンなど80年代のイギリスのバンドをよく聴いていました。

ART iT: そうした録音物を再録音する経験からサスナルさんは、二重にメディアを使用する手法に対する興味がわいたのでしょうか。例えば既存のイメージを使って絵を描く、または既存の映画を使って自分のフィルム作品を作るような手法です。

WS: そうかもしれません。当時レコード店で表紙や曲のタイトルの写真も買えたことも覚えています。現像された本物の白黒写真で、それを自分のカセットテープに入れられたのです。手作り感溢れるものでした。


Untitled (2009), oil on canvas, 50 x 40 cm. Courtesy the artist and Rat Hole Gallery, Tokyo.

ART iT: ここでもう一度エルヴィスの作品の話に戻ります。私はあなたのあの作品を見るまで、エルヴィスが歌う「Unchained Melody」を聴いたことがありませんでした。しかも熱烈なファンの前でグランドピアノをステージの上で弾き、アシスタントが持つマイクに向かって汗びっしょりで歌うエルヴィスの姿に感傷的な気分になりました。でもあの映像を見て、単なるポップスの歌が大きなイベントになり、ありふれたイメージが特別な状況を表現できることに気付かされました。

WS: そうですね、アートは全てを消化し、再び新しい文脈に置換する力を持っていると思います。そして、音楽や映画といった違う分野にとっての実験場でもあると思います。クラシックとポップの境界線はもはや存在しません。適切な文脈が見つかれば、何でも意味を帯びることができるのです。
 それは今回ラットホールギャラリーで展示されている作品も同様です。女性が木の茂みの後ろから足を突き出している絵ですが、このイメージは休暇中に行ったある庭園にあった石膏彫刻を描いたものです。たまたま茂みの後ろに隠れてあった彫刻を見て興味をそそられました。ある意味では些末で、くだらないイメージなのですが、最初の印象を超えたところを見れば、意味を呈しうるのです。

ART iT: 周囲にイメージが過剰に存在し、ゼロから新しいイメージを作る困難を私たち自身これまでにないほど認識していることも関係しているのかもしれません。
 音楽も同様です。たくさんの変奏曲があり、その違いはほとんどありません。例えばよく知られているライチャス・ブラザーズが歌う「Unchained Melody」とエルヴィスが歌うバージョンの違いもそうです。

WS: そうですね。崖っ縁を歩いている感じです。自分の道は自分で切り開いていかないといけない。崖の端から離れて歩けば安全ですが、大勢の中でみんなと同じにみえてしまいます。一方で端まで行き過ぎると、落ちてしまう危険性があります。
 主流が氾濫し、崖っ縁というのはほんの貴重な小さな狭間でしかないのです。そこにいると危険で骨が折れることですが、そこにこそ極めて重要で意味があることが存在します。多少ひねくれた考えかもしれません。

ART iT: この間の夜、私は墜落する飛行機に乗っている夢を見ました。なぜかそれは、芸術を後ろから押しているスピードや絵画やフィルムに存在感を与える力の隠喩だと思いました。夢の中で、重力がどんどん加わっても私は非常に落ち着いていて、墜落するまで残り30秒くらいしかない状況になったとわかった時、家族のことを考え始めました。そして家族ひとりひとりに「愛している」と言いました。もちろん飛行機の中でそんな言葉を言っても相手には聞こえないのは分かっていました。しかしその瞬間に言うことが私にとって大切なことだったのです。従って、ある意味適切なスピードに押されていれば、何気ない、意味のないことがほとんど誇張した言動になることもありうると思いました。

WS: あなたの言うことは非常によくわかります。例えば夕焼けは美しいですが、イメージによってキッチュに見えることがあることと同じですね。
 ちなみに飛行機が墜落する夢を私も今までよく見ています。しかし乗客ではなく目撃者としてです。その飛行機事故が起こる場所は私が若い頃に住んでいた場所と常に同じところです。恐ろしいことですが、その夢を見ることは自分にとって魅惑的で、非常に意味がある大事なことだったと思います。
 私は飛行機を、おそらくは人類の数ある業績の隠喩として何度も描いています。でもあなたが言うように「愛している」と言うときは、確かにその状況によります。
 こうやって崖っ縁に立って自分の道を探して歩んで行くのです。「愛している」と言うとき、ありふれた言葉に聞こえるかもしれないし、その一方でドラマティックに聞こえて、それが真実のときもあります。夕焼けと同じです。


Cover Image: Untitled (2007), oil on canvas, 160 x 200 cm. Courtesy Naomi Milgrom Collection, Australia, and Sadie Coles HQ, London.

ヴィルへルム・サスナルは1972年生まれ、ポーランド、クラクフ在住。主な展覧会に
ザケタ国立美術館(ワルシャワ)、ファン・アッベ市立美術館(アイントホーフェン)、アントワープ現代美術館。2006年にヨーロッパ・ヴィンセント・ゴッホ・アワードを受賞

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ヴィルヘルム・サスナル インタビュー
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第1号 選択の自由

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