石上純也 拡張する透明性


「Architecture as air: study for château la coste 」(2010) ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展 『People Meet in Architecture』 写真 ART iT.

ART iT 石上さんは、今回のヴェネツィア・ビエンナーレ建築展『People Meet in Architecture』に参加するとともに、そのディレクターを務める妹島和世さんとアドバイザーの西沢立衛さんのSANAAで数年間働いていた経験があります。今回のテーマについてどのように感じましたか。

石上純也(以下、JI) はっきりとした方向性で縛りを与えるというよりも、皆が自由に考えられるものになっていると思います。僕自身は今回、大きな模型を展示します。建築と模型の中間のようなものですが、幅4メートル、奥行き14メートル、高さ4メートルくらいの大きな模型です。僕はこの構造体を通じて、新しい透明感、空気のような建物を作りたいと考えています。普通は透明性というとガラスや透明な素材を使用することが多いと思いますが、それでは結果的にフレームやコードの部分が残ってしまいます。そうではなく、建築のスケール感を新しくすることで、新たな透明性を作れないかと考えています。例えば、僕達の身の回りを取り巻いている空気は、何もないように見えますが、実際は酸素や窒素や塵などがあり、それらも原子や分子で出来上がっていて、さらには素粒子という構造がある。従って、僕たちが何もないと思っている空間も実はマッシブな構造体で満たされているのです。しかし、それは僕たちの日常的なスケールからかけ離れているから見えない。そうしたスケールを変えることによって全く違うものに変化させることに興味があります。特に建築は人間が作り出せる中でかなり大きいものです。そのスケールに注目して、今回もそれに沿ったテーマで作りたいと思っています。

ART iT ということは、建物の模型ですか。

JI 建物の模型ですが、模型のスケールを使って建築を作るということを今回は行おうとしています。建築ではあまり使わない0.9ミリや0.02ミリといった寸法の、非常に繊細な模型に使うような部材を、例えば柱や梁に使い、模型と同じようなスケール感で建築を作ります。一瞬見ただけではほとんど何もないように見えますが、近づいていくとうっすらと何かが見えてくる状況を作ることを試みます。まだ実験段階ですが、例えば展示空間の中央に4メートルくらいの柱が立っていて、ある地点まで近づくと見えてくる。繊細な模型でなければ作れないものは、普通、建築で同じスケールを使っては作れません。こうしたスケールの階層性やヒエラルキーが建築の可能性を妨げていると思っています。花は建築の大きさにはなれないし、建築は宇宙の大きさにはなれない。でも、そうしたスケールが持つ階層性を少し崩すことで、建築の可能性を拡げると同時に何か新しい透明感を作りたいと考えています。


「四角いふうせん」 (2007) ミクストメディア, 1400x730x1280 cm, Courtesy 石上純也建築設計事務所

ART iT 展覧会だからこそこういった実験的な建築ができるのでしょうか。

JI それはケースバイケースだと思いますね。現在進行中のプロジェクトや東京都現代美術館(MOT)の展覧会『Space for the Future』(2007)で行った「四角いふうせん」は、ある種の建築の実験性というものを伴っていると思いますが、同時にあのような場所だと実際の建築とは違って日常的に人が入ってくる実験はできません。従って、実際の建築でしかできない実験も、展覧会でしかできない実験も、両方あるので、どちらの方がより実験的かということではありません。

ART iT 石上さんは既にいろいろな展覧会に参加し、今年だけでもヴェネツィア・ビエンナーレ建築展の他に豊田市美術館や資生堂ギャラリーでの個展があります。展覧会でのアウトプットが実際に建築を作るためのインプットに転換されることはありますか。

JI 直接的にはあまりないと思います。もちろん間接的には影響しあっていると思いますが、展覧会と建築に分けるというよりも、プロジェクト単位で考えています。また、それぞれのプロジェクトが他のプロジェクトの延長線上にあるわけではなく、プロジェクトごとに考えています。

ART iT 豊田市美術館や資生堂ギャラリーの個展の内容を教えてください。

JI 豊田市美術館の展示はヴェネツィア・ビエンナーレのプロジェクトに近いです。豊田の一部がビエンナーレのものということもありますが、豊田の場合は会場が大きいので、建築の大きさを取り上げて、「美術館」で行う「建築展」にしたいと思っています。建築展というと、なかなか専門家以外は楽しめないと思われていますが、それはなぜかというと、建築は別のところに実際に存在して、展覧会は2次的なものとして表現されていると思われているからです。でも、建築展も別の考え方をすればものすごくリアルなものに結びつけられると思います。建築の長所は、その作品だけで完結するのではなく、それがリアルなものとして立ち上がる可能性を与えられることもあるので、そういう部分を引き出す新しい建築展を実現したいと思っています。ビエンナーレに出品する模型に近い、しかし大きく引き延ばしたサイズの模型を5つ展示する予定です。非常に大きいものとなるので、ビエンナーレよりも効果的だと思います。近接性、可視構造、新しい都市の提案が5つ。ここでは、建築の大きさの可能性をテーマにしています。
資生堂ギャラリーの展覧会は、テームズ&ハドソンというロンドンの出版社から来年出版される本の内容を模型で見せる模型展です。豊田が少し抽象的な模型展だとしたら、こちらは具体的で小さく、かわいらしい模型をたくさん見せます。模型だからこそ見せられるような楽しいものです。豊田では空間を見せるので、資生堂ギャラリーでは建築家の構想力を見せるような展覧会にしました。



『建築はどこまで小さく、あるいは、どこまで大きくひろがっていくのだろうか?』 資生堂ギャラリー, インスタレーションビュー, 写真上 市川靖史, courtesy 資生堂ギャラリー 写真中、下、野村佐紀子

ART iT 建築や美術の展覧会はよくご覧になりますか。また、特に心に残った展覧会はありますか。

JI: 建築の勉強を始めたばかりの学生の頃に観たTNプローブのレム・コールハースの『OMA IN TOKYO:レム・コールハースのパブリック・アーキテクチュア』(1995–96)がとても印象に残っています。ボルドーの住宅やフランス国立図書館のコンペ案、パリの大学図書館など、あの時代のコールハースが一番好きなのですが、それを生で観ることができたということが刺激的でした。コールハースの展覧会は他の建築家の展覧会と違って、建築の生々しさというか、臨場感がダイレクトに伝わってきて、それが強く印象に残っていますね。

ART iT 石上さん自身はいくつかの展覧会に参加してきた経験から展示空間の設計をどのように考えていますか。

JI 美術館に限らず、建築というものは空っぽの箱としてそこにあるというよりは、ごちゃごちゃと使われていくことでよくなるものの方が魅力的だと思います。そういうことを許容できる建築でないと現代的ではないので、権威的な美術館を作るのであれば、僕としては建築の可能性を感じません。美術館といえば、いろんな作品が入ってくる可能性を当然考えますし、同時に美術館としてではなくても使えるような可能性も考えると思いますね。

ART iT 例えば、先ほどの話にも出た、『Space for Your Future』で展示した「四角いふうせん」の場合はどうでしょうか。MOTの建物は天井が高く、壁が非常に広いために作品が小さく見えてしまったり、インパクトが無くなってしまったりと、美術作品には難しいのではないかと思います。しかし、石上さんの風船がアトリウムに展示されたときにはじめて、あの空間に対する新しい認識や普段感じないような不思議な感覚が生まれました。作品の制作段階で、どの程度あの空間について考えましたか。

JI 四角いボリュームを作ったというよりは、もとからある大きな空間にボリュームを入れることで切り取られる空間を作りたいと思っていたので、当然あの空間については考えていました。MOTではスケール感という点で、あのアトリウムが一番やりがいがあると思っていたので、あの空間に合わないものは考えられませんでした。ただ、あの空間を完成形として考えて、直方体の展示作品を置けばいいかといえばそうではなく、そこを変容させていくものが必要でした。あのアトリウム空間を新しく書き換えることによって、見たことのない建築の可能性を作りたかったのです。やっていることは金属の塊を構造として作って、浮かせているだけですが、あれほどの大きな空間に巨大な塊を入れることで、全体が見渡せなくなる。あの金属の塊をオブジェとして体験するというよりも、あれを大きな壁や展示壁として体験することで、その壁と既存の壁が同じような存在感として見えてくる。雲が空模様を変えていくように、四角い金属の風船が空間を変えていく。

ART iT ヴェネツィアや豊田、MOTのプロジェクトについて聞き、石上さんは建築の定義を拡げようとしている印象を受けました。そもそも、石上さんにとって建築の定義とはどのようなものですか。

JI それがわからないので続けているのだと思います。定義というか建築は歴史が長いことが大きなひとつの特徴だと思います。人間がある程度生活できるようになってからずっと積み上げられてきて、いろんなものが作られている。その中には様式的なものや、伝統的なものなど、いろいろあるけれども、なぜその様式なのか、伝統なのかについてはわからないことも多い。だからこそ建築には含み持っている情報量の多さがあると思うのです。僕がひとりで何十年考えたからといって、到底作り上げられない情報量の多さを建築は持っていますが、僕がそれに対してきっかけになるような新しい提案をすることで、全体の価値観が変わっていくというところに興味があります。

神奈川工科大学 KAIT工房, (2008), Courtesy: 石上純也建築設計事務所

ART iT 神奈川工科大学KAIT工房の設計では、ヒエラルキーのない建築を試みているといえるのでしょうか。

JI あれに限れば、ヒエラルキーの問題というよりは、建築の自由度の可能性を拡げてみたいと考えました。いわゆる機能主義と言われるような建築というのは、ダイアグラムのような図面があり、その図面に沿うような形で機能が付属してきます。しかし、そういう機能主義の建築は、設計条件やクライアントの条件が絶対的で、機能というものにある普遍性を感じて作っています。でも、現代という時代性を意識すると、明日になればクライアントからの条件も変わるかもしれないし、クライアント自体もいなくなってしまうかもしれない。そういう意味では機能に則って建築を作るというだけでは、建築を作れない時代になっていると思います。従ってダイアグラムがそのまま建築になるものよりは、実際は機能に則って作っているけれども、プランを見てもそれを感じさせないような建築を作ることで、いまの時代に合う建築の自由度を表現したかったのです。

ART iT 先ほど、森における木をつかって比較をしていましたが、実際、KAITだけでなく、他の建物の設計においても植物や木を加えています。それは自然と人工的な環境との関係を考えているからでしょうか。

JI 多少はありますが、あれは植物でなくてもよいのです。僕は自分の設計だけで完結するような建物を作りたくありません。先程の美術館の話にも関わっていますが、何らかの不確定要素が入ることで、全く違ったものに変容する建物にしたいと考えています。植物は伸びたり、枯れたりするので、不確定要素としてそれらを加えることによって、全体が変容を行う建物になるのではないかと思っています。

ART iT それは内と外との関係ということでもありますか。

JI そういうこともありますね。でも、植物のように典型的なものを付属的に置くから外との関係性が見えるというよりは、そうした関係性は建築自体で見せたいと思っています。それよりも、建築に不確定要素を与えるもののひとつとして植物を使います。

ART iT 内と外の関係性を建築で見せるというのは具体的にはどういうことでしょうか。

JI 例えば、建築は普通、空間構成によって空間を作っていきます。でも、建築の周りにある道路や公園といったものは空間構成で作られているものではなくて、ランドスケープです。KAIT工房の内部も空間構成によって空間を重ねていったり、繋げていったりすることで空間を作るというよりは、木を植えるように柱を植えて、建物の内側にも風景のようなものを作り、外側の風景と繋げていき、建築の骨組み、さらには建築自体が外と同じ空間の作られ方をすることで、繋がっていくのではと考えました。そういう建築を作ることで、空間のあり方自体が外側と関係してきて、それが結果として繋がって見えるようになることに意味があります。単純に外に植物が生えているので、植物を内側にも置き、それで空間が繋がるようになる、ということではありません。


yohji yamamoto New York Gansevoort street store, (2008), Courtesy: 石上純也建築設計事務所

ART iT 石上さんが手がけた建物にニューヨークのヨウジ・ヤマモトの旗艦店があります。店舗を設計するときは他の建物と違うのでしょうか。どれくらい商業や、商業が求めるものが計画に影響しますか。

JI ヨウジ・ヤマモトに関しては、ヨウジさんに許容力があったので、ハンガーレールの長さなどは決められたものの、いわゆる量販店のような縛りは特にありませんでした。従って、空間的に作ることができました。もともとヨウジさんからはインテリアとして依頼されていましたが、壁、床、天井を貼ったり、切ったりということをやりたいとは思っていなかったし、そのような手法には建築の可能性をあまり感じていませんでした。やるとするなら、都市風景を少しでも変えられるような手法を取りたいと思いました。ニューヨークは道の存在が強いので、道に関する提案をしたいと考えていました。だから、あれは建物の内側から決めたというよりは、外側の周辺環境を作っていくことで、自然に新しい道が出来上がってきたり、もともとの建物をカットすることで見え方をよくしたり、周りにランドスケープを作っていくことで、自然に道が出来上がってくるような、わりと空間的なところから提案して、受け入れられたプロジェクトです。

ART iT このヨウジ・ヤマモトのプロジェクトは東京の状況を考えるときに興味深いですね。東京では建築と商業の関係を強く感じます。例えば、表参道にあるヘルツォーク&ド・ムーロンのプラダの建築などブランドイメージの一部を担っています。

JI そうですね。東京のよいところでも悪いところでもあると思いますが、東京は都市としての構造がありません。いわゆるヨーロッパの都市のようなものではなくて、どちらかといえばランドスケープ的なものだと思います。つまり、計画性があって出来上がったというよりも、ある風景の中に存在している。そういうものが建築と関係しているのかわかりませんが、特に東京で出来上がる建築というのは、よくも悪くもイベント的というか、大きな花火を打ち上げるような感じですよね。ヨーロッパで美術館を作ると、それは都市に対しての大きな事件になって、永久的に残っていくような気がしますが、東京の場合は建物がイベントとして出来上がり、数年後には壊されて、新しいイベントがまたどこかで起こるような雰囲気があるので、そういう意味では商業的なのかもしれません。

ART iT このような状況は、これからさらに建築家としてキャリアを積む中で、最終的に直面しなければいけないものかもしれませんね。

JI そうですね。その点では例えば、超高層ビルは手がけてみたいと思っています。あれは建築家が意図した提案がほとんど受け入れられずに、事業として決まり、建築家も設備業者や電気業者と同じ歯車のひとつとして設計図を描いていますが、ああいうスケールや、街ひとつくらいの規模のスケールのものを建物として作ることには興味があります。実際、高層建築というのはル・コルビュジエが提案していたものよりも何倍も大きくて、モダニズムのスケールをすでに超えていると思います。そういうところでなにかを提案することに可能性を感じます。

トップページ写真: 石上純也建築設計事務所「Architecture as air: Study for château la coste」(2010)、アルセナーレ、写真 高木康広

Photoレポート:石上純也展 @ 資生堂ギャラリー Part 1

Photoレポート:石上純也展 @ 資生堂ギャラリー Part 2

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石上純也 インタビュー 
拡張する透明性

第4号 建築

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