卯城竜太(Chim↑Pom) インタビュー(2)

向こうからの視線
インタビュー / アンドリュー・マークル、大舘奈津子
I.


Chim↑Pom Making the Sky of Hiroshima “PIKA!” (2009) Photo : Cactus Nakao All images: Unless otherwise noted © Chim↑Pom Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

II.

ART iT 広島のプロジェクトにしても、「サンキューセレブプロジェクト・アイムボカン」(2007−2008、以下、アイムボカン)にしても、Chim↑Pomのプロジェクトには、制作過程において地元の人と関係を築き、興味深い体験を経て、作品が完成にいたることがありますが、当事者との関係性、そして当事者と結果としての作品との関係性をどのように捉えていますか。

RU 当事者が持っている特殊なリアリティは、作品の強度を何倍にももっていきますね。やっぱりアート作品なので、たかが現在のリアリティや常識で100%理解されるようなものは、最終的には弱くなると思います。歴史を振り返れば、リアリティや常識は変わる運命にある。政治体制も経済システムも文化のツボも、生きる目的さえも全部変わる。そうしたものがどう変わろうが、作品はどこか一線を越えているようなリアリティを勝ち得ていないと独り立ちすることはできないでしょう。そんなことを考えて活動する際に、実は現場で出会うそこに生きる当事者たちが、最もそういった定型文的な常識を超えてぶっ飛んだリアリティを持ち得ていることに気づくんですよ。

例えば、今回、作品制作のためにメキシコに行きましたが、メキシコとアメリカの間には古い国境壁と新しい国境フェンスというふたつの国境があり、その間はホームランド・セキュリティのノーマンズランドになっていて、その辺りには監視塔(ótimo tower)と警備の車しかありません。新しい国境フェンスの向こう側がアメリカで、古い国境壁のこちら側がメキシコなのですが、やっぱりその壁沿いで生きている人々の壁へのリアリティは独特なものがある。ティファナ市内で生活している一般の人々ですら、もし壁を越えたら大変なことになるとか、ニュースになったり逮捕されたり、ひょっとしたら撃たれるかもしれないとか、当たり前のリアリティを共有していましたが、壁沿いに住んでいる人々にとって国境は生活圏の一部なんです。毎日壁の向こうにゴミを捨てたり、壁を超えてゴミだらけのなかから使えそうなものを拾ってきたり、それならまだいいけど、散歩なのか何なのかただ歩いていたりとか。壁沿いでサッカーをしていてボールが壁を越えてしまったら、もちろん勿体無いから取りに行くし。つまり、それを日常としている当事者は、生活のレベルで一般的なイメージを超えてくる。そうした一線を超えたリアリティとアートは親和性が高いから、制作においてはとても大事にしていますよ。

カンボジアでもエリイを象った石膏像を爆破しましたが、地雷で人の形をしたものを爆破するっていうのは、流石にどうなんだって日本人からの意見もありました。実際現地の人々は腕や足を無くしていますからね。が、やっぱりそこでも「当事者のリアリティ現象」というか、爆破のスペシャリスト(地雷撤去のスペシャリスト)は、その石膏像を彼が指南しているカンボジア軍のキャンプみたいな所に持って行って、「一気に爆破しましょう!」と軍が集めた大量の地雷で爆破したんです。もちろん軍と僕らは初対面だしなんの許可も得ていなかったのに、いきなりカンボジア軍全面協力のもとプロジェクトは進行し、彼らも非日常なイベントだからか喜々として任務を遂行してくれました。逆にこっちの倫理観が揺さぶられたのは、人の形をしているものを爆破するという罪悪感にワクワクしているような印象を彼らから受けたからかもしれません。この複雑さというか、でもそういう時にこそ、人間性の傷口に触れたような感じというか、パンドラの箱の中を見たような感じというか、そういう手応えを覚えますね。そして、それはもちろん作品の出来やコンセプトにまで影響しますよね。


Chim↑Pom BAKUHATSU (2007)

ART iT それでも広島の場合は当事者性が大きく問題にされてしまったと思います。広島の外からやってきたアーティストがあのように原爆をテーマに扱ったことで、反発的なものだったかもしれないけれど非難されましたよね。当事者性をめぐって考えるきっかけにもなったと思うけれど、そのあたりはどう考えていますか。

RU 当事者性はあの作品の最も根幹にあったテーマです。当事者性がないと言われたけど、まずはどこまでが当事者なのかという輪郭には相当なグラデーションがありました。外国人から見れば、日本人だから広島の問題を扱っているアーティストというのは普通でしょ。でも、広島の内と外では全く違うものがある。広島の中でさえ、もはや世代によって当事者としての意識はバラバラです。例えば、被爆者団体はもはや2世の人が代表として活動しているところも多い。そうすると、彼らも直接的には体験していないから、当事者であるかのような顔で被爆の体験を語り継ぐことはできない、という高度な倫理に悩んでいたりするわけです。

もちろん僕らも原爆体験ということで言えば当事者ではないということはハッキリしている。けれど、どこかで自分たちの人生もこの問題と強く関係しているような気がする、というかしてないわけはない。それは結果的に、原爆と裏腹にもたらされた、自分が生きるこの「戦後の平和」への当事者意識、そして、その後の原発事故への必然性と空気だったわけですが。その上で「原爆をテーマに扱う資格」というか、それがあるならいったい誰が認定するのかとか、いろんな当事者論に発展したんだと思います。例えば、平和教育のひとつの目的でもあると思うけど、「被爆者たちの経験を自分のこととして理解しようと努める」こと。これは人間の想像力を信じ、必要な知識を得るためにも大切な歴史教育だとは思いますが、そう努めれば努めるほど、ことがことだけにとても当事者のようにはなれないことにも気づかせてしまう。教育という時点で距離を起きたがる人も多いしね。それに被爆者と言っても千差万別で、体験を黙っていたい人もいれば、語り継ぐことを選んだ人もいる。隣にいた人は亡くなったけど、自分は生き残ったくらいの距離感で、それぞれの体験には雲泥の差がある。それだけパターンがある中で、無言でいたいと思う人たちの気持ちを「考慮」してきた人たちもいる。それは善意だけど、強まりすぎると、当事者でないからそこに触れることができないという前提を強め、タブーなんだというメッセージにもなってしまう。

色々言い出したらキリがないですが、さっきメキシコやカンボジアを例にしたリアリティを持ち得ている原爆の当事者となると、やはりごく一部のような気もします。それこそさっき言った被爆者団体の坪井直さんなんてのはまさにカリスマ、というかモンスター。「わしは世界初の被爆者だ」とまるでエベレスト登頂みたいなことを仰ったときには僕らの倫理観の方が揺さぶられました。あれはまさに当事者からの無回転ロングシュート。気合い100連発で地元の被災者の子たちが「放射能最高!」と叫びだした時や、カンボジアでエリイがスピーチのビデオを撮るときに、横にいた地雷被害者のポイってやつが、無くなった右手を「マイクロフォン」と上げた時と同じ。一生忘れられない瞬間ですね。とにかく、広島と言ってもそれこそ逆に千差万別で、今となれば僕らも友だちがたくさんいるし、メンバーの1人も住んでるし、役所の方々も超協力的だし。だから当たり前のことだけど、結果みんな優しいし話せばわかる。だから、当事者じゃないからって安全圏にいるよりも、お互いに近づくことが何よりかなと。


Don’t Follow the Wind, Flag design: Naohiro Ukawa, Courtesy Courtesy of Don’t Follow the Wind Committee

ART iT 一方、福島での『DFW』の場合、当事者はいるけれど実際の現場にはいない。そういう状況でChim↑Pomが展覧会を企画したことには、ある視点から見ると、自分たち自身を当事者にしているようなところがあると思います。

RU 地元の人の当事者性に関しては、広島の「ピカッ」よりも『DFW』の方がよっぽどあります。まだ帰還困難区域がオープンしていないからピンと来ないかもしれませんが、例えば、会場自体がまさに当事者の所有地そのものなんです。そこにはかつてあった生活の痕跡があり、住民だけがいない。住民はいませんが、その不在と関係するように作品がずっと存在している。あのプロジェクトは封鎖が解けたときに観に行くことができますが、オーディエンスはそこにお邪魔する形で観に行くことになるでしょう。きっとその時には、その地元の人たちのパーソナリティや生活、彼らが過ごした長い時間など、言葉にならないほど深い当事者性に触れるはずです。それを意識した時に観客は何を思うのか。ひょっとしたら自らの中にあった忘却の当事者性に向き合うことになるかもしれません。

ART iT 「REAL TIMES」の場合は自分たち自身が避難指示区域に入り、自己責任という形で制作したわけですが、『DFW』の場合は帰還困難区域でグループ展を企画、つまり、海外から人を呼んだりキュレーターに関わってもらったりすることで自己責任という範囲を越えることになりましたよね。

RU そのことに対する懸念も最初にありましたね。何度も現場に行かなければならないし、そうしたリスクを前提に協力を呼びかけることには躊躇もありました。でもその悩みを僕の中で解決してくれたのは、参加作家や実行委員の人々の「原発」や「福島」、「帰還困難区域」への意外にバラバラなスタンスでした。何度も現地を訪れた人もいるし、一度も訪れていない人もいます。今はその多様な距離感こそが、あの場所を考えるにあたって大事なことだと思っているんですよ。だって全員が全くビビらずに何度も訪れて、ひとつの正解を持ってしまったら、なんか不自然じゃないですか?「福島」や「放射能」という問題について、いろんな意見がある中の偏った特定の意見だけを見せるみたいな気になります。「やっぱり行けない」という人や、科学的に安全を見極めようとする人がいてこそ、あの災害、事件、環境を俯瞰的に考えるアートプロジェクトになったのだと思います。


Both: Don’t Follow The Wind A Walk in Fukushima (2016) 360 degree video, headsets, cafe furniture from Fukushima, Australian uranium, maps, installation commissioned by the 20th Biennale of Sydney view at Carriageworks, Courtesy of Don’t Follow the Wind

ART iT ワタリウム美術館で開かれた『Don’t Follow The Wind: Non-Vistor Center』(2015)で感じたことですが、自己責任という範囲ではなく、協力者にしてもキュレーターにしても、現地に連れていき案内するプロセスには、ある種のダークツーリズムという要素が入ってしまう怖れがあるのではないかと思いました。観光には他者の当事者性をちょっと体験してから自分のリアリティに戻る行動という側面がありますよね。

RU まずこれまで入域したひと、DFWの実行委員や参加アーティスト、キュレーター、批評家、つまり、ここに自分の表現するものがあるということを前提に入った人々には、そういう目的はなかったと思います。もちろん、「現場を見る」という体験は必要なプロセスですが、それをダークツーリズムとネガティヴに総称してしまったら、すべての土地に根ざしたアートプロジェクトは今後成り立たなくなるでしょう。だって旅行客と違ってその現場に何かを置く責任や、その場所について書くという責任を承知で入っているわけで、つまり、ある種の当事者になるという意識を持って入ったわけだから。とはいえ、封鎖が解けて展覧会が一般公開されたときには、ただ観に行きたいという人たちもたくさんいると思います。現地の協力者にとっては、むしろたくさん人が観に来ることはポジティブなことでもありますしね。

ART iT 観光という言葉には、例えば、どこかすごい場所に行き、そこで写真を撮ってインスタグラムに投稿するなど、そういった行為としての観光という側面もあると思っていて、そういう存在に『DFW』がなるのではないかと疑問に感じたわけですが。

RU アートと観光の関係はそこまでロマンチックに分かれていないように感じます。現在あるすべての展覧会にそういう側面がありますよね。インスタグラムにアップするのは悪いことではないし、ただ、それで体験が完結してしまうなら、それは展覧会として弱いというだけ。インスタグラムに投稿し、近所で食事したり宿泊したりしながらも、展覧会の余韻に引きずられたり、つい普段考えてもいなかったようないろんなことに頭が回ってしまったり、学んだり、ひょっとしたらそれを機に人生観が変わったり。そういうのが強い展覧会でしょう。テートだってニューヨーク 近代美術館(MoMA)だってご当地随一の観光スポットだし、地方の芸術祭にとってはミッションだし。そういう意味では観光とアートはむしろ密接な関係にある。

ただ、帰還困難地域にある会場とMoMAとは意味が全然違う。それを一概にまとめて観光として語ることはできないと思う。さっき言ったけど、やっぱり個人の生活圏に入るということ。しかも、それが相当な体験をした人の生活圏に入る。それは思った以上に覚悟が問われる行為ですよ。それに高い放射線量によって封鎖されていた場所の記憶に入り込むことは、やっぱり特別な体験をもたらすと思う。例えば、あの地域には泥棒が入ったり、廃墟みたいになっていたりして、勝手に入ってしまう人もチラホラいる。廃墟だから、という感覚で。そうではなくて、ここが誰かの家だと思えるかどうか。それは人間性の問われる部分だと思います。だから、封鎖が解けて観客が訪れたとしても、それは公共施設である美術館での鑑賞とは全く違う経験になると思う。避難者や環境、作品が体験して来た長期にわたる現実に直面し、それでも気楽な観光にしか思えないなら、それはその人の方に問題があるように思いますが。

ART iT もちろんChim↑Pomだけではなく、さまざまなアーティストが福島を訪れて作品を制作しているのですが、そうした中である種の映像が既にクリシェになってしまっていると感じています。例えば、線量測定システムの数値や、放射線防護服を着てマスクを着けて車に乗っている姿とか、そこが福島だと示すために必ずその場面を使っている。こういうビジュアル言語が出来上がってしまっていて、このように福島を扱う作品が増えれば増えるほど、実は福島が隠されてしまうような気がしました。

RU 『DFW』の実行委員会はそれについて当初から常に話し合っていて、まずは「福島」と一言で言うことはせずに、例えば「福島の帰還困難区域」ではなく、「東京電力福島第一原発事故によりできた帰還困難区域」と表記するようにしています。また、展覧会をやることによって風評被害を生んでしまうリスクについても実行委員会の会議で必ずテーマにあがります。参加作家の竹内公太くんは福島のいわき湯本に住んでいて、実行委員会の緑川雄太郎くんも福島のいわき出身、グランギニョル未来の赤城修司さんも福島市に住んでいる。住民としての意識もあるから、福島全体が封鎖されているようなイメージになるようなこと、福島を一様に語ることをまず避けるということが念頭にあります。さっきのクリシェのことで言うと、竹内くんは、まさに防護服やマスクが帰還困難区域を語るイメージになっていることを題材にしています。

これもリアリティの話になりますが、地元の人で何度も入っている人は、もう防護服やマスクを着けないとか、ガイガーカウンターを持っていないというケースもたくさんあります。日常化していくこと、自分でリスクを判断していくこと、知識を得ていくことといったいろんなレイヤーの中で、帰還困難区域で見る服装や振る舞いははっきり言って全然ひとつではない。ただ言っておくと、だからといってそれが良いかどうかを語る立場にはありません。どれだけ安全なのか?という問題を突き詰めるのは、実行委員会の仕事じゃないと考えています。

『DFW』の実行委員会として一番大事にしているのは、いろんなリアリティ、価値観、言い分などのグラデーションがある中で、とにかく展覧会をつくること、そして運営していくこと。各々の作家はどう考えても構わないけど、実行委員会としては、帰還困難区域が危ないから、もしくは安全だからでやっているわけではなく、帰還困難区域が「存在するから」やっているわけです。それは安倍総理からハードコアなアクティヴィストまで誰もが共有している、誰もが抗えない事実です。これは、その事実と共に在る、そういう展覧会なんです。


Don’t Follow The Wind A Walk in Fukushima (2016) 360 degree video, headsets, cafe furniture from Fukushima, Australian uranium, maps, installation commissioned by the 20th Biennale of Sydney view at Carriageworks, Photograph by Leïla Joy, Courtesy of Don’t Follow the Wind

ART iT 美術評論家の松井みどりさんが、Chim↑Pomとフランスのシチュアシオニスト・インターナショナルを関係付けながら書いていましたが、現在のメディア環境やマスメディアとの関係についてどう考えていますか。さまざまな活動、事象が大手企業に回収されてしまうことがあるように、そこに対立しようとする表現者の存在は危うくなっているのではないでしょうか。例えば、アラブの春の現象はツイッターの最高のブランディングあるいは広告になってしまったと言うことができます。

Chim↑Pomの場合は2007年の「アイムボカン」である種のセレブ文化を風刺するような仕組みになっていたけれど、そこからエリイさんがテレビやファッション雑誌など、ある種のセレブという存在として扱われるようになるように、抵抗的なイメージがひっくり返されて回収されてしまうことがある。

RU いや、「アイムボカン」も別にセレブに対して抵抗しているわけではないですよ。むしろ、当時エリイもそうしたセレブを話題にするような10代、20代の女の子たちのひとりでもあった。そのリアリティこそが前提なんです。まあそれがダイアナと地雷撤去に行き着いていたのは流石にエリイだけでしたが。

大企業の問題というのはもちろんモチーフのひとつにもなりえますが、ただその周知の事実をただ焼き直すことにはそれほど関心はありません。僕らにとっては、どう時代に抵抗したのかよりも、どう時代に翻弄されたか、その生き様を描くことの方がよっぽど魅力的です。それに自分たちは別に政治的な指導者やアドバイザー、オピニオンリーダーみたいにはなりたくありません。自分たちがマジでカスだという自覚を失ったら、僕らの作品からは笑いもスリルも無くなってしまう。シリアスさに呑まれてシリアスさで返すような連鎖には魅力を感じませんね。ユーモアや生活力、遊び心などの豊かさを忘れてしまったら、その作品がどんなに鋭く社会と闘っていようと、その時点でアートは現実に敗北しているように思う。

メディアとの関係でいうと、もはやアートとマスメディア、SNSなどのインターネットって今はそんなにパシッと分けられない気がします。お互いが影響しあい、依存しあい、利用し合いまくってますからね。ISISなんてその入れ子状態の寵児だし、ブロガーやユーチューバーはマスメディアと同じことをしたがっている。マスメディアはSNSから話題をピックアップして番組をつくってる。それに、芸術祭や美術館の運営実態からマスメディアや企業を拭い去るのは不可能です。しかし、たしかにその副作用はあって、表現への規制などがまさにそれですよね。だからアーティストがそこに依存して活動するのはめっちゃ危険だとも考えています。それもあって、僕らはインディペンデントな制作や発表を大事にしていますが、それも自分たちに発信力があってこそです。

エリイはメディアに出ることを決めたとき、「ある種の実験だ」と言っていました。アートと一般社会の接点を、身をもってコラージュするような。僕はChim↑Pomの発信力はその活動にも起因していると思っています。やりたいことをやって、好きなように発表しますが、それが次の世代や現在の社会に影響しなければ、半端に高尚なオナニーと同じ。神がかったオナニーなら良いけれど、「企業がどう」だとか「セレブに回収」くらいの小さな懸念は、僕らにとっては現在のやり方でいくらでも回収できるし逆手に取れます。むしろ規制や検閲をテーマに作品を作っている作家が日本に少ない中、マスメディアやエンターテインメントシーン、ファッションや音楽などとも交流するウチらが最も言いたいことを言えている、というこの状況は何なんでしょう。

ART iT Chim↑Pomの活動はそれでもある種の「抵抗性」がある故に評価され、期待されているともいえる。それは鑑賞側の問題と言えますか。

RU もし僕らがそこまで言うほど「抵抗性」の一点で目立って見えるんだとしたら、それは逆に日本の他の作家やキュレーターの多くが、あまりに従順すぎるからじゃないですか?規制や検閲に対して、批評家はともかくキュレーターからの応答はほとんど無いですよね。日本には素晴らしいキュレーターがたくさんいるけど、ほとんどは美術館や機関に所属してる組織人で、こんなにインディペンデントキュレーターが少ない国は珍しい反面、これだけ美術館や芸術祭に恵まれている国もそう無い。作家の発表の場も今や全国津々浦々にあるし、オリンピックに向けて文化予算も上がってるし。それはもちろん良いことなんだけど、規制や検閲に特化して言うと、自治体や助成金にアートをはめ込むってことは裏腹に、「アート」というハードコアな神を裏切るリスクも持ち合わせてる。だから僕らには馴染めません。という以前に声もかかりませんが。とは言え、日本は個人戦より団体戦に強いって傾向にあるから、それも国民性なのかなと。

ただ、アートがユニークなものとして成立するためには、こういう組織や社会、システムの論理は、むしろ必要なバックグラウンドなのかもしれません。ユニークさの質は別にシステムへの「抵抗」というわけではなく、それよりむしろ「浮いてしまう」という感じ。だから僕は個人的には、VOINAのような「やっちまった系」のアクティヴィストや、ゴッホやモディリアーニ、またはアウトサイダーアートと括られている作家などが大好きです。彼らを「浮かせてしまった」社会の凶暴さや人間の救いようのなさを感じれるし、一周回ってどんなアクティヴィストよりも切実な「抵抗性」を感じます。

この「浮いてしまう」という性質、さっき社会は必ず今のままではなく変わっていくものだと言いましたが、そのときに必ずマストになる突然変異と言い換えても良いかもしれない。すべての進化は突然変異が支えてるでしょ?今はゴミや害獣にしか見えなくても、「浮いていた」ものは突然変異として必ず新たな社会のキーになる。それどころか芸術の遺産として宝にもなる。それは「抵抗」という一時的な目的とは質が違うけど、めっちゃ重いもんだと思っています。

卯城竜太(Chim↑Pom) インタビュー(3)

Chim↑Pom
2005年8月、卯城竜太、林靖高、エリイ、岡田将孝、稲岡求、水野俊紀の6名で結成したアーティストコレクティヴ。初期作品の「スーパーラット」から現在に至るまで、映像作品を中心に多様な方法を駆使して、彼ら自身の「リアリティ」を表現し、国内外の数多くの展覧会で発表している。近年は作品制作のみならず、東京・高円寺にアーティストランスペース「Garter」を開設したり、東京電力福島第一原発事故による帰還困難区域内を会場とした国際展『Don’t Follow the Wind』を発案、実行委員会形式で開催するなど、多岐にわたる活動を展開している。

結成10周年を迎えた2015年には、自らが経験してきた検閲や交渉や妥協をさらけ出した展覧会『堪え難きを堪え↑忍び難きを忍ぶ』をGarterで開催し、昨年は解体予定の歌舞伎町振興組合ビルを会場とした『また明日も観てくれるかな?』を開催など、既存の美術機関に頼らない展覧会も実現している。
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