第54回ヴェネツィア・ビエンナーレ ナウィン・ラワンチャイクン(タイ) インタビュー

ナウィン・ラワンチャイクン
インタビュー/いわきあゆこ

ナウィン・ラワンチャイクン

ART iT ヴェネツィア・ビエンナーレにタイが参加するのは5回目です。今回はこれまでとどのように違うのでしょうか。

ナウィン・ラワンチャイクン(以下、NR) 過去4回、タイはアーティストを公募で選んでいましたが、今回は指名で私が選ばれました。タイ・パビリオンというより、ナウィン・パビリオンを作ります。場所はジャルディーニの入口にあるパラディーゾというカフェです。レストランやバーもあり、2階に綺麗なバルコニーもある場所です。その1階に展示スペースを作り、バーやレストランともコラボレーションをして、カフェ全体を作品化します。ここには2つ名前があって、ひとつはナウィンランド・パビリオン、もうひとつはパラディーゾ・ディ・ナウィン(パラダイス・オブ・ナウィン)です。

ART iT 具体的なコンセプトを教えてください。

NR 今まで、世界中の「ナウィン」という名の人を集めるプロジェクト「ナウィン・パーティー」はある意味国家を超えたグループを形成するものでした。それは国という考え方とは反対の考え方を提示するもので、ユニバーサルな場所であり、非国家の考え方を示すものだったのです。ナウィンは、韓国ではナビン、中国ならアヴィンにあたりますが、ナウィンという名前を持つ人物は、タイの他にもインドや日本など、世界中のあらゆる場所にいるということからプロジェクトの着想を得ました。国家と同じようなコンセプトを持ちつつも、特定の場所を決めず、非領土的な新たなテリトリーを作って、ナウィン・ランドは世界中どこにでもあるという考え方に基づいています。本来、ナウィン・ランドはナウィンという名前の人だけのもので世界中にあるという考え方でしたが、そうしたこれまでのナウィン・パーティーから発展し、さらに一歩進んだ形で、今回はフレンド・オブ・ナウィンなど、他の名前も創って、ナウィンでない人も参加できるようにしました。

まず、ベルリンが東西に分断されていた時代におかれていた国境検問所、チェックポイント・チャーリーのように、ナウィン・ランドのチェックポイントを作ります。ここにスタッフが常駐して、ナウィン・ランドに参加する人はここでサインをしたり、メンバーとして登録したりすることができます。パビリオン内の部屋のひとつではナウィン・パーティーの過去の作品を紹介します。ナウィン・パーティーの中国版を行なった際に制作した、毛主席語録がモチーフとなっているレッドブックも展示し、モニターでボリウッドの映像を流します。
もうひとつの部屋では自分で作る作品を展示するのではなく、観客に参加してもらいます。会期中にナウィン・ランドの憲法を作りあげていこうと思っていますが、その内容も観客に考えてもらい、書き残していってもらうのです。ナウィン・ランドはユートピアのようでそうではありません。実際に来た人にナウィン・ランドはどのような国か書いてもらうのです。
私の作品には、常に私の個人的なストーリーと一緒に、政治的なストーリーも含まれています。私はタイで生まれたインド人で、日本人の妻子がおり、そうした出自からアイデンティティについての問題が常につきまとっています。そういうストーリーを私の娘のマリに話すことを目的に、ストーリーブックのようなものを作りたいと考えています。さらに、世界中のナウィンを集めて7メートル半くらいの幅の絵を描きます。ナウィン・ランドは新しい国ではなく、新しい都市です。


制作風景

現在のタイの政治問題は世界中に知られています。黄色や赤といった(注1)グループの対立です。しかし、今はタイだけでなく、リビアなどの中東の国も含めて、指導者を巡る大きな問題が浮上し、国家の政策や方向性が問われています。私は現在、新しいナウィン・ランドを作っていますが、今回は公式のタイ代表として、政治問題について話をしたいと考えています。タイ・パビリオンではありますが、ナウィン・ランドというフィクションの国を作り上げ、それを通して、タイの問題だけでなく、世界の問題について考えたいのです。

ヴェネツィア・ビエンナーレのように、展覧会を国で分けることは本当は好きではありません。自分が参加するのはタイ・パビリオンですが、今回のプロジェクトは非常に普遍性のあるもので、開放的にしています。海外で行われるタイのアーティストが中心となるグループ展では多くの場合タイの伝統舞踊など、タイを象徴するナショナルアイデンティティを使っていますが、今回はインドの要素も、パキスタンの要素もあれば、さらには中国のレッドブックも使うなど、様々な国のストーリーが含まれています。本来は万国博覧会のように、例えばタイや日本といった各国独自のアイデンティティを見せる場所にしたい人もいるかもしれません。でも、私は現代美術のアーティストはそういう国を区別するような考え方はあまりするべきではないと思いますし、私自身好きではありません。

一方で、難しい側面もあります。展示する場所の壁が以前は赤かったことから、タクシン派の赤シャツを連想させるため、その点をタイ文化省から否定されました。赤や黄色などが意味してしまう政治的な問題があるのは理解しています。ナウィン・ランド自体は全くタイとは関係ありませんが、それでも、そこはタイの問題、世界中の問題、国やナショナルアイデンティティについて考える場所なのです。ビエンナーレは常に国別パビリオンという形で、国を区別しますが、私が作る場所はタイのパビリオンでありながらタイに見えません。タイ国家のアイデンティティではなく、世界に関するストーリーでもあります。もちろんタイの一面も見れますが、それだけではないのです。

ART iT そのコンセプトはタイ・パビリオンの代表に選ばれてから考えたものですか。

NR ナウィン・パーティー自体は2006年から始めていますが、最近、次に何をやろうかと考えていました。ヴェネツィア・ビエンナーレの招待を受けてから、詳細を具体的に組み立てていきました。
タイの文化省は少し心配しているようです。政治問題があるのは理解しているのでこちらからも詳細を説明していますが、実はまだすべて了承を得た訳ではありません。作品は現在のタイの問題とは実際は、全く関係がありません。タイ・パビリオンの中にナウィン・パビリオンを作った理由は、タイ国内の小さな問題も、赤も黄色も関係ないのがナウィン・パビリオンであり、ナウィン・パーティーだからです。赤でも黄色でもない、違う色かもしれない新しいこと、つまり世界におけるナショナルアイデンティティの問題を、作品を通して訴えていきたいと思っています。それはヴェネツィア・ビエンナーレという場だからこそできると思っています。
今回はチャレンジだと思っています。従来展示場所はいつもタイの文化省や大使館が選んでいましたが、あまり良い場所ではないので、今年の1月にキュレーターと一緒に現地へ行き、自分でパラディーゾを選びました。狭いながらもカフェですから、料理もできるのが面白いと思ったからです。ドリンクとしてイタリアのスピリッツを使ったカクテルを提供し、スタッフのユニフォームも作ります。今回、タイのチャーン・ビールがスポンサーとなってくれました。カレーとチャーン・ビールとの組み合わせはおいしいですよ。

ART iT ナウィンさんはこれまでにも様々な国際展に参加されていますが、ヴェネツィア・ビエンナーレのタイ代表に選ばれたことについてはどのように捉えていますか。

NR まず、世界中から多くの人が見に来る歴史ある展覧会であり、作品を見せる機会としては非常にいいと思っています。一方で、ビエンナーレが始まった1895年当時は、ヨーロッパのほとんどの人はアジアや東南アジアに行ったことがなかったと思います。従って国別パビリオンで見せるというのは意味があったかもしれません。でも、この現在において国別というのはあまりに古いコンセプトです。最近はドイツや北欧のパビリオンなどでは、その国の出身ではないアーティストを選ぶ国も出てきています。それを考えると、今回、タイ・パビリオンに選ばれたことは誇りでもあるけれど、危ういところもあります。タイのアーティストという枠にはめられてしまう可能性があるからです。

私はどのように美術活動を実践したり、作品制作を行なったら、面白い意味が持てるのかを考えています。アーティスト自身のことや、美術業界だけに限定するのではなく、コミュニティーとの関係を探り、アート以外の世界にも意味があることを行いたいと考えています。ヴェネツィア・ビエンナーレだからこそ成立する作品を制作したいのです。
問題がふたつあります。ひとつは美術業界はすごく狭いことです。でも、今回のストーリーやコンセプトは、コンペティションや国別パビリオン、美術館といった美術業界とは関係ありません。そうした業界ではなくそれを超えて、世界中のコミュニティーや、ナウィンのコミュニティー、普通の人との関係が重要だと考えています。もうひとつはナショナルアイデンティティの問題があります。なぜタイのパビリオンをやるのかというコンセプトです。来た人は、「ナウィン・ランド」とはどこにある場所か、どこの国だろうか、と疑問に感じることでしょう。したがって、タイ文化省としてはこのコンセプトは受け入れがたい。しかし、私はこのコンセプトだからこそ行なうのです。

ART iT つまり、タイという国より「ナウィン・ランド」が前面に出ているので、来た人はタイのパビリオンだと知らなければ、「ナウィン・ランド」という国はどこにあるのだろう、と思うわけですね。今回もそうですが、昨年2010年に開催されたあいちトリエンナーレに出品した作品もコミュニティーとの関係を色濃く反映した作品でした。

NR あいちトリエンナーレで展示した作品「Mario Sisters」(2008)は、3年前に作ったものですが、私の娘マリと関係があります。このシーソーに乗っている女の子がマリで、背景は母の出身地、現在のパキスタンのある駅です。この絵と一緒に私からマリへ書いた手紙を展示しました。母が7歳のとき、インド・パキスタン戦争が起こり、その駅から皆が遠くに去って行きました。この作品を作ったのは3年程前、当時娘は6歳でした。

私の作品にはストーリーがあります。自分の家族があり、世界がある一方で、現実社会のストーリーも並行して進行していきます。自分のストーリーだけで完結するのではなく、それを通して、今、現在世界はどういう状況にあるのかを常に考えています。
昨年、チェンマイで一番大きな市場であるワローロット市場の100周年を記念するプロジェクトで、市場が写っている古い写真を集めて絵画作品を制作しました。タイ語で「ケーク」というのは、お客さんという意味と、インド人という意味があり、あまり好意的ではない言葉です。アウトサイダーということですが、日本語でいう「外人」のような言葉です。その「ケーク」が含まれる「ホーンラップケーク」という言葉は、客を迎えるという言葉通りの意味とは少し違って、居間という意味になります。プロジェクトでは、チェンマイにいる私の父母の世代やさらに上の世代のインド人7人に、それぞれの家の居間でインタビューをしてビデオを制作しました。彼らの子供時代の記憶や昔の思い出、そして現地のインド人のコミュニティーについて話を聞きました。
私自身はタイで生まれました。母はインド人でしたが、子供の頃、私はインドが嫌いでした。タイ人になりたかったのです。なぜかというと、皆に、インド人=外人(ケーク)、外人と、悪口を言われ、からかわれたからです。でも、大人になってからは、インド人とタイ人との間にそうした摩擦があることを興味深く思えるようになりました。

私の娘も日本で生まれたので、たぶん同じ様な問題を抱えると思います。今はもちろんハーフの人もたくさんいますが、彼女は、近い将来、きっと私は日本人なのに、どうして名字がラワンチャイクンという外国人の名前なんだろう、というように自らのアイデンティティについての問いを持つでしょう。この2年くらい、私は、私自身と私の娘のストーリーから世界を見ています。


ワローロット市場でのインスタレーション

ART iT なぜコミュニティーにこだわるのでしょうか。

NR 私の作品は政治的ではないけれど、自分の個人的な視点から世界を見ています。私はタイに生まれて、住んでいるのは日本とタイの両方の国ですが、一番理解できるのは、それぞれの国というよりは、それぞれのコミュニティーのことです。私のアイデンティティは当然ですが美術だけからではなく人生からも形成されているからです。
私はアーティストだから、自分の人生も他のコミュニティーと共有したいと思っています。なぜ美術を行なうのか、美術の意味を美術の世界だけでなく外に向けたものにしたいのです。そうした考え方は作家活動の初期から持っていました。例えばバンコクの街を走るタクシーをギャラリーにしたタクシー・プロジェクトも、ワローロット市場のプロジェクトもそうであるように、美術の世界に留まらない、社会的に少しでも意味があるものにしたいのです。
そういう意味で、私のプロジェクトは美術業界の人だけでなく、現地のコミュニティーの人々も参加するプロジェクトを目指しています。子供もその親達も、そしてその友だちも皆が参加できるプロジェクトです。子供向けのワークショップを開催したり、ワローロット市場の中で現代美術ではないけれどもパフォーマンスがあったり、様々な人々が参加することに大きな意味があると思っています。

ART iT そういったプロジェクトに参加する人は、アートということをあまり意識していないのではないでしょうか。

NR 最近は理解してくれています。私がまず、彼らにインタビューを行なったり、写真を撮ってそこから絵を描いたりする時は、コミュニティーの人たちは何をするかわからないけど、面白そうだからといって参加してくれます。彼らはアーティストや現代美術の意味はわからない。でも、彼らは皆、私が生まれた時も場所も知っているのです。この10年以上、私自身がこの街を出て色々な国に行っているため、今はあまり交流がありませんが、彼らは父が経営している生地の店が市場の中にあることも知っていて、私が絵を描いたり、漫画を作ったりしていることを、徐々におもしろいと言ってくれるようになりました。昔は、父や周りの人に、美術はいらないし、美術活動をすることは意味がないと言われたものです。たぶん父の時代は皆、ビジネスが最重要でしたから、高価な家は造っても、美術作品は家の中には不要であると思っていたのでしょう。でも、今回のプロジェクトで展覧会や美術が面白いものであると気づいてくれたのではないでしょうか。

ART iT つまり、ナウィンさんがコミュニティーにこだわっているのは、美術を狭い業界だけではないところで何か行いたいということ、そしてもうひとつは美術とは普段あまり関係ないコミュニティーの人たちが、美術について考えたり、楽しんだりするきっかけをつくるということでもあるのですね。

NR それもあります。このプロジェクトは全体でひとつの作品です。でも、プロジェクトを行なう時は、作品制作だから、アーティストだからと言っていても完成しません。作品制作をすることに意味があるから、などと言って、人を説得し、コントロールすることは不可能ですから、皆が楽しいと感じることを行なうのです。私のプロジェクトはその場所とその場所にあるコミュニティーや人々に合わせて実践するのです。それはヴェネツィアでも同じです。

ART iT チェンマイで制作を続ける理由は何ですか。

NR まず生まれた場所ですから非常に便利です。さらにチェンマイは旅行者が多い街である、という環境として面白い場所でもあるからです。私はチェンマイで生まれ、チェンマイ弁も話しますが、自宅はナイトマーケットの近くで、外に出ると外国人が非常に多い場所です。セブンイレブンに行けば、英語が聞こえてくる。カラオケ店のお姉さんも、ハローと英語で話しかけてくる。これも面白い点です。すぐそこに住んでいるのに、アウトサイダーのような気持ちになります。そういう意味では自分の家はどこにもないように感じます。福岡へ行っても、たぶん外人。チェンマイでも外人。自分はいつでもどこでもアウトサイダーなのだと思います。日本でもそうですし、インドへ行ったらもちろんインド人ですが、私はインドに家がありませんから、インドへ行ったら旅行者なのです。顔はインド人だから、話しかけられることもありますが、実際にはインドの言葉はわかりません。それは非常に面白い状況です。問題でもありますが、それも現実なのです。問題があれば考えることができるので、私の場合は、そうした目の前の問題から作品を制作しています。
ナウィン・プロダクションは1994年からチェンマイにスタジオを構え、チェンマイの若いアーティストと一緒に作ってきました。自分の国、自分の町だから、大切という気持ちもあります。

ART iT チェンマイという町が作品を作る上で便利で、刺激があるのはもちろんですが、チェンマイの町自体を、美術で盛り上げたり、美術に対する意識を高めていったりすることもやっていきたいということですか。

NR 生まれたところだからこそ、自分の作品であるというだけではなく、社会的に意味のあることを行ないたいと強く思っているのです。チェンマイにも美術館がありますが、質はあまり高くなく、実際、あまり行く人はいません。そういうチェンマイにある問題を解決し、自分でシステムを作りあげて行きたい。いいアイディアがあったら、未来の世代に繋げて行きたいと思っています。

ART iT チェンマイの若いアーティストや学生をどのように捉えていますか。

NR コミュニティーに貢献したいと思っていますから、積極的に参加を促しています。ここでは若いアーティストにはあまりチャンスがありません。単に自分のアシスタントとして雇用するのではなく、若いアーティストや学生が、私の市場のプロジェクトに参加してコラボレーションを行なう機会をつくろうとしています。そうすることにより、彼ら自身にとっても自分の作品を作ったりと、実践的な活動が出来る訳です。そういう形で場所やチャンスを与えることを行なっています。
タイの美術教育は構造的に窮屈な状況です。勉強や実習は多いけれど、なぜアーティストになりたいのか、どのようにしてアーティストになるかということについての考えが不足していると思います。学校で勉強が終わったら、どのようにしてアーティストになるかを教える場所はありません。教師や医者は卒業して研修する場所や働く場所がありますが、アーティストの場合、10年練習したからといって、アーティストになれる訳ではないのです。
美術教育システムは非常に厳しいと思います。たとえば1年で2万人の学生が卒業したとして、その中から一体何人がアーティストになれるでしょうか。
アーティストであるためには作品を売らなければいけません。たとえば、私のこのスタジオは設立してから10年以上経ちますが、アシスタントやスタッフに毎月給料を払わなければいけません。アーティストは自分の作品のことだけでなく、マーケットを意識し、さらにはマネジメントなどビジネス的な考え方が必要です。それについてはタイの美術学校は決して教えません。
アーティストは作品だけ作るべきで、ビジネスには興味を持つものではないという人が多いですが、どのように作品を売るとか、どのように展覧会を開くか、どのようにプロモーションを行なうかについても考えなくてはいけません。もちろんまずおもしろい作品を作ることが一番重要であることは間違いありませんが。
現代美術はコンセプトが重要ですから、考えることが一番大切です。コミュニティーの多くの人はビエンナーレを知らないと思います。だから、美術の意味を違う言葉や方法で話す必要があります。市場のプロジェクトは美術ではありますが、それを美術のプロジェクトだと言ったらもう実現できません。もう少し噛み砕いてわかりやすい言葉でコミュニティーの人に伝えて参加してもらい、最終的に大きな美術のプロジェクトになっているということです。

ART iT 新しいスタジオに移転すると聞きましたが、今後の予定について教えてください。

NR 今は制作場所として3つの建物を借りていますが、狭いので、今年中に新しいスタジオを作って来年初めくらいに移転する予定です。広さは1000㎡くらいで、ギャラリーではないのですが、外の人に作品を見せたり、若いアーティストと話すことができる場所を作りたいと考えています。

(注1)政権をめぐってタクシン元首相派と反元首相派が対立。それぞれの支持団体の構成員は赤色や黄色の服を着用し、シンボルカラーとしている。2010年4月に首都バンコクで大規模なデモと軍の制圧により、多数の死傷者が出た。

第54回ヴェネツィア・ビエンナーレ『ILLUMInations』は6月24日から一般公開。会期は11月27日まで。

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ヴェネツィア・ビエンナーレ——ILLUMInations: 第54回国際美術展

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