『アート・バーゼル 41』 フェアレポート

ART BASEL 41
15-20, June 2010
http://www.artbasel.com/go/id/ss/lang/eng/

 2010年6月16日から20日まで(プレビューは15日)、スイス、バーゼルで開催された『アート・バーゼル』は、米国のリーマンショック以降停滞していた美術市場の盛り返しを決定づける極めて好調なセールス結果となった。36ヶ国から300強のギャラリーが参加し、主催者発表で6万2500人以上の観客を動員。各ギャラリーとも売り上げは初日から順調だったようで、展示作品の入れ替えも頻繁に見られるなど、予想以上のセールスを記録したブースも多かったようだ。

 欧州の経済危機を背景に、株式市場や為替市場の不安定な動きが見られる中、アートはディフェンシブな投資先=動産として再び注目を集めはじめている。それらを裏付けるように、最も堅調だった銘柄は、すでに評価が定まった近現代のピカソ、ウォーホールらの作品。先日亡くなったばかりのルイーズ・ブルジョワの彫刻作品も高値で取引されていた。ユーロ安の影響もあり、今年は欧州以外の地域からのコレクターも数多く来場していたのも昨年との大きな違いだ。地元ヨーロッパのコレクターに加え、ロシア、中東、アメリカからのコレクターが復帰し、あらたに中国からのコレクターも参入。終わってみれば、これまでに比べても、かなり良い結果を出したギャラリーが多かったようだ。

 また今年取材したギャラリーは、数多くの作品がセールスできたことに加え、美術館や美術館への寄託をするコレクターなど、質の高いクライアントに作品が渡ったことに非常に喜んでいた。投機的な資金が無名の若手作家の作品へ見境無く流れ込んでいた2007年以前とは様相を異にし、買い手側も熱に浮かされること無く作品をしっかりと見て購入しているようである。

 全体の作品傾向としてはここ数年多くみられた具象絵画が減少し、絵画では抽象画、またコンセプチュアルな作品や彫刻作品が増加していた。70年代のミニマル・コンセプチュアルアートの作品や80年代のコラージュ作品、同時代でそれまであまり市場で大きく取り扱われていない作家、たとえばマイケル・クレバー(グリーン・ナフタリ)、ハイモ・ツォーバニック(ギャラリー・シャンタル・クルーゼル)らの作品である。


マイケル・クレバー、グリーン・ナフタリ(ニューヨーク)

 若手や中堅作家の作品の売れ行きも全体に好調で、ダン・ヴォー(ギャラリー・ダニエル・ブッフホルツ)、バンクス・ヴァイオレット(ティーム・ギャラリーおよびモーリン・ペイリー)、チェイニー・トンプソン(アンドレア・クレップス・ギャラリー)、ジリアン・カーネギー(ギゼラ・キャプテン)、スー・ドーホー(レーマン・モーピン)、また日本でも人気のジム・ランビー(ザ・モダン・インスティテュート)などの作品も順調に売れていた。


チェイニー・トンプソン、アンドレア・クレプス・ギャラリー(ニューヨーク)


バンクス・ヴァイオレット、モーリン・ペイリー(ロンドン)

 日本から参加した各画廊の売り上げも好調。小山登美夫ギャラリーの奈良美智による陶器作品30万USドル(約2700万円)はインドネシアのコレクターに。スカイ・ザ・バスハウスは名和晃平の『Pixcell-Deer』シリーズの作品を16万USドル(約1440万円)でヨーロッパのコレクターに売却。ギャラリー小柳は、杉本博司の『海景』シリーズから4点(各15万USドル(約1350万円)をそれぞれヨーロッパのコレクターに。シュウゴアーツは藤本由紀夫の大型インスタレーション作品を5万4000USドル(約486万円)で売却。タカ・イシイギャラリーは木村友紀、法貴信也作品2点をそれぞれ1万2300ドル(約110万円)と6000USドル(54万円)でスイスのコレクターに売却した。


藤本由紀夫、シュウゴアーツ

 若手ギャラリーが集まるフェア『LISTE(リステ)15』も好調。サンフランシスコのアルトマン=シーゲル・ギャラリー、ロンドンのヘラルド・ストリート、フォーテスキュー・アヴェニュー、ニューヨークのウォール・スペース、エリザベス・ディー、ベルリンのペレス・プロジェクツ、ミッキー・シューベルトなどの注目ギャラリーは、VIPプレビュー直後に1万から2万ドル前後の作品を数点売却した。


LISTE 15

 一方、会場変更に加え、参加ギャラリー数が昨年の110から81へ減少した『VOLTA(ヴォルタ)6』はやや苦戦。会場が市の中心部にあった昨年に比べ、シャウラガー近隣の倉庫スペースにロケーションを変更したことで、アクセスの便が悪いことも影響したかと思われる。しかしながら、昨年に比べると全体のセールスは回復しているとのこと。シャウラガーでのマシュー・バーニー展のオープニングと併せて訪れるキュレーターや美術館関係者も多く、セールス面だけではないメリットをギャラリーに与えるフェアとなった。日本からは、ミヅマアートギャラリー、タロウナスがエントリー。


VOLTA 6、タロウナス

 またフェア期間中に開催される各美術館での充実した展覧会企画にも特筆すべきものがある。もはやマーケットと美術館は共存している状態であり、上記の『VOLTA』の例だけでなく、クオリティの高い展覧会を同時期に見ることができるスイスの環境が、コレクターやジャーナリスト、美術館関係者にとっても、この時期にバーゼルへ足を運ばせる大きな理由のひとつとなっている。

 今回は、シャウラガーがマシュー・バーニー展『Prayer sheet with the Wound and the Nail』を、またバイエラー財団美術館はフェリックス・ゴンザレス=トレス展『Specific Objects without Specific Form』と、ジャン=ミッシェル・バスキア展『BASQUIAT』を開催。クンストハレ・バーゼルではモイラ・ダヴェイ展と、注目の若手作家が数多く参加したグループ展『Strange Comfort (Afforded by the Profession)』。またバーゼル市立現代美術館ではローズマリー・トロッケル展『Drawings, Collages, and Book Drafts』と、『ガブリエル・オロツコ』展、ロドニー・グラハム展『Through the Forest』が行われた。

 またバーゼル市の周辺まで足を伸ばせば、ピピロッティ・リスト展(ラングマット美術館、バーデン)、クリストファー・ウィリアムズ展(クンストハレ・バーデン・バーデン)、トーマス・シュトゥルート展 『1978-2010の写真』(クンストハウス・チューリッヒ)、ローズマリー・トロッケル展『Deliquescence of the Mother』(クンストハレ・チューリッヒ)、『ライアン・ガンダー展(ハウス・コンストラクティヴ、チューリッヒ) などの充実ぶり。

 こうした戦略的とも言える官民一体となった取り組みによって、美術館とフェア双方にメリットがもたらされている。同じような試みは、ロンドンの『フリーズ・アート・フェア』、ニューヨークの『アーモリー・ショー』なども行なっているが、特にこれまで現代美術の中心地として認識されていなかったスイスだからこそ、より一層こうした取り組みが効果をもたらしていると言えよう。このことはバーゼルが世界一のアートフェアであり続ける理由のひとつであり、またそれがコレクターの層の厚さにも繋がっている。

(文・写真/ART iT日本語版編集部)

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