連載 編集長対談2:名和晃平(後編)

「日本的アートとは?」:素材と技術とアートの関係

前編はこちら

 
海外の作家に「ここの技術だったら依頼したい」と言ってもらえるような、現代美術の制作に特化したプロダクションも組織してみたい。

小崎 一昨年の「ミュンスター彫刻プロジェクト」で話題になった作品のひとつに、マーク・ウォリンジャーの「Zone」があります。ミュンスターは典型的なヨーロッパの街で、教会や広場がある中心から放射状に広がっている。その市街地の高さ4.5mの場所に、全長5kmの細い糸を張り巡らせるという作品でした。

名和 街の外周に糸を張り巡らせるだけなんですか。

小崎 厳密に外周ではありませんけどね。ヨーロッパの街の境界にはかつて城壁があり、ミュンスターにもところどころ残っています。ウォリンジャーは新たな城壁を作るのではなく、糸に城壁の代わりをさせつつ、それを彫刻として提示したんです。「なぜこれが彫刻なのか」という疑問を鑑賞者に抱かせ、街やヨーロッパの歴史にも思いを馳せさせる。それをたった1本の糸でやったのがすごいと思いました。

名和 学生のころ、アートプロジェクトでブレーメンに2ヶ月くらい滞在したことがあります。ドイツはミニマリズムもコンセプチュアリズムも発達していて、結構かっこいい彫刻が出ているんです。考えが進むにつれ、要素を削り、形態のみになり、その内に形態も物質もなくなって、もう何にもない彫刻っていうのが出てきて。グループ展で自作のエリアにマスキングテープで白い枠が描いてあるだけとか、広い個展会場に靴脱いで置いてあるだけとか。

小崎 ほとんど禅の境地、あるいは禅問答ですね。ジョン・ケージの「4分33秒」や、ジャン=リュック・ゴダールの『東風』『イタリアにおける闘争』の真っ黒な画面を連想します。ふたりとも、音楽や映像の極限とは何かということを考えて作ったんでしょう。ウォリンジャーも、彫刻とは何かを考えぬいた末にあの表現にたどり着いたんだと思います。

名和 ロンドンに留学していた90年代の終わりごろは彫刻の復権が起きていて、やはり「彫刻とは何か」という議論が盛んでした。アントニー・ゴームリー、トニー・クラッグ、レイチェル・ホワイトリード、アニッシュ・カプーア……。いまや全員巨匠ですが、彼らの個展がすごくかっこよくて。悔しいと思ったのを覚えています。

小崎 先ほど「日本にいても埒が明かないのではないかと思った」とおっしゃいましたが、「やっぱり日本でやらなくちゃ」という結論になったのはなぜですか。

名和 ブレーメンでのアートプロジェクトの際に「欧米に来ないとアーティストとして活動できないような気がする」と相談したとき、あるドイツ人に「ドイツやイギリスでも難しいのは一緒だ。なぜ自分の地元の状況を変えようとせずにわざわざ他国に来るのか」と言われたんです。ニューヨークやベルリン、アジアではバンコクに滞在した際もその言葉を思い出しました。それで、やはり京都かなと。

小崎 職人がいるという理由もありませんか。名和さんの個展のオープニングには、ほかの作家とは違う方々が来ていますよね。特に関西では、業界人以外に、パーツの販売店オーナーや技術者の方々がいらしている。そして、実に楽しそうに名和さんと話している。

名和 素材や加工作業によってそれぞれ相談したり、発注する先が決まっていて、パートナーのような存在なんです。例えば、京都には15年以上の付き合いで、自分の作品に合った樹脂を最適な状態でカスタマイズして作ってくれる会社があります。作品ごとに違う素材を使うので、毎回使い方を実験したり、必要なときはメーカーに直接問い合わせ、サンプルを見せてもらったりしています。

それと、大阪は問屋街が多くて面白い。例えば、人形の材料や、お菓子や花火の問屋さんなどがある松屋町(まっちゃまち)というすごい楽しい通りがあるんです。僕の祖母が日本人形を作る人で、3歳か4歳くらいからよく連れていかれました。

小崎 子供にとっては天国ですね。

名和 近くに布問屋、道具屋筋、さらに行くと「でんでんタウン」っていう電気街があるんですよ。東京の秋葉原に当たる日本橋(にっぽんばし)というエリアで、家電や電動工具、電子パーツや材料の店があってとても面白い。小学生になってから、発光ダイオードとコンデンサーを買ってきて点滅させたり、換気扇や照明やテレビにセンサーを付けて、ある間隔で2回手を鳴らすとオンオフができるようにしたり、「ママ来たセンサー」を作って呆れられたり(笑)。パーツ販売店の方々とは、それからの付き合いです。

小崎 小学校の先生であるお父様からも図工を習ったとか。

名和 手作りで何でも作らされていました。肥後守というナイフを小学校1年生のときに渡されて、それ1本とハサミとセロテープと木工ボンドさえあれば何でも作れると。夏休みの自由工作がいちばん楽しみで好きで、それがいまだに続いている感じです。実験して、うまくいかないとパーツを変えて、といった作業はいまも変わらないですね。

小崎 アーティストの大竹伸朗さんが以前「写真家はなぜ自分でカメラを作らないのか」と書いていました。藤幡正樹さんは「メディアアートは、メディアを使うのではなく、メディアを作るアートである」と言っています。名和さんはメディアアーティストではありませんが、自らが用いるメディア、そしてツールに真剣に取り組んでいると思います。

名和 ドローイングでも、エアブラシの風だけを使ったり、注射器で絵具をポタポタと落として滴で描いたり、絵具と洗剤を混ぜて泡状にしたものを紙の上に置いて描いたり、木工ボンドや接着剤を混ぜて粘度のある絵具を作ったり、アルミの粉を混ぜて金属っぽい色を出したり、リターダーという絵具の乾きを遅らせる薬を混ぜたりと、既存の材料でも表現したいイメージに合わせた使い方を見つけて、必要なツールを作ることがあります。

小崎 もしかすると名和さんのそういう部分に「日本的アート」の特徴を見出せるかもしれませんね。日本は「技術立国」と言われ、職人の技術が昔から受け継がれて、現在も世界でも有数の技術者がいます。中でも京都や大阪は職人の町であり、名和さんが一貫して京都で作品作りを続けているのは、それが大きな理由なのではないか。その意味で名和晃平作品は優れて日本的、あるいは京都・大阪的であると言えないでしょうか。

名和 確かに、地元では材料のある場所がわかっているし、技術者とのネットワークが成立しています。海外では、細かいものがすぐに手に入る国は珍しいですね。

小崎 話はちょっとずれますが、アジアの他の国と比べて日本の展覧会設営技術が高いのも、職人のこだわりゆえではないでしょうか。

名和 展示会場や、建築に至ってもニューヨークより日本のほうが細やかに作られていますよね。ニューヨークも北京も、全体に大胆だけどディテールの質はよくない。ただベルリンのアートシーンでは空間やもの作りへのこだわりは近いのかなと感じました。

今後ものつくりをしていく場所として「SANDWICH」というスタジオをいま作っています。元サンドイッチ工場だった建物を改装して、自分のスタジオだけでなく、オフィス、セミナールーム、現代美術の制作に特化したプロダクションも組織してみたい。技術を蓄積していって、海外の作家に「ここの技術だったら依頼したい」と言ってもらえるような集団です。国内外の若いアーティストや友人が滞在できるような場所にもして、建築家や映像作家とも何か一緒にやりたいなと思っています。

2009年7月20日にDAY STUDIO★100(Vantan渋谷校ディレクターズスタジオ)にて行われた対談を収録しました。

なわ・こうへい

1975 年、大阪生まれ、京都在住。98 年、京都市立芸術大学美術学部美術科彫刻専攻卒業後、英国王立美術院に交換留学。2003年、京都市立芸術大学大学院美術研究科博士(後期)課程彫刻専攻修了。キリンアートアワード2003 にて奨励賞、07 年に京都府文化賞奨励賞を受賞。個展に『GUSH』(SCAI THE BATHHOUSE、06年、東京)、『P i x C e l l 』( 北京芸門、08 年)など。グループ展では、第3 回バレンシア・ビエンナーレ(05年)、『アートスコープ2005/2006』(ダイムラークライスラー・コンテンポラリー、ベルリン、07年)、 ShContemporary2007(上海芸術博覧会)、『六本木クロッシング2007:未来への胎動』展( 森美術館、東京)、『パラレル・ワールド もうひとつの世界』(東京都現代美術館、08 年)などに出品。

メゾンエルメス8Fフォーラムにて個展『L_B_S』を開催中(9月23日まで)。
https://www.art-it.asia/u/admin_exrec/OyteLSv0RKz8lJbBhUdA

公式ブログ:名和晃平
https://www.art-it.asia/u/ab_nawak/

動画インタビュー
https://www.art-it.asia/fpage/?OP=mov

ART iTニュース:トークイベント『TOKYO GRAPHIC PASSPORT』
https://www.art-it.asia/u/admin_news/hEHVqbCLDdsckgtIi1w2/

次回掲載予告
ゲスト:小山登美夫(ギャラリスト)
西村画廊、白石コンテンポラリーアート勤務を経て、1996年に小山登美夫ギャラリーを開廊。奈良美智、村上隆といった日本を代表する現代美術作家を数多く紹介している。日本のアートシーンを牽引する中心的存在。http://www.tomiokoyamagallery.com/

今後の対談予定・参加申し込み
9月15日(火) ゲスト:長谷川祐子(東京都現代美術館キュレーター)
9月17日(木) 19:00-21:00 に変更になりました。 
会場:Vantan渋谷校ディレクターズスタジオ 定員30名
*参加をご希望の方は、下記から事前にお申し込み下さい。
http://daystudio100.com/tokyo/script/event_detail.php?id=79

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