アートの支援者たち:エルメス

メゾンは常に芸術で満たされていなければならない

優れた職人の手による高品質の製品づくりにこだわり、世界を代表する高級ブランドとして成長を続けてきたエルメス。総売上の約3分の1を占めるともいわれる日本を中心に、アジアにおけるアートへの取り組みを探ってみた。

取材・文:編集部

1837年、パリに馬具工房として創業後、国際的なファッション企業として歴史を重ねてきたエルメスは、芸術活動にも積極的に関わっている。近年、本国のフランスでは、例えば2005年にパリのボザール(国立高等美術学院)で開催されたインド・アートの企画展『インディアン・サマー』など、展覧会への協力を行っている。一方、旗艦店「メゾンエルメス」が誕生した日本や韓国ほか、アジア地域でもその活動は活発だ。

「価値観をシェアする」姿勢

レンゾ・ピアノが「光と戯れるランタン」をイメージして設計したという東京・銀座のメゾンエルメスは、全面ガラスブロックで覆われた印象的な建物だ。「メゾン(家)は常に芸術で満たされていなければならない」というジャン・ルイ・デュマ前会長の言葉に従い、2001年のオープン以来、8階の「フォーラム」で、現代アートの企画展が年4回ほど開かれている。ラベンダーの花を地中海の風景に見立てて床に敷き詰めた中川幸夫展、美しいブルーの布で門を出現させたスゥ・ドーホー展など、個性的な空間を生かした質の高い展示が記憶に残る。エルメスジャポン、執行役員コミュニケーション担当ジェネラルマネージャーの藤本幸三氏は、開店当初から「フォーラム」ほか、映画を上映する「ル・ステュディオ」やウィンドウディスプレイなど、様々な企画を推進してきた。

「場所としての意味性が薄れないように、一貫して現代アートを、と5年かけてやっと場に意味が伴ってきたところです。エルメスが作家を『選択する』のではなく、『価値観をシェアする』姿勢で取り組んでいます。同時に、作家にもエルメスの年間テーマを意識して制作してもらい、企業独自の世界観も共有する。外部からキュレーターを呼ぶなどケースごとに運営形態を変えていますが、最終的に質の高い展示に落とし込むのは我々の役目ですね」

デュマ前会長の掲げた「日常が芸術」「お金を払って援助をすることで芸術に参画しているつもりになってはいけない」「アートを使ってプロモーションしない」という基本方針からもうかがえるが、「ものづくりのメゾン」としての姿勢が一貫して示されている。

グローバルマルチローカル主義

「グローバルマルチローカル主義」も、エルメスの重要なキーワードのひとつである。「現地のことは現地が一番よく理解できる」という信念に基づき、各国に設立した現地法人がそれぞれ独自の運営方法をとっている。芸術への取り組みについても同様だ。

エルメスコリアが00年に創設した「エルメスコリア美術賞」には、年々国内外からの注目が高まっている。歴代受賞者にはバク・イソ(02)、スゥ・ドーホー(03)、クー・ジョンア(05)ら、実力派が名を連ねる。03年度以降は選考過程を公表し、その公正性は評価されている。まず、年初めに5つの指名委員会が各2名の作家を推薦。次に、韓国人3名、外国人2名から成る審査委員会が推薦された10名の中から3名の大賞候補者を選出。3名はエルメスの援助により新作を制作し、最終的に審査委員会が大賞を決定する。賞金は2000万ウォン(約250万円)。第7回の06年度は、キム・サンジ、ベ・ヤンファン、リム・ミノックの3名がノミネートされ、07年3月に大賞受賞者が発表される。

06年11月にオープンした「メゾンエルメス・ドサンパーク」には、現代アートスペース「アトリエエルメス」が併設された。ダニエル・ビュラン展から始まった「アトリエ」では、今後、年4、5本のペースで展覧会が開かれる予定だ。

一方、昨年からギャラリー「Third Floor エルメス」を始動させたエルメスシンガポールは、シンガポール・ビエンナーレ会場のひとつとして、店内で栗林隆の作品を展示。別会場の元軍事施設タンリン・キャンプでの展示とリンクして、異空間を演出した。国内外問わず作家を受け入れるという活動方針は、多民族国家というお国柄を反映しているようで興味深い。

「芸術を通じて企業イメージを高めるというより、質を下げないことに気を配っています。流行に奔走せず、常に客観性を持って活動していきたい」と藤本氏は語る。「伝統」と「革新」が共存し、品質を保ってきた企業だからこそ可能な、多角的な文化活動に今後も注目したい。


(左)クー・ジョンア 2005年度エルメスコリア美術賞大賞作品
(右)ダニエル・ビュラン「アトリエエルメス」でのオープニング展風景 2006年


(左)アンヌ・ドゥ・ヴァンディエール『H/AND』展示風景 2006年
(右)ヤン・ケルサレ 『RE-FLEXION-S』展示風景


(左) スゥ・ドーホー、フォーラムでの展示風景 2005年 Photo Nacasa & Partners Inc.
(右)中村哲也 ウィンドーディスプレイ Photo Asakawa Satoshi, Courtesy Hermes Japon

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初出:『ART iT』 No.14 (Winter/Spring 2007)

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