連載 田中功起 質問する 7-1:片岡真実さんへ1

国内外で活躍する気鋭のアーティストが、アートをめぐる諸問題について友人知己と交わす往復書簡。ものづくりの現場で生まれる疑問を言葉にして、その言葉を他者へ投げ、投げ返される別の言葉を待つ……。第7回の相手は、森美術館チーフ・キュレーターの片岡真実さん。約3ヶ月の間にそれぞれ3通の手紙で「日本とアジアのアート」をテーマに意見交換を行います。

往復書簡 田中功起 目次

件名:日本、あるいはアジアからアートを捉え直す

片岡真実さま

この企画にご参加いただきありがとうございます。片岡さんとは何度もいろいろな場面でお話する機会がありましたが、こうして書き言葉を介してのやりとりはこれが初めてですね。

さて、いままでこの連載はどちらかというと「展覧会」と「作品制作」という2つの相矛盾する、しかし相互に不可欠な関係をめぐって展開してきました。それは言ってみればひとつの中心をめぐってぐるぐるらせんを描いていくようなやりとりでした。おそらく既存のシステム自体の問題もあるでしょう。ぼくらアーティストはある程度それを相対化しながら、それでもなんとかやっていく術を見つけ出すしかないとは思っています。それについては今年から来年にかけて、いくつか実践の機会もあるので、いろいろと試してみたいとは思っていますが、ひとまずその方向性はここで少しお休みし、別の切り口から片岡さんとやりとりしてみたいと思っています。


高速道路を走りながら撮影。

日本のアート

今回この場で話してみたいのは「日本の(コンテンポラリー・)アート」についてです。ぼく自身、ここ数年は日本を離れ、行ったり来たりをくり返しながら少しずつ「日本」というものを相対的に見れるようになってきています。それ以前も、多少はレジデンスなどによって日本を離れることはありましたが、やはり中にいると良くも悪くも「その中」で考えてしまうため、自分自身についても問題があまり明確に見えていませんでした。ロサンゼルスに来てだいたい3年がすぎて、そろそろ日本が恋しい時期でもあります。なので、この回は主に日本のアートの可能性について意見交換できればと思っています。

とはいえ、実はそれほどいまの日本でのアートをめぐる展開・環境の変化を把握しているわけではありません。最初に片岡さんにこの企画をお願いしたいと思ったのが、確か去年の春頃で、そのころはツイッターなどのおかげで少しは日本(というかその一部)の状況もフォローしていたのですが(例えばカオス*ラウンジ周辺のことなど)、その後、忙しくなったりして、あまり何が起きているのかよく分かっていません。なので、新しい問題というよりは、むしろもう少し広く、これからの、あるいはこれまでの、もしくはこうあるべき、などの話をできたらと思っています。

ネイチャー・センス

最初にひとつのとっかかりとして片岡さんが2010年に企画した「ネイチャー・センス展 日本の自然知覚力を考える3人のインスタレーション」(森美術館)に触れたいと思います。ぼくは残念ながら展覧会自体を直接見ることはできなかったのですが、送っていただいたカタログに書かれていた片岡さんのテキストは、日本の自然観をとても広範囲に捉え、それを日本の現代美術へと接続しようとする示唆的なものでした。(*1)

片岡さんはそこで日本における自然観を「身体感覚・皮膚感覚」によるものであると捉えています。手がかりとして宗教観、風土観を上げていますが、中でも「妖怪」や「モンスーン気候」ついての部分に顕著です。「妖怪」とは例えば「森の奥や暗闇」(自然)の中で「気配」として感じる「何らかの生命や霊性」であり、その名づけ方に触覚的な「皮膚感覚」(「震々」「べとべとさん」「頬撫で」など)が 表れている。「モンスーン型」の「湿潤な気候」がその「皮膚感覚」を裏付けている。日本に住むひとにとっては「自然」とは人工に相対するものではなく、その「あるがまま」な有様を皮膚を通して感じとり、むしろ湿り気として皮膚に浸透させて受け入れるものとしてある。身体に浸透することで関係する「自然」は、その意味では主客の関係をそもそも曖昧にしている存在として捉えられているわけです。日本においては、森羅万象/この世界は、われわれ自身とそれぞれには切り離せない縁起的な関係性をもったものとして捉えられている、とも言い替えられるかもしれません。

ぼくは、この皮膚感覚的なあり方に興味を持ちました。例えば同世代のアーティストを見渡しても、皮膚感覚的な見方を間に立てれば、いままで相互に見えにくかった作品・作家同士の繋がりも見えてくるかもしれませんね。例えば名和晃平さんのドライな表面処理と金氏徹平さんの粘着質のあるアッサンブラージュを、皮膚感覚の2つの現れとして捉えてみるなど。日本の中ではビジュアルという表面にこだわりがあるのも、あるいは作品を触ってみたくなる感性も、ともに身体/皮膚感覚的に受け入れたいということなのかもしれません。

例えば片岡さんは別のインタビューでも、「時間的、歴史的にも地域的にも、あらゆる方向にばらばらに存在しているものを、一度美術史的な流れ、地理的、地域的な流れから関節を外していって、また別のかたちで関節を繋いでいく作業」(*2)がアートにも求められていると話しています。日本国内でばらばらに別れてしまっているさまざまなものを編集し直すことで見えてくることはきっとあるでしょう。でもこれをより広範囲に、それこそ「地域的」にも拡大して見直すこともできるだろうと思います。湿潤な気候という意味では台湾も香港、東南アジアも含まれるでしょうし、そこから一気にアジアのアートシーンへと目を向けることもできるかもしれないとも思います。

アジア

東京を複数あるアジアの都市のひとつとして見たとき、ここ数年、緩やかにそれぞれの都市を繋ぐアジア地域のネットワークができつつあることを感じています。片岡さんも今年は光州ビエンナーレの共同キュレイターのひとりですし、キュレイター・チームの中にはぼくも仕事をしたことのあるキム・ソンジョンも参加しています。ソンジョンさんとは香港や東京、ときにはロサンゼルスなどでも顔を合わせることもあり、もちろん片岡さんともそうですね、ある種の地域的な垣根がなくなりつつあると思うのです。

共通の友人であるジュン・ヤンが立ち上げのきっかけを作った台北コンテンポラリー・アート・センターは最初期には出張事務所をアーツ千代田3331に置き、今年3月の企画では共同企画としてTCACのキュレイターのメイヤと北京のアロー・ファクトリーのキュレイターのパオリーンによる展覧会もあります(ぼくも参加してます)。そこには香港のアーティストのリー・キットが参加していたり、彼は東京のシュウゴアーツでも作品を見せています。まあ、もちろんこれはぼくの友人周りの小さい話かもしれません。でも香港のアート・マーケットを中心とした流れとは違う、別の動きができつつあるんじゃないでしょうか。アーティストだけではなく、同世代のアジア系キュレイターたちの横の繋がりもそうですね。特にアメリカでは、力のある韓国系のキュレイターが大きな美術館で働いています。彼ら・彼女たちを含むネットワークの中に片岡さんやソンジョンさん、パオリーンさんもいる。

中国のアート・マーケットの高騰が少し落ち着き、それにともなってもしかするとこれから成熟したマーケットが香港を中心にはじまるのかもしれません(アート・バーゼルがART HK主催企業の株を60%取得、またガゴシアンやホワイト・キューブなど大手ギャラリーも香港支店をオープンするなど)。それと同時に、それをある意味では相対化しつつ、アジアにおけるコンセプチュアルな、あるいはソーシャルなアートの流れも重要な場所を獲得しつつある。

これって、かつてUKのアート・マーケットで主流であったYBAとはある意味では対極にあった大陸系を含むアーティストたち(ピエール・ユイグやカテラン、リクリット、リアム・ギリックなど)をニコラ・ブリオーが「関係性の美学」としてまとめたような、なにかしらのオルタナティブとして捉えることもできるんじゃないかとも思っています。ぼくらはそれほど60年代、70年代のコンセプチュアル・アートに対して自覚的でもないし、政治的な立場もそれほど明確ではないですが、このアジア諸地域におけるコンセプチュアルな、いやむしろ「非物質的なアート」の動きにぼくは可能性を感じます。

物質主義と非物質主義の双方の活性をもって、やっと豊かなシーンがはじまるのかな、と、いろんなことが完成され、終わってしまったアメリカにいるとより強く思います。片岡さんは前述インタビューの中で、西洋と東洋、あるいは理論と実践という二項対立ではない、「不二論」的立場を考えたいと話していましたが(*2)、この2つの流れが双方で混じり合いつつ、アジアのシーンがどのように変化していくのか、とても興味があります。

日本とアジアのシーン、そしてヨーロッパやアメリカでの活動も経験している片岡さんがこれらの動きに対してどう思われるのか、その中で日本はどういう場所であるべきなのか、日本のアーティストがその中でどのように活動をしていくべきなのか、情報がひとつの方向に偏りがちな日本において、少し別の流れについての話ができたらと思っています。最初のお返事、楽しみしております。

田中功起 2012年2月 ロサンゼルスにて

  1. 片岡真実「ネイチャー・センス 気配としての自然」『ネイチャー・センス 日本の自然知覚力を考える』(森美術館、平凡社、2010年)pp.12-33

  2. 「インタビュー、片岡真実」杉田敦編『inter-views 語られるアート、語られる世界』(美学出版、2011年)pp.62-70

近況:夏に参加する展覧会に向けて制作中。3月には台湾での展覧会(もうすぐなのにタイトルなどまだ未定というところが台湾らしい)、4月にはローマでのプロジェクトなど今年も少しずつ仕事モード。

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