アートの支援者たち:BMW

テクノロジーとアートの出会い

世界有数の自動車メーカーBMWは、この30年で100以上もの文化支援を行ってきた。中でも、自社の製品を作品化したアート・カーコレクションは他に類を見ない、特異な存在だ。現代美術、建築、音楽と、多様な取り組みにおける基本方針を探ってみた。

取材・文:編集部

アート・カーコレクション:カルダーからエリアソンまで

アーティストによって車が作品化されるアート・カー。そのコレクションの一部が現在、森アーツセンターギャラリーに展示されている(6月8日まで)。約1万本の透明なパイプが車を囲むように連なり、その背後を光の線が走り抜けていく。展示構成を手掛けた建築家の青木淳氏は、地上52階に車が展示されるという状況から「雲の合間を疾走する車」をイメージしたという。  

今回展示されたのは、フランク・ステラ、A. R.ペンク、ロイ・リキテンシュタイン、デヴィッド・ホックニー、ジェニー・ホルツァーによる5台で、中にはル・マンなど実際のレースに参戦したマシンもある。1975年にレーサーで美術品の競売人でもあったエルヴェ・ポーラン氏が、友人の彫刻家アレクサンダー・カルダーに自身のレーシングカーへのペイントを依頼、その後、プロジェクトはBMWによって引き継がれ、コレクションは現在15台に上る。そして2005年、コレクション誕生30周年を記念して世界各地への巡回展が企画され、日本では今回が初公開となった。

05年には、16台目の制作が各国のキュレーターや専門家6名の選定により、オラファー・エリアソンに依頼された。たった20分でペイントし終えたというアンディ・ウォーホルのエピソードとは対照的に、エリアソンはBMWの各部門と調査や検討を重ね、完成までに約3年の年月をかけた。これまでは車の表面へ装飾する手法が主だったが、エリアソンの着想は画期的なものだった。水素駆動のレーシングカーのボディをまず骨組みだけにして半透明の素材で覆い、その上から冷却した水をかけて氷の層を付着させ、内側からライトで照らすという作品に仕上げたのだ。アート・カーの伝統を打ち破るこの作品は07年にサンフランシスコ美術館で公開され、非常に注目を集めた。

若手作家の支援

BMWカルチャー・コミュニケーション責任者のトーマス・ギルスト氏によれば、アート・カーのように自社製品を前面に出すことは例外的だという。  

「通常は若い作家を長期的にサポートすることを活動の基本方針とし、BMWという知名度ある社名があまり目立たないよう配慮しています。スペインの絵画賞やドイツのナショナル・ギャラリー賞、アカデミー・ギャラリーでの支援など、若手画家を対象としたアワードを設けました。受賞者らへの支援は、少なくとも3年間は続けることにしています」

一方、戦略的に企業名を前面に出すこともある。例えばバーゼルやマイアミなどのアートフェアには、世界中の富裕層が短い会期中に集中する。そこでフェアのスポンサーとなり、VIPシャトルなどのサービスを提供することで、将来的な顧客獲得に繋がる可能性を追求してきた。

「ただし、バーゼルとマイアミは年々飛躍的な成功を収め、多くのオルタナティブなフェアも生まれてきたので、初期段階でのサポートというポリシーを守って、6年目の07年を区切りとして手を引くことにしました。フリーズ・アートフェアやFIAC、Paris Photoへの支援は、今後も継続する予定です」  

作家であれ団体であれ、若手の可能性を支えるという姿勢は一貫している。

理想的な文化活動のかたちとは

現代美術以外にも、ザハ・ハディドやコープ・ヒンメルブラウら先鋭的な建築家に社屋のデザインを発注し、オペラの上演や、クラシックやジャズ奏者への支援を行なうなど、グロバールな活動と多様性が特徴的だ。

「文化とは異なる要素から成るものであり、それぞれの国の文脈や背景に適した支援を心がけています」

そう語るギルスト氏は自身、美術史を学び、専門知識を生かした仕事に従事してきたが、国際的に活動するキュレーターや専門家のネットワークを活用し、彼らと常に話し合い、企業としてのメリットを戦略的に考慮しつつ対象や内容を決定しているという。

「BMWが支援しているからこそこの作品、作家は質が高い、ゆえにBMWの製品も質が高い、と思ってもらえることが理想です」

BMWのもうひとつの特徴は、以前から社員が芸術・文化に触れる機会を設けてきことだ。かつて製造工場があったミュンヘンには、都心につながる高速道路(アウトバーン)が無かった。そこで、社員が芸術を鑑賞する機会を増やすべく、展覧会や劇場チケットを割引で提供する活動を始めた。現在も3万5000人の従業員のみを対象とし、3ヶ月ごとに開催するギャラリーツアーや、オペラ鑑賞などを行っている。

日本の若手作家や、中国を含むアジア・アートの欧米への流入といった動向にも大いに注目しているという。各国の文化基盤に適した支援を行なってきたBMWが次にどのような展開を見せるのか、今後の動きに注目したい。


(左)森アーツセンターギャラリーでの展示より、フランク・ステラのアート・カー
(右)同上、ロイ・リキテンシュタインのアート・カー


(左)アンディ・ウォーホルのアート・カー
(右)A.P.ペンクのアート・カー


(左)アート・カーを制作するデヴィッド・ホックニー
(右)自身のアート・カーにサインするジェニー・ホルツァー

登録日:2008年5月20日

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