アートの支援者たち:ロレックス

巨匠と若手との「時」を交差させる試み

取材・文:編集部


2008-2009 Protégés (from left to right): Handa Masanori, Tara June Winch,
Jason Akira Somma, Nahuel Emiliano Perez Biscayart, Celina Murga, Aurelio Martínez
London 2008 ©Rolex/Hugo Glendinning

1905年の創業以来、時計メーカーとして革新的なクリエイティビティを発揮し続けるロレックス社。完全防水、自動巻など、いまではポピュラーな機能の多くがここから誕生した。そんな同社は、芸術支援においても他とは一線を画したユニークな試みを行っている。世界中の芸術家を対象に、ベテランの「指導者」と新進気鋭の「生徒」の新たな出会いを創出しようというものである。

メントー&プロトジェ アートプログラム

企業の芸術支援活動は、ブランド名を冠したアワードなどから、若手作家の助成プログラムまで多岐にわたる。ロレックスが行うそれは、その社風を受け継いでか「あれば素晴らしいと誰もが思うが、これまでになかった」タイプのものである。

2002年に始まった「ロレックス メントー&プロトジェ アートプログラム」(以降RMP)は、世界中のアーティストを対象に、2年周期で実施される。6つの芸術領域(視覚芸術、音楽、映画、文学、舞踊、舞台芸術)において、各分野の巨匠をメントー(指導者)として、将来有望な若手をプロトジェ(生徒)としてペアを組ませ、相互交流を図るものだ。各ペアには1年間の交流期間中「最低30日間を共に過ごすこと」以外に特定の課題はない。ゆえに交流の形も様々で、生徒の執筆する新作小説に指導者が助言したり、指導者となる映画監督の撮影に生徒が密着したり、またはペアが協働して美術作品を制作したり、といった風である。プロトジェには交流用の旅費と2万5千ドルの奨学金が支給されるほか、期間終了後に公演や新作発表を行う際は、その経費の一部もRMPが援助を検討する。

2008年夏に発表された第4回の組み合わせでは、視覚芸術分野のプロトジェとして半田真規が選出された。彼のメントーはレベッカ・ホーン。日本人の参加は、第2回に勅使川原三郎(舞踊)がメントーとなって以来で、プロトジェとしては初である。記者発表でホーンは、最終的に面接した3名のプロトジェ候補からこの極東の作家を選んだ理由を、こう語った。 「彼とはあまり多く語り合えなかったにも関わらず、最もオリジナルな印象を受けました。視覚芸術においては、ときに言葉よりも感覚やエネルギーが重要。彼の作品を前に、私は自分が見たものすべてを理解できたのです」

開始当初、半田の慣れない英語でのやりとりが行き詰まると、両者は1枚の紙に交互にドローイングすることで意思疎通を図ったりもしたという。半田はその心境や抱負を、以下のように語ってくれた。

「人間同士の機会の提供という、ひとつ踏み込んだこのプロジェクトは、関係性で作られている世界のごく一端に触れているにすぎませんが、その上にある知恵や素晴らしい人々と時間を過ごすことができることを、とてもうれしく思います。想像のできない時間は“展開”そのものなので、盲目的に、かつはっきりとやっていきたいと思っています」 ときにつかみどころのないようで、かと思えばシンプルに真理を突いてくるようなインスタレーションで知られる、この作家らしい回答と言えるだろうか。現在、彼はベルリンでレベッカとの交流を続けている。

世代や地域を超えた交流を

ここで参加アーティストの選出方法について触れておく。まず各メントーが、有識者からなる顧問委員会の推薦により迎えられる。プロトジェ候補は各界の専門家が匿名参加する選考委員会を経て選ばれ、最終的にメントーにより決定される。歴代参加者を見渡すと、地域や性別のバランスも考慮されているようだ。さらに、各回開始時の記者会見には全参加者に出席を呼びかけ、ジャンルを横断した才能の出会いの場をも提供する。

第4回では前述のホーンのほか、ネザーランド・ダンス・シアターの活動で名高いイリ・キリアン(舞踊)、アフリカ人初のノーベル文学賞受賞者であるウォーレ・ショインカ、米国演劇界で高い評価を受けるウースター・グループのケイト・ヴァルグが列席。全プロトジェも出席した。出席できなかったマーティン・スコセッシ(映画)、ユッスー・ンドゥール(音楽)を含め、今回もメントー陣は極めて豪華な顔ぶれだ。回を重ねるに連れ、過去の参加アーティストらとの交流も生まれているという。

RMP事務局長のレベッカ・アーヴィンは、同プログラムとロレックスの企業理念との関係をこう語る。

「創設時から、我が社は優れたもの、善きものを追求する人々を支援してきました。具体的には時計作りにおける最高のクラフトマンシップによってですが、この価値観はビジネスのみならず芸術やスポーツにも向けられています。ロレックスの企業活動とRMPとは、鏡のように互いを映し、拡張し合うものです。開始6年間で、40ヶ国、200人以上の方々が何らかの形で参加してくれました。世界のアーティストをつなぐ、驚くべきコミュニティが生まれたわけです」

「継承と革新」の理念

期間の終了後には、ジュネーブの本社に参加者を招いてこの1年について話し合う。さらに締めくくりとして、参加者を始め各界からのゲストが集うガラパーティが催されるのが通例だ(今回はロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで2009年12月に予定)。そこで何かを発表する義務はアーティストたちに課せられていないが、メントーとプロトジェが共作した作品集を配ったり、近隣で展覧会を催したりする試みが自発的に行われてもいる。

「我々は特定の成果をアーティストに要求しません。第2回に舞台芸術のメントーを務めたサー・ピーター・ホールの言葉が、その良さを最もよく表しているでしょう。すなわち“RMPは我々全員に格別の自由を与えてくれる。それは危険なことでもある。10年間で幾多の才能が輩出されるかもしれないし、皆無かもしれません。でもそれで構わない。芸術は、そして芸術家は計画的には生み出せないのだから。我々にできるのは、機会を与え、期待し、希望を託すことのみ。これがロレックスがしていることですよ”。リスクを指摘する声もあるかもしれませんが、我々はこれこそが若手アーティストにしてあげられる最善のことだと信じています」(前出、アーヴィン事務局長)

世代、地域、そして表現領域をも横断する交流という形で続く芸術貢献。それは、万人に共通し、かつ固有にも流れゆく「時」を扱う同社のモノ作りとも呼応するようで興味深い。継承・共有されていくものへの畏敬の念と、交配から誕生するものへの熱い期待は、たゆまなく刻み続けられる。

第4回 各分野のメントーおよびプロトジェ

ロレックス メントー&プロトジェ アートプログラム 
http://www.rolexmentorprotege.com

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