「ATAK018 Memories of Origin Hiroshi Sugimoto Concert Version」
5月12日夜7時。空の藍が漆黒の闇へと変わる頃、中庭に置かれたグランドピアノが鳴った。ふとコウモリが飛び、木々がざわめく。風に乗って届く電車の音、雑踏の気配。気温は13度。凍てつく空に、北極星が瞬きはじめた。
『杉本博司 ハダカから被服へ』展開催中の原美術館で行なわれたこのコンサートは、渋谷慶一郎の新譜「ATAK018 Soundtrack for Memories of Origin Hiroshi Sugimoto」を中心とした内容。このアルバムは、シアター・イメージフォーラムで公開中のドキュメンタリー映画『はじまりの記憶 杉本博司』のサウンドトラックとして、渋谷が作曲・演奏・レコーディングの全てを手がけ、ピアノの可能性を探求したものである。
「ATAK018」について、渋谷は次のように語る。
「杉本博司さんの作品でいちばん好きなのは『建築』シリーズです。写真って被写体がどれだけよく撮れてるかが勝負なのに、意図的にボカすことで、逆に本質をあぶり出すというコンセプトですよね。今回の話が来たとき、ピアノで同じことをやってみたいと思った」
「ピアノの鍵盤は押し続けると、どんな不協和音も、いずれ調和していくんです。そのモヤーッと調和したところをどんどんコンピューターに取り込んでいけば、ピアノの本質的な響きだけで作曲できる。みんながピアノだと思っている打鍵の部分はカットしてね」 [BRUTUS 728号(P.263)より抜粋・引用]
連なって聞える演奏も、実は一音ずつ異なる日時に弾いた音を編んだものだという。コンサートでは完全なピアノソロに加え、「ATAK018」のCDデータにリアルタイムでピアノ演奏を重ねる ― 音を耳で、MacBookに表示される音の波形を目で確認しながら、意図的に合わせたりずらしたりしながら弾く ― という方法がとられた。さらに、渋谷自身も予測不能な形でランダムに鳴るようプログラムされたノイズが、ピアノと同様に6つのスピーカーから聴衆を包み込んだ。これら全てが会場の環境音と混じり合い、一期一会の響きが生まれた。
「よく演奏における《間》とか《サイレンス》とかいうけど、ピアノをホールで弾くといくら間を意識して演奏しても、音が天井や壁から返ってくるのを聴いて弾いている。でも土曜日の原美術館では強い打鍵で弾いた高音が本当に空に吸い込まれて消えていくのを聴きながら弾いた。初めての経験でした。」
「あの空に抜けていくピアノの高音の感触は今後の大きなヒントになりました。」
と、この日39歳の誕生日を迎えた渋谷は語ってくれた。
プログラムは、『はじまりの記憶 杉本博司』から「Lightning Fields2 / W.H.F Talbot Appropriate Proportion Life」ほか、『セイジ 陸の魚』より「サクリファイス」、『SPEC』メインテーマ、『告白』よりバッハとヘンデルの「Largo」など、全曲最近手がけた映画のサウンドトラックから構成された。映像を思い起こさせるようなコンサート体験だった、という感想が聞えたのは、きっとそのためだろう。
最後に、このコンサートのきっかけを作ってくださった中村佑子氏(『はじまりの記憶 杉本博司』監督)、音響に多大なる助言を頂いたzAk氏にお礼を申し上げます。そして何よりも極寒の夜、ご一緒にこの場を体験してくださった大勢の皆さま、誠にありがとうございました。
撮影:鈴木心
渋谷慶一郎 ピアノ ソロ コンサート at 原美術館
「ATAK018 Memories of Origin Hiroshi Sugimoto Concert Version」
「ATAK018 Soundtrack for Memories of Origin Hiroshi Sugimoto」
ピアノ ソロから多重録音、残響のプロセッシングまでを縦横に行き来し、ピアノの可能性を探求したアルバム。映画『はじまりの記憶 杉本博司』サウンドトラック。ジャケットは杉本博司「建築」シリーズ、ル コルビュジエのサヴォア邸。2012年4月25日発売。現在、原美術館ザ・ミュージアムショップでもお取り扱い中(Tel 03-3445-2069)。http://atak.jp/data/atak018.txt
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原美術館
「杉本博司 ハダカから被服へ」
3月31日[土]―7月1日[日]
スペシャルパフォーマンス 『ベスティエール(Bestiaire)』
6月9日[土] 19:30開演
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