艾未未のことば22:埼玉大学での学生との対話

埼玉大学での学生との対話
責任編集・翻訳 / 牧陽一
2022年10月26日、世界文化賞授賞式のために来日した艾未未は、埼玉大学で学生との対話を行なった。
中国語通訳:西山尚志/英語通訳:加藤有希子

 


写真:新川貴詩

 

Q 後悔のない人生を送るにはどうしたらいいですか?

艾未未(以下、AWW) 先ずはここに来て、こうして皆さんにお会いできたのがとてもうれしい。後悔のない人生などはない。後悔しても仕方がない。人生の全ては偶然のものだから、一瞬一瞬を生き抜くしかない。後悔しても間に合わないものだ。

 

Q 芸術とは何なのでしょうか?

AWW 全ての人々が生きていく方法だろう。自分が何者であるかを発見すること。そして何かをすること、想像することだ。自分自身に大きな関心を持つことだろうね。簡単にいえば。

 

Q 日本の文化についてどう思いますか。

AWW 私の日本に対する見方はまだ浅い。日本に来たのもやっと5回目だ。建築に関連したトークや森美術館での展覧会、今回の授賞式など。日本は文化を保存することに長けている。自分の体験からしか話せないが、前の世代に対する尊敬の念があるのだと思う。今回、京都の東寺を訪れてそう感じた。400年近くも前の木造建築だ(※五重塔)。私はこれまで、中国で生まれて42年、それから欧米で20年余り暮らしてきたが、それらと比べても日本は独特だと思う。つまり、日本は欧米にも中国にも同化しようとしない。しかも、日本ではそれが政治的に強制されたものではなく、自然発生的に生まれたように見える。こうした社会性は驚くべきことだ。

 

Q これまでの人生で、自分の夢を叶えるために挫折を何度も経験していると思いますが、そうした挫折に直面したときには、どのようにすれば良いですか。

AWW 毎晩寝る前には疲れ果てて、諦めよう、やめてしまいたいと思うことがある。だが翌日、おっ、私は目覚めたぞ。まだ力もある。よし、もう一度始めようと思う。生きていくことは大変なことだ。人生はその繰り返しだ。自分にとって、また人間にとって、「覚悟する」ということが重要だ。自己の存在価値を認識するということだ。地球のこうした環境で、生きていること自体が奇跡であり、生まれて、大学を卒業して、仕事をして、結婚し、子供を産み、死んでいく。大事なのはそれをひとりひとりが覚悟して、生き続けることだ。ここにいること自体が奇跡のようなものだ。果てしない世界で、私たちの知っていることなどあまりにも小さい。生きていくことに新しいものを発見する可能性がある。

 


写真:新川貴詩

 

Q 中国で注目しているアーティストは誰ですか。

AWW この場で正直に言えば自分自身だ。

 

Q 美術を教育するために個性を伸ばすにはどうすれば良いですか。

AWW 芸術によって個性を伸ばすのではなく、芸術を通して個性が(自然に)育成されるのだと思う。もうひとつは、もともと個性がある人が芸術を実践していくという場合もある。自分は後者だと思う。私は最初、「正式」な芸術の勉強をしたために、きちんとした服を来ていたが、その後、そうしたやり方が自分には合わないと思って服を脱いだ。だから、あなたも家に帰って、服を脱いで、鏡で自分を見ると良い。それが自分自身だ。

 

Q 教育学部なので、自分が美術家になるのではなく、美術の先生になるための質問でした。

AWW ああ、そうか。美術の先生になりたいのだったら、服を脱ぐのは問題かもしれない。(会場笑い)私はベルリン芸術大学で3年ほど教えたことがあるが、授業で生徒に服を脱いでもらおうと思って、そのように言ったのだが、ほとんどの学生は服を脱がず、それで辞めることになった。(会場笑い)今日埼玉大学は寒いから服は脱がないが。暖房のエネルギーはロシアからなの?

牧陽一 わかりません。

AWW 牧は何も知らないな。

 

Q 授業で、艾さんの作品について学びました。立体作品を多くみたのですが、ほかにどのような作品を作っているのでしょうか。平面作品は作らないのですか?

AWW 美術館で見せているのは、私の作品のほんの一部だ。そのほかにも、ものを書いたり、このようにみなさんと交流したりすること、こうやって写真を撮るといったことも私にとって重要な作品だ。(艾はそういって自分の携帯で写真を撮る。)また、インタビューを受けることも作品だと考えていて、そういう観点からこれまでに1500本近いインタビューを受けてきた。私のドキュメンタリー映画にも記録されているが、自分には中国に2箇所のアトリエがあったが、中国のアトリエは中国政府によって壊されてしまった。(上海嘉定区馬陸工作室2011年1月、北京左右工作室2018年8月)現在はポルトガルにもアトリエを準備している。作品は作り終わって数年たって初めて自分の作品だという意識が芽生えるね。

 

Q LGBTQについての質問です。LGBTQの問題は、特にアメリカなどでコメントが多いですが、艾未未さんはどのように思いますか。

AWW Qは何?

Q クィアです。

AWW LGBTQは、主に政治的に使われている言葉だと思う。美術、音楽に従事している人にLGBTQの人が多いのは、彼、彼女らは人間を理解し認識する上で、性と社会の関係について敏感だからだと思う。この問題は人間の権利に関わるものだから、政治化されている。一方、芸術は本来「性」の特殊性にもよっているが、芸術は性別には関係なく、性別を超越して存在しているものだ。

 


写真:新川貴詩

 

Q 作品を制作するときにどうやってアイディアを出していますか。

AWW ほかの人の話はわからないので、私自身の話をしよう。私の場合、好奇心を持ち続けることが重要だ。時々、私は自分が芸術家であるということを忘れてしまうが、それでもやはり私は芸術家だ。自分が関心を持っていること、そして、それに参加することが第一だ。第二に自分のボキャブラリーを使うこと。それが自分自身のことばであることが重要だ。さらに、自分の情感、自分の情動的なものを見つけることが重要だ。複雑なのは、多くの人はアトリエに行って、筆を持って作るわけだが、私は違う。現在、北京とベルリンに大きなスタジオがあり、ポルトガルにも作っているところだが、アトリエに入るとすぐにそこから出ていきたくなる。制作している時ではなく、タクシーに乗っている時とか寝る直前とか目覚めた瞬間とかそういう時にアイディアが生まれる。

 

Q 政府などの大きな権力に立ち向かうことはリスクがあると思うのですが、そういう大きな権力に立ち向かうときに気をつけていることはありますか?

AWW ずいぶん遠慮深いな。現在、世界の人口約78億人の約6分の1にあたる14億人が中国人だ。中国がほかの国と大きく違うのは、中国には(権力者が)「ひとり」しかいないことだ。秦の時代から高度な専制体制を維持しているということ。現在に至るまで、このような体制を実現し続けていること自体が驚くべきことだ。このような専制的な国家を作り上げていることで、極度な競争力を掻き立てる構造になっており、それが中国を強大にした原因だと思う。中国は、いわば高速の輸送機で運ぶことができるが、逆に言えば非常に危険な国でもある。最終的には個人の問題だ。生きている上で一番重要なのは人間性の問題だと思う。

 

Q 中国は今後どのように変化していくと思いますか?

AWW 先日開催された全国人民代表大会を見る限りでは、彼(習近平)の専制体制は変わらないと思う。中国共産党は自分の力を世界に見せつけることを信念にしている。一方、権力のもとで私たちの生活や交流が今後どうなっていくのかは誰にもわからない。

 


写真:新川貴詩

 

Q 作品を作るときはどんな思いを込めていますか?

AWW 私の作品はバラエティに富んでいるので一概には言えないが、大きく言えば人間性(humanity)を常に考えている。この人間性というものは人権とか、表現の自由といったものに分かれるし、そこからさらに細分化されるものでもある。そうした複雑なものだ。そこに素材、美学があって、哲学や技術などに気を配りながら制作している。

 

Q エンジニア関係の仕事に就きたいのですが、どの国がいいですか?

AWW 世界で仕事をさがすというのは広すぎるし難しい。どの国の機械工学に発展性があり、どこでデザインすればいいかは、分業が進んでいる現在、一概には言えない。

 

Q 艾さんはかつて、大学教育について、アメリカは個人主義すぎて、中国は社会性や政治性を重視しすぎると、おっしゃっていますが、ヨーロッパは如何ですか?

AWW 埼玉大学の学生はとてもまじめだと聞いたが、ヨーロッパは違う。ドイツの学生はいろいろな知識を持ってはいるが、手を動かさない。情報が多い分その効果は表れていない。問題を処理する能力に欠けているのだ。私のところに来る実習生もいるが、ご飯つくれる?と訊いてもご飯もつくれない。食洗器があるから皿もまともに洗えない。これはよく見られる傾向だ。思考的に怠惰なのは、手を動かさないからだ。机が汚れていても、床が汚れていても手を動かさない。教育は5歳から25歳、20年も学んで結局は廃人を育成しているのだ。

 

Q 欧米の方が、技術が進んでいるのはなぜですか。

AWW それは簡単なことだ。欧米は個人の自由があり、社会も安定している。これまで欧米が支配層であり、産業革命や植民地時代を経ているからだ。その支配のもとで、有色人種の第一世代、第二世代は単純労働を強いられて来た。だからだ。

 


写真:新川貴詩

 

Q 芸術作品だけでなく、ブログやSNS、映像を使用していますが、どのように使いわけて問題提起をしていますか?

AWW それは牛が草を食べたら、どうやってミルクができるのかと聞かれているかのようなものだ。

 

Q 作品の評価の良し悪しについてどう思いますか?

AWW 良くないと言われれば、理解してないなと思うし、素晴らしいなんて言われれば、放屁、ふざけるなって思うよ。

 

Q 環境活動家が有名な絵画にペンキをかける事件が起きましたが、どうお考えですか?

AWW 破壊的な行為や人々が訴えたい問題はさまざまだと思う。要求それ自体は、自然なものであり、良いと思うが、重い問題もある。そうした破壊的な行動は倫理的に問題があり、非道徳的だ。こういう行動をとる者は、左派やリベラルの人に多いと思うが、それは自分で自分の首を締めることになるのではないか。自分たちが訴えたいことがあり、それを正義として個人の道徳を超えて行動に移してしまえば、それはナチスと一緒になってしまう。イデオロギー闘争の中で、その一部になってしまうことは危険だ。1930年代のドイツや、1960年代、現在の中国でも同じことが起こっている。

 


写真:新川貴詩

 

Q 1990年前後、埼玉大学には中国人留学生が多く、埼玉大学大学院修了後に東京藝術大学で博士学位を取得して中国に帰国し、先生になった人もたくさんいたと聞いています。おそらく艾さんより5歳ほど若い世代だと思いますが、その人たちについてどう思いますか。(中国美術学院教授:管懐賓、北京電影学院教授:劉旭光)

AWW 知らないので答えられない。

 

Q 1990年代、アパルトヘイトの問題では多くののアーティストが反対を訴えて、結果的にはアパルトヘイトがなくなりました。アーティストは社会の問題に対してどのような態度を示すべきでしょうか?

AWW 自分はアーティストで、中国に生まれた。父は詩人でパリに学んだ後に投獄された。文化大革命の時には、父と一緒に罰として下放を経験した。そうした自分の人生が自分の作品に反映されている。私はその後、資本主義社会であるニューヨークに12年間滞在し、現在はヨーロッパで暮らしている。私の時間は私自身の経験と関係している。そうやって作品を制作してきた。だから、自分についての作品を作ることが最良だと信じている。

 

Q アートには世界を変える力があると信じていますか?

AWW 中国では、身体の調子が悪いと薬を飲むが、身体には自然の治癒力があるはずだ。実際は薬を飲む時にはもう遅いのだ。芸術も薬と同じだ。しかし、社会に芸術に対する敬意がなければ、薬と同じく効果はない。身体の調子が良ければ、薬を飲む必要はない。同様に、世界はもともと美しく完璧なものだ。もしも世界が正常であれば、薬である芸術は必要がないのかもしれないと思っている。

 


写真:新川貴詩

 

 


『千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝』
艾未未著、佐々木紀子訳、KADOKAWA、2022年
https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000036/

自由とは何か、民主的な社会とはどういうものか。美術や建築から、ソーシャルメディアでの発信まで、幅広い表現で鋭い社会批判や哲学的な考察を展開する艾未未。

詩人の父、美術家の息子。運命に翻弄された父子を通して見る中国の百年。
父は詩人だった。中華人民共和国の設立に関わった芸術家だったが、私が十歳の時、文化大革命により父は追放された。家族は屈辱にまみれた極貧生活を余儀なくされた。父の名誉が回復されるには十二年の歳月が必要だった。砂漠地帯から戻り、北京電影学院の学生となった私は、当局との攻防に嫌気がさし、それまで国交を絶っていたアメリカに留学する千載一遇のチャンスを捉え、ニューヨークに移り住んだ。美大に通い自由を満喫した私だったが、北京に戻り活動を始めると、再び公安局員が訪れるようになった。スイスの建築家と北京五輪スタジアム「鳥の巣」を手掛け、ネットで積極的に発信するようになると、公権力の介入は激しくなり、ついに私は投獄されてしまう--。権力の弾圧を受ける詩人の父、美術家の息子。闘う二人の芸術家を通し、激変する中国の現代史を描いた、感動の自伝。

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