椹木野衣 美術と時評94:2020年回視 — 新型コロナをめぐる顔、手、息の変質

連載目次

 


ミケランジェロ・ブオナローティ「アダムの創造」(部分)1511年頃

 

新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大によって、私たちの生活のいったいなにが変わっただろうか。この新型ウイルスのあまりにも広範におよぶ迅速な伝播にもかかわらず、その不安や恐怖に、震災や原発事故のときのような切迫さはない。とはいえ、WHOによるパンデミック宣言がなされたのが今年の 3月11日(ダブル3・11?)のことだから、かれこれもう9か月以上にわたって、私たちは新型ウイルスの脅威にさらされ続けていることになる。いまこの原稿を書いている窓から外の景色を眺めても、空は青く晴れ渡り、太陽の光は燦々と射し、ものが壊れたり、火の手があがったり、人が逃げ惑っているわけではない。だが、他方で日々、全国の感染者は増え続け、病床は埋まり、医療体制は逼迫、あるいは崩壊の危機に瀕している。だからと言って、街がひっそりと静まり返っているわけではない。ほとんどすべての人がマスクをつけているというのは異様といえば異様だが、私が住む街でも人出は多く、活気もある(2020年12月 執筆時点)。ひとつには、若い人が重症化する確率が低いということもあるのだろう。仮に感染しても、せいぜいが軽症か無症状、つまり普通の風邪のようなものにすぎないのに、それだけで家に引きこもり、誰とも接触せずに過ごせと言われても、なかなか難しいのも事実だろう。店だって片端から潰れてしまう。それに、ただでさえ海外からの観光客は望めないのだ。

原発事故のときは逆だった。若い人の方が放射線感受性は高く、年齢を重ねるにつれ、その影響は緩やかなものになるとされた。あれからもうすぐ10年が経つ。果たして「ただちに影響はない」とされた放射能の影響は、私たちの周囲で、どれくらい出ているのだろうか。不測のガンで命を落とした者もいないわけではないはずだが、それが原発事故とじかに繋がっているのかどうかと言われれば、わからないというしかない。

放射能とウイルスとでは、目に見えない点で共通する性質がある。目に見えず、「ただちに影響がない」ものは、長期的にいってかなりの規模の被害が出たとしても、それを戦争や震災のようにひとつの場面に集約し、記憶の中で強く印象付けるのが難しい。ヒロシマ・ナガサキでも、巨大な爆発があり、凄惨な爆心地が存在したからこそ、長く人々の記憶に刻印されているのであり、被曝そのものはなかなか可視化されない。原爆で大火傷を負った犠牲者の姿は写真で残されても、それは被爆した姿ではあって被曝そのものではない。被曝は遺伝子の次元でも起こるから、私たちはそれを目の当たりにすることができない。ウイルスの身体への侵入も同様だろう。いくら図で解説されても、見えないものは見えない。頭では理解できても、場面のような意味では記憶に刻まれないのだ。

だから私は、新型コロナウイルス感染症が私たちにもたらした恐怖について、以下、できるだけ私たちの身体的な器官を通じて、すなわち目に見えるものを通じて、振り返っておきたい。

ひとつには、顔の位置付けが大きく変わった。こんなことを言うと、すぐにマスクのことが浮かぶだろう。誰もが仮面(マスク)をつけるようになったと言い換えてもいい。むろん、儀礼や祭礼で着用されるマスクとは見た目が違っていても、マスクとはもともと別の人格に扮するのに都合がよいからなされるのであって、その点では、マスクを着用した際の自我がしていない場合と比べ同じとは言えない。表情が隠されるという点では、相手がいまなにを考え、なにを感じているかが伝わらない。欧米の一部でマスクの着用への強い抵抗があるのは、そのためだろう。表情はコミュニケーションを円滑に進めるうえで欠かせない自己表現の一部であり、それが遮られれば、煎じ詰めれば相手が敵か味方かについての判断が難しくなる。

他方、新型コロナウイルス感染症の蔓延下で急速に普及した遠隔コミュニケーションのためのメディアに「Zoom」がある。私も当初は物珍しさに友人たちと遠隔の飲み会を開いたり、そうでなくても遠隔でインタビューを受けたり、会議や研究会に参加したり、授業を持ったり、シンポジウムに近いことを開くのは、すでにあたりまえのことになっている。しかしそれでも、このような状態のもとで感染リスクをなくすることに大きく寄与するのはわかっていても、Zoom越しにしか人と会えないことを、ひどく味気なく感じている。また、移動のために割く時間や労力がかからない一方で、Zoomでのやりとりが非常に疲れるのも確かなことのように思われる。それがなぜなのかについて考えたとき、最初に思い当たるのは、通信特有の不具合や齟齬が必ずと言っていいくらいつきまとうことだ。与えられた時間の何割かは、決まって音声が割れている、雑音が入る、反響する、こだまする、マイクを入れ忘れている、などへの調整に費やされる。

そしてそれらが順調だったとしても、自分の顔をえんえんと見続けながら話をするのは、ひどく不自然で終始気になる。実空間で集まるとき、自分の顔を見続けながら話すなどということは、ありえない。あるとしたら、自分の目の前に鏡を置いて話すようなことに近いのだと思う。そんな話し方を、誰もが一斉にしていることになるのだ。メカニズム上、自分がどのように映っているのかについてのモニターをしなければいけないのはわかるが、だからと言って、回数を重ねればそのことに慣れてしまうわけでもない。なにせ相手は自分なのだ。パンデミック化では、このように実空間で自分の顔が外に出されるのがマスクなどによって塞がれ、またそうして遮られることがよしとされる一方で、遠隔通信では、逆にその顔を晒し続け、自分でも終始見続けなければならない。そのようなことへの違和感による疲労が、これまでにない不慣れなかたちで大幅に生じていても、まったく不思議ではない。

だが、顔について言えば、別のこともある。よく覚えているのだが、今年の初夏にイタリアに次いでイギリスでも感染者が激増し、多くの死者が出始めたころ、テレビでBBCを見ていると、感染を防ぐため、自分の顔に手で触れないことがいかに重要なことであるかについて、長々と、しかもこと細かに伝えていた。ウイルスは手に付着し、その手で顔を触れば、顔は目や鼻、口など粘膜を備える穴が集中して開いているから、おのずとウイルスにとって格好の侵入経路となる。だから、顔には触れるな、というのは合理的な対策なのだ。だが、どういうわけか知らないけれども、その頃と比較して、顔を触るなという注意喚起は、当時のようには行われなくなった。顔を触れないというのが、当たり前のことになったのか、それは知らない。だが、他方で手洗いの奨励は依然として強調され続けているので、手をきれいに保つ限りにおいて、多少は顔に触れることがあっても、リスクはずっと低くなるということなのだろうか。

いずれにしても、顔に触れてはいけない、というかなり強めの注意喚起(それはほとんど命令であるように聞こえた)は、私にこれまでにない驚きをもたらした。というのも、顔に触れるのは人間の行為として、あたりまえな自己認識の一種のように感じていたからだ。幼児の指しゃぶりのようなことはなくなっても、人は絶えず顔に手で触れ続けている。自分で自分の顔を撫で、頬に手をつき、口をつまみ、軽く揉んだり、摩ったりを繰り返している。手癖ということもあるだろう。けれども思うに、きっと人は自分の顔を触らずにはいられないのだ。それは、いま自分がここにいる、ということの自己確認に近いのであって、やめろと言われれば当面はやめようと努力するかもしれないが、必ずやまもなく無意識のうちに顔に触れている自分に気がつくだろう。そして、そのことで感染してしまうかもしれない。場合によっては命を落としてしまう場合だってないとは言えない。ウイルスが顔から体内に侵入するというのは、理屈ではわかっていても、そのような自己認識を阻害し、自分の顔が粘膜で張り巡らされた穴だらけのことをあらためて気づかせ、時には顔そのものが恐怖の対象にさえなりうる。その意味でも、大きめのマスクを着用することは、感染防止のために呼気に含まれるかもしれないウイルスを遮断するだけでなく、自分の顔を手から守るという大きな働きもなすのだ(アベノマスクの不効用?)。しかしいま実際にこのように書いていて思うのは、自分の顔を手から守れというような異常に分裂した心理の強迫が、人の日常にどのような歪みをもたらすか、ということのほうだ。

 


高村光太郎「手」1918年頃 撮影:大谷一郎
東京国立近代美術館所蔵作品展「MOMATコレクション」に出展中
2020年11月3日-2021年2月23日(12月28日-1月1日は休館)

 

このことは当然、顔に次いで私たち人間の手についての認識を変えてしまう。顔を手で触るな、ということ以上に強く勧められたのが、言うまでもなく手洗いと手指の消毒である。手洗いについては、確かに私が小学生の頃から、つまりは1970年代の初めの時分、学校で強く奨励されていた。学校の水道にはもれなくネットに収められた石鹸が吊り下げられ、級友はみな体育のあとや給食の前には列をなして手を洗っていた。だが、今から考えれば、あれは清潔を保つためというより、感染症対策だったのではないか。そうなら、だから手洗いが感染症対策に有効であることは、戦後の日本ではその頃からすっかり慣例化されていたことになる。というよりも、予防接種の徹底により感染症の大規模な蔓延が見られなくなってからのほうが、手洗いの意味は薄れていったように感じられる。事実、80年代から90年代へ、昭和から平成に時が移ろうにつれ、手洗いの習慣は次第に薄れていった。他方では、手洗いが石鹸に集約されるものではなく、各種ハンドソープやそれに準ずる商品の多様化、おしぼりなどのサービスの発達、さまざまな抗菌グッズの開発やシャワートイレの普及、さらには「朝シャン」という流行語を生んだように、シャワーなどで全身を一日何度もの回数で洗うなど、手洗いをはるかに超えた規模で、個々の身体への洗浄習慣が異常なほど発達したことが挙げられる。言い換えれば、そのような全身ケアの習慣が広まれば広まるほど、ほとんど集団的潔癖症と呼んでも過言ではないほどの無菌空間への志向が生まれ、そのための商品も次々に売りに出され、そのことで、かつてのように徹底して手を洗わずとも、生活にそれほどの悪影響が出ないようになっていったことは十分に考えられる。だが、やはりことここに及んで、「石鹸で手を洗う」が、満を持して復活したのである。ここでそのかつての事例を示す資料を見ておこう。

 

 

たとえばこの画像によると、歌唱曲「手を洗おう ハイ! せっけん」(作詞=伊藤アキラ、作曲=服部克久、歌=天地総子)は、文部省・厚生省の後援下の「手洗い運動推進本部」により1972年に出されたもののようなので(その前のもっと古いバージョンもあるらしい)、私自身の小学生時代の記憶とも合致する。また画像によると「せっけんで手を洗おう」のキャンペーンは「ことしで7年目」とあるので、この手洗い運動が始まったのは、1966年のことになる。つまりこのキャンペーンは、1964年の東京オリンピック実現後も経済成長が続いていた日本で、いわば「新しい生活様式」のひとつとして手洗いが励行されたものだったと言えるかもしれない。もしそうなら、2度目の東京オリンピックが開催されるはずだった年に、私たちがふたたび「せっけんで手を洗う」の徹底を(以前よりもはるかに厳しい次元で)求められる時代が再来したことに、歴史の皮肉を感じずにはいられない。

手を洗うことについては、ほかにも「手指の消毒」とされていることに注意を向けたい。手だけではない。手指なのだ。より詳細に言えば、爪の周囲や手首までも含む広範囲が模範的な手洗いの対象として推奨されている。人間の手指というのは、ほかの器官と比べたとき、それほどまで細菌やウイルスによって汚染されやすいということなのだろう。理由として考えられるのは、内側へと窄まった掌の形状、指が複数隣接することで生まれる不均衡な隙間、指紋や手相による実際の表面積の大きさ、そしてなにより、さまざまなものに触れる機会が圧倒的に多いことが挙げられる。しかしそれにしても、手がこれほどまでに危険だということは、パンデミックによって自分の顔がウイルスの侵入経路になったのと同じか、場合によってはそれ以上に人にとって異常な心理を強いる事になる。というのも、手こそは、人間というよりも人類が、それまでのサルと違い二足歩行が可能となって、そのことで両手があき、大脳新皮質が発達して道具を駆使するようになり、これにともない思考・思索が極度に発達した生き物として、ほかでもない「ヒト」になったその原点でもあるはずだからだ。その手がいまや、ウイルスにとって、もっとも便利な乗り物になっているのである。つまり、人間にとって顔と手がいまや第一に避けられなければならない異物となっている。その象徴が握手という行為だ。マスク越しに顔も見せず表情の交換ができないことはかつて、相当に無礼な行為にあたっていたはずだ。それが今では、マスクをして顔を隠し、握手も積極的に避けることが、相手にとって最大の思いやりとなったのである。

最後に、今回のパンデミックがもたらした生体への感覚として、呼吸ということの意味を挙げておきたい。新型コロナウイルス感染症は当初、新型肺炎と呼ばれていた。この呼称が現在ではほとんど聞かれなくなったのは、この新型ウイルスによる症状が、たんに肺炎に留まるものでなく、味覚や嗅覚の喪失、指先などの皮膚炎、場合によっては髄膜や脊髄の病にまで及ぶと考えられるようになり、かなりの広範囲にわたることが判明するにつれ、単一の症状だけに名称を集約することができなくなったことにあると考えられる。だが、当初この感染症を新型肺炎と呼んだことの意味は、依然として大きい。とりわけ、重症化した際に人工呼吸器を装着し、さらに深刻な場合には体外に人工肺を装着するに及ぶ事例は、報道などで引き続き広く伝えられている。新型コロナウイルス感染症を象徴的に示すのは、依然として急速に重篤化する肺炎、というよりも肺臓の機能不全であることに違いはなく、それはとりも直さず呼吸の危機そのものに直結している。

人にとって、呼吸ができないほど恐ろしいことはない。それは過去の過酷な拷問の多くが呼吸を阻害する工夫によってなされたことを見ても歴然としている。人は食物を摂らなくても、あるいは水を飲まなくても、ある程度は生きることができる。だが、呼吸ができなくなってしまえば、あっというまにそれこそ「息絶え」る。呼吸とは、人間にとってそれほど原理的な生命の維持機能なのだ。水から出されてエラ呼吸ができなくなった魚がたちまち動きを止めてしまうように、空気との繋がりを断たれた人間も、まるで鎌で首を刈られるかのように命を落としてしまう。呼吸とはそれくらい、人が大気圏のなかで生きていることの証でもあり、つまりは人が地球の住民であることの、もっともわかりやすいつながりそのものなのだ。「新型肺炎」はそれを遮断する。人と地球とのつながりをまたたくまに絶ってしまうのだ。必ずしもそこまで重篤化しないとはいえ、これほど恐ろしいことがあるだろうか。

 


岡本太郎「呼ぶ—青い手—」「呼ぶ—赤い手—」いずれも1981年
所蔵・画像提供:岡本太郎記念館

 

新型コロナウイルス感染症は、このように、人間にとっての顔、手、息の意味を変えてしまった。これらの三つが、芸術にとって根幹となる働きをなすのは、言うまでもない。美術にとってはもちろん、音楽でも、演劇でも、文学でも、顔や手、息づかいは創作にとって多大な決定性を持つ。私たちは芸術を観念的、概念的な営みと勘違いしがちだが、それらはまず、そのこと以前に私たちの身体が地球に紐づけられた身体であって、顔の表情や手の運び、呼吸の仕方と切っても切れないのを忘れるわけにはいかない。新型コロナウイルス感染症は、そのことをほとんど根源的に、それこそ体の芯から思い起こさせ、そして揺るがしている。と同時に、それら根源的(ラディカル)な危機とも直面させる。そのことの意味は、急激に盛んとなった「遠隔通信」や「無観客配信」、総じていえば「オンライン化」のような応急処置で乗り越えられるものでは、到底ない。芸術にとってのその影響の過大さは、年を越しても事態がほとんど変わらないとわかれば、あるいはさらに過酷な事態がこの先へと続くことになれば、否応なしに避け難く、よりあからさまとされていくはずだ。

 


筆者近況:企画・監修を務める「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989–2019」展(京都市京セラ美術館 新館「東山キューブ」、2021年1月23日~4月11日)の準備が進行中。

 

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