
ウィーンに拠点を置くマリア・ラスニック財団は、世界有数の美術機関との提携の下、2017年より隔年で実施している中堅以上のキャリアのアーティストを対象としたマリア・ラスニック賞の受賞者に、ニューヨークを拠点に活動する日系アメリカ人アーティスト、キャリー・ヤマオカを選出した。ヤマオカには賞金5万ユーロ(約843万円)のほか、2026年中頃のハンブルク・クンストハレでの個展の機会が与えられる。
マリア・ラスニック賞は、60年以上にわたり身体および自己の表象を探究し、フェミニスト的視点を備えた前衛美術の先駆者としても知られたマリア・ラスニック(1919–2014)が、キャリアの晩年にようやく名声を得た経験を踏まえ、自身と同じようなキャリアを歩むアーティストを後押しするために生前から構想していた美術賞。ラスニックの死後、2017年にマリア・ラスニック財団はその精神を引き継いで同賞を設立した。
同賞5人目の受賞者に選ばれたキャリー・ヤマオカ(1957年ニューヨーク州グレンコーブ生まれ)は、絵画、ドローイング、写真、彫刻といった幅広い表現方法を用いて、表面のトポグラフィー、物質性とプロセス、かろうじて見えるものの触知性、最終的な物のあり様を決定する計画的な出来事と偶然の連鎖といったテーマに取り組んできた。その作品における科学作用や変容を続けるあり様は、ヤマオカが記録やドキュメンテーションの可能性を追求する上で重要な役割を果たしている。写真の捉らえる/捉えられない、描く/描けないといった能力に関心を持ち、また、時に5年、10年、25年という時間を経てから作品に手を加えるなど、芸術制作における慣習や価値基準を挑発するような作品も制作。その特徴のひとつに挙げられる表面の反射は、スタジオと展示空間、アーティストと鑑賞者、制作と完成の間にある境界線を曖昧にする効果をもたらしている。テキストをベースにした初期作品に施されたタイプライターの修正テープの使用には、「消去」の可視化に対する関心も見られる。


日系二世の父親と日米ダブルの母親の両親の下に生まれたヤマオカは、1970年から1975年までの5年間を日本で過ごした経験を持つ。その後、コネチカット州ミドルタウンのウェズリアン大学で美術を学び、1979年に卒業。エイズ禍の1991年には、LGBTQ+の権利のために活動するクィア・アート・コレクティブ「フィアース・プッシー(fierce pussy)」を、ナンシー・ブルックス(1962–2023)、ジョイ・エピサラ、ゾーイ・レオナルドらと立ち上げ、現在に至るまで中核メンバーとしてプロジェクトや展示を手掛けている。
近年の主な個展に「Seeing is forgetting and remembering and forgetting again」(ウェズリアン大学ジルカ・ギャラリー、コネチカット州ミドルタウン、2023)、「recto/verso」(ワシントン大学ヘンリー・アートギャラリー、シアトル、2019)、主なグループ展に「When You See Me」(ダラス美術館、テキサス州、2024)、「DUST: The Plates of the Present」(ポンピドゥーセンター、パリ、2020)、「Greater New York 2015」(MoMA PS1、ニューヨーク、2015)などがある。また、フィアース・プッシーを取り上げた展覧会には「arms ache avid aeon: Nancy Brooks Brody/Joy Episalla/Zoe Leonard/Carrie Yamaoka: fierce pussy amplified」(フィラデルフィア現代美術研究所、2019)がある。なお、2025年にはヤマオカの作品集『RE: Carrie Yamaoka』(Radius Books)が刊行予定。2025年12月には森美術館で開催される「六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」への出品も発表されている。
今回の審査は、マリア・ラスニック財団会長のペーター・パケシュをはじめ、ハンブルク・クンストハレ館長のアレクサンダー・クラー、サーペンタインギャラリー芸術監督のハンス・ウルリッヒ・オブリスト、レンバッハハウス美術館館長のマティアス・ミューリング、アーティストのローザ・バルバ、ハンブルク・クンストハレの現代美術部門のブリジット・ケルン、コリーヌ・ディゼレンスの7名が担当した。歴代受賞者には、キャシー・ウィルクス、シーラ・ゴウダ、アッタ・クワミ、ルベイナ・ヒミドがいる。
マリア・ラスニック財団:https://www.marialassnig.org/
歴代受賞者
2023|ルベイナ・ヒミド|Lubaina Himid(展示会場:ユーレンス現代芸術センター、北京)
2021|アッタ・クワミ|Atta Kwami(展示会場:サーペンタインギャラリー、ロンドン)
2019|シーラ・ゴウダ|Sheela Gowda(展示会場:レンバッハハウス美術館、ミュンヘン)
2017|キャシー・ウィルクス|Cathy Wilkes(展示会場:MoMA PS1、ニューヨーク)