
2025年5月1日、写真文化に貢献する継続的な活動により「写真の町」として知られる北海道上川郡東川町が、第41回写真の町東川賞の受賞者を発表した。本年度は、国内作家賞に今道子、新人作家賞に鈴木のぞみ、特別作家賞に守屋友樹、飛彈野数右衛門賞に阿波根昌鴻、海外作家賞にアルトゥーラス・ヴァリャウガがそれぞれ選出された。8月2日に受賞作家作品展を含む東川町国際写真フェスティバルが開幕。授賞式は同日に東川町農村環境改善センターで開催、翌8月3日には東川町文化ギャラリーで受賞作家フォーラムを開催する。
リトアニアを対象国とした本年度の海外作家賞は、1990年半ばから一貫して社会的アイデンティティと時間をテーマに作品を制作してきたアルトゥーラス・ヴァリャウガ(1967年リトアニア・ヴィリニュス生まれ)が、写真集『About the Land of Longing』(2013)など一連の作品により受賞。ヴァリャウガは、リトアニアの歴史とソビエト時代の経験を基点にすべてのシリーズやプロジェクトを展開し、移民、バルト海を渡り大学や仕事に行く人々、ドイツとソビエトに翻弄され続ける小さな町、原発のある村などを被写体に作品を発表。審査会では、過去への追慕や懐古主義に陥ることなく、今日、私たちを取り巻く環境を丁寧に観察し、何が残っていないのか、何が変わったのか、なぜ変わったのかを、写真を通して冷静に検証しようとする展開が高く評価された。ヴァリャウガは、リトアニア国立美術館(2006)や写真美術館(シャウレイ、2007)、ゲーテ・インスティトゥート(ロッテルダム、オランダ、2008)、現代美術センター(グダンスク、ポーランド、2008)などで個展を開催。近年は、特に現在のヨーロッパや世界の中におけるリトアニアのアイデンティティを問う作品を制作している。


国内作家賞は、今道子(1955年神奈川県生まれ)が、展覧会「今道子 2024 作品展」(PGI、東京、2024)など近年の活動により受賞。今は同展のほか、2021年から2022年にかけて神奈川県立近代美術館 鎌倉別館で開催された大規模な個展「フィリア―今 道子」でも注目を集めた。審査会では、モチーフとオブジェの幅を広げ、死生観をさらに掘り下げた新作が大きく評価された。今は創形美術学校版画科卒業後、東京写真専門学校にて写真を学び、85年の個展「静物」(新宿ニコンサロン)より本格的に作家活動を開始。野菜や魚などの食材や、花や昆虫を素材として特異なオブジェを制作し、それらを撮影したものをモノクロームの印画紙に焼き付け、虚と実が織りなす独特な世界観の作品を発表している。今は1987年の第3回東川賞新人作家賞を受賞しており、40年弱の年月を隔て、新たな展開で国内作家賞に輝いた。その他の主な受賞歴に、日本写真協会賞作家賞(2022)、第16回木村伊兵衛写真賞(1991)がある。
新人作家賞は、鈴木のぞみ(1983年埼玉県生まれ)が、展覧会「Words of Light」(第一生命ギャラリー、東京、2024)、「The Mirror, the Window, and the Telescope」(ポーラ美術館 アトリウム ギャラリー、神奈川、2024)など近年の活動により受賞。鈴木は、身近な日用品や古い家屋に潜む記憶や光の痕跡を可視化し、オブジェとイメージによるインスタレーションを発表。小穴投影現象や光による投影、光の透過や屈折、反射などの物理的現象により、事物に見出すことができる潜像を「事物の記憶」であると捉え、写真の原理を通した顕在化を試みてきた。審査会は鈴木のアプローチに対し、「歴史的・社会的出来事と個人的な記憶を繊細に織り成しつつ、大きな物語と小さな物語をダイナミックに交叉させていく近年の展開は、新人作家賞にふさわしいものだろう」と受賞理由に寄せた。近年の主なグループ展に、「無垢と経験の写真 日本の新進作家vol.14」(東京都写真美術館、2017)や「潜在景色」(アーツ前橋、2022-2023)などがある。


北海道在住または出身の作家、もしくは、北海道をテーマ・被写体とした作品を対象とする特別作家賞は、守屋友樹(1987年北海道生まれ)が、風景と敵に対する眼差しについて考察した〈潮騒の部屋〉(2024)により受賞。〈潮騒の部屋〉は、北海道東沿岸部に点在する太平洋戦争遺構のトーチカをピンホール・ルームにし、銃眼と呼ばれる敵を撃つために設けられた小さな窓から見える風景を像としてフィルムとノートに写したシリーズ。審査会は、同シリーズが受賞作家作品展で「どのような眼差しを浮かび上がらせるのか」にも期待が膨らむと評した。守屋は日本大学芸術学部写真学科卒業、京都造形芸術大学(現京都芸術大学)大学院修了。在学中に写真の古典技法や古写真に関する歴史を学び、かつてあった景色や物、出来事などを想起する手立てに関心を持ち、不在や喪失をテーマに制作を行なっている。2023年から2025年にわたり、oar pressウェブサイトにて記録と記憶をテーマに文章を連載。今夏に〈潮騒の部屋〉をまとめた作品集の出版と展覧会が控えている。
長年にわたり地域の人・自然・文化などを撮り続け、地域に対する貢献が認められる者を対象とする飛彈野数右衛門賞は、阿波根昌鴻(1901-2002/沖縄県上本部村(現本部町)生まれ)が、展覧会「阿波根昌鴻 写真と抵抗、そして島の人々」(原爆の図 丸木美術館、埼玉、2024)、「人間の住んでいる島」(東京工芸大学 写大ギャラリー、2024)などにより受賞。審査会は、遺されたネガ約3200枚をデジタル化した「阿波根昌鴻 写真と抵抗、そして島の人々」を「平和運動家としての阿波根氏の活動のアクチュアリティを現在へとつなげるものだった」と高く評価した。阿波根は、1955年に米軍によって行なわれた「銃剣とブルドーザー」と呼ばれる強制的な土地接収に際して農民たちと共に非暴力の土地闘争を展開。米軍の横暴、射爆演習場による島民たちの被害を記録すべくカメラを入手し、抵抗の手段とした。1982年に生前唯一の写真集となる『人間の住んでいる島』を出版。1984年には反戦平和資料館「ヌチドゥ宝の家」、福祉の拠点としての「やすらぎの家」を中心とする「わびあいの里」を設立し、反戦平和の活動に生涯をささげた。
本年度は国内作家賞39名、新人作家賞45名、特別作家賞20名、飛彈野数右衛門賞31名、海外作家賞15名の計140(延べ150)名がノミネート。安珠(写真家)、上野修(写真評論家)、神山亮子(学芸員、戦後日本美術史研究)、北野謙(写真家)、小原真史(キュレーター、東京工芸大学准教授)、柴崎友香(小説家)、丹羽晴美(学芸員、写真論)、原耕一(デザイナー)が審査委員を務めた。
第41回写真の町国際写真フェスティバル 受賞作家作品展
2025年8月2日(土)-9月1日(月)
http://photo-town.jp/
会場:東川町文化ギャラリー
開場時間:10:00-17:00 (8/2は15:00-21:00)
会期中無休
※感染症防止等のため、事業が変更・中止・延期となる可能性あり