第38回写真の町東川賞


ハ・ダオ「All Things Considered」シリーズより、2019年

 

2022年5月1日、35年以上にわたる写真文化に関する継続的な活動で「写真の町」として知られる北海道上川郡東川町が、第38回写真の町東川賞各賞の受賞者を発表した。本年度は、国内作家賞を鷹野隆大、新人作家賞を笹岡啓子、特別作家賞をエレナ・トゥタッチコワ、飛彈野数右衛門賞を宮崎学、海外作家賞をハ・ダオが受賞した。受賞作家作品展を含む東川町国際写真フェスティバルは7月30日に開幕。授賞式は同日に東川町農村環境改善センターで開催し、翌7月31日には受賞作家フォーラムも行なわれる。

ベトナムを対象地域とした本年度の海外作家賞は、ジェンダーやアイデンティティなど、自分自身を定義する概念や、ベトナム文化の変化について考察する写真作品を制作するハ・ダオ(1995年ハノイ生まれ)が、近年取り組んできた一連の作品や、キュレーターとしての意欲的な活動などに対する総合的な評価により受賞した。当時の恋人にカメラを向け、クィアの女性として、何を秘密にし、何を世に問うべきかを激しく議論したふたりの関係と、取るに足らない暮らしぶりの細部を記録した「The Mirror」(2016-2017)をはじめ、カンボジアのシェムリアップのサービスガールを取材した「Forget Me Not」(2017)、インド・コルカタで格闘技クシュティーのレスラーを取材した「Hardboiled」(2018)、ベトナムの少数民族を取材した「Red Dust」など、ハはポートレートを通じてジェンダーやセクシュアリティ、複雑な社会構造や民族、文化を考察するシリーズを手がけてきた。現代のベトナム社会で写真がどのように記憶や歴史を構築しているのかを探る制作中の最新作の「All Things Considered」(2019-)では、正当防衛で夫を殺害した女性の視点から殺人事件を再考し、法医学的な視点で写真を用い、私たちが見ることができた/できなかったイメージを視覚化するという、重層的で思索的な作品の制作を試みている。近年は『アジアの女性写真家のショーケース』(Objectifs Centre for Photography & Film、シンガポール、2017)、『セカンドオピニオン 〜ハノイの新しい写真』(マンジアートスペース、ハノイ、2018)、『洞察〜アジアの女性写真家展』(謝之龍博物館、長沙、2018)、『破壊の彼方へ』(VICASアートスタジオ・ベトナム国立文化芸術研究所、ハノイ、2019)などで作品を発表している。また、2017年より、ベトナムの現代写真の動向を伝える非営利のオンラインマガジン「Matca」の編集長も務め、写真に関する200本以上の記事を英語とベトナム語のバイリンガルで公開している。

ハは受賞に際し、川内倫子、志賀理江子、長島有里枝といった過去の東川賞受賞者の名前を挙げ、男性が有意な職業であるという固定概念がある中で、3者の作品のおかげで、女性が自分らしく生きた経験や優しさを享受することができ、また単に記録するだけではなく想像するためのカメラの力を理解することができたと、その影響を語った。また、正規の写真教育を受けなかった自分が成長し、制作を続ける環境を与えてくれたハノイのローカルアートコミュニティへの感謝を表した。なお、海外作家賞は、昨年の中国に続き、菅沼比呂志による入念な調査に基づいた説明を踏まえた上で、最終候補12名が審査対象となった。

 


ハ・ダオ「The Mirror」シリーズより、2016年


ハ・ダオ「All Things Considered」シリーズより、2019年

 

国内作家賞は、国立国際美術館で開かれた大規模な個展『毎日写真 1999-2021』(2021)、写文集『毎日写真』(ナナロク社、2019)における、制度化された眼差しへの問いかけ、写真という媒体をめぐるしなやかな思考が高く評価された鷹野隆大(1963年福井県生まれ)が受賞した。セクシュアリティをテーマに作家活動をはじめた鷹野は、女/男、同性愛/異性愛といった二項対立の狭間にある曖昧なものの可視化を試みた写真集『IN MY ROOM』(蒼穹舎、2005)により、2006年に木村伊兵衛写真賞を受賞。また、1998年より毎日欠かさず撮ることを自らに課したプロジェクト「毎日写真」は、その一部が2011年に写真集『カスババ』(大和プレス)、2019年には写真、性、文学など幅広い題材について写真作品とともに綴ったエッセイ集『毎日写真』(2019)として結実している。近年は、東日本大震災を機に、都市や空間、写真というメディア、人間の視覚について、あらためて問い直すことから、古典技法や動画などを使って、影をテーマとした作品制作に取り組んでいる。また、2010年には同世代の写真家鈴木理策、松江泰治、評論家の倉石信乃、清水穣に呼びかけ、「写真分離派」を立ち上げ、21世紀に入り大きく変化する写真のあり方を、対談や展覧会を通じて検討し、書籍『写真分離派宣言』にまとめるなど、さまざまな角度から視覚における価値のヒエラルキーや、写真という媒体の特性について日々考察を重ねている。

 


鷹野隆大《赤い革のコートを着ている》「IN MY ROOM」シリーズより、2002年
©︎Takano Ryudai, Courtesy of Yumiko Chiba Associates


鷹野隆大《2018.11.14.#05》「毎日写真」シリーズより、2018年 ©︎Takano Ryudai, Courtesy of Yumiko Chiba Associates

 

新人作家賞は、東日本大震災以降の福島を含む被災地域などの風景を収めた「Remembrance」や、2014年より三陸、福島の被災地域を中心に、日本各地の海岸線や海の記憶を持つさまざまな地域を交え、順次刊行している小冊子シリーズ「SHORELINE」における、まさに写真ならではの強度に満ちた作品の説得力により、笹岡啓子(1978年広島県生まれ)が受賞した。笹岡は、写真を撮ることで震災の復興へと向かう現在進行形の場所に向き合う一方、初期からのテーマである海岸線や火山など、地勢や地表が刻むその土地の過去や経過にも関心を寄せるなど、さまざまな試みを続けている。2001年から広島平和記念公園とその周辺を撮影し、写真集『PARK CITY』(インスクリプト、2009)で2010年度日本写真協会賞 新人賞を受賞。東日本大震災後、写真から見られる被害のあり方の違いや、それぞれの地域の地理的な差異と同時に、思い出し続けることが大事だという想いを示した「Difference 3.11」で、2012年にさがみはら写真新人奨励賞を受賞し、その後も不定期刊行の小冊子『Remembrance』(KULA、2012-2013、全41号)、『SHORELINE』(KULA、1~42号)を刊行し、展覧会とあわせて発表を続けている。また、2001年の設立当初より写真家たちによる自主運営ギャラリー「photographers’ gallery」に関わり、レクチャーの開催、機関紙や写真集の発行、エッセイ、批評などの発信など、多岐に渡る活動を行なう。機関紙『photographers’ gallery press』の編集にも携わり、第12号(2014)では 編集責任として広島の原爆写真を検証・考察する「爆心地の写真 1945-1952」を特集した。

 


笹岡啓子「Rememberance」シリーズより、2011年


笹岡啓子「SHORELINE」シリーズより、2019年

 

北海道在住または出身の作家、もしくは北海道をテーマ・被写体とした作品を撮った作家を対象とする特別作家賞は、ポーラ ミュージアム アネックスでの二人展『Land and Beyond|大地の声をたどる』(2021)を含む、知床に通い制作を続ける一連の作品により、エレナ・トゥタッチコワ(1984年モスクワ生まれ)が受賞した。トゥタッチコワは、2014年の東川町国際写真フェスティバル「赤レンガポートフォリオオーディション」でグランプリを受賞した後に知床を訪れ、以来、人間や動物が作り出すさまざまな道を知識や知恵の源泉と捉え、住民や旅行者とともに知床半島を歩く「シレトコ・ウォーキング・プロジェクト」を2017年に立ち上げ、知床の自然や歴史を体験し、歩くことによる思考を実践している。作品集には上述したオーディションでグランプリを受賞した『林檎が木から落ちるとき、音が生まれる』(torch press、2016年)があり、近年の主な個展に『DaysWiththeWind|風の日は島を歩く』(高松アーティスト・イン・レジデンス’20、女木島、高松市、2021)、『道は半島をゆく』(知床半島内複数会場、2018)、『On Teto’s Trail』(GalleryTrax、山梨、2017)、主なグループ展に『FACES』(SCAIPIRAMIDE、東京、2021)、茨城県北芸術祭(2016)などがある。

また、長年にわたり地域の人・自然・文化などを撮り続け、地域に対する貢献が認められる者を対象とした飛彈野数右衛門賞は、作家活動の軌跡と作品の社会性を示した東京都写真美術館での回顧展『イマドキの野生動物』(2021)が高い評価を受けた宮崎学(1949年長野県生まれ)が受賞。独学で写真を学んだ宮崎は、1972年に雑誌「アニマ」(平凡社)と専属契約を結び、日本に生息する鷲と鷹、全16種類を撮影することを目標に、北海道から沖縄までを旅し、 15年の歳月をかけ完遂した写真をまとめた写真集『鷲と鷹』(平凡社、1981)で、1982年に日本写真協会賞新人賞を受賞する。その後も赤外線センサー付のロボットカメラの独自開発から、仏教絵画「九相図」をモデルに野生動物の死を表現した写真集『死』(平凡社、1994)、野生動物たちからの視線で人間社会を逆照射しようと試みた『アニマル黙示録』(講談社、1995)など、自然豊かな環境を生かしながら、野生動物の撮影において独創的な写真表現を切り拓いてきた。

 


エレナ・トゥタッチコワ「ひつじの時刻、北風、晴れ」シリーズより、2018年


宮崎学《シカの死を確認するカケス》1992年「イマドキの野生動物」シリーズより

 

北海道・東川町は、1985年6月1日に「写真の町」を宣言し、毎夏開催の東川町国際写真フェスティバル(愛称:東川町フォトフェスタ)をはじめ、さまざまなプログラムを通じて、写真文化を発信し、体験する場を形成してきた。2014年には、写真文化への更なる貢献を決意し、「写真文化首都」を宣言している。なお、今年は国内作家賞62名、新人作家賞73名、特別作家賞25名、飛彈野数右衛門賞38名、海外作家賞12名の計169名がノミネートされ、安珠(写真家)、上野修(写真評論家)、神山亮子(学芸員、戦後日本美術史)、北野謙(写真家)、倉石信乃(詩人、写真批評)、柴崎友香(小説家)、丹羽晴美(学芸員、写真論)、原耕一(デザイナー)が審査委員を務めた。

 

第38回写真の町国際写真フェスティバル 受賞作家作品展
2022年7月30日(土)- 8月30日(火)
http://photo-town.jp/
会場:東川町文化ギャラリー
開場時間:10:00-17:00 (7/30:15:00-21:00)
会期中無休
※新型コロナウイルス感染症感染拡大防止のため、事業が変更・中止・延期となる可能性あり

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