
Photo by Stuart C. Wilson / Getty Images for Turner Contemporary
2019年12月3日、イギリス南東部のケント州マーゲイトのターナー・コンテンポラリーで、世界有数の現代美術賞として毎年国際的な注目を集めるターナー賞の授賞式が開催された。本年度は、最終候補となったローレンス・アブ・ハムダン、ヘレン・カモック、オスカー・ムリーロ、タイ・シャニの提案を審査員が受け入れ、最終候補4名がひとつのコレクティブとしてターナー賞2019を受賞することとなった。
本年度のプレゼンター、イギリス版ヴォーグの編集長エドワード・エニンフルは、受賞者の名前が書かれているはずの文書を開き、驚いたような表情を浮かべ、「イギリスが政治的分断に直面し、世界各地での衝突が絶えない中で、(最終候補の)アーティストたちはターナー賞をコミュニティと連帯に関する力強い声明を発信する機会にすべく、ひとつのコレクティブを形成した。審査員一同は、喫緊の社会的、政治的大義に対するこの共有された献身を広く認められるべきものと捉え、最終候補4名が形成したコレクティブにターナー賞2019を授賞する」と読み上げ、壇上に「コレクティブ」を招いた。アブ・ハムダン、カモック、ムリーロ、シャニが審査員に宛てた共同書簡では、上述したように、イギリスを含む世界各地で政治的危機が叫ばれ、既にたくさんの出来事が人々やコミュニティを分断、孤立化する時代に、ターナー賞を共有性、多様性、連帯の名において共同声明を発信する機会にするために、4人が形成したコレクティブにターナー賞を授賞してほしいとの提案が示されていた。また、また、前提として、最終候補に選ばれたアーティスト全員がそれぞれ重要かつ緊急だと信じる社会的、政治的問題や状況に制作活動を通じて取り組んでいること、それ故に、誰かひとりが受賞することが、ある問題がほかの問題よりもより重要で意義深く、あるいはより注目に値するという間違ったメッセージとなることを危惧しているという4人の共通理解が示されていた。(共同書簡全文はこちらに掲載)
審査員は「候補者全員による書簡を受け取り、その要望を満場一致で受け入れる判断をしました。分断の時代における連帯と協働を呼びかける勇気ある声明を支持できることを光栄に思います。この象徴的な行為には、審査員一同が賞賛し、評価する彼/女たちの実践の政治的、社会的詩学が反映されている」と言及し、審査委員長のアレックス・ファーカソンは「最終候補のアーティスト全員が一体となり、自分たちをひとつの集団として主張してきたことで、審査員は大いに考えさせられる結果となりました。しかし、これこそが従来の慣習に挑戦し、偏った世界観に抗い、他者の声を尊重してきた彼/女たちの実践の精神そのものであり、この「コレクティヴ」をターナー賞の価値ある受賞者にし得たのだと審査員全員が考えている」と語った。




30年以上の歴史を誇るターナー賞は、1984年、当時のテートギャラリーのディレクター、アラン・ボウネスの下、テートギャラリーのパトロン団体「新しい美術のパトロン」により、現代美術への幅広い関心を促し、テートが新作を購入するのを助けるべく創設された。創設以来、時代に応じて形を変えながら、現在は、イギリス生まれ、あるいはイギリスを拠点に活動するアーティストを対象に、生涯にわたる功績ではなく、前年の展覧会を含む活動実績を基に4名の候補者を選出し、候補者による展覧会を経て、受賞者を決定するという形式が採られている。スポンサー企業の倒産を受けてターナー賞史上唯一中止となった90年を挟み、翌91年以降は公共テレビ局チャンネル4とのタイアップを獲得し、授賞式をテレビ中継するなど、幅広い層の関心を集めるのに成功していると同時に、しばしば議論を巻き起こしている。女性議員数が大幅に増加した総選挙のあった97年には、ジリアン・ウェアリング、クリスティン・ボーランド、アンジェラ・ブロック、コーネリア・パーカーと候補者のすべてが女性となり、ミレニアム・プロジェクトの一環として国際的な近現代美術を扱うテート・モダンが開館した2000年には、ヴォルフガング・ティルマンス、マイケル・レデッカー、高橋知子といった非イギリス出身のアーティスト3名が候補者に選ばれる(もう1名はグレン・ブラウン)など、その選考においても、現代美術を考えることと、社会的、政治的なことを考えることとの繋がりが意識させられるものとなっている。2017年には、91年以降の選考条件のひとつであった「50歳未満」という条件が撤廃され、ルバイナ・ヒミッドとハーヴィン・アンダーソンのふたりが候補者となり、ヒミッドが62歳という同賞史上最高齢での受賞を果たした。なお、2011年以降、最終候補4組による展覧会と授賞式が、テート・ブリテンとロンドン以外の都市の美術機関との隔年開催になり、ゲーツヘッドのバルティック現代美術センター、デリー/ロンドンデリーのエブリントン、グラスゴーのトラムウェイ、キングス・アポン・ハルのフェレンス・アートギャラリーで開かれている(2007年にはテート・リバプールでの開催)。2020年は、テート・ブリテンでの開催を予定している。
ターナー賞:https://www.tate.org.uk/art/turner-prize
ターナー賞2019
2019年9月28日(土)-2020年1月12日(日)
ターナー・コンテンポラリー、マーゲイト
https://www.turnercontemporary.org/
歴代受賞者
2018|シャーロット・プロジャー、フォレンジック・アーキテクチャー、ナイーム・モハイエメン、ルーク・ウィリス・トンプソン
2017|ルバイナ・ヒミッド、ハーヴィン・アンダーソン、アンドレア・ビュットナー、ロザリンド・ナシャシャビ
2016|ヘレン・マーティン、マイケル・ディーン、アンテア・ハミルトン、ジョセフィン・プライド
2015|アッセンブル、ボニー・カンプリン、ジャニス・カーベル、ニコル・ヴァーマース
2014|ダンカン・キャンベル、シアラ・フィリップス、ジェームス・リチャーズ、トリス・ヴォナ=ミッシェル
2013|ロール・プルーヴォ、リネッテ・イアドム・ボアキエ、デヴィッド・シュリグリー、ティノ・セーガル
2012|エリザベス・プライス、スパルタカス・チェットウィン、ルーク・ファウラー、ポール・ノーブル
2011|マーティン・ボイス、カーラ・ブラック、ヒラリー・ロイド、ジョージ・ショウ
2010|スーザン・フィリップス、デクスター・ダルウッド、アンヘラ・デ・ラ・クルス、オトリス・グループ
2009|リチャード・ライト、エンリコ・デイヴィット、ロジャー・ヒオンズ、ルーシー・スケア
2008|マーク・レッキー、ルナ・イスラム、ゴシュカ・マキュガ、キャシー・ウィルクス
2007|マーク・ウォリンジャー、ザリーナ・ビムジ、ネイサン・コーリー、マイク・ネルソン
2006|トマ・アブツ、フィル・コリンズ、マーク・ティッチナー、レベッカ・ウォーレン
2005|サイモン・スターリング、ダレン・アーモンド、ジリアン・カーネギー、ジム・ランビー
2004|ジェレミー・デラー、クトゥルー・アタマン、ラングランズ&ベル、インカ・ショニバレ
2003|グレイソン・ペリー、ジェイク&ディノス・チャップマン、ウィリー・ドハティ、アーニャ・ガラッチオ
2002|キース・タイソン、フィオナ・バナー、リアム・ギリック、キャサリン・ヤス
2001|マーティン・クリード、リチャード・ビリンガム、アイザック・ジュリアン、マイク・ネルソン
2000|ヴォルフガング・ティルマンス、グレン・ブラウン、マイケル・レデッカー、高橋知子
1999|スティーヴ・マックイーン、トレイシー・エミン、スティーブン・ピピン、ジェーン&ルイーズ・ウィルソン
1998|クリス・オフィリ、タシタ・ディーン、キャシー・ド・モンショー、サム・テイラー=ウッド
1997|ジリアン・ウェアリング、クリスティン・ボーランド、アンジェラ・ブロック、コーネリア・パーカー
1996|ダグラス・ゴードン、クレイギー・ホースフィールド、ゲイリー・ヒューム、サイモン・パターソン
1995|デミアン・ハースト、モナ・ハトゥム、カラム・イネス、マーク・ウォリンジャー
1994|アントニー・ゴームリー、ウィリー・ドハティ、ピーター・ドイグ、シラゼー・ハウシャリー
1993|レイチェル・ホワイトリード、ハンナ・コリンズ、ヴォン・パオパニー、ショーン・スカリー
1992|グレンヴィル・デイヴィー、デミアン・ハースト、デイヴィッド・トレムレット、アリソン・ワイルディング
1991|アニッシュ・カプーア、イアン・ダヴェンポート、フィオナ・レイ、レイチェル・ホワイトリード
1990|中止
1989|リチャード・ロング、ジリアン・エアズ、ルシアン・フロイド、ジェゼッペ・ペノーネ、ポーラ・レゴ、ショーン・スカリー、リチャード・ウィルソン
1988|トニー・クラッグ、ルシアン・フロイド、リチャード・ハミルトン、デイヴィッド・マック、ボイド・ウェッブ、アリソン・ワイルディング、リチャード・ウィルソン
1987|リチャード・ディーコン、パトリック・コールフィールド、ヘレン・チャドウィック、リチャード・ロング、デクラン・マクゴナグル、テレーズ・オウルトン
1986|ギルバート&ジョージ、アート&ランゲージ(マイケル・ボールドウィン、メル・ラムズデン)、ヴィクター・バーギン、デレク・ジャーマン、スティーヴン・マッケンナ、ビル・ウッドロー
1985|ハワード・ホジキン、テリー・アトキンソン、トニー・クラッグ、イアン・ハミルトン・フィンレイ、ミレナ・カリノフスカ、ジョン・ウォーカー
1984|マルコム・モーリー、リチャード・ディーコン、ギルバート&ジョージ、ハワード・ホジキン、リチャード・ロング