荒木経惟
死を思うと生のことも思うようになる。「生欲」が湧き上がってくるね。

荒木経惟の個展『遺作 空2』のオープニングの会場は、タイトルに示されるように生前葬さながら、多くの人々でごった返した。会場を埋め尽くした150点にも及ぶ最新作と、同名の写真集には、死を予感した写真家の「遺言」としてどのようなメッセージが込められているのだろうか。
聞き手・文:北澤ひろみ

「遺作 空2」2009 年 B&W プリントにコラージュ、50.8 x 60 cm
『遺作 空2』とは、前立腺ガンを煩い2008年秋に手術を受け、死に直面するという経験を経た荒木が、2009年1月2日の書き初めに始まり、8月15日まで日記として制作した作品群を、200ページにおよぶB4版の大型本にまとめた写真集である。さらに本展のために制作を重ね、会場では今回の作品を映像化した「アラキネマ」も上映されている。
空を撮った写真に、日々の出来事がペインティングや書、コラージュなど様々な表現方法で記されているが、そのすべてに漂うのは「死」の予感である。
「死神が近寄って来たと思ってたんだけど、出来上がったものを見たら、たくさんの女、女神が写っていて死から守ってくれてるんだよね。でもその女神ってのはだいたい縛られてるんだけど」
父の死(1967年)、母の死(74年)、そして最愛の妻・陽子の死(90年)はそれぞれに、深い悲しみとともに写真家としての荒木に大きな影響をもたらしてきた。そして昨年、初めて自らに忍び寄ってきた死は、荒木を「遺作」の制作へと向かわせるほどの強い衝撃であったようだ。
空がフィルムになった
タイトルの中の「空2」(そらに)とは、写真が現実の模倣、贋作であって、創作ではない2番目のコトという意味であり、空に何かを描いて「もうひとつの私の空」を創るという気分を表している。
「妻、陽子が死んだ後、バルコニーから空ばかりを撮っていたんだけど、自宅のバルコニーからの空でなければ空じゃないんだよね。今回はすべてを空に綴るっていうか、空がフィルムになったって感じかな。そこに写し込んだり、文字を書いたりして、空というフィルムに刻み込んだ日記だね。これまでは、空は自分の心を映す鏡や窓だって言ってたんだけど、今回空をキャンバスにしてみて、空自体がフィルムになったんだってことがわかったね」

「遺作 空2」2009 年 左:B&W プリントにアクリル 右:B&W プリントにミクストメディア、各50.8 x 60 cm
それぞれ、1月27日(妻の命日)、7月7日(結婚記念日)に制作したもの
空のモノクロームの写真に、亡くなった人々の写真やポラロイド写真をコラージュしたり、死亡記事や時事ニュースや、妻の命日には陽子が死んだときの文章を書き写したりと、その日あった出来事がその時々の荒木の気分とともに刻み込まれている。
「スタジオとかではなく自宅でやっているから乾かすところがなくて、多い日でも8点ぐらいが限界かなぁ。場所があればもっとできるんだけどね。日によって波はあるけど、でもとにかく、調子がいい日も悪い日もやるってことが大切。調子がいい時だけとか、いいところだけ、きれいなものだけってやっててもだめなんだよね。いいものもだめなものも全部あるっていうのが大事なんだから」
記録し、表現することによって、死や生に対する観念はより鮮明になったようだ。
死から生へ
「モノクロームの空の写真にペインティングする。ロールシャッハみたいにぺたっとやって剥がすのも好きだし、白いリキテックスをパッと飛ばしたり。これはずっとそうなんだけど、アタシにとってモノクロームとは死で、そこに色を付けることは生を、命を吹き込むっていうような意味がある。だから写真は別の命を持つわけ」

「遺作 空2」2009 年 B&W プリントにアクリル、50.8 x 60 cm(左右いずれとも)
今回のペインティングされた作品の中で印象的であった 「赤」は、やや黒みがかって、血の色そのもののようでもあり、傷、痛み、不安、畏れなど、荒木の心象風景を象徴的に表しているようでもある。「アラキネマ」ではその色がより鮮明に映し出されている。
「なぜか偶然、アタシの子供の頃のヌードがどっかから出てきたんだよね。かわいいだろう、この頃から。これを写真集の最後にして、ここから生に向かうっていうか。死のことを思うと生のことも思うようになる。生欲が湧き上がってくるねー」
日記の中には「生への欲望パワーアップ」と題された、荒木についての新聞記事がコラージュされたものも見られる。その記事は次の言葉で締めくくられていた。
「もう、いつ死んでも大丈夫、準備万端! そーゆー思いって決して後ろ向きじゃない。新しい命をもらった感じなんだよ」
2010年のアラーキー
死の予感を濃厚に感じ、それに対する自分の思いを「遺作」として記し、表したことによって、荒木は既に生に向かって、進み始めているようである。

「遺作 空2」2009 年 B&W プリントにコラージュ、50.8 x 60 cm
「今はアクションペインティングしたものを背景に花を撮っている。来年は(編注:取材は2009年末)オーストリアでの大規模な個展や、メキシコでの出版も控えていて、5月には古希を迎える。写真の原点に返って、これが写真だっていうものをやりたいね」
荒木にとっての生前遺作展とは、別れというよりはむしろ復活祭のような意味合いを持つようであるが、そこに至るには、自らの死に直面し、それを直視し、すべてを写し出すという1年以上にもわたる道のりがあった。そのうえでこれから荒木がとらえていく「生」とは、死を強く意識することによって深みを増し、さらに激しいエネルギーを放つのではないだろうか。
自らにとっての生きることとは、すなわち撮り続けることであるということを確認した写真家、荒木経惟。「遺作 空2」からは、今後も撮り続けていくことへの決意が強く感じられた。
あらき・のぶよし
1940年、東京生まれ。私生活、日常に向けられた視線の中から、エロス(生、性)とタナトス(死)への想いが鮮烈に放たれる女性や花を題材にした作品、路地や街角にファインダーを向けた叙情溢れる作品、また日本全国でモデルを公募して撮影する『日本人ノ顔』プロジェクトなど、数々の写真表現に精力的に取り組む。発表された作品集はこれまでに400冊に上る。最新作品集『遺作 空2』(新潮社)に連動した同名個展は、1月9日までタカ・イシイギャラリーで開催されている。
さらに、『荒木経惟・舟越桂 至上ノ愛像』展(1月9日〜4月4日,高橋コレクション日比谷)、『荒木経惟:少女世界』展(1月12日〜30日,ギャラリー・ハシモト)が開催を控えている。
http://www.arakinobuyoshi.com/
掲載作品図版提供:新潮社、タカ・イシイギャラリー
ART iTおすすめ展覧会:荒木経惟:遺作 空2
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荒木経惟の個展『遺作 空2』のオープニングの会場は、タイトルに示されるように生前葬さながら、多くの人々でごった返した。会場を埋め尽くした150点にも及ぶ最新作と、同名の写真集には、死を予感した写真家の「遺言」としてどのようなメッセージが込められているのだろうか。
聞き手・文:北澤ひろみ

「遺作 空2」2009 年 B&W プリントにコラージュ、50.8 x 60 cm
『遺作 空2』とは、前立腺ガンを煩い2008年秋に手術を受け、死に直面するという経験を経た荒木が、2009年1月2日の書き初めに始まり、8月15日まで日記として制作した作品群を、200ページにおよぶB4版の大型本にまとめた写真集である。さらに本展のために制作を重ね、会場では今回の作品を映像化した「アラキネマ」も上映されている。
空を撮った写真に、日々の出来事がペインティングや書、コラージュなど様々な表現方法で記されているが、そのすべてに漂うのは「死」の予感である。
「死神が近寄って来たと思ってたんだけど、出来上がったものを見たら、たくさんの女、女神が写っていて死から守ってくれてるんだよね。でもその女神ってのはだいたい縛られてるんだけど」
父の死(1967年)、母の死(74年)、そして最愛の妻・陽子の死(90年)はそれぞれに、深い悲しみとともに写真家としての荒木に大きな影響をもたらしてきた。そして昨年、初めて自らに忍び寄ってきた死は、荒木を「遺作」の制作へと向かわせるほどの強い衝撃であったようだ。
空がフィルムになった
タイトルの中の「空2」(そらに)とは、写真が現実の模倣、贋作であって、創作ではない2番目のコトという意味であり、空に何かを描いて「もうひとつの私の空」を創るという気分を表している。
「妻、陽子が死んだ後、バルコニーから空ばかりを撮っていたんだけど、自宅のバルコニーからの空でなければ空じゃないんだよね。今回はすべてを空に綴るっていうか、空がフィルムになったって感じかな。そこに写し込んだり、文字を書いたりして、空というフィルムに刻み込んだ日記だね。これまでは、空は自分の心を映す鏡や窓だって言ってたんだけど、今回空をキャンバスにしてみて、空自体がフィルムになったんだってことがわかったね」

「遺作 空2」2009 年 左:B&W プリントにアクリル 右:B&W プリントにミクストメディア、各50.8 x 60 cm
それぞれ、1月27日(妻の命日)、7月7日(結婚記念日)に制作したもの
空のモノクロームの写真に、亡くなった人々の写真やポラロイド写真をコラージュしたり、死亡記事や時事ニュースや、妻の命日には陽子が死んだときの文章を書き写したりと、その日あった出来事がその時々の荒木の気分とともに刻み込まれている。
「スタジオとかではなく自宅でやっているから乾かすところがなくて、多い日でも8点ぐらいが限界かなぁ。場所があればもっとできるんだけどね。日によって波はあるけど、でもとにかく、調子がいい日も悪い日もやるってことが大切。調子がいい時だけとか、いいところだけ、きれいなものだけってやっててもだめなんだよね。いいものもだめなものも全部あるっていうのが大事なんだから」
記録し、表現することによって、死や生に対する観念はより鮮明になったようだ。
死から生へ
「モノクロームの空の写真にペインティングする。ロールシャッハみたいにぺたっとやって剥がすのも好きだし、白いリキテックスをパッと飛ばしたり。これはずっとそうなんだけど、アタシにとってモノクロームとは死で、そこに色を付けることは生を、命を吹き込むっていうような意味がある。だから写真は別の命を持つわけ」

「遺作 空2」2009 年 B&W プリントにアクリル、50.8 x 60 cm(左右いずれとも)
今回のペインティングされた作品の中で印象的であった 「赤」は、やや黒みがかって、血の色そのもののようでもあり、傷、痛み、不安、畏れなど、荒木の心象風景を象徴的に表しているようでもある。「アラキネマ」ではその色がより鮮明に映し出されている。
「なぜか偶然、アタシの子供の頃のヌードがどっかから出てきたんだよね。かわいいだろう、この頃から。これを写真集の最後にして、ここから生に向かうっていうか。死のことを思うと生のことも思うようになる。生欲が湧き上がってくるねー」
日記の中には「生への欲望パワーアップ」と題された、荒木についての新聞記事がコラージュされたものも見られる。その記事は次の言葉で締めくくられていた。
「もう、いつ死んでも大丈夫、準備万端! そーゆー思いって決して後ろ向きじゃない。新しい命をもらった感じなんだよ」
2010年のアラーキー
死の予感を濃厚に感じ、それに対する自分の思いを「遺作」として記し、表したことによって、荒木は既に生に向かって、進み始めているようである。

「遺作 空2」2009 年 B&W プリントにコラージュ、50.8 x 60 cm
「今はアクションペインティングしたものを背景に花を撮っている。来年は(編注:取材は2009年末)オーストリアでの大規模な個展や、メキシコでの出版も控えていて、5月には古希を迎える。写真の原点に返って、これが写真だっていうものをやりたいね」
荒木にとっての生前遺作展とは、別れというよりはむしろ復活祭のような意味合いを持つようであるが、そこに至るには、自らの死に直面し、それを直視し、すべてを写し出すという1年以上にもわたる道のりがあった。そのうえでこれから荒木がとらえていく「生」とは、死を強く意識することによって深みを増し、さらに激しいエネルギーを放つのではないだろうか。
自らにとっての生きることとは、すなわち撮り続けることであるということを確認した写真家、荒木経惟。「遺作 空2」からは、今後も撮り続けていくことへの決意が強く感じられた。
あらき・のぶよし
1940年、東京生まれ。私生活、日常に向けられた視線の中から、エロス(生、性)とタナトス(死)への想いが鮮烈に放たれる女性や花を題材にした作品、路地や街角にファインダーを向けた叙情溢れる作品、また日本全国でモデルを公募して撮影する『日本人ノ顔』プロジェクトなど、数々の写真表現に精力的に取り組む。発表された作品集はこれまでに400冊に上る。最新作品集『遺作 空2』(新潮社)に連動した同名個展は、1月9日までタカ・イシイギャラリーで開催されている。
さらに、『荒木経惟・舟越桂 至上ノ愛像』展(1月9日〜4月4日,高橋コレクション日比谷)、『荒木経惟:少女世界』展(1月12日〜30日,ギャラリー・ハシモト)が開催を控えている。
http://www.arakinobuyoshi.com/
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