難民の移動ルートを学びの場へ変容させる「道の演劇」

2017年3月16日
難民の移動ルートを学びの場へ変容させる「道の演劇」:
ヨーロピアン・シンクベルト / マクドナルド放送大学 レポート

文/ 相馬千秋




写真上: ムーザントゥルム劇場エントランス
写真下: 劇場内部のカフェ



ここはどこだろう?多くの人が、瞬間的にマクドナルドを想起するにちがいない。しかしよく見ると何かが違う。Mのアイコンが角ばっている。そして看板には、「McDonald’s Radio University」の文字。実はここは、ムーザントゥルム劇場のカフェである。ドイツ・フランクフルト市が出資し、欧州のフリーシーンを牽引する公共劇場の一つだ。周囲はフランクフルト市内でも有数の閑静な高級住宅街。創設から30年、地域の風景の一部となっていた劇場のカフェが、ある日突如マクドナルド店に変容したことに、観客も地域住民も困惑と好奇心の入り混じる感情で様子を窺っているという。

2017年3月2日、この擬似マクドナルド店はオープンした。『マクドナルド放送大学』と名付けられた一連の演劇プロジェクトのステーションとして、『マクドナルド放送大学』の全容を把握し、講義を擬似体験できる場として機能している。実際の講義は、フランクフルト市内に点在する7つのマクドナルドの実店舗がキャンパスとなる。2017年3月2日から26日までの3週間、7つのマクドナルド店のカウンターでハンバーガーやポテトと合わせて「レクチャー」を注文すれば、誰でも『マクドナルド放送大学』の講義を無料で聴講することができる。講義は1日2〜3コマずつ、英語かドイツ語で提供される。教授陣は15名。アフガニスタン、シリア、パキスタン、ガーナ、ブルキナファッソ、エリトリア、イランから、ここ数年の間にドイツにやってきた「難民」と呼ばれる人々である。音楽、哲学、建築、都市リサーチ、生物学、自然科学、文学、料理、国際関係、リスク管理、スポーツ科学、ジャーナリズム、メディアスタディー、会計学、英語の全15コースが用意されている。





町中に拡散する『マクドナルド放送大学』のロゴ、ポスター

  
『マクドナルド放送大学』と名指された一連のプロジェクトは、ムーザントゥルム劇場のアソシエイト・アーティストである高山明(PortB)が仕掛ける演劇プロジェクトである。劇場の広報物として制作されたポスターやパンフレット、ステッカーなどはすべて擬似マクドナルドのアイコンで統一され、町中に拡散されている。この偽物のMが、見慣れたムーザントゥルム劇場のロゴであり、その仕掛け人が連日フランクフルトのメディアを賑やかす日本人アーティストであることは、ある程度現地のカルチャーシーンを知る人にとっては周知の事実であろう。にも関わらず、公共空間に拡散される擬似マクドナルド・アイコンは、劇場や美術館の社会的価値を疑わない良識的なエリート層の神経を極端に逆なでしているという。彼らにとってマクドナルドは地域の固有性を破壊し労働力を搾取するグローバル資本主義の象徴でしかない。健康に害毒を与えるファーストフードの代表格であり、行き場のない貧困層や移民、若年層がたむろし犯罪が誘発される悪所である。そもそも小さい頃からマクドナルドを拒絶する価値観で育ったため店内に入ったことすらない、という人に何人も出くわす。

そのような場所にわざわざ劇場の観客を誘導する高山の意図は極めてクリアだ。高山はその理由を「ヨーロッパのレストランで、労働者・お客の両面にわたり、最も移民や難民を受け入れ、統合(Integration)の一つのモデルをつくっているのはマクドナルドだから」と明言する。文化的寛容さを謳う欧州の劇場や美術館は移民や難民の受け入れを声高に叫んでいるが、実際に公演や展覧会には白人のエリート層しかいない。それに対してマクドナルドは、具体的な形で、多文化・多人種の共存を実現している。しかも安価な食事を提供するレストランとしてだけでなく、社会の中に居場所のない人々にとってミーティングポイントや避難所として機能している。確かに、階級意識やコミュニティの分断があからさまに可視化される欧州において、労働者も客も含め、多様な人種、民族、宗教、年齢層の人々が共存する空間が他にあるだろうか。少なくとも多文化主義の理念を謳う劇場や美術館といった文化施設ではない。

マクドナルドの空間は、高山がここ10年来東京で行ってきたプロジェクトにおいても重要なモチーフとして扱われている。フェスティバル/トーキョーで発表された代表作『個室都市 東京』(2009)、『完全避難マニュアル東京版』(2010)では、都市における「避難者」のリアリティを観客に追体験させる場として、マクドナルドを模した演劇空間を出現させた。そこでは、ホームレスや難民を含め、普段出会うことのない他者との出会いや対話が仕掛けられていた。高山は一貫して、アートが社会問題を上から批判することの欺瞞を暴きながら、アートが現実世界から「学ぶ」ことを促す転換装置としての演劇プロジェクトを提案してきたと言っていい。そしてこの「学び」の構図の転換こそが、『マクドナルド放送大学』にも通底する基本コンセプトとなっている。「Go to McDonald’s Radio University! 今ならハンバーガーに加えて“授業”も提供されている。私たちはそこで、ヨーロッパからこぼれおちた智と、寛容な姿勢を学ぶことになるだろう。」




『マクドナルド放送大学』が展開されるフランクフルト市内7店舗のマップ


観客は、シラバスの講義スケジュールを確認し、フランクフルト市内の7つのマクドナルド店から講義が行われる1店舗におもむく。ポテトやハンバーガーをオーダーするカウンターで「レクチャーをひとつお願いします」と注文すれば、小型ラジオとイヤホンがトレイにのって提供される。88.6MHzの周波数に合わせると、「こちら、マクドナルド放送大学です。講義はまもなく始まります。チューナーを合わせてお待ちください」というアナウンスが聞こえてくる。自分と同様に小型ラジオをトレイに乗せてイヤホンをつけている客もちらほら見えるが、「生徒」同士が言葉を交わすことはない。
開始時間になるとまもなく、「教授」の声に切り変わる。「教授」はこのマクドナルドの空間のどこかからリアルタイムで講義を行ってるはずだが、店内の誰が「教授」かを特定することはできない。観客はラジオから聞こえてくる「教授」の声と講義内容からその姿を想像するだけだ。





『マクドナルド放送大学』講義中の店内


今回『マクドナルド放送大学』の教授を務める15名は、つい数年前まで、それぞれの国で普通の日常生活を送っていた人々である。中には官僚や大学教授、プロのスポーツ選手など社会的に高い地位にいたひとも含まれている。しかし彼らが様々な危険や戦禍から逃れ、小型ボートで地中海を渡り、徒歩でフランクフルトまで移動してきた難民たちであることは、その講義の語りから次第に明らかになってくる。

例えばアワルと名乗る教授の「都市リサーチ」講義では、ホームレス状態のまま都市でサバイバルをするための術が具体的に示される。マクドナルド、教会やモスク、バー、クラブなど、難民でも時間を潰せる場所の解説、慈善財団などを活用して仮眠を取るテクニック、警察やセキュリティとの対応法など。教授は15分ほどの講義を次のように締めくくる。「このように、シェルターがない場合でも生き延びる術はたくさんあります。しかし、あなたはどんな状況下、条件下にあっても、強い気持ちを持たねばなりません。もしこの状況があまりに辛くストレスフルと感じるならば、国に戻ったほうがいいのです。」
  
フセインと名乗る教授による「スポーツ科学」講義はこう始まる。「私の母はガーナ出身、父はニジェール出身です。父は私が7歳の時に亡くなり、私と兄弟はニジェールの叔父たちに引き取られ、別々の場所に住まわせました。」兄弟たちと引き離され労働を強制されたフセインは、それでも兄弟に会いにいくため、毎日往復4時間かけて走ったという。やがてガーナに戻った彼は、この経験によって鍛えた足の速さでスポーツ特待生となり、国際大会でも入賞するほどのアスリートとなった。彼は私たちに、早く走るためのコツを伝授する。「自分が走っているということを考えてはダメです。自分が成し遂げたいこと、自分が望むものを強くイメージすること。私はマラソンを走っているとき、父のこと、家族のことだけを考えていました。そして賞金を得られればヨーロッパに行けるかもしれない、ということだけを考えていたのです。」

これらのテキストは、高山と劇場スタッフが半年以上かけて難民たちと何度も面会し信頼関係を築いた上で、彼らの個人的経験や専門性を引き出すインタビューを経て、難民たち自身が執筆したものだという。その後、劇場のドラマトゥルクや林立騎も加わり、何度も彼らと書き直すプロセスを経て完成した。テキストは極めてシンプルな英語とドイツ語で、ゆっくりと読まれる。彼らがなぜ難民化したのか、具体的な経緯が説明されることはない。ましてや、悲劇的なエピソードが強調されることもない。「教授」が淡々と自分の技能や専門性を具体的に説明する過程で、それぞれの人生や過去が照らし出されるだけだ。そして、その語りに耳を傾ける「生徒」たちもまた、誰と言葉を交わすこともない孤独な「学び」の時間を経験する。講義が終わった後も、マクドナルドの店内には同様にイヤホンをした数名の「生徒」たちが、沈黙のまま佇んでいた。それは戯曲の上演の後、誰とも言葉を交わさずに、ただ劇場空間に身を置き続けたい感覚ともどこか似ている。

さて、ここまでレポートしてきたフランクフルトでの『マクドナルド放送大学』は、実は高山が構想する全プランのごく一部、最初の一歩にすぎない。このフランクフルトを始点に、難民が実際に辿ってきたバルカン・ルートをアテネまで繋ぎ、欧州を『マクドナルド放送大学』で縦断的に繋ぐことが計画されている。それは、『マクドナルド放送大学』とパラレルに存在するもう一つのタイトル、『ヨーロピアン・シンクベルト』と名付けられたヨーロッパ縦断プロジェクトであり、イギリスの建築家セドリック・プライス(1934-2003)によって1966年に考案され、実現されずに終わった『ポタリーズ・シンクベルト』へのオマージュでもある。*1ムーザントゥルム劇場のホワイエ部分には、今回のプロジェクトから高山とのコラボレーションを本格的に開始した建築家、小林恵吾がディレクションする展示がこの巨大なプロジェクトの全容を予告している。





写真上:『ヨーロピアン・シンクベルト』展示(小林恵吾が設計・ディレクション)
撮影 Jörg Baumann 
写真下:『ヨーロピアン・シンクベルト』がたどるバルカン・ルートの展示



高山は、セドリック・プライスについて磯崎新の論文を通じて知り、マイナスの価値を建築的な介入によってプラスへと転換する発想に大きな刺激を受けたという。それは単に建物を作るという行為ではなく、ある現実の問題に対して全く別の発想で建築的な解を提示することであり、現実社会そのものを変容させる社会実験である。さらにそれは実験の域を超えて、実際的な効果をもたらす社会事業ともなり得る。

高山は『ヨーロピアン・シンクベルト』を自身の発案する演劇プロジェクトとしてだけではなく、ヨーロッパを横断する社会実験として、また実際にそこを移動する難民たちにとって役に立つ社会事業として展開させることを目指している。プランでは、具体的に5つの都市の名前が挙がっている。フランクフルト(ドイツ)、ウィーン(オーストリア)、ブダペスト(ハンガリー)、ベオグラード(セルビア)、アテネ(ギリシャ)。これらの都市を繋ぐと、多くの難民が移動してきたバルカン・ルートが浮かび上がる。少なくともこの5都市のマクドナルド店を『マクドナルド放送大学』に変容させ、そこを通ってきたであろう難民たちを教授として迎え入れ、マクドナルドを学びの場へと転換させる。既存のマクドナルドが2店舗しかないアテネでは、エーゲ海上に浮かぶ船をマクドナルド3号店としてオープンさせる。そのままマック船では、ドナウ川を遡ってベオグラード、ブダペスト、ウィーンを再訪、さらに運河でマイン川へ出てフランクフルトに帰還し、ヨーロッパ中央銀行本社ビル前の港に停泊する。そのすぐ側にはムーザントゥルム劇場がある。こうしてフランクフルトからアテネまでを『マクドナルド放送大学』で繋ぐことで出現する「シンクベルト(思考帯)」は、ヨーロッパを裏側から浮かび上がらせる、文字通りの「思考」の「帯」となる。

 この壮大なプロジェクトは、今後3年かけて各都市のパートナーとなる劇場やイニシアティブとの連携のもと実現されていうことになるという。難民問題が地球規模で深刻化し続ける今日、アートの世界でも問題に応答することが当然とされる欧州のアート界で、その悲惨な物語を戯曲化して再現したり、圧倒的な当事者としての難民を舞台に上げたりすることだけが演劇の応答だけではない。難民がたどってきた長い道を、もう一度身体的に辿り直し、そこを学びの場/思考の場に変容させること。高山が指し示す演劇は今、ヨーロッパを難民が歩いてきたルートを逆走しながら、教える側と学ぶ側、与える側と守られる側の関係を反転させる、来たるべき「道の演劇」へと姿を変えて進化し続けているのだ。

写真:蓮沼昌宏(『ヨーロピアン・シンクベルト』展示写真を除くすべて)


*1 "Potteries Thinkbelt” について
『ポタリーズ・シンクベルト』はイギリスの建築家セドリック・プライス(1934 -2003)によって1966年に考案され、実現されずに終わった建築プランである。「ポタリーズ」とはイギリスの陶磁器産業の主要地であるノーサン・スタフォードシャーに付けられた名前で、この地域は産業として停滞しはじめており、プライスはそれを再生させるため、ここに大学研究施設と住居区をつくる提案をした。通常の大学のキャンパス構成とは無縁で、慎重に選択された場所に、二万人の学生をもつ大学の施設をベルト状に配するものである。この地域には、すでに鉄道と高速自動車道路がつくられ、ネットワークをなしていたのだが、衰退をはじめた陶器(ポタリーズ)産業にとっては、無用のものとなる可能性があった。そこで、これらの既存の鉄道を活用させながら再プランニングをおこない、まったく新しい交換の形式をもつ大学施設をここにあてはめようとした。かつての駅のヤードが、ここではすなわち、教科の行われる場所となる。それゆえ、鉄道で輸送し、組み立てることができる教育施設のユニットが設計された。ひとつの大学がコミュニティとして成立することが不可能になった時代に、『ポタリーズ・シンクベルト』は、大学の拡散化を逆手にとって、それを稼働化し、しかも衰退しはじめた旧産業地帯の施設を逆用して、新たな地域開発の媒体をつくりだし、同時に、大学の存在形式を決定的に変化させようした提案なのである。既存の交通施設を大学につくりかえ、都市を学習の場に変えるプロジェクトであった。

* 磯崎新『建築の解体』1997年、鹿島出版会 所収「セドリック・プライス―システムのなかに建築を消去する」を参照




高山明│Akira Takayama
1969年生まれ。2002年、PortB(ポルト・ビー)を結成。既存の演劇の枠組を超えた作品群を発表。観客論を軸に据え、現実の都市や社会に「演劇=客席」を拡張していく手法により、演劇のアーキテクチャを更新し、社会のなかに新たなプラットフォーム=劇場2.0を作ることを試みている。2013年にはシンクタンクPort観光リサーチセンターを設立。観光、建築といった異分野や様々なメディアとのコラボレーションに活動の領域を拡げ、演劇的発想・思考による可能性の開拓に取り組んでいる。

McDonald’s Radio University
2017年3月2日(木)-3月26日(日)
Künstlerhaus Mousonturm Frankfurt a.M
http://www.mousonturm.de/web/en/projekte/mcdonalds-radio-university

『東京ヘテロトピア』に次ぐ東京の中のアジアを旅するプロジェクト第一弾開催
高山明 / Port B『東京修学旅行プロジェクト:台湾編』
旅行期間:2017年3月23日(木)-3月25日(土)
訪問地:東京23区内数カ所(後楽園、築地、新橋、渋谷など)
https://www.facebook.com/events/1924759931139559/



相馬千秋|Chiaki Soma
1975年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、フランス・リヨン大学院で文化政策およびアーツマネジメントを専攻。国際舞台芸術祭「フェスティバル/トーキョー」初代プログラム・ディレクター (F/T09春〜F/T13)、横浜の舞台芸術創造拠点「急な坂スタジオ」初代ディレクター(2006-10年)、文化庁文化審議会文化政策部会委員(2012-15年)などを歴任。2012年よりr:ead(レジデンス・東アジア・ダイアローグ)を創設、アジアにおけるコミュニケーション・プラットフォーム作りに着手。2014年にNPO法人芸術公社を設立、代表理事に就任。また国内外で多数のプロジェクトのプロデュースやキュレーションを行なうほか、アジア各地で審査員、理事、講師等を多数務める。

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