40:デモの皮を被った愛の行進 — エリイ(Chim↑Pom)の「LOVE IS OVER」

2014年3月14日
※本連載での進行中シリーズ〈再説・「爆心地」の芸術〉は今回お休みとなります。

連載目次


『LOVE IS OVER案内状』2014年 ハガキ、切手、馬の血液、捺印
デザイン:吉岡秀典 撮影:森田兼次


チンポムの紅一点エリイが結婚披露宴を催すという知らせが年賀状で届き、新春の余韻さめやらぬ去る2014年1月吉日、深夜の丑三つ時に新宿、歌舞伎町の風林会館を訪ねた。この年賀状というのがふるっていて、婚約指輪をはめたまま根本から切断された薬指が写り、馬から採られた血液で切手を貼られた一種のメールアートになっている。正月早々、愛する男女の門出には最もふさわしからぬ縁起でもない告知の一撃が、いかにもチンポムらしい。裏面にはあらかじめ警視庁に届け出たデモ申請の文言が印刷され、一角にはメンバーによる朱色の連判が寄せられている。なにかが起きる予感がした。

「LOVE IS OVER」を主題とする結婚パーティは、新宿歌舞伎町の風林会館、元キャバレー跡地のワンフロアを貸し切りに夜通しの大騒ぎとなった。会場には随所にチンポムの作品があしらわれ、ゴージャスなシャンパン・タワーあり得体の知れぬ余興あり、アート界からは師匠筋に当たる会田誠による中島みゆきの半裸女装による熱唱が華を添える。そうして宇川直宏による「結婚とはなにか」をめぐるレクチャーが終わるころには、気がつけば外はもうすっかり明るくなっていた。


撮影:森田兼次


撮影:Andrey Bold

が、本当のパーティが始まったのはそれからだった。白く半透明のゴミ袋で作った「華麗」なウェディング・ドレスに身を包んだエリイが壇上に上がり檄を飛ばすと、これから始まる「本編」への幕が切って落とされた。年賀状に記されていた通り、集合場所として警視庁に申請したパーティ会場近くの大久保公園から、解散地近くにある西新宿の新宿アイランドタワー前に設置されたパブリック・アート、ロバート・インディアナの『LOVE』までの道筋を、結婚の祝福に集まった大勢の客人と一緒に練り歩こうというのだ。


撮影:篠山紀信

警察は当然、なんらかの政治的な団体行動を想定していただろう。賑わう新宿を交通整理するため人員も確保しなければならない。暴れる者がいたら逮捕の場面もあるかもしれない。が、ここには何ひとつ政治的なメッセージはない。あるのは「おめでとう」「LOVE!」という(メッセージ以前の)お祝いでしかない。にもかかわらず、申請上の形式としてはあくまでデモなので、参加者はみな思い思いの横断幕やプラカードを手に声を上げ、警察に監視されるなか道路を行進することになる。そう、これは政治的な意見表明のためのデモのかたちを借りた、街頭での結婚祝賀パレードなのである。


撮影:Leslie Kee

それはそうと、直前のレクチャーで宇川が指摘したとおり、数ある結婚披露宴のなかでも、もっとも上位に位置づけられるのが皇室や王族のそれである。かれらの式典は身内だけのものでなく公的な意義を持つから、そのお披露目は密室だけでは済まされず、最終的には市民/国民への周知のため街頭を練り歩くしかない。が、それは要人ゆえ一定の危険を伴うことでもある。ゆえに日本の皇室にせよ英国の王室にせよ、街頭での結婚パレードには細心の注意が払われ、警察が周囲を厳重にガードせざるをえない。公道を使い警察を動員しマスコミが報道する結婚パーティは、世界でもっとも値の張る、庶民にとって手も届かぬ高嶺の花なのである。

チンポムは、この高級式典を万人に開かれた路上活用の機会であるデモ申請の手続きを踏み、一銭も費やすことなく敢行することに成功したのだ。しかも、警護の警官たちが待つ集合地点の大久保公園には、新郎新婦とその一部始終を逐一撮影する写真家、篠山紀信だけを向かわせ、ほかの参加者は道中で次第に仲間入りしていく演出をとったのである。

その結果、新大久保から歌舞伎町を抜け山手線高架下周辺の大交差点に至るまで、警備に当たる大勢の警官たちの陣容とは全く不釣り合いな三人——ウェディング・ドレスに身を包んだエリイと真っ白なモーニング姿の新郎、そしてそれを「激写」する篠山紀信だけが、周囲を厳重に警備されながら、新宿の大ガード下前に悠々と姿を現したのである。交差点は信号にかかわらず警官が車を静止し道を開ける。一斉に止められた車の群れを前に、真昼では絶対にお目にかかれないほど広く開けられた交差点のど真ん中で、なんの政治的メッセージも持たない新郎新婦が抱き合いキスを交わすのを、警官たちはいったい何事かと思っただろう。


撮影:篠山紀信

まもなく、熱い愛の誓いを目印に、歩道で待機していた祝福の客人たちが次々に行進に加わって行く。やがて人の列はよく見るデモの風景と化した。が、シュプレヒコールは「LOVE」であり「おめでとう」でしかない。街行く人たちもその異様さに目を留め立ち止まり、次々にこちらへとスマートフォンを向けている。つまり「LOVE」の風景は、公衆通信で広く不特定多数にも配信されることになるわけだ。そしてこの愛を謡う一群が目指す最終的な目的地もまた『LOVE』という彫刻作品なのである。

ここには、チンポムならではの公共空間の読み替えと、先行する美術史へのオマージュが効いている。インディアナの『LOVE』は、警察との駆け引きのなか、何事もなく辿り着くこと自体がひとつのトライアルとなる困難な目標となる。ふだん街の一風景として振り向きもされない公共彫刻が、参加者の各人があらためて「LOVE」について思いを巡らせながら到達するための媒介物となるのだ。もしも不測の逮捕者など出してしまえばば、この「LOVE」は中断されてしまうだろう。インディアナの『LOVE』は、あらかじめ公共の場所に立つ風景としての彫刻ではなく、皆で力を合わせなんとかして達成しなければならないプロセスそのものへと化すのである。

このように、ふだんは意識さえしない公共空間や公共彫刻が潜在的に孕むポテンシャルを、身を張って直接働きかけ、引きずり出すやり方は、広島の原爆ドームの上空にセスナを使い「ピカッ」と文字を描き物議を醸した『ヒロシマの空をピカッとさせる』(2008年)や、渋谷駅に設置された岡本太郎の壁画『明日の神話』に福島原発事故を示唆するパネルを立てかけた『Level 7 feat. 明日の神話』(2011年)にも通じるチンポムならではの方法によるものと言えるだろう。


撮影:篠山紀信

もうひとつ忘れてならないのは、この『LOVE IS OVER』のフレーズが、かつてジョン・レノンとオノ・ヨーコが連名で行った拡張的パブリック・アートの試み『WAR IS OVER』を踏襲していることだ。しかも、ジョンとヨーコはこれに先立ち、オランダとカナダのホテルに新婚旅行を兼ねて部屋を取り、二人とも白い寝間着に身を包んだままマスコミに部屋を開放し、そこから彼らを通じて平和のメッセージを世界に送るという、結婚そのものをモチーフにした「政治=愛」のパフォーマンスを敢行している。この意味でチンポムの『LOVE IS OVER』は、ジョンとヨーコのパブリック・アートの文脈を、さらに発展させ21世紀まで引き延ばす意味を持つ。新郎新婦が全身を白装束に包んだ様も、そう思えばジョンとヨーコを彷彿させるではないか。しかも、二人の愛の行進をカメラで記録するのは、ジョンとヨーコの代表作『ダブル・ファンタジー』に使われたジャケット写真を撮影した篠山紀信そのひとにほかならない。あの新宿大ガード前の交差点を警察の力で無償の結婚披露宴会場に変え、その中心でキスを交わす様子をカメラで押さえた篠山の写真は、「ダブル・ファンタジー」のアプロプリエーションとしての「トリプル・ファンタジー」だと考えられる。それからまもなく、インディアナの『LOVE』が愛の行進を達成したかれらによって全面的に「占拠」されたのは、言うまでもないだろう。


撮影:篠山紀信

それにしてもなぜ、「愛は終わり(LOVE IS OVER)」なのか。いや、それも読み方次第だ。チンポムにとって「LOVE IS OVER」は、けっして「何か」の終わりではない。それどころか、「愛は乗り越える(=オーバー)」「愛はいけてる(=オーバー)」、もっといえば「愛は終わらない」なのである。手前勝手な解釈と言えばそれまでだが、そもそも愛とは無茶なものではなかったか。公道で警察に警護されつつ無料で結婚パレードを行うという無理を現実にしたチンポムの原動力は、まさしく「無茶な愛(LOVE IS OVER)」をおいてほかにないと言えるだろう。



※全写真提供:無人島プロダクション + Chim↑Pom
※この日の様子を含めたChim↑Pom監修のエリイ初写真集「エリイはいつも気持ち悪い」(朝日出版社)が4月中旬発売予定。

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