連載 編集長対談3:小山登美夫(前編)

日本的アートとは?:作品の価値はいかにして作られるか

海外のアートフェアへいち早く進出し、村上隆、奈良美智など、世界的に著名な日本人アーティストを輩出。日本のアートマーケットの拡充に尽力するトップギャラリストと、欧米と日本における市場や作品の違いについて語り合った。

構成:編集部 協力:小島三佳(バンタンデザイン研究所MECS)

後編はこちら編集長対談 目次

自分たちが価値を作っていくシステムを持てるかどうかが、いちばん大事なんですよ。

小崎 小山さんは世界有数のギャラリストとして知られていますが、アート作品、特に若い作家の作品のコレクターでもあります。マーケットから見て「日本的なアート」、あるいは「非欧米的なアート」というものがあるのかないのか、あるとしたらどんなものなのかを伺っていきたいと思います。

一昨年、日本で翻訳出版された、アーティストで経済学者でもあるハンス・アビングの『金と芸術』という本があります(山本和弘訳/グラムブックス)。副題に「なぜアーティストは貧乏なのか?」とあって、その理由を分析しているのですが、前提として欧米人のアート観が列挙されています。例えば、アートが成立する背景にある階層社会について、「芸術はその社会的ステータスを示すために用いられる」「政府、王族、有力な企業は、すべて芸術を消費している」「社会の一貫性が強いために、ハイアートとローアートを分ける考え方が維持されている」など。こうした前提の有無が欧米と非欧米を隔てているのかもしれません。小山さんはバーゼルやマイアミなど主要なアートフェアによく行かれていますが、本当に桁違いの金持ちが来ていますよね。


2009年6月バーゼルアートフェア会場風景

小山 アートフェアに来る客層として、日本の場合は若い人が多いですが、欧米の場合、60代やそれ以上のおじいちゃん、おばあちゃんが多くいて、知的好奇心がまだ衰えていないわけです。そういった世代が展覧会へ行ったり、情報を集めたりして20代の若い作家の作品を買いに来ているんですね。

小崎 何年か前にベストセラーになった三浦展の『下流社会』(光文社新書)によると、団塊の世代の中で、自分が上流に属すると思っている人たちの趣味の6番目が美術鑑賞で、全体の21.4%だそうです。小山さんも自著に書いていましたが、日本は美術館人口が世界一ですよね。ただ、作品を買うことはしない。

小山 「買う」ということが難しいんですよね。買う場合にも、アメリカと日本では違いがある。アメリカは新しいものしかない中で、自ら価値を決めなくてはならないのですが、日本の場合は誰かが価値を決めてくれるシステムを持っていたため、誰もが買うものを買っておけば一応安心、というのがあるんです。
 
欧米では誰も知らないような作家でも、一般の人たちが作品を観に来て「これ面白いね」と言って買っていく。自分たちにとって何が面白いかを判断することができる国民性というのが興味深かったです。

小崎 美術館のキュレーターでも、一般的には無名と言われるような若いアーティストをどんどん発掘していく。その点も違いますよね。


工藤麻紀子『こんがらがっている、とっちらかってる、でも愛してる』
2006年 ロサンゼルス現代美術館蔵

小山 当時27歳だった工藤麻紀子がロサンゼルスのギャラリーで個展をしたとき、ロサンゼルス現代美術館のキュレーター、ポール・シンメルが「これを買う」と言ったんです。まだ明確に価値の定まらない若い作家の作品を美術館が買うということが起こること自体がかっこいい、と思いますね。美術館で作品を購入するための寄付金を提供する若い人たちのサークルがあり、その資金で購入していました。日本もそこまで行けるといいんですが。

小崎 日本ではちょっと考えられないですね。寄付金に関する税制の整備も遅れているし。

小山 自分たちが価値を作っていくシステムを持てるかどうかが、いちばん大事なんですよ。

小崎 10年くらい前に村上隆さんが始めたイベント『GEISAI』では、ふたつの面で驚きがありました。ひとつは、世界的に著名なアーティストやコレクター、さらには建築家や音楽家やデザイナーを審査員とし、基本的には無名の若者に価値を付け、賞を与えていること。もうひとつは、そこに出されている作品が玉石混淆、というより石がほとんどという状態であること。オリジナリティが非常に低く、現代美術では常識とされている美術史への言及もほとんどない。両方とも欧米では考えられないことだと思います。

小山 アメリカには『GEISAI』のようなコンペティション形式はほとんどないと思います。良いか悪いかは別として、村上さんはその形式を良い方向に持っていきたいと思っていると思うんですね。アメリカでは貸画廊がなく、代わりにノンプロフィットスペースで若手アーティストの個展が行われます。そこからピックアップされた作家がプロフィットギャラリーで売れる、ということもあります。

小崎 ノンプロフィットスペースだと、かつての「P.S.1」(ニューヨーク)が有名ですね。韓国では、美大の学生がまずはオルタナティブスペースでグループ展をやり、そこで面白いと思われた作家が、商業ギャラリーにピックアップされて展覧会をやる。注目されると、エルメスコリアが主催する「エルメスコリア美術賞」にノミネートされ、3人展に参加してひとりは大賞を受賞する。それから大きなギャラリーで個展や、美術館での展覧会を経て、国際展に出てくるという形がある程度できているかと思います。

小山 そういった意味では、『GEISAI』というのはやはり日本に特殊な形態かもしれません。『GEISAI』とは違う方法で、三菱地所が多くの日本の審査員とともに『アートアワードトーキョー』という、美大の卒展というシステムを使ったアワードをやっています。そこで観られるのは、ある程度美術のセオリーをわかっている人たちから出てくる絵です。それがおとなしすぎるのか、可能性を持つのかはアーティスト次第でしょうが、やはり基礎というものは大事かなと思います。

2009年8月22日にDAY STUDIO★100(Vantan渋谷校ディレクターズスタジオ)にて行われた対談を収録しました。

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こやま・とみお
1963年、東京生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。西村画廊、白石コンテンポラリーアート勤務を経て、1996年に独立、佐賀町に小山登美夫ギャラリーを開廊。その後、新川を経て、2005年に現在の清澄白河に移転。2008年には京都に「小山登美夫ギャラリー 京都」を開廊。菅木志雄、奈良美智、杉戸洋、落合多武、蜷川実花、シュテファン・バルケンホール、エルネスト・ネトほか国内外の多くのアーティストを扱う。著書に、『現代アートビジネス』『その絵、いくら? 現代アートの相場がわかる』『小山登美夫の何もしないプロデュース術』などがある。

次回予告

ゲスト:津村耕佑(ファッションデザイナー)
1982年第52回装苑賞受賞。三宅デザイン事務所を経て、ファッションブランド「FINAL HOME」を立ち上げる。造形作家としても活動を続け、『SAFE Design Take On Risk』展(2005-06年、ニューヨーク)への参加、『THIS PLAY』展の企画(07年、東京)など。雑誌『ART iT』では「妄想オーダーモード」を連載。デザインやアート、建築の分野まで幅広く活躍してきた観点で、「日本的アートとは?」をテーマにトークを展開する。

日程:10月18日(日)14:00 – 16:00
会場:バンタンデザイン研究所渋谷校ディレクターズスタジオ 定員30名
*参加をご希望の方は、下記から事前にお申し込み下さい。
http://daystudio100.com/tokyo/script/event_detail.php?id=92

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