亡くなった後も、母は作品の中を生きているんです。
母親が捨てられずに取っていた、夥しい家財を用いたインスタレーション。「Waste Not / 物尽其用」。現在ニューヨーク近代美術館(MoMA)で展示中のこの作品は、母と共同制作したものだった。今年1月、その母が不慮の事故で死去。来日した作家に心境を聞いた。
聞き手:編集部
——まずは、お母様のご逝去に心よりお悔やみ申し上げます。傷ついた小鳥を救おうとして亡くなられたとか……。
はい。北京の家の庭の、木の枝の上に傷ついた小鳥がいて、助けようとして上ったハシゴから足を踏み外して……。私と妻はオーストラリア大使館にビザを取りに出かけていて、6歳の娘とふたりきりだったときに起きた事故でした。事故の後は、家にいるのは悲しすぎるから仕事場に移り住んだんですが、5ヶ月間くらいほとんど眠れませんでした。
「Waste Not / 物尽其用」『Project 90: Song Dong』(ニューヨーク近代美術館、2009年)展示風景
——「Waste Not / 物尽其用」は、2002年に夫(宋冬さんにとっては父親)を失い、ショックを受けていたお母様を慰めようと始められたプロジェクトですよね。ネオンサインによるお父様へのメッセージも、インスタレーションの一部として作られています。
「Dad, don’t worry, Mum and we are fine」(お父さん、心配しないで。母さんと私たちは元気だよ)ですね。
——お母様が亡くなって、作品の意味は変わってしまったのでしょうか。
いや、当初からこの作品は、母と父、そして家族全員のためのものだったんです。ニューヨークでも「展示物は遺品ですね」と言われましたが、そうではない。最初にこの作品を作った2005年には、もちろん母は生きていて、その後もいろいろなものを集めていました。つまり母は、作品の中を生きているんです。
——今回の制作は、宋冬さんのお姉様と、作家である奥様(尹秀袗さん)も手伝われたそうですね。
「Waste Not / 物尽其用」展示準備の作家と尹秀袗さん
ええ。この作品は、いまや家族の共作です。父と母は天上から我々を見てくれていて、我々はこの作品を作り続ける。実はいま、北京に住居を兼ねた美術館を建てたいと思って場所を探しています。この作品が恒久展示される美術館です。
私にとってアートとは人生そのものです
——ニューヨークでも好評のようですが、洋の東西によって受け止められ方に違いはありますか。
東洋でも西洋でも、同じような思いや感情で受け止めてくれる人はいるでしょうね。ただ中国人は、ほとんどが同じような生活を送っているので、私の母と共有できるものは多いでしょう。例えば石けんなら石けんを見ると、自ずと同じ感情が喚起されると思います。西洋の人は「感動した」と言ってくれますが、並べられているものの中になじみ深いものがあまりない。どんなものなのか、図録を見て詳細を知りたいと言いますね。
一方、ニューヨークの専門家たちは「これまで抱いていた中国アートへの固定観念が打ち破られた」と言っていました。中国アートについて語る場合、これまでは「政治」と「市場」という視点しかなかった。けれども中国には、それとは無関係のよい作り手がたくさんいる。その事実に気づかせてくれた、と。
——でも宋冬さんの作品は、記憶や歴史を主題としたものが多いとはいえ、政治的なものもたくさんありますよね。
私にとってアートとは人生そのものですからね。最も大切なのは着想=思想であり、したがって政治的な主題が出てくるのは当然のことです。
例えばいまは「Intelligence from Poor(窮人的智慧=貧者の知恵)」という作品を制作中です。北京では「四合院」と呼ばれる伝統的な家屋に、十何世帯もの人々が一緒に暮らしているのですが、政府によって増改築が禁止されています。ところが「鳩小屋」を作りたいと言えば許可が下ります。そこで、まずは鳩小屋を造り、1年後に大きく改築して物置として使い、さらに何年後かに人が住めるように再改築する。そのような「知恵」を調査しながら集めているんです。
そうした「知恵」に基づく作品の制作を、全部で7つ進めています。貧しい人々は、自らの知恵で生活の利便性を増す権利があるし、そうしなければ生きてゆけない。生活の方法は世界の見方によって異なるでしょうが、私はそれを言葉にするのではなく、生活そのもの、あるいはアートを通じて行いたいのです。
——拝見するのを楽しみにしています。最後に、読者や若い作家へ何かメッセージを下さいますか。
人間にしろ物にしろ、それを失ったときに初めて重要さがわかりますよね。指が5本そろっているときには、よく使うのは親指、人差し指、中指だから、小指の存在は無視されがち。そして傷ついたり無くなったりすると、小指が如何に大切だったかがよくわかる。でも、無くなってから気がつくのではなくて、それが存在しているときから重要さに気がついていることが、実は大切なんだと思います。
「Waste Not / 物尽其用」展示準備の様子
ソン・ドン
1966年北京生まれ。89年、首都師範大学美術学部を卒業。北京を本拠地として、主に写真、ビデオ、インスタレーション作品を制作・発表する。これまで開催した個展は『もう一度、私と遊んでくれますか?』(94年、北京)、『Song Dong in London』(2000年、ロンドン)、『物を最後まで使いきる』(05年、北京)など。95年と02年の光州ビエンナーレ、『Cities on the Move 7』(99年、ヘルシンキ)、02年の台北ビエンナーレなど多数の国際展にも参加している。
カタログ:『Waste Not 物尽其用』(2009年)
著者:巫鸿(ウー・ホン)
出版:東京画廊+BTAP 価格:3,000円(税込)
ISBN:978-4-904149-02-7
英語のみ
http://shop.toazo.com/tokyogallery/products/detail.php?product_id=351
ART iT レビュー
Projects 90: Song Dong
https://www.art-it.asia/u/admin_exrev/BNh0KI85y9aYeWH2jxAQ/